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第14話

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「言いふらしてやるからな。俺の妻と不倫していたと商会全体に! 俺は貴族社会とも繋がりがある! ブルーノー商会が人の女に手を出したって言いふらして、信用を失墜させてやるっ‼」

「ああ、私が元奥様と不倫していたのは嘘ですよ。その離縁届もディアさんが用意して下さったものです。フェリーチェ様の署名を偽装してね」

「な、なに⁉」

「フェリーチェ様と直接お会いしたのは……これで3回目ですね。1回目は茶葉の取引、2回目は取引結果を聞きに、そして今回が3回目です。全てはあなたを怒らせ、離縁届を書かせるための嘘です」

 ウェイター様の表情が、真剣なものに変わります。

「それほど、皆があなたと離縁させたかったということですよ。フェリーチェ様のためにね」

「う、嘘だ……と⁉ と、取り消しだっ‼ さっきの離縁は取り消しだっ‼」

「だーかーらー、言ったじゃないですか、さっきお役人が離縁届を受理したって。それに言い逃れは出来ませんよ? さっきのお役人、あなたがフェリーチェ様に『離縁する』と仰い、目の前で離縁届に署名されたところまで、ちゃーんと確認されていましたしね?」

 ディアが馬鹿にするように笑い、オグリスさんが頷かれました。

「それに例えお前さんがどれだけ訴えても、誰も聞く耳持たんだろうな。この件に関しては、商会ギルド全体に広く根回してる。皆、すっげー協力的だったぜ?」

「で、でも所詮は商会ギルドの連中だろ⁉ 平民のお前たちなどすぐに他の貴族どもに協力を仰いで潰してやる‼」

「ああ、そちらの根回しも終わってますのでご心配なく。色んな繋がりがあるのですよ。まだ貴族社会の浅い部分しか知らないあなたの知らない繋がりがね? 今回の騒動、そして真実は皆に伝えられていますから、私やフェリーチェ様が後ろ指刺されることもありません。ああ、せっかくですし一つ、お伝えしておきましょう。昨日の夜会で、サウスホーム商会で新作の茶葉が売れている話をお聞きしたと思いますが、あれをあなたに伝えるようお願いしたのは、私なのです。激高なさったあなたが、ここに来られると思ってましたから」

「う、うそだ……」

「言いましたよね? それだけ皆が、あなたとフェリーチェ様を離縁させたがっているんだと」

 皆が動き出しました。
 それを見たレイジィ様が今までにないくらい顔を真っ青にし、慌てていらっしゃいます。

 それもそうでしょう。
 ここで働く者が、そして屋敷で働く者がいなくなるわけですから。
 
 それに例え、三大商会の一つであるブルーノー商会だとは言え、平民に陥れられたという醜聞が貴族社会に広がれば、もう誰もレイジィ様と付き合うものはいなくなるでしょう。

 無能だと烙印を押されるのですから。

 あの方はたった今、今までご自身を支えて下さっていた人材や信頼、全てを失ったのです。

「ふぇっ、フェリーチェ……いかないでくれ……。お、お前は俺がいないと生きて行けないはずだ……今ならま、まだ、許してやるから……」

 立ち尽くしている私の足元に、レイジィ様が縋りついてきました。

 思わず体が震え、足が止まってしまいます。
 それと同時に湧き上がるのは、自分に対する不信感。

 本当に皆が言うように、能力があるのでしょうか?
 このままレイジィ様の元から離れて生きていけるのでしょうか?

「フェリーチェ様、こちらを見て下さい」

 ウェイター様の言葉に振り返ると、私を見つめるたくさんの人々がいました。
 オグリスさんと目が合うと、力強い頷きを返してくれました。
 従業員たちは笑顔を浮かべ、ディアは泣きながら私を手招きしています。

「ここにはいませんが、私たちに貴女を託して応援して下さった方々も数多くおられます。皆が貴女を慕っているのです。これを見てもまだ元ご主人の言葉を信じますか? あなたの持つ力を……信じられませんか?」 

 目の前の闇が祓われ、光がさした気がしました。

 私は……私はこんなにたくさんの人たちから、心配されていたのですね。
 ならば――きちんと私自身の意思で、決めなければ。

 スカートの裾を掴むレイジィの手を優しくとると、嬉しそうに瞳を輝かせた彼にお伝えいたしました。

「今までありがとうございました。屋敷も商会も寂しくなりますが、優秀なアイリーンがいるので大丈夫ですよね?」

「あ、あんな女に任せられるわけがないだろっ‼ ここを任せられるのは、お前だけ――」

「私の方が優秀だ、お前を妻にしたかったって散々ベッドの上で仰ったのは、どこのどなたでしたか⁉」

「お、お前が俺を誘惑するから……そうだ! この女が悪いんだっ‼ 俺は、フェリーチェの才能に始めから気づいてたんだ! それなのにこの女が、フェリーチェは無能だと吹き込むから……」

「よくもまあそんなウソをっ‼」

 私の前でレイジィ様とアイリーンが醜い罵り合いを始めました。
 でももう私にはどうでも良かったのです。

「レイジィ様、私知っていたのですよ、あなたがアイリーンに産ませた子どもを、跡継ぎにしたいと仰ってたことを」

 レイジィ様の表情が固まりました。
 
「この5年間、あなたに尽くそうと、あなたに認められるような人間になろうと頑張ってまいりました。でも……この心は限界だったようです。私のことは忘れて下さい。どうぞアイリーンと末永くお幸せに」

「いっ、行くな、フェリーチェっ‼」

 ええっと、こういう時、何と言えばいいのでしょうか?
 確か……確かディアは、こう言っていた気がします。

 私は微笑みました。
 レイジィ様の前で、初めて恐怖なく、心の底から笑えたのです。

「さようなら、ゴミクズ野郎さん」

 レイジィ様の絶叫を背中で聞きながら、私は部屋を後にしました。
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