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第二話
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「ん……」
ベッドの上で眠っていた男が身じろぎをした。うっすら開いた瞳が天井を映すと、ハッと大きく見開かれた。そして跳ね起きる勢いで身体をベッドから起こすと、周囲を見回した。
彼のすぐ横で看病していたサヨと目が合うと、状況が把握できていないためか、パチパチと瞬きを繰り返した。その姿が、何だか挙動不審な小動物みたいに見えて、サヨは小さく噴きだした。
「もう大丈夫ですか?」
「あ、ああ……きみ、は?」
「私は、サヨ・レイナードです。あなたは、この家の近くで倒れていたのですよ?」
「倒れて……いた?」
「はい。酷い疲労と、傷から入った感染症のせいで、丸二日間眠り続けていたのです」
「……二日……だと?」
サヨの言葉に、男の顔から血の気が引いた。毛布をはねのけ、ベッドから降りようと身体を動かすと、ウッと声を上げて額を抑えた。
「急に動いては駄目ですって! まだあなたの身体は回復途中です。もうしばらくは、ここで療養してください!」
「だ、駄目だ……すぐに行かないとっ! 私が戻らないと……」
そう言って無理にでもベッドから出ようとする男を見て、立ち上がったサヨは目の前でパンッと強く手を叩いた。鼓膜を突き刺すような鋭い音に、男の動きが止まった。細い瞳を丸くして、サヨを見上げている。
「少しは落ち着きましたか? さっきも言いましたが、あなたはまだ回復していません。一度救った人を、また死なせるために、私はあなたに二日もベッドをお貸ししたわけではないのです!」
「そ、そう、だな……わ、悪かった」
「分かって頂ければ結構です」
男は、自分が座っているベッドとサヨに交互に視線を向けながら、大人しく謝った。そして、手をこちらに差し出すと、名乗った。
「自己紹介とお礼が遅れて申し訳ない。私の名は、ヴィンセン・クラフトだ。命を救って頂き、本当に感謝している。この礼は、国に帰ったら必ずさせて頂く」
「別に気にしなくていいですよ。困ったときは、お互い様と言うではないですか」
笑いながら手を横に振るサヨ。ヴィンセンから漂うどこか気品ある物腰や言葉遣い、乱れてはいるが整った容姿や服を見る限り、ただの一般人ではないのは一目瞭然だった。
正直、あまり深い関わり合いを持ちたくない類いの人間だ。
だがヴィンセンはサヨの言葉に、いや、必ず、と念押しをすると、チラッと窓の外を見た。
「話は変わるが、ここからガリア山は遠いのか? 身体が回復し次第、隣国に渡りたいのだが……」
「隣国にですか? ガリア山にはもう雪が積もっていて、春まで通行が出来ませんよ?」
「な、なんだと? では、春まで足止めということか?」
「そうなりますね」
「なんてことだ……」
「それに、恐らくあなたが回復する頃には、この村周辺も雪で閉ざされるでしょう。そうなると、この村から出ることも出来なくなります」
「そ、そうなのか。出来れば、村の者とは顔を合わせたくはなかったのだが……」
この男には、何か事情があるようだ。
困ったように眉尻を下げるヴィンセンを見て、サヨはため息をついた。自分が拾ってしまった男なのだから、村に迷惑をかけずに自分で何とかするのが筋だろう。
「なら……春が来るまで、この家にいますか?」
こうしてサヨは、行き倒れていた男ヴィンセンと、冬を越すこととなったのだった。
ベッドの上で眠っていた男が身じろぎをした。うっすら開いた瞳が天井を映すと、ハッと大きく見開かれた。そして跳ね起きる勢いで身体をベッドから起こすと、周囲を見回した。
彼のすぐ横で看病していたサヨと目が合うと、状況が把握できていないためか、パチパチと瞬きを繰り返した。その姿が、何だか挙動不審な小動物みたいに見えて、サヨは小さく噴きだした。
「もう大丈夫ですか?」
「あ、ああ……きみ、は?」
「私は、サヨ・レイナードです。あなたは、この家の近くで倒れていたのですよ?」
「倒れて……いた?」
「はい。酷い疲労と、傷から入った感染症のせいで、丸二日間眠り続けていたのです」
「……二日……だと?」
サヨの言葉に、男の顔から血の気が引いた。毛布をはねのけ、ベッドから降りようと身体を動かすと、ウッと声を上げて額を抑えた。
「急に動いては駄目ですって! まだあなたの身体は回復途中です。もうしばらくは、ここで療養してください!」
「だ、駄目だ……すぐに行かないとっ! 私が戻らないと……」
そう言って無理にでもベッドから出ようとする男を見て、立ち上がったサヨは目の前でパンッと強く手を叩いた。鼓膜を突き刺すような鋭い音に、男の動きが止まった。細い瞳を丸くして、サヨを見上げている。
「少しは落ち着きましたか? さっきも言いましたが、あなたはまだ回復していません。一度救った人を、また死なせるために、私はあなたに二日もベッドをお貸ししたわけではないのです!」
「そ、そう、だな……わ、悪かった」
「分かって頂ければ結構です」
男は、自分が座っているベッドとサヨに交互に視線を向けながら、大人しく謝った。そして、手をこちらに差し出すと、名乗った。
「自己紹介とお礼が遅れて申し訳ない。私の名は、ヴィンセン・クラフトだ。命を救って頂き、本当に感謝している。この礼は、国に帰ったら必ずさせて頂く」
「別に気にしなくていいですよ。困ったときは、お互い様と言うではないですか」
笑いながら手を横に振るサヨ。ヴィンセンから漂うどこか気品ある物腰や言葉遣い、乱れてはいるが整った容姿や服を見る限り、ただの一般人ではないのは一目瞭然だった。
正直、あまり深い関わり合いを持ちたくない類いの人間だ。
だがヴィンセンはサヨの言葉に、いや、必ず、と念押しをすると、チラッと窓の外を見た。
「話は変わるが、ここからガリア山は遠いのか? 身体が回復し次第、隣国に渡りたいのだが……」
「隣国にですか? ガリア山にはもう雪が積もっていて、春まで通行が出来ませんよ?」
「な、なんだと? では、春まで足止めということか?」
「そうなりますね」
「なんてことだ……」
「それに、恐らくあなたが回復する頃には、この村周辺も雪で閉ざされるでしょう。そうなると、この村から出ることも出来なくなります」
「そ、そうなのか。出来れば、村の者とは顔を合わせたくはなかったのだが……」
この男には、何か事情があるようだ。
困ったように眉尻を下げるヴィンセンを見て、サヨはため息をついた。自分が拾ってしまった男なのだから、村に迷惑をかけずに自分で何とかするのが筋だろう。
「なら……春が来るまで、この家にいますか?」
こうしてサヨは、行き倒れていた男ヴィンセンと、冬を越すこととなったのだった。
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