立派な魔王になる方法

めぐめぐ

文字の大きさ
上 下
43 / 220

第42話 初恋

しおりを挟む
 解散後、ジェネラルはミディに呼ばれ、彼女の部屋に寄った。

 もう真夜中だから、という理由で1つしか火が入れられていないランプの明かりが、小さく二人を照らし出している。

「まあ、適当に掛けて」

 少年に席を勧めると、ミディはお日様の匂いがするベッドの上に腰掛けた。体が腰ぐらいまで沈む程の柔らかさは、それが超高級品である事を暗に示している。 

 ジェネラルは彼女の言葉に従い、とりあえずベッド近くに椅子を持って来ると、向かい合わせになるように座った。

「ジェネ、あの二人の事、どう思う?」

「えっ? アクノリッジさんとシンクさんの事?」

 ミディは黙って首を縦に振った。

 どういう意図で、そのような質問をされているのか分からない。が、とりあえずジェネラルは、正直に感じた事を口にした。

「ん~……、2人に始め会った時は、物凄く抵抗あったけど……、でも本当の姿を見て事情を知った今はとてもいい人たちだと思うよ。早く、堂々と2人が仲良く出来る日が来たらいいのにね」

 仲の良い異母兄弟の様子を思い出し、ジェネラルは目を細めた。

 彼の感想にミディは表情を緩め、同感だとばかりに小さく頷くと、何かを企んでいるような怪しい笑みを浮かべた。片膝を立て両腕をその上に置くと、出来るだけ前かがみになって魔王に近づく。

「なら一つ、あの2人の為に協力して欲しいの」

「きょっ、協力? 何を……?」

 不意に顔を近づけられた驚きと共に、少年は言葉を返した。
 ミディは形のよい顎を両腕の上に置くと、ジェネラルから少し距離をあけ、微かに乾いた唇を動かした。

「あの2人は今まで色々ありながらも、上手くお互いのバランスを取り合って生きてきたわ。それが今、崩れようとしているの。私との結婚が原因でね……」

「えっ?」

 意外な発言に、ジェネラルの瞳が見開かれる。

 あの2人は言っていなかったけど、と小さく呟くミディ。崩れた体勢とは裏腹に、彼女の表情は真剣そのものだった。

「どういう経緯で、私が結婚相手を見つけられなかった場合、モジュール家のアクノリッジ、もしくはシンクを迎える事という、こんな馬鹿みたいな約束が交わされたのかは分からないわ。けれどこの約束によって、保たれていたバランスが崩れ、2人は再び争わなければならなくなったの」

 王女は、複雑な刺繍が施されている絨毯に視線を落とすと、心に堪っているものを吐き出すかのように、深い溜息をついた。

「でもそんな事、2人とも一言も言ってなかったじゃないか……」

「馬鹿ね、ジェネ。元凶たる私の前で、そんな事言えるわけないでしょうが」

「そりゃそうだけど……」

 拳を顎にあて考える仕草をしながら、ジェネラルが言葉を搾り出す。いまいち納得の行かない少年の様子に、再びミディは顔を近づけ囁いた。

「それに、思い出してみなさい。あなたを結婚相手に選んだって言った時の、アクノリッジの母君であるセレステ様の変わり様を……。どれだけ周囲の人間が、結婚に対し躍起になっているか分かるでしょう?」

 ジェネラルを紹介した時の、セレステの変貌。
 彼女が出した提案。
 王女の為だと、理由を口にするごとに現れる本心。

 セレステの野心にまみれた笑みと、ジェネラルに対して放たれた刺客を思い出し、少年の顔にあの兄弟への同情が浮かび上がった。
 彼の表情を見つめ、ミディは言葉を続けた。

「何とかしてモジュール家の人間に、私との結婚を諦めてもらいたいの。いいえ、そこまでは無理でも、最低限あの二人が争わなくてもいいようにしたいの」

 自分が原因になっている事を悔やんでいる思いが、2人を助けたいという思いが、きつく結ばた口元から伺い知ることが出来る。友を思う王女の様子に、半無意識にジェネラルは呟いていた。

「ミディは、本当にアクノリッジさんとシンクさんを、大切に思っているんだね」

 2人と、他愛のない会話を交わすミディ。その表情には始終、笑顔が絶えなかった事を思い出す。

 魔王の優しい言葉に、ミディは小さな笑みを浮かべ、言葉を返した。

「そうよ。今も昔も、心を許して話せるのはあの二人だけ。彼らは子どもの頃からの大切な親友なの。そうそう、アクノリッジには小さいころ『お嫁さんにして』って言ったこともあったわ。懐かしいわね」

「ちょっ、ちょおお――――っと、まったあああ――――!」

 ジェネラルの叫びが、薄暗闇を突き抜けた。彼の叫びに、訳がわからないとばかりにきょとんとするミディ。

「どうしたの、ジェネ? 大声あげて」

「ちょっと今、物凄く気になる発言を、さらっと言われた気がして……」

 額の汗を拭き拭き、半笑いを浮かべながらジェネラルが答えた。彼の発言に、首を傾げ少し視線を上に向けながら、自らの言葉を思い出す。

「物凄く気になる発言? 心許せるってところ?」

「違う……、もう少し後……」

「ああ、大切な親友ってところね?」

「違う―――! アクノリッジさんに『お嫁さんにして』って言った部分だよっ!」

 再び、少年の声が部屋に響き渡った。

 自分の声の大きさに気づき、ジェネラルは慌てて周りを見回し、外に耳を澄ませた。特に変化はなく、思わず止めていた息を吐き出した。

「えっ? それ何歳ぐらいの時の話?」

 身をぐっと乗り出し、ジェネラルがミディに問う。少年のあまりの食いつき様に、あのミディが少し引いた。

「何なのよ、急に……。6,7歳ぐらいの話よ?」

「ってことはそれって……、はっ、『初恋』ってやつではナイデショウカ?」

 何故か急に丁寧口調になるジェネラル。それも後半がたどたどしい。

 『初恋』というワードを聞き、ミディの頬が真っ赤に染まった。何気ない思い出話から、自分の初恋の相手を暴露してしまったことに遅ればせながら気づいたらしい。

 立ち上がり、ジェネラルの両肩を激しく揺さぶる。

「だったら、なっ、何よ!! 私にだって初恋ぐらい経験あるわよ!! 悪い!?」

「わっ、悪いなんて一言も言ってないよっ! ただミディも人の子なんだなって……、ってミディ、痛い痛いっ!!」

「今は一切アクノリッジに恋愛感情なんて、持ってないから!! 今の私にはね、勇者様と結婚するという夢があるのよっ!」

「もう分かったから!! 分かったから離して――――!」

 激しすぎる肩の揺さぶりから解放されたジェネラルは、ふらつく頭を押さえながらぐったりとしている。

“もう……、先に話を振ってきたのはミディじゃないか……”

 揺さぶりのダメージから回復してきたジェネラルは、何故自分がこんな目に合わなければならないのかと、恨めしそうに思った。

 ミディはミディで、顔を真っ赤にし肩で息をしながらベッドに戻っている。

 改めて体制を整えると、一つ咳ばらいをしてジェネラルに視線を向けた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢の断罪現場に居合わせた私が巻き込まれた悲劇

藍生蕗
ファンタジー
悪役令嬢と揶揄される公爵令嬢フィラデラが公の場で断罪……されている。 トリアは会場の端でその様を傍観していたが、何故か急に自分の名前が出てきた事に動揺し、思わず返事をしてしまう。 会場が注目する中、聞かれる事に答える度に場の空気は悪くなって行って……

もういらないと言われたので隣国で聖女やります。

ゆーぞー
ファンタジー
孤児院出身のアリスは5歳の時に天女様の加護があることがわかり、王都で聖女をしていた。 しかし国王が崩御したため、国外追放されてしまう。 しかし隣国で聖女をやることになり、アリスは幸せを掴んでいく。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

【完】あの、……どなたでしょうか?

桐生桜月姫
恋愛
「キャサリン・ルーラー  爵位を傘に取る卑しい女め、今この時を以て貴様との婚約を破棄する。」 見た目だけは、麗しの王太子殿下から出た言葉に、婚約破棄を突きつけられた美しい女性は……… 「あの、……どなたのことでしょうか?」 まさかの意味不明発言!! 今ここに幕開ける、波瀾万丈の間違い婚約破棄ラブコメ!! 結末やいかに!! ******************* 執筆終了済みです。

私が死んで満足ですか?

マチバリ
恋愛
王太子に婚約破棄を告げられた伯爵令嬢ロロナが死んだ。 ある者は面倒な婚約破棄の手続きをせずに済んだと安堵し、ある者はずっと欲しかった物が手に入ると喜んだ。 全てが上手くおさまると思っていた彼らだったが、ロロナの死が与えた影響はあまりに大きかった。 書籍化にともない本編を引き下げいたしました

あれ?なんでこうなった?

志位斗 茂家波
ファンタジー
 ある日、正妃教育をしていたルミアナは、婚約者であった王子の堂々とした浮気の現場を見て、ここが前世でやった乙女ゲームの中であり、そして自分は悪役令嬢という立場にあることを思い出した。  …‥って、最終的に国外追放になるのはまぁいいとして、あの超屑王子が国王になったら、この国終わるよね?ならば、絶対に国外追放されないと!! そう意気込み、彼女は国外追放後も生きていけるように色々とやって、ついに婚約破棄を迎える・・・・はずだった。 ‥‥‥あれ?なんでこうなった?

余命六年の幼妻の願い~旦那様は私に興味が無い様なので自由気ままに過ごさせて頂きます。~

流雲青人
恋愛
商人と商品。そんな関係の伯爵家に生まれたアンジェは、十二歳の誕生日を迎えた日に医師から余命六年を言い渡された。 しかし、既に公爵家へと嫁ぐことが決まっていたアンジェは、公爵へは病気の存在を明かさずに嫁ぐ事を余儀なくされる。 けれど、幼いアンジェに公爵が興味を抱く訳もなく…余命だけが過ぎる毎日を過ごしていく。

処理中です...