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第13話 騒動
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ジェネラルは、何度も何度も同じ場所をうろついていた。
その表情は途方に暮れている……というよりも、それを通り越して虚ろに近い。
挙動不審な行動は、彼が少年姿でなければ誰かが役人に通報していそうな程、怪しい。
魔王は、目の前に積んである果物に視線を移すと、胸の中に立ち込める暗雲を吐き出すかのように深くため息をついて、その場に立ち止まった。
ジェネラルは今、マージの町外れにある果物屋に来ていた。道に人通りはなく、店にも客の姿は見当たらない。
彼をこれほど落ち込ませる原因、それは数十分前に交わしたミディとのやり取りだった。
「手始めに、あそこの果物を奪ってきなさい」
まるでお使いを頼むかのような軽い口調で、ジェネラルに命令したミディ。
『お前の物は、俺の物』というミディ曰く『ジェネラルが目指すべき魔王の精神』を養う為の訓練……ならしい。
この言葉に、ジェネラルの目が点になったのは言うまでもない。
平和主義であるジェネラルが、果物を略奪する事で『立派な魔王』になれると思えない。
何とか命令から逃れようと色々言い訳したのだが、あの女にまともな言葉が通じるわけがないのはお約束な訳で。
「その言葉、もうこの町を制圧できると取っていいのね?」
と言われ、押し問答の末、果物を奪う為に半分引きずられる形で店へ連れて来られたのだ。
“王女がこんな事してるなんて国民が知ったら、卒倒するよ、全く……”
握りこぶしを作り、ジェネラルはそう心の中で愚痴った。
少年に、この命令に従う気は欠片もない。
それ以前に、彼の力を持ってすればミディから逃れる事は可能だ。
それなのだが。
『実は……我々も、悩んでいたのです。ジェネラル様は魔王でありながら、優しすぎると……』
あんな得体の知れない女に教育を頼む程、自分は頼りなかったのだろうか。
エクスの声とミディに頭を下げる魔族たちの姿が、脳裏に浮かび上がる。
“ミディの存在はともかく、プロトコルを旅する事によって、皆が安心して僕に任せられるように成長しないと……”
その気持ちが、彼をプロトコルに留まらせる力となっていたのである。
が、その気持ちに切り替えたとたん、この命令である。
ジェネラルの気持ちが、瞬時にして魔界帰還へ傾いたのは言うまでもない。
しかしこのままずっとここにいるわけには行かない。
なにせ、ミディが後ろで見張っているのだ。その内、業を煮やした王女の鉄拳が、ジェネラルの脳天を直撃する事だろう。
皆の平和を願う魔王だが、やっぱり魔族。痛いのは嫌だ。
仕方なくジェネラルはゆっくりと近づくと、山となっている果物に手を伸ばした。
盗るわけにはいかない。だが、後ろではミディが見張っている。
何とか逃れるいい方法はないかと、脳内をフル回転させている時、
「おつかいかい? 偉いねえ~」
店の奥から一人の老婆が現れた。老婆はジェネラルの姿を認めると、顔中の皺を寄せ、優しく語りかけた。
突然の登場に、ジェネラルは持っていた果物を、山の上に落とした。心臓が、口から飛び出さんばかりに、激しく鼓動を打っている。
そして、何の疑いもなくジェネラルを買い物客だと思っている老婆の気持ちと、嬉しそうな笑顔を見、少年は自分が命令された卑劣な行為を思い出し、思わず顔を歪めた。
「うっ……、ううっ……。ごめんなさい……、ごめんなさい!」
「えっ? どっ、どうしたんだい? いきなり泣き出して……。謝られるような事、こちらはされてないけどねぇ」
「果物……持っていかないといけない……んですけどっ……、でも、お金なくて……、でも持っていかないと怒られ……ううっ……」
急に泣き出したジェネラルを、困惑の表情で見つめる老婆。
しかし彼の言葉を聞くと、みるみるうちにその表情が柔らかいものへと変わった。
泣き止めと諭すように、優しくジェネラルの肩を叩く。
「おつかいに来て、お金を落とししまったんだね、可哀相に。よしよし、泣かなくてもいいんだよ」
どうやら、お金を落とした為に買い物が出来ず、その事で泣いているのだと解釈されたらしい。
まさか老婆も、国民が誇りに思っているエルザの宝石が、魔王を脅して強奪させようとしているなど、夢にも思わないだろう。
知ったらきっと、世も末だと嘆くに違いない。
「これで足りるかい?」
差し出された袋に、ジェネラルの瞳が大きく見開かれた。
そこにはいつの間に入れられたのか、大きな袋に沢山の果物が詰められていたのだ。涙に濡れた黒い瞳が、袋と老婆を交互に見つめる。
「いっ、いや、そんなこと! 僕、お金ないですし!!」
慌てて両手を振り老婆に袋を押し返したが、彼女は有無も言わさずジェネラルに袋を押し付けた。
「いいんだよ。持って帰りなさい」
少し寂しそうな光が老婆の瞳に灯る。
だがジェネラルは、もらった袋に唖然としており全く気がつかなかった。
「あっ、ありがとうございます!」
ジェネラルは満面の笑みを浮かべ、老婆に向かって勢いよくお辞儀をした。
まるで自分の事のように、老婆も嬉しそうに笑みを返す。
少年は果物の入った袋を大切そうに抱え、何度も老婆の方を振り向きながら、果物屋を後にした。が、彼のうきうき気分は、ミディによって一気に突き落とされる事となる。
「……ジェネ? 私、何で果物を奪って来いって言ったのかしら?」
効果音があれば、間違いなくミディの背後から地響きが聞こえていただろう。
彼女の怒りに、ジェネラルはぎゅっと袋を抱え、後ろに引いた。その表情は、恐怖の為に引きつっている。ミディは、大きな動作で息を吐くと、ゆっくりと吸い込んだ。そして、
「果物を分けてもらったら、修行の意味がないでしょうが!! 思わず私も、『人間も……捨てたものじゃないな』と、心が温まってしまったじゃないの!!」
ミディも一応、人の親切を温かく感じられる人並みの感情は持っていたらしい。
だがそれとこれとは別だと言わんばかりに、ジェネラルの両耳を力いっぱい引っ張る。
「そんな気持ちで、立派な魔王になれると思っているの!?」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!!」
ジェネラルは涙を滲ませながらミディに許しを請うた。別に何も悪い事はしていないのに、と心の隅で思いつつも、今の現状から脱出する為に必死だ。
とりあえず、ジェネラルが自分の非を認めた事を良しとしたのか、ミディは彼への攻撃を止めた。
果物屋で貰って来た袋を奪い取ると、中身を確認して再びため息をついた。
「もう、こんなに貰って来て……。行くわよ、ジェネ」
王女の言葉に、耳を摩っていたジェネラルの手が止まった。
意味が分からない様子で、ミディを見る。
「はっ? 行くってどこに?」
「もちろん、さっきの果物屋に決まってるでしょう?」
「なっ……、何しに……?」
理由を尋ねるジェネラルの表情には、恐怖が見える。再びジェネラルに襲わせるのか、それともミディが手本に襲うのか、どちらにしても親切な老婆への被害は何としても食い止めなければならない。
ミディの暴挙から老婆を守ろうと心に強く思ったが、彼女が発した言葉に拍子抜けした。
「何しにって、もちろんお礼に行くに決まってるでしょう? 奪ってきたならともかく、貰ったならお礼を言うのが普通でしょう?」
“普通……。ミディの口から普通という言葉が出てくるなんて……”
この女の口から、もっとも聞きたくない言葉である。
礼儀が正しいのか非常識なのかよく分からない理屈に、腑に落ちないものを感じながらも、ひとまず果物屋に襲撃をかけるつもりがない事が分かりほっとした。
そんなジェネラルを置いて、ミディが動き出した。
歩き出したミディの後ろを、慌ててジェネラルが追う。
しかし彼が急ぐ必要はなかった。
「……ミディ?」
先に行ったとばかり思っていたミディが、立ち止まっていた。すぐ目の前には、例の果物屋が見える。
一体どうしたのかと、ジェネラルはミディの横に立つと、彼女が視線を向けて逸らそうとしない前方へ、顔を向けた。
目の前に広がる光景に、ジェネラルは言葉を失った。
その表情は途方に暮れている……というよりも、それを通り越して虚ろに近い。
挙動不審な行動は、彼が少年姿でなければ誰かが役人に通報していそうな程、怪しい。
魔王は、目の前に積んである果物に視線を移すと、胸の中に立ち込める暗雲を吐き出すかのように深くため息をついて、その場に立ち止まった。
ジェネラルは今、マージの町外れにある果物屋に来ていた。道に人通りはなく、店にも客の姿は見当たらない。
彼をこれほど落ち込ませる原因、それは数十分前に交わしたミディとのやり取りだった。
「手始めに、あそこの果物を奪ってきなさい」
まるでお使いを頼むかのような軽い口調で、ジェネラルに命令したミディ。
『お前の物は、俺の物』というミディ曰く『ジェネラルが目指すべき魔王の精神』を養う為の訓練……ならしい。
この言葉に、ジェネラルの目が点になったのは言うまでもない。
平和主義であるジェネラルが、果物を略奪する事で『立派な魔王』になれると思えない。
何とか命令から逃れようと色々言い訳したのだが、あの女にまともな言葉が通じるわけがないのはお約束な訳で。
「その言葉、もうこの町を制圧できると取っていいのね?」
と言われ、押し問答の末、果物を奪う為に半分引きずられる形で店へ連れて来られたのだ。
“王女がこんな事してるなんて国民が知ったら、卒倒するよ、全く……”
握りこぶしを作り、ジェネラルはそう心の中で愚痴った。
少年に、この命令に従う気は欠片もない。
それ以前に、彼の力を持ってすればミディから逃れる事は可能だ。
それなのだが。
『実は……我々も、悩んでいたのです。ジェネラル様は魔王でありながら、優しすぎると……』
あんな得体の知れない女に教育を頼む程、自分は頼りなかったのだろうか。
エクスの声とミディに頭を下げる魔族たちの姿が、脳裏に浮かび上がる。
“ミディの存在はともかく、プロトコルを旅する事によって、皆が安心して僕に任せられるように成長しないと……”
その気持ちが、彼をプロトコルに留まらせる力となっていたのである。
が、その気持ちに切り替えたとたん、この命令である。
ジェネラルの気持ちが、瞬時にして魔界帰還へ傾いたのは言うまでもない。
しかしこのままずっとここにいるわけには行かない。
なにせ、ミディが後ろで見張っているのだ。その内、業を煮やした王女の鉄拳が、ジェネラルの脳天を直撃する事だろう。
皆の平和を願う魔王だが、やっぱり魔族。痛いのは嫌だ。
仕方なくジェネラルはゆっくりと近づくと、山となっている果物に手を伸ばした。
盗るわけにはいかない。だが、後ろではミディが見張っている。
何とか逃れるいい方法はないかと、脳内をフル回転させている時、
「おつかいかい? 偉いねえ~」
店の奥から一人の老婆が現れた。老婆はジェネラルの姿を認めると、顔中の皺を寄せ、優しく語りかけた。
突然の登場に、ジェネラルは持っていた果物を、山の上に落とした。心臓が、口から飛び出さんばかりに、激しく鼓動を打っている。
そして、何の疑いもなくジェネラルを買い物客だと思っている老婆の気持ちと、嬉しそうな笑顔を見、少年は自分が命令された卑劣な行為を思い出し、思わず顔を歪めた。
「うっ……、ううっ……。ごめんなさい……、ごめんなさい!」
「えっ? どっ、どうしたんだい? いきなり泣き出して……。謝られるような事、こちらはされてないけどねぇ」
「果物……持っていかないといけない……んですけどっ……、でも、お金なくて……、でも持っていかないと怒られ……ううっ……」
急に泣き出したジェネラルを、困惑の表情で見つめる老婆。
しかし彼の言葉を聞くと、みるみるうちにその表情が柔らかいものへと変わった。
泣き止めと諭すように、優しくジェネラルの肩を叩く。
「おつかいに来て、お金を落とししまったんだね、可哀相に。よしよし、泣かなくてもいいんだよ」
どうやら、お金を落とした為に買い物が出来ず、その事で泣いているのだと解釈されたらしい。
まさか老婆も、国民が誇りに思っているエルザの宝石が、魔王を脅して強奪させようとしているなど、夢にも思わないだろう。
知ったらきっと、世も末だと嘆くに違いない。
「これで足りるかい?」
差し出された袋に、ジェネラルの瞳が大きく見開かれた。
そこにはいつの間に入れられたのか、大きな袋に沢山の果物が詰められていたのだ。涙に濡れた黒い瞳が、袋と老婆を交互に見つめる。
「いっ、いや、そんなこと! 僕、お金ないですし!!」
慌てて両手を振り老婆に袋を押し返したが、彼女は有無も言わさずジェネラルに袋を押し付けた。
「いいんだよ。持って帰りなさい」
少し寂しそうな光が老婆の瞳に灯る。
だがジェネラルは、もらった袋に唖然としており全く気がつかなかった。
「あっ、ありがとうございます!」
ジェネラルは満面の笑みを浮かべ、老婆に向かって勢いよくお辞儀をした。
まるで自分の事のように、老婆も嬉しそうに笑みを返す。
少年は果物の入った袋を大切そうに抱え、何度も老婆の方を振り向きながら、果物屋を後にした。が、彼のうきうき気分は、ミディによって一気に突き落とされる事となる。
「……ジェネ? 私、何で果物を奪って来いって言ったのかしら?」
効果音があれば、間違いなくミディの背後から地響きが聞こえていただろう。
彼女の怒りに、ジェネラルはぎゅっと袋を抱え、後ろに引いた。その表情は、恐怖の為に引きつっている。ミディは、大きな動作で息を吐くと、ゆっくりと吸い込んだ。そして、
「果物を分けてもらったら、修行の意味がないでしょうが!! 思わず私も、『人間も……捨てたものじゃないな』と、心が温まってしまったじゃないの!!」
ミディも一応、人の親切を温かく感じられる人並みの感情は持っていたらしい。
だがそれとこれとは別だと言わんばかりに、ジェネラルの両耳を力いっぱい引っ張る。
「そんな気持ちで、立派な魔王になれると思っているの!?」
「ごめんなさい、ごめんなさいぃぃぃ!!」
ジェネラルは涙を滲ませながらミディに許しを請うた。別に何も悪い事はしていないのに、と心の隅で思いつつも、今の現状から脱出する為に必死だ。
とりあえず、ジェネラルが自分の非を認めた事を良しとしたのか、ミディは彼への攻撃を止めた。
果物屋で貰って来た袋を奪い取ると、中身を確認して再びため息をついた。
「もう、こんなに貰って来て……。行くわよ、ジェネ」
王女の言葉に、耳を摩っていたジェネラルの手が止まった。
意味が分からない様子で、ミディを見る。
「はっ? 行くってどこに?」
「もちろん、さっきの果物屋に決まってるでしょう?」
「なっ……、何しに……?」
理由を尋ねるジェネラルの表情には、恐怖が見える。再びジェネラルに襲わせるのか、それともミディが手本に襲うのか、どちらにしても親切な老婆への被害は何としても食い止めなければならない。
ミディの暴挙から老婆を守ろうと心に強く思ったが、彼女が発した言葉に拍子抜けした。
「何しにって、もちろんお礼に行くに決まってるでしょう? 奪ってきたならともかく、貰ったならお礼を言うのが普通でしょう?」
“普通……。ミディの口から普通という言葉が出てくるなんて……”
この女の口から、もっとも聞きたくない言葉である。
礼儀が正しいのか非常識なのかよく分からない理屈に、腑に落ちないものを感じながらも、ひとまず果物屋に襲撃をかけるつもりがない事が分かりほっとした。
そんなジェネラルを置いて、ミディが動き出した。
歩き出したミディの後ろを、慌ててジェネラルが追う。
しかし彼が急ぐ必要はなかった。
「……ミディ?」
先に行ったとばかり思っていたミディが、立ち止まっていた。すぐ目の前には、例の果物屋が見える。
一体どうしたのかと、ジェネラルはミディの横に立つと、彼女が視線を向けて逸らそうとしない前方へ、顔を向けた。
目の前に広がる光景に、ジェネラルは言葉を失った。
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