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第5話 帰郷

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 魔王討伐の褒美としてクレスセル男爵を受爵したマーヴィさんは、チェルシー地方をクレスセル男爵領として拝領した。

 つまり彼は貴族。
 爵位の中でも低いとはいえ、私たち平民には雲の上の存在になってしまった。

 ……と思っていたのは私だけ。

 故郷であるスティア村に着いたマーヴィさんを迎えたのは、領主になったからといっても遠慮のない、村人たちからの祝福の嵐だった。

 スティア村の人々皆が出迎え、彼の帰還を大喜びしている。

「お前が男爵だと⁉︎ 偉くなったもんだなぁ、マー坊!」

 と、年配の男性たちに頭をグリグリされるマーヴィさんは、恥ずかしそうにしながらも皆との再会をとても喜んでいた。

 私たちが頑張った結果がスティア村の人々の笑顔だと思うと、私がやってきたことは無駄じゃなかったんだと嬉しくなった。

 それに村人の一人が、私の存在に気付き、

「お、おい! マーヴィが嫁さん連れて帰ってきたぞー‼︎」
「ちょ、ちょっと待て、違うっ! 違うからっ‼ 彼女はともに魔王を討伐した仲間だっ‼」
「いや、またまたー! こんな可愛いお嬢さんが、お前と魔王討伐したなんて……もっと上手な嘘つけよ、マーヴィ」
「本当だからっ‼ ほらっ、あんたも何か言ってくれっ‼」

 と、非常に慌てたマーヴィさんに助けを求められる一面もあって笑ってしまった。

 私も神聖魔法を披露するなどして、何とか誤解は解けたけれど、そのお陰で、眠るころには村の人たちとすっかり打ち解けていた。

 マーヴィさんが言った通り、皆とても優しい人たちだった。
 彼が、自分の人生を変えられるほどの褒美を、村を救うために使いたいと言った気持ちが分かる気がした。

 故郷の皆から喜ばれる彼の姿が、少しだけ羨ましい。

 帰還を祝われた次の日から、私たちは村の改革を始めた。

 一番の問題は、魔王による汚染だった。

「魔王による土地汚染は、大きな問題になっててね。我々もどうしたものかと……」

 そう土地の状況を説明する男性の顔は、絶望に満ちていた。

 村の周りの土地が痩せているのは以前からで仕方ない面はあったけれど、それによって、さらに限られた場所でしか農作物や家畜を飼えなくなったらしい。

 だけど、

「土地の浄化ならできますけど」

と私が提案したことで、全てがスムーズに進んだ。

 私が土地を浄化する。
 浄化された土地を村人たちが耕して、作物を植える。
 植えた作物が早く成長するように、私がまた魔法をかける。

 だから私も畑に出ることが多くなって、気付けば村人たちに混じって畑を耕し、泥んこになる日々が続いた。

 今日も畑仕事に混じっていると、マーヴィさんが慌てた様子でやってきた。

「何をしているんだ! 少しは休めって言っただろ⁉ ただでさえ毎日のように土地の浄化をしているのに、それ以上動いたら倒れるぞ!」
「土地の浄化なんて、さほど疲れませんよ? それに畑仕事だって、楽しいから混ぜてもらってるだけですから大丈夫です」
「あんたがそれでいいなら問題ないけど……でも、顔に泥がはねてるぞ」

 マーヴィさんの大きな手が伸び、私の頬に触れた。彼の親指が肌の上を滑り泥を拭う。
 汚れをとってくれているだけなのに、何故か彼と目が合った。

 優しくもどこか渇きに満ちた黒い瞳に、思わず視線を逸らしてしまう。

「よし、とれたぞ」

 マーヴィさんの言葉に私はハッとした。彼の手が、私の頬からゆっくりと遠のいていく。さっきは視線を逸らしたのに、今度は役目を終えた彼の手を目で追ってしまう自分がいた。

「どうかしたのか?」
「は、はい⁉︎」

 思わず裏返った声で返してしまい、マーヴィさんが不思議そうにしている。

 何が言わないとと焦っていると、様子を見ていたおばさんが、私たちの間に割って入ってきた。

 その表情は、何だかニヤニヤしている。

「領主様とはいえ、いきなり女性の肌に触れるのはいかがなもんかと、私は思うけどね」
「あっ……! わ、悪いっ!」

 デリカシーのなさを指摘され、顔を真っ赤にして謝るマーヴィさんに、私は両手と首を激しく振った。
 
「い、いえ! 大丈夫! 大丈夫ですからっ‼」
「ふうーん……アウラちゃん、大丈夫ってことは、マーヴィに触られて嫌じゃなかったのかい?」
「⁉︎」

 おばさんの含みのある指摘に、私の顔が熱くなった。ここで黙ってしまうといけないと思い、必死で言葉をひねり出す。

「あ、あのっ、な、慣れてるって言うか! ほら、魔王討伐の時には色々と……」
「色々? なになに、おばちゃんに話してみ?」
「いい加減にしないか!」

 マーヴィさんの一喝によって、ようやくおばさんは引き下がった。だけど、全く懲りた様子はなく、

「はははっ! ま、頑張んな」

 と笑いながら、畑仕事に戻っていった。

 残ったのは、私たちの間に流れる気まずい雰囲気だけ。全く……と呟きながら、マーヴィさんが私に向き直った。

「なんか……困らせて悪かったな」
「い、いいえ……」

 何だかいつもよりも鼓動が早い。
 顔も暑いし、なんと言ってもマーヴィさんの顔が、今は直視できない。

 これは……

「アウラ」
「は、はい!」

 突然名を呼ばれ、また声が裏返ってしまった。
 だけどマーヴィさんはそのことには触れず、言葉を続ける。

「その……だな、良かったら……一緒に飯でも食いに行かないか?」

 マーヴィさんはいつも違う場所で働いていたから、食事はいつも別だった。
 寝る場所だって、私は教会でお世話になっているため、土地の浄化など一緒に行動する機会がなければ、一日顔を合わせないこともある。

 だから、久しぶりに食事が一緒にとれることがとても嬉しかった。

「はい! 是非」
「そうか、ならヤハトの酒場に行こう。アウラのお陰で作物の収穫が多くてな。あいつの店のメニューが増えたと評判なんだ」

 そう嬉しそうに話すマーヴィさんの笑顔と、気付けば自然と名を呼ばれている事実に、何故か胸の奥が苦しくなった。
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