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第三話

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 ヴィンセンの回復は、サヨが想像する以上に早かった。

 村に雪が降る前には元気に動き回れるようになり、自分がいることで増えてしまった食料や薪などを、森に入って準備してくれた。

 今まで一人で全てをこなしていたサヨは、男手があるとこれほど色々と捗るものなのかと、関心してしまった。

(もし伴侶を得たとしたら……こんな感じなのでしょうか?)

 薪を割るヴィンセンの姿を遠目で見つめながら、そんな妄想がチラッと脳裏をよぎった。が、すぐさま軽く頭を振り、妄想をかき消し、彼に背を向ける。

 サヨは、元々隣国のとある貴族の娘だった。

 しかし、こちらと敵対する別の貴族によって冤罪をかけられ、一族が処刑されてしまったのだ。混乱に乗じ、サヨだけが逃がされ、この辺境の地で身を潜め、趣味だった薬草学を使って生活をしている。

 自分がここにいるとバレればきっと、捕えられてしまうだろう。
 その後、どうなるかは……想像したくない。

(だから、私には縁のない話。考えるだけ……無駄です)

 そう思ったとき、

「サヨ?」
「ひゃぁっ‼」

 家に戻ろうとした瞬間、近付いていたヴィンセンの肩とぶつかり、尻餅をついてしまった。そのまま倒れないように手をついたため、手のひらに軽い擦り傷が出来てしまう。

「だ、大丈夫か、サヨ! ああっ……、手がすりむいているじゃないか! すぐに消毒を!」

 サヨの右手をとったヴィンセンが、パパッと土を払うと、少し血が滲んだ傷口に唇を寄せた。生暖かいものが、傷口の汚れを拭うように這うと、ジュッと吸い付いた。

 チクリとした痛みが走り、呆然とされるがままだったサヨの意識が戻る。

「は、離してください! たいした傷じゃないですし、今は唾液で消毒すると、逆に口内の菌が入って良くないんですよ⁉」
「そ、そうだったのか⁉ 無知で、すまない……」
「もう、いいですから! そろそろ家に戻りましょう。かなり冷えてきましたし」
「いや、この薪を割り終わったら戻るから、サヨは先に帰っていてくれ。お前の身体が冷える方が、心配だ」

 優しい声色でそう言われ、サヨの心臓が跳ね上がった。唾液で濡れた手を、ギュッと握る。

 できるだけ心を悟られぬよう、サヨは、遅くならないように伝えると、さっと逃げるようにヴィンセンの前から立ち去った。

 手のひらの傷は、痛みとは別の理由で熱くなっていた。
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