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第7話
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「ディア、主人に解雇されたリッツとグリッドさんの件はどうなりましたか?」
「ご安心ください、奥様。エクドニア商会に掛け合い、新たな働き口を見つけて頂きました。先ほどお二人にお会いしましたが、屋敷にいた時よりも、安心して働けていると嬉しそうでした」
「そう、それはよかった……」
ディアの報告に、私は胸をなでおろしました。
しかし、元はと言えば私がしっかりしていなかったために起こったこと。私のせいであの二人に迷惑をかけてしまったのですから、働き口の世話など当然です。
「話は変わりますが奥様。先ほど、新規の取引をしたいと、男性がお見えになっています。突然だったので日を改めて頂こうかと思ったのですが、オグリス商会からの紹介状をお持ちだったので……しかし……」
オグリス商会とはこの国の3大商会の一つで、国中に支店があります。
以前オグリスさんがトラブルによって商品を納品できなくなった際、トーマ商会の物をお譲りした縁で、今はとても仲良くさせて頂いてます。
ディアが何か言いたそうにしていますが、どのような理由があろうとオグリスさんが紹介して下さった方です。
失礼のないようにしなければなりません。
「分かりました、商談室に通してください」
「かしこまりました」
私はすっかりインクで汚れた手を洗うと、商談室に入りました。
そして驚き、ディアが何を言わんとしていたのかが分かったのです。
商談室には、一人の男性がいらっしゃいました。
歳は私よりも少し上ぐらいでしょうか?
しかし私が驚いたのは、彼の姿がこれから商談する相手だとは思えない程、薄汚れてボロボロだったのです。
商売は見た目が大切です。
商談するのに、この服装は普通にありえません。
「初めまして、フェリーチェ・グレース・ローランド様。私は、ウェイター・バリーと申します。急な訪問にもかかわらず、お時間を頂き感謝いたします」
男性――ウェイターさんは私にお辞儀をしました。
ボロボロの服装とは違い、とても柔らかく丁寧で優雅な所作でした。
茶色の髪は乱れ、顏に土汚れがついていますが、こちらを見つめる瞳は澄み綺麗な方です。
孤児だったディアも出会った時は酷い姿でしたが、成長した今では有能で可愛らしいお嬢さんです。
人を見た目で判断してはいけないのです。
ウェイターさんがこの服装なのには、何か深いご事情があるのかもしれません。
一瞬でも彼の服装に驚いてしまった自身が恥ずかしくなってしまいました。
「フェリーチェ様、どうかなされましたか?」
「も、申し訳ありません、ウェイターさん。あなたの服装がその……あまりにも取引の場にしては変わっておりまして……」
「ああ、そ、そうですよね⁉ 申し訳ございません……。私は茶以外のことには疎く……だから成功しないのだとオグリスさんにも怒られたところでして……」
ウェイターさんがシュンとなされてしまいましたので、私は慌てて否定しました。
「ち、違うのです! あなたを見た目で判断した自分が、恥ずかしくて堪らなくなっただけで、あなたが悪いわけではなのです!」
「正しいご判断ですよ! 普通なら、門前払いされてもおかしくない恰好だ」
「そんなことありませんわ、ウェイターさん! あなたの先ほどのご挨拶の所作、とても優雅でしたから……」
「え? しょ……さ……ですか?」
「ええ、そうです。所作は心を映し出す鏡だと思っています。ですから……確かに服装には驚きましたが、商談相手として信頼できる方だと、そんな方のお話だったらお聞きしたいと思ったのです」
ウェイターさんは、ただ黙って私を見つめていました。
ブレる事のない、真っすぐな視線で。
そして、突然噴出されたのです。
「……ぷっ、所作……ですか、なるほど。なんとなく、オグリスさんがあなたを推していた理由が分かった気がします」
「は、はぁ……」
これは褒められているのでしょうか?
分からなかったのですが聞き返す必要もないと思い、私は曖昧な笑みを浮かべました。
その時、
「はい、お二人ともそこまでです。このままだと、挨拶で話が終わってしまいますよ?」
ディアの言葉が、私たちに成すべきことを思い出させました。
確かにこの調子では、商談を終える頃には夜になっているでしょう。
ウェイターさんも同じことを考えていらっしゃるようです。
目が合うと何だか可笑しくなり、部屋にディアを含めた3人の笑い声が響き渡りました。
こうやって心から笑ったのは……いつぶりでしょうか。
「ご安心ください、奥様。エクドニア商会に掛け合い、新たな働き口を見つけて頂きました。先ほどお二人にお会いしましたが、屋敷にいた時よりも、安心して働けていると嬉しそうでした」
「そう、それはよかった……」
ディアの報告に、私は胸をなでおろしました。
しかし、元はと言えば私がしっかりしていなかったために起こったこと。私のせいであの二人に迷惑をかけてしまったのですから、働き口の世話など当然です。
「話は変わりますが奥様。先ほど、新規の取引をしたいと、男性がお見えになっています。突然だったので日を改めて頂こうかと思ったのですが、オグリス商会からの紹介状をお持ちだったので……しかし……」
オグリス商会とはこの国の3大商会の一つで、国中に支店があります。
以前オグリスさんがトラブルによって商品を納品できなくなった際、トーマ商会の物をお譲りした縁で、今はとても仲良くさせて頂いてます。
ディアが何か言いたそうにしていますが、どのような理由があろうとオグリスさんが紹介して下さった方です。
失礼のないようにしなければなりません。
「分かりました、商談室に通してください」
「かしこまりました」
私はすっかりインクで汚れた手を洗うと、商談室に入りました。
そして驚き、ディアが何を言わんとしていたのかが分かったのです。
商談室には、一人の男性がいらっしゃいました。
歳は私よりも少し上ぐらいでしょうか?
しかし私が驚いたのは、彼の姿がこれから商談する相手だとは思えない程、薄汚れてボロボロだったのです。
商売は見た目が大切です。
商談するのに、この服装は普通にありえません。
「初めまして、フェリーチェ・グレース・ローランド様。私は、ウェイター・バリーと申します。急な訪問にもかかわらず、お時間を頂き感謝いたします」
男性――ウェイターさんは私にお辞儀をしました。
ボロボロの服装とは違い、とても柔らかく丁寧で優雅な所作でした。
茶色の髪は乱れ、顏に土汚れがついていますが、こちらを見つめる瞳は澄み綺麗な方です。
孤児だったディアも出会った時は酷い姿でしたが、成長した今では有能で可愛らしいお嬢さんです。
人を見た目で判断してはいけないのです。
ウェイターさんがこの服装なのには、何か深いご事情があるのかもしれません。
一瞬でも彼の服装に驚いてしまった自身が恥ずかしくなってしまいました。
「フェリーチェ様、どうかなされましたか?」
「も、申し訳ありません、ウェイターさん。あなたの服装がその……あまりにも取引の場にしては変わっておりまして……」
「ああ、そ、そうですよね⁉ 申し訳ございません……。私は茶以外のことには疎く……だから成功しないのだとオグリスさんにも怒られたところでして……」
ウェイターさんがシュンとなされてしまいましたので、私は慌てて否定しました。
「ち、違うのです! あなたを見た目で判断した自分が、恥ずかしくて堪らなくなっただけで、あなたが悪いわけではなのです!」
「正しいご判断ですよ! 普通なら、門前払いされてもおかしくない恰好だ」
「そんなことありませんわ、ウェイターさん! あなたの先ほどのご挨拶の所作、とても優雅でしたから……」
「え? しょ……さ……ですか?」
「ええ、そうです。所作は心を映し出す鏡だと思っています。ですから……確かに服装には驚きましたが、商談相手として信頼できる方だと、そんな方のお話だったらお聞きしたいと思ったのです」
ウェイターさんは、ただ黙って私を見つめていました。
ブレる事のない、真っすぐな視線で。
そして、突然噴出されたのです。
「……ぷっ、所作……ですか、なるほど。なんとなく、オグリスさんがあなたを推していた理由が分かった気がします」
「は、はぁ……」
これは褒められているのでしょうか?
分からなかったのですが聞き返す必要もないと思い、私は曖昧な笑みを浮かべました。
その時、
「はい、お二人ともそこまでです。このままだと、挨拶で話が終わってしまいますよ?」
ディアの言葉が、私たちに成すべきことを思い出させました。
確かにこの調子では、商談を終える頃には夜になっているでしょう。
ウェイターさんも同じことを考えていらっしゃるようです。
目が合うと何だか可笑しくなり、部屋にディアを含めた3人の笑い声が響き渡りました。
こうやって心から笑ったのは……いつぶりでしょうか。
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