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第3話 誘い
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「……すみませんでした」
泣きに泣いた私は、ずっとこの部屋にいてくれたマーヴィさんに謝罪した。
顔もぐしゃぐしゃ、髪の毛もわしゃわしゃ、青い目だって今は真っ赤になっていて、それは酷い顔してるに違いない。
だけど、
「少しは落ち着いたか?」
マーヴィさんは謝罪には触れず、ただ私のことを気遣ってくれた。
彼の言葉に頷き、貸してもらっていたハンカチを強く握りながら、明るい声をだそうと喉に力をこめた。
「ええ、何だか吹っ切れました! ここまで書かれてちゃ、未練も何もないですよ」
「ここまでって……そんなに酷いことが書かれていたのか?」
「あっ、い、いえ、何というか……ダグの言葉を盲信して、ほいほい騙された私も悪いというか……それに……」
ベッドの上に置いた手紙に視線を向けながら、自虐的に笑う。
「まあ確かに、彼と結婚して神聖魔法の力を失った私に、一体何の価値があるかと言われると……一理あるかなって……」
かたや皇女様、かたや力を失ったただの女。
イリス様と結婚し、次期皇帝になった方がいいに決まってる。
ここ帝国は実力主義であり、その皇帝に認められた力を、ダグは持っているのだから。
仮に当時のプロポーズが本物だったとしても、皇女様との結婚を打診されたら、誰だってそっちを選ぶだろう。
だから仕方な――
「価値がないなんて、自分を卑下するものじゃない」
静かでありながら、何か感情を押し留めているような声が、鼓膜を打った。
声の主はマーヴィさん。
優しい容貌に、厳しさを滲ませている。
「あんたは魔王討伐に大きく貢献した。それは紛れもない事実だ」
「でもそれは、ダグやマーヴィさんの力があったから……私は基本的に後方支援職だし……」
「なら言い方を変えよう。俺は旅の間、数えきれないほどの傷を癒して貰った。何度あんたの防御魔法に助けられたか分からない。あんたが助けてくれた事実は、今も抱いている感謝の気持ちは、あんたが例え力を失っても変わらない」
いつもは寡黙なマーヴィさんが、息継ぎもせずスラスラと言葉を紡ぐ姿に、少し驚いてしまった。
旅の途中もよくお礼は言ってくれたけれど、まさかそんなふうに思ってくれているなんて、考えたこともなかった。
ダグには私の鈍くささを指摘されるばかりで、戦いの中で一度も褒めて貰ったことがなかったから。
だけど私の気持ちとは正反対に、マーヴィさんは気まずそうに視線を逸らして俯いた。
「……すまなかった。知っていたんだ。あの男が碌でもない奴だってことは」
息を呑んだ。
マーヴィさんが言うには、ダグは私に隠れて相当女遊びをしていたらしい。
言われてみれば、歓楽街のある街では夜遅く帰ってくることも多かった。ダグは情報収集だと言っていたけど。
今思えばバレバレなのに。
「あの男は、若い女の前以外だと態度が激変してな。まあ、そっちが素だったんだろうが。あんたがいないところではやりたい放題で、仲裁するのが大変だったんだ」
「そう……なんですか……」
「だから本当は、あんたにあんな男辞めとけって言いたかった。言っておけば、こんな事態には……」
「言っても私が信じないって分かっていたから、言えなかったんですよね?」
「ああ。でも後悔してる。本当に悪かった」
今になって真実を知らせてくれなかったマーヴィさんを、責める気持ちはない。
だって、本当のことだから。
あの時の私はダグを本当に好きだったから、彼が嘘だと言えば信じただろう。いえ、本当でも、頭を下げられたら簡単に許していただろう。
そんなチョロい女だったって、痛いほど分かってるから。
「頭を上げてください、マーヴィさん。こんな馬鹿な私たちを、あなたは見捨てずに最後まで盾となって守ってくれました。それに倒れた私を助けてくれて……あなたには、感謝しかないです」
「それは俺だって同じだ。道中、助けてくれたあんたには感謝しかない。だから、力を失った自分が価値がないなどと言わないで欲しいんだ。少なくとも、あんたに感謝している俺の前では」
「ありがとう……ございます」
真っ直ぐな眼差しが、心の奥まで届いた気がした。
馬鹿な私をこんなに強く認めてくれる人がすぐそばにいたなんて、嬉しくて一度引っ込んだ涙がじわっと溢れ出した。
だけどまた泣いてしまったら、マーヴィさんを困らせてしまう。
私は、まるで気持ちを切り替えただけですよ、と言わんばかりに両手で顔を擦って涙を拭うと、パンっと両手を打った。
「今回のことは、いい勉強になりました。さてと、今後の身の振り方を考えなきゃ」
「あんたは、これからどうするつもりだ?」
「うーん……さすがに帝都からは早く出たいんですよね。だからと言って、帰る故郷もないし……」
私とダグの故郷はもうない。
私たちが旅立ってからほどなくして、魔族に再び襲われて滅ぼされたと聞いた。
「誰も私を知らない土地で、心と体を休めたいんですけど……」
「なら、俺の故郷に来ないか?」
「えっ?」
思いもよらない誘いに、私は声を上げた。
するとマーヴィさんは、旅の間、ほとんど語ることのなかった自分のことを話してくれた。
「俺の故郷は、帝国の辺境にある小さな村だ。皇帝直轄領なんだが貧しい土地で、見捨てられていたも同然だったんだ」
そんな村で育ったマーヴィさんは、魔王討伐に貢献した褒美として、故郷の村を含む一帯を拝領したのだという。
それとは別に大金も貰っており、魔王や配下である魔族、魔物たちせいで荒れてしまった故郷を立て直したいと言った。
「貧しくて何もない村だが、絆は強く、皆いい人間ばかりだ。もちろん無理強いは――」
「行きます! 良かったら私にもお手伝いさせてください!」
マーヴィさんの言葉に被せるように、私は身を乗り出して返事をしていた。
魔王討伐に世間が湧く中、その後についてすでに考え、行動しようとしている彼に感動したからだ。
そうだ。
こんなところで、腐ってる場合じゃない。
マーヴィさんは私の勢いに細い目を丸くしていたけど、やがて嬉しそうに微笑んだ。
心がじんわりと温かくなる、そんな優しい微笑みだった。
こうして私たちは必要なものを揃えると、マーヴィさんの故郷であるチェルシー地方へと旅立っていった。
泣きに泣いた私は、ずっとこの部屋にいてくれたマーヴィさんに謝罪した。
顔もぐしゃぐしゃ、髪の毛もわしゃわしゃ、青い目だって今は真っ赤になっていて、それは酷い顔してるに違いない。
だけど、
「少しは落ち着いたか?」
マーヴィさんは謝罪には触れず、ただ私のことを気遣ってくれた。
彼の言葉に頷き、貸してもらっていたハンカチを強く握りながら、明るい声をだそうと喉に力をこめた。
「ええ、何だか吹っ切れました! ここまで書かれてちゃ、未練も何もないですよ」
「ここまでって……そんなに酷いことが書かれていたのか?」
「あっ、い、いえ、何というか……ダグの言葉を盲信して、ほいほい騙された私も悪いというか……それに……」
ベッドの上に置いた手紙に視線を向けながら、自虐的に笑う。
「まあ確かに、彼と結婚して神聖魔法の力を失った私に、一体何の価値があるかと言われると……一理あるかなって……」
かたや皇女様、かたや力を失ったただの女。
イリス様と結婚し、次期皇帝になった方がいいに決まってる。
ここ帝国は実力主義であり、その皇帝に認められた力を、ダグは持っているのだから。
仮に当時のプロポーズが本物だったとしても、皇女様との結婚を打診されたら、誰だってそっちを選ぶだろう。
だから仕方な――
「価値がないなんて、自分を卑下するものじゃない」
静かでありながら、何か感情を押し留めているような声が、鼓膜を打った。
声の主はマーヴィさん。
優しい容貌に、厳しさを滲ませている。
「あんたは魔王討伐に大きく貢献した。それは紛れもない事実だ」
「でもそれは、ダグやマーヴィさんの力があったから……私は基本的に後方支援職だし……」
「なら言い方を変えよう。俺は旅の間、数えきれないほどの傷を癒して貰った。何度あんたの防御魔法に助けられたか分からない。あんたが助けてくれた事実は、今も抱いている感謝の気持ちは、あんたが例え力を失っても変わらない」
いつもは寡黙なマーヴィさんが、息継ぎもせずスラスラと言葉を紡ぐ姿に、少し驚いてしまった。
旅の途中もよくお礼は言ってくれたけれど、まさかそんなふうに思ってくれているなんて、考えたこともなかった。
ダグには私の鈍くささを指摘されるばかりで、戦いの中で一度も褒めて貰ったことがなかったから。
だけど私の気持ちとは正反対に、マーヴィさんは気まずそうに視線を逸らして俯いた。
「……すまなかった。知っていたんだ。あの男が碌でもない奴だってことは」
息を呑んだ。
マーヴィさんが言うには、ダグは私に隠れて相当女遊びをしていたらしい。
言われてみれば、歓楽街のある街では夜遅く帰ってくることも多かった。ダグは情報収集だと言っていたけど。
今思えばバレバレなのに。
「あの男は、若い女の前以外だと態度が激変してな。まあ、そっちが素だったんだろうが。あんたがいないところではやりたい放題で、仲裁するのが大変だったんだ」
「そう……なんですか……」
「だから本当は、あんたにあんな男辞めとけって言いたかった。言っておけば、こんな事態には……」
「言っても私が信じないって分かっていたから、言えなかったんですよね?」
「ああ。でも後悔してる。本当に悪かった」
今になって真実を知らせてくれなかったマーヴィさんを、責める気持ちはない。
だって、本当のことだから。
あの時の私はダグを本当に好きだったから、彼が嘘だと言えば信じただろう。いえ、本当でも、頭を下げられたら簡単に許していただろう。
そんなチョロい女だったって、痛いほど分かってるから。
「頭を上げてください、マーヴィさん。こんな馬鹿な私たちを、あなたは見捨てずに最後まで盾となって守ってくれました。それに倒れた私を助けてくれて……あなたには、感謝しかないです」
「それは俺だって同じだ。道中、助けてくれたあんたには感謝しかない。だから、力を失った自分が価値がないなどと言わないで欲しいんだ。少なくとも、あんたに感謝している俺の前では」
「ありがとう……ございます」
真っ直ぐな眼差しが、心の奥まで届いた気がした。
馬鹿な私をこんなに強く認めてくれる人がすぐそばにいたなんて、嬉しくて一度引っ込んだ涙がじわっと溢れ出した。
だけどまた泣いてしまったら、マーヴィさんを困らせてしまう。
私は、まるで気持ちを切り替えただけですよ、と言わんばかりに両手で顔を擦って涙を拭うと、パンっと両手を打った。
「今回のことは、いい勉強になりました。さてと、今後の身の振り方を考えなきゃ」
「あんたは、これからどうするつもりだ?」
「うーん……さすがに帝都からは早く出たいんですよね。だからと言って、帰る故郷もないし……」
私とダグの故郷はもうない。
私たちが旅立ってからほどなくして、魔族に再び襲われて滅ぼされたと聞いた。
「誰も私を知らない土地で、心と体を休めたいんですけど……」
「なら、俺の故郷に来ないか?」
「えっ?」
思いもよらない誘いに、私は声を上げた。
するとマーヴィさんは、旅の間、ほとんど語ることのなかった自分のことを話してくれた。
「俺の故郷は、帝国の辺境にある小さな村だ。皇帝直轄領なんだが貧しい土地で、見捨てられていたも同然だったんだ」
そんな村で育ったマーヴィさんは、魔王討伐に貢献した褒美として、故郷の村を含む一帯を拝領したのだという。
それとは別に大金も貰っており、魔王や配下である魔族、魔物たちせいで荒れてしまった故郷を立て直したいと言った。
「貧しくて何もない村だが、絆は強く、皆いい人間ばかりだ。もちろん無理強いは――」
「行きます! 良かったら私にもお手伝いさせてください!」
マーヴィさんの言葉に被せるように、私は身を乗り出して返事をしていた。
魔王討伐に世間が湧く中、その後についてすでに考え、行動しようとしている彼に感動したからだ。
そうだ。
こんなところで、腐ってる場合じゃない。
マーヴィさんは私の勢いに細い目を丸くしていたけど、やがて嬉しそうに微笑んだ。
心がじんわりと温かくなる、そんな優しい微笑みだった。
こうして私たちは必要なものを揃えると、マーヴィさんの故郷であるチェルシー地方へと旅立っていった。
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