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第9話 レヴィアの思案
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セイリスから解放され、自室のベッドに戻ったレヴィアは寝れずにいた。
猫変身防止のためのろうそくの光が、辺りを照らしている。ゆらゆらと揺らめく光が、猫になったレヴィアを見つめるセイリスの瞳と重なり、慌てて目を逸らした。
(ほんっっっっと――――に何なの? どうして猫の前だと、ああも人が変わるの?)
夫の豹変はこれで二回目だ。
現実だと認めるしかない。
横っ腹辺りに触れると、セイリスの体温が蘇った。
頭の重み、そして吐き出される息の温かさも――
そして、まさがご本人がいるとも知らずにポンポンと吐き出される、レヴィアへの想い。
恥ずかしさのあまり、レヴィアは枕を抱きしめ顔を埋めた。頭にやかんをおけば、沸騰してしまうんじゃないかと思うぐらい熱くてボーっとしてしまいそうになる。
昔は小さな恋のメロディーもあったが、呪いが発動し結婚を諦めた時から、異性と関わり合いをもたないようにしてきた。
たまに父の友人などが、綺麗やら可愛い言ってくれることはあるが、社交辞令、もしくは自分の娘的な意味合いだととらえ、聞き流していた。
だから、こういう言葉の耐性が非常に低かったのだ。
しばらく枕に顔を埋めて悶えた後、
(血を残す資格がないとおっしゃっていたわ)
彼の言葉を思い出した。
レヴィアのような弱小貴族ならともかく、セイリスはアイルバルトという大きな権力をもった家を背負っているのだ。自身の血筋を残していく義務があるはず。
なのに彼は、何故か養子を迎えると決めている。
レヴィアにあれだけハッキリ言えるということは、この件は秘め事ではない。むろん、彼の両親も了承しているのだろう。
(何かの際、ご両親に聞いてみるべきかしら……)
セイリスの両親は、すでに領地内の別邸に住まいを移している。レヴィアも一度だけ会ったが、アイルバルト家に嫁いできた感謝を淡々と述べられただけだった。
見下されることもなければ、感謝を告げられても伝わってこない。このとき、セイリスの両親が自分に対し、何の関心ももっていないことに気付いた。
立場の上の人間から命令されたことを淡々と受け入れているといった感じだ。
ただセイリスと両親の間には、見えない壁があるように思えた。
(遠慮してる――いえ、どこかセイリス様を恐れているような……)
母を亡くし、その分一生懸命愛情を注いでくれた実父との関係を思うと、セイリスと彼の両親との関係が歪んで見える。
しかし親子関係が希薄な家庭など、貴族にはよくあることだ。
むしろ、レヴィアのほうが貴族社会では歪なのかもしれない。なんせ、娘に猫になる呪いがかかっていると知っても、家族の誰一人レヴィアを疎んじる者はいなかったのだから。
(むしろ弟妹からは「猫になるのすげー!」って尊敬されていたわね……)
弟妹のキラキラした瞳を思い出すと、心の中が温かくなった。弟妹の輝く瞳が、猫の自分を見るセイリスと被り、また恥ずかしさが蘇る。
(セイリス様は、私への想いが迷惑になるって仰っていた)
勘違いでなければ、レヴィアを好いている気持ちが、政略結構として割り切ったレヴィアに迷惑をかけると言っているように思える。
(私は、別に迷惑だなんて……)
そう思った瞬間、頭を振って考えを振り払った。
利害が合致した政略結婚だと割り切っていたはずなのに、彼からの好意が嬉しいと思っている自分に気づいたからだ。
顔が良いだけなら、無関心でいられた。むしろ心の内が感じられなくて怖いとさえ思った。
だが、あんなに優しさを見せられたら、
(気にしないでいろ、と言う方が無理だわ……)
はあっとため息をつく。
しかし、何故セイリスはレヴィアに好意を持ってくれたのだろうと疑問が浮かぶ。
結婚後、セイリスと一緒に過ごした時間は短い。
そもそも、由緒正しい侯爵家の当主が、貧乏貴族な自分をどこで見つけたのかも気になる。
まあ、子どもを産まないと言っていたので、悪い意味で貴族社会では目立っていたのかもしれないが。
疑問は尽きないが、とにかくだ。
(私はセイリス様に救って頂いた身。確かに初めは気持ちが分からなくて怖いとは思ったけれど、ここでの生活を考えると悪い方ではないはずだわ。なら、感謝の気持ちだけは表に出すようにしよう)
自分に何か遠慮しているのなら、迷惑を掛けたくないと思っているのなら、その心配は無用なのだと伝えられるように。
そう決めてしまうと、心のモヤモヤが少し晴れた気がした。
猫変身防止のためのろうそくの光が、辺りを照らしている。ゆらゆらと揺らめく光が、猫になったレヴィアを見つめるセイリスの瞳と重なり、慌てて目を逸らした。
(ほんっっっっと――――に何なの? どうして猫の前だと、ああも人が変わるの?)
夫の豹変はこれで二回目だ。
現実だと認めるしかない。
横っ腹辺りに触れると、セイリスの体温が蘇った。
頭の重み、そして吐き出される息の温かさも――
そして、まさがご本人がいるとも知らずにポンポンと吐き出される、レヴィアへの想い。
恥ずかしさのあまり、レヴィアは枕を抱きしめ顔を埋めた。頭にやかんをおけば、沸騰してしまうんじゃないかと思うぐらい熱くてボーっとしてしまいそうになる。
昔は小さな恋のメロディーもあったが、呪いが発動し結婚を諦めた時から、異性と関わり合いをもたないようにしてきた。
たまに父の友人などが、綺麗やら可愛い言ってくれることはあるが、社交辞令、もしくは自分の娘的な意味合いだととらえ、聞き流していた。
だから、こういう言葉の耐性が非常に低かったのだ。
しばらく枕に顔を埋めて悶えた後、
(血を残す資格がないとおっしゃっていたわ)
彼の言葉を思い出した。
レヴィアのような弱小貴族ならともかく、セイリスはアイルバルトという大きな権力をもった家を背負っているのだ。自身の血筋を残していく義務があるはず。
なのに彼は、何故か養子を迎えると決めている。
レヴィアにあれだけハッキリ言えるということは、この件は秘め事ではない。むろん、彼の両親も了承しているのだろう。
(何かの際、ご両親に聞いてみるべきかしら……)
セイリスの両親は、すでに領地内の別邸に住まいを移している。レヴィアも一度だけ会ったが、アイルバルト家に嫁いできた感謝を淡々と述べられただけだった。
見下されることもなければ、感謝を告げられても伝わってこない。このとき、セイリスの両親が自分に対し、何の関心ももっていないことに気付いた。
立場の上の人間から命令されたことを淡々と受け入れているといった感じだ。
ただセイリスと両親の間には、見えない壁があるように思えた。
(遠慮してる――いえ、どこかセイリス様を恐れているような……)
母を亡くし、その分一生懸命愛情を注いでくれた実父との関係を思うと、セイリスと彼の両親との関係が歪んで見える。
しかし親子関係が希薄な家庭など、貴族にはよくあることだ。
むしろ、レヴィアのほうが貴族社会では歪なのかもしれない。なんせ、娘に猫になる呪いがかかっていると知っても、家族の誰一人レヴィアを疎んじる者はいなかったのだから。
(むしろ弟妹からは「猫になるのすげー!」って尊敬されていたわね……)
弟妹のキラキラした瞳を思い出すと、心の中が温かくなった。弟妹の輝く瞳が、猫の自分を見るセイリスと被り、また恥ずかしさが蘇る。
(セイリス様は、私への想いが迷惑になるって仰っていた)
勘違いでなければ、レヴィアを好いている気持ちが、政略結構として割り切ったレヴィアに迷惑をかけると言っているように思える。
(私は、別に迷惑だなんて……)
そう思った瞬間、頭を振って考えを振り払った。
利害が合致した政略結婚だと割り切っていたはずなのに、彼からの好意が嬉しいと思っている自分に気づいたからだ。
顔が良いだけなら、無関心でいられた。むしろ心の内が感じられなくて怖いとさえ思った。
だが、あんなに優しさを見せられたら、
(気にしないでいろ、と言う方が無理だわ……)
はあっとため息をつく。
しかし、何故セイリスはレヴィアに好意を持ってくれたのだろうと疑問が浮かぶ。
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自分に何か遠慮しているのなら、迷惑を掛けたくないと思っているのなら、その心配は無用なのだと伝えられるように。
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