この戦いが終わったら一緒になろうと約束していた勇者は、私の目の前で皇女様との結婚を選んだ

めぐめぐ

文字の大きさ
上 下
2 / 14

第2話 手紙

しおりを挟む
 気がつけば、私はベッドの上で寝ていた。
 頭の中がモヤがかかったように、ぼんやりしている。

 ここはどこ?
 見たところ、どこかの宿屋なのだろうけど……

「目が覚めたか?」

 声がした方を見ると、私服のマーヴィさんが座っていた。
 
 いつも身につけている鎧はなく、街の人が着ているような布の服姿が新鮮だった。だって旅の間はどこで何があるか分からないと、ずっと鎧を身につけていたから。

 目は細くて若干垂れているからか、盾役なんていう過酷な役割を担っているとは思えないほど優しく見える。

 だけど体は鎧がなくてもすごく大きい。
 勇者の力があるダグとは違い、しっかり鍛えないと敵の攻撃を受けきれないと言って、毎日トレーニングをかかさなかったのを思い出す。

 髪の毛が深い茶色でボサッとしていたせいもあってか、初めて鎧を着ていないマーヴィさんを見た時の印象は、クマさんだった。

 私よりも六歳も年上の方にクマさんは失礼か。

「あんた、倒れたことは覚えてるか?」

 彼の硬い声色と同情するような黒い視線に、私はゆっくりとあのときのことを噛みしめるように頷いた。

 忘れるわけがない。
 婚約者だった幼馴染みが裏切った瞬間を……

 全部夢だったら良かったのに。

「マーヴィさんが、ここまで運んでくださったんですか?」
「ああ。勝手に城下町の宿屋に運んだのは悪かった。城の連中にも引き止められたんだが……あんなことがあったんじゃなぁ……」
「ごめんなさい……私のせいで、マーヴィさんにご迷惑を……」
「いや、俺もあんな豪華な部屋は居心地が悪くて落ち着かん。あんたの一件がなくても、俺は宿屋に泊まるつもりだったし、まあ気にすんな」

 嘘か本当かは分からない。
 だけど、私を気遣うマーヴィさんの優しさが、今は心に沁みた。

「ありがとうございます」
「ダグがあんたと結婚の約束をしていたのは知っていたから、ショックが大きいのは分かるんだが……その、だな……」

 マーヴィさんはものすごく言いにくそうに言葉尻を濁すと、ズボンのポケットから封筒を取り出した。

「あの男から、あんたに渡してくれって預かった」
「……え?」

 戸惑いつつも、差し出された手紙を受け取ると、マーヴィさんは気を遣って部屋を出ようとした。

 だけど一人で読むのが怖くて、彼を引き留めた。

「あ、あのっ、ごめんなさい! 手紙を読み終わるまで、ここにいて頂けないでしょうか?」
「いいのか?」
「はい。多分、読み終わったら泣いちゃって、また困らせちゃうかもしれませんが……何もしなくてもいいので、ここにいてくださいませんか?」
「分かった」

 凄く迷惑なことをお願いしているのは分かってる。
 だけどその一言が、心強かった。

 意を決し手紙を開く。
 今まで見せてくれたダグの笑顔に、僅かな希望を重ねながら。

 だけど手紙を読み進めていくにつれて、涙で文字が滲んでいく。

 そこに書かれていたのは、皇女様を選んだやむ終えない理由でも謝罪でもなく、馬鹿な私を嘲笑う言葉の数々だった。

 ダグは、一人で魔王討伐に行くのに不安があった。そこで白羽の矢を立てたのが、神聖魔法が使える私だった。

 私が彼のことを好きなのを知っていて、その気持ちを利用しようとプロポーズしてきたらしい。

 そうすれば、お人よしな私がついてくると踏んで。

 神聖魔法が役にたてば儲け。
 役に立たなければ、いざという時のデコイにすればいいと。

 最後にはこんなことが書かれていた。

『お前みたいな、ヤれば魔法を使えなくなる女となんて、誰が結婚するんだよ。神聖魔法を使うことしか取り柄のない役立たずのくせに。女神に選ばれた勇者たる俺には、イリスのような女が相応しいんだ。お前はもう用無しだ』

 この三年、愛する人のために、たくさん怖い思いをした。
 悲しい思いもした。

(一体、何のためだったんだろう……)

 ダグが見せてくれた笑顔も優しい言葉も、全部全部、嘘だったなんて――

「大丈夫か?」

 マーヴィさんの声で、全ての緊張の糸が途切れてしまった。
 堰を切ったように、涙が溢れて止まらなくなる。

「だ、大丈夫……だいじょうぶ、ですか、ら……なに、も、しないでいいっ、うっ、うう、あぁ……」

 しゃくりあげた声が、嗚咽となって部屋に響く。

 マーヴィさんは、私がお願いしたように何も言わなかった。

 だけどハンカチを私に握らせると、泣き止むまで黙ってこの部屋に居続けてくれた。
しおりを挟む
お読みいただきありがとうございます♪

匿名で何か残したい場合は、マシュマロ(メッセージ送るやつ)・WEB拍手をどうぞご利用下さい。次作の励みとなります♪

Web拍手(別作品のおまけSS掲載中)
【Web拍手】

マシュマロ
【マシュマロを送る】

感想 14

あなたにおすすめの小説

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

リストラされた聖女 ~婚約破棄されたので結界維持を解除します

青の雀
恋愛
キャロラインは、王宮でのパーティで婚約者のジークフリク王太子殿下から婚約破棄されてしまい、王宮から追放されてしまう。 キャロラインは、国境を1歩でも出れば、自身が張っていた結界が消えてしまうのだ。 結界が消えた王国はいかに?

大好きな旦那様はどうやら聖女様のことがお好きなようです

古堂すいう
恋愛
祖父から溺愛され我儘に育った公爵令嬢セレーネは、婚約者である皇子から衆目の中、突如婚約破棄を言い渡される。 皇子の横にはセレーネが嫌う男爵令嬢の姿があった。 他人から冷たい視線を浴びたことなどないセレーネに戸惑うばかり、そんな彼女に所有財産没収の命が下されようとしたその時。 救いの手を差し伸べたのは神官長──エルゲンだった。 セレーネは、エルゲンと婚姻を結んだ当初「穏やかで誰にでも微笑むつまらない人」だという印象をもっていたけれど、共に生活する内に徐々に彼の人柄に惹かれていく。 だけれど彼には想い人が出来てしまったようで──…。 「今度はわたくしが恩を返すべきなんですわ!」 今まで自分のことばかりだったセレーネは、初めて人のために何かしたいと思い立ち、大好きな旦那様のために奮闘するのだが──…。

離縁をさせて頂きます、なぜなら私は選ばれたので。

kanon
恋愛
「アリシア、お前はもうこの家に必要ない。ブライト家から追放する」 父からの予想外の言葉に、私は目を瞬かせる。 我が国でも名高いブライト伯爵家のだたっぴろい応接間。 用があると言われて足を踏み入れた途端に、父は私にそう言ったのだ。 困惑する私を楽しむように、姉のモンタナが薄ら笑いを浮かべる。 「あら、聞こえなかったのかしら? お父様は追放と言ったのよ。まさか追放の意味も知らないわけじゃないわよねぇ?」

聖女アマリア ~喜んで、婚約破棄を承ります。

青の雀
恋愛
公爵令嬢アマリアは、15歳の誕生日の翌日、前世の記憶を思い出す。 婚約者である王太子エドモンドから、18歳の学園の卒業パーティで王太子妃の座を狙った男爵令嬢リリカからの告発を真に受け、冤罪で断罪、婚約破棄され公開処刑されてしまう記憶であった。 王太子エドモンドと学園から逃げるため、留学することに。隣国へ留学したアマリアは、聖女に認定され、覚醒する。そこで隣国の皇太子から求婚されるが、アマリアには、エドモンドという婚約者がいるため、返事に窮す。

婚約破棄から聖女~今さら戻れと言われても後の祭りです

青の雀
恋愛
第1話 婚約破棄された伯爵令嬢は、領地に帰り聖女の力を発揮する。聖女を嫁に欲しい破棄した侯爵、王家が縁談を申し込むも拒否される。地団太を踏むも後の祭りです。

「婚約の約束を取り消しませんか」と言われ、涙が零れてしまったら

古堂すいう
恋愛
今日は待ちに待った婚約発表の日。 アベリア王国の公爵令嬢─ルルは、心を躍らせ王城のパーティーへと向かった。 けれど、パーティーで見たのは想い人である第二王子─ユシスと、その横に立つ妖艶で美人な隣国の王女。 王女がユシスにべったりとして離れないその様子を見て、ルルは切ない想いに胸を焦がして──。

悪役令嬢の涙

拓海のり
恋愛
公爵令嬢グレイスは婚約者である王太子エドマンドに卒業パーティで婚約破棄される。王子の側には、癒しの魔法を使え聖女ではないかと噂される子爵家に引き取られたメアリ―がいた。13000字の短編です。他サイトにも投稿します。

処理中です...