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第10話 防衛線
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馬を乗り捨てながら、私たちはダグのいる防衛線へとやってきた。
必死で走って来たけれど間に合わず、私たちがたどり着いたときには、戦いはすでに始まっていた。
兵士たちは私たちの顔を覚えていてくれたようで、すぐさま簡易的に作られた防衛施設の中に迎え入れてくれ、今の状況を説明してくれた。
リーダー格である魔族一体と、その魔族が生み出した膨大な量の魔物たちによって、危機的状況にあるらしい。
大勢の兵士たちが戦場に駆り出され、無残に死んでいるのだと。
(どうして?)
戦況を聞き、真っ先に思ったのはこの一言だった。
確かに敵の数は多いけれど、私たちはもっと過酷な戦場を経験している。
今までの経験上、このくらいなら、ダグと兵士たちだけで制圧できるはず。
それが危機的状況だなんて……
ダグの姿は、防衛施設から少し離れた救護テントにあった。
怪我をしたのか、女性神官に癒しの魔法をかけてもらっている。
私たちの姿を見るなり、今までの仕打ちなど無かったかのように、笑顔で立ち上がった。
「マーヴィ、アウラ! 来てくれたのか!」
「これは一体どういうことだ、ダグ」
マーヴィさんは、背中で私を守るようにダグの前に立つと、怒りに満ちた低い声で訊ねた。
いや、責めたと言った方がいい。
自分が見下していた相手に詰め寄られ、ダグは笑顔を引っ込めると、イラッとした様子で答えた。
「いや、兵士たちの訓練の一環として魔族と戦わせてるんだが、あいつらが弱すぎてまだ殲滅できてないだけだ。問題ない」
「何が問題ないだ! そんなつまらない理由で、どれだけ死者を出したのか分かっているのか⁉」
「お前には関係ないだろ! ただの盾役の分際で、俺に意見するな!」
大声を出したせいで、怪我にさわったのだろう。ダグは顔を歪めると、彼の傷を癒していた女性神官を突き飛ばした。
「お前、この程度の傷を癒すのに、どれだけ時間がかかってんだ!」
「そう仰られましても……癒し魔法は、普通時間がかかるものなのです!」
「そんなことあるか! どんくさいアウラですから、一瞬で癒していたんだぞ!」
「えっ、一瞬って……そんな……」
女性神官は、信じられない様子で私を見ている。
何をそんなに驚いているのか分からないけど、
(もしかするとこの人、癒しの魔法が苦手なのかもしれない。昔の私みたいに)
今よりももっと未熟だった自分と彼女を重ねながら、まだ目を丸くしている女性神官に笑いかけた。
「大丈夫! 私も昔はもう少し時間が掛かったけれど、魔法をたくさん使うことで熟練度が上がったのか、早くなったから!」
「い、いえ、そういう理屈じゃ……」
女性神官がまだ何か言っている。
うーん……この子、相当自分に自信がもてないのかもしれない。
そんな中、
「ダグ、お前、勇者の力はどうした」
鋭すぎるマーヴィさんの言葉に、皆の視線がダグに向いた。
ダグの表情が一瞬だけ固まったように見えたけど、すぐさま唾を飛ばしながらマーヴィさんに食ってかかる。
「も、もちろんあるに決まってるだろ! ただ俺が本気を出せば、兵士たちの訓練にならないから出していないだけだ!」
そう叫ぶダグの声は、少し震えていた。
目線だって定まらないし、誰も聞いていないことを一人でベラベラと喋り続けている。
まるで何かを誤魔化そうとしているかのように――
彼の挙動不審なのは、誰の目から見ても明らかだった。
だけどマーヴィさんは、それ以上ダグを追及しなかった。代わりに失望した目を彼に向けると、冷然とした声色で命令した。
「ここは俺が対処する。兵士たちを撤退させろ」
「はあ⁉︎ ここの責任者は俺だ! 俺が兵たちに戦えと言っているんだ! 撤退なんてさせるか!」
「そうか。神官のあんた。ここに副官はいるか?」
「あ、はい、あちらに」
女性神官が指をさした方向には、真剣な眼差しで私たちを見つめる中年男性の姿があった。
彼はマーヴィさんの視線に気づくと、大股で近づきて大きく頷いた。
「分かりました。兵を撤退させましょう」
「お前っ! 何勝手なことを‼︎」
ダグは怒りに任せて、副官の腕を掴んだけれど、強く払いのけられたため、みっともなく尻餅をついた。
だけど、彼を助けようとする者は誰もいない。
悔しそうに睨むダグに、副官が冷ややかな視線で見下ろす。
「私は、軍を率いる経験のないあなた様を助けるようにと、皇帝から仰せつかっておりました。ですが先ほどのやりとりを聞き、あなた様に軍を指揮する資格はないと判断いたしました。ですから今この瞬間、兵の指揮権を私に返して頂きます」
「お前……皇帝に言いつけてやるぞ!」
「ご自由に」
ダグが脅しても副官は全く動じず、マーヴィさんとともにテントの外に出ていった。
私も慌てて後を追おうとした時、ダグの怒声が響いた。
「おい、アウラ! 出て行く前に俺の怪我を治せ!」
今までの私ならすぐに癒していただろう。
だけど、
「そんな怪我、唾でもつけときゃ治るわ」
「っ‼︎」
私に拒否されると思っていなかったダグは、虚を突かれたように目を見開いていた。
その隙に、私もマーヴィさんたちの後を追う。
我に返ったダグの怒鳴り声が後ろから聞こえたけれど、心は何だか晴々としていた。
必死で走って来たけれど間に合わず、私たちがたどり着いたときには、戦いはすでに始まっていた。
兵士たちは私たちの顔を覚えていてくれたようで、すぐさま簡易的に作られた防衛施設の中に迎え入れてくれ、今の状況を説明してくれた。
リーダー格である魔族一体と、その魔族が生み出した膨大な量の魔物たちによって、危機的状況にあるらしい。
大勢の兵士たちが戦場に駆り出され、無残に死んでいるのだと。
(どうして?)
戦況を聞き、真っ先に思ったのはこの一言だった。
確かに敵の数は多いけれど、私たちはもっと過酷な戦場を経験している。
今までの経験上、このくらいなら、ダグと兵士たちだけで制圧できるはず。
それが危機的状況だなんて……
ダグの姿は、防衛施設から少し離れた救護テントにあった。
怪我をしたのか、女性神官に癒しの魔法をかけてもらっている。
私たちの姿を見るなり、今までの仕打ちなど無かったかのように、笑顔で立ち上がった。
「マーヴィ、アウラ! 来てくれたのか!」
「これは一体どういうことだ、ダグ」
マーヴィさんは、背中で私を守るようにダグの前に立つと、怒りに満ちた低い声で訊ねた。
いや、責めたと言った方がいい。
自分が見下していた相手に詰め寄られ、ダグは笑顔を引っ込めると、イラッとした様子で答えた。
「いや、兵士たちの訓練の一環として魔族と戦わせてるんだが、あいつらが弱すぎてまだ殲滅できてないだけだ。問題ない」
「何が問題ないだ! そんなつまらない理由で、どれだけ死者を出したのか分かっているのか⁉」
「お前には関係ないだろ! ただの盾役の分際で、俺に意見するな!」
大声を出したせいで、怪我にさわったのだろう。ダグは顔を歪めると、彼の傷を癒していた女性神官を突き飛ばした。
「お前、この程度の傷を癒すのに、どれだけ時間がかかってんだ!」
「そう仰られましても……癒し魔法は、普通時間がかかるものなのです!」
「そんなことあるか! どんくさいアウラですから、一瞬で癒していたんだぞ!」
「えっ、一瞬って……そんな……」
女性神官は、信じられない様子で私を見ている。
何をそんなに驚いているのか分からないけど、
(もしかするとこの人、癒しの魔法が苦手なのかもしれない。昔の私みたいに)
今よりももっと未熟だった自分と彼女を重ねながら、まだ目を丸くしている女性神官に笑いかけた。
「大丈夫! 私も昔はもう少し時間が掛かったけれど、魔法をたくさん使うことで熟練度が上がったのか、早くなったから!」
「い、いえ、そういう理屈じゃ……」
女性神官がまだ何か言っている。
うーん……この子、相当自分に自信がもてないのかもしれない。
そんな中、
「ダグ、お前、勇者の力はどうした」
鋭すぎるマーヴィさんの言葉に、皆の視線がダグに向いた。
ダグの表情が一瞬だけ固まったように見えたけど、すぐさま唾を飛ばしながらマーヴィさんに食ってかかる。
「も、もちろんあるに決まってるだろ! ただ俺が本気を出せば、兵士たちの訓練にならないから出していないだけだ!」
そう叫ぶダグの声は、少し震えていた。
目線だって定まらないし、誰も聞いていないことを一人でベラベラと喋り続けている。
まるで何かを誤魔化そうとしているかのように――
彼の挙動不審なのは、誰の目から見ても明らかだった。
だけどマーヴィさんは、それ以上ダグを追及しなかった。代わりに失望した目を彼に向けると、冷然とした声色で命令した。
「ここは俺が対処する。兵士たちを撤退させろ」
「はあ⁉︎ ここの責任者は俺だ! 俺が兵たちに戦えと言っているんだ! 撤退なんてさせるか!」
「そうか。神官のあんた。ここに副官はいるか?」
「あ、はい、あちらに」
女性神官が指をさした方向には、真剣な眼差しで私たちを見つめる中年男性の姿があった。
彼はマーヴィさんの視線に気づくと、大股で近づきて大きく頷いた。
「分かりました。兵を撤退させましょう」
「お前っ! 何勝手なことを‼︎」
ダグは怒りに任せて、副官の腕を掴んだけれど、強く払いのけられたため、みっともなく尻餅をついた。
だけど、彼を助けようとする者は誰もいない。
悔しそうに睨むダグに、副官が冷ややかな視線で見下ろす。
「私は、軍を率いる経験のないあなた様を助けるようにと、皇帝から仰せつかっておりました。ですが先ほどのやりとりを聞き、あなた様に軍を指揮する資格はないと判断いたしました。ですから今この瞬間、兵の指揮権を私に返して頂きます」
「お前……皇帝に言いつけてやるぞ!」
「ご自由に」
ダグが脅しても副官は全く動じず、マーヴィさんとともにテントの外に出ていった。
私も慌てて後を追おうとした時、ダグの怒声が響いた。
「おい、アウラ! 出て行く前に俺の怪我を治せ!」
今までの私ならすぐに癒していただろう。
だけど、
「そんな怪我、唾でもつけときゃ治るわ」
「っ‼︎」
私に拒否されると思っていなかったダグは、虚を突かれたように目を見開いていた。
その隙に、私もマーヴィさんたちの後を追う。
我に返ったダグの怒鳴り声が後ろから聞こえたけれど、心は何だか晴々としていた。
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