6 / 17
第6話 ディア視点
しおりを挟む
奥様の自己評価が低すぎて辛い。
あたしは頭を抱えていた。
先日、フェリーチェ奥様に明かされた、旦那様であるレイジィ――いや、あのクソ野郎の浮気。
「……堂々とフェリーチェ様の生まれ育った屋敷で浮気とは……いい度胸してんじゃねぇか、あのクソ野郎」
怒りのあまり、帳簿をつけながら心の声が洩れ出てしまう。
あたしは元孤児だ。
同じような子どもたちと路上で、ゴミ扱いされながら生きていた。
フェリーチェ様の前では丁寧な所作や言葉遣いを心がけ、あの方の品位を落とさないように細心の注意を払っている。
でも元々はこんな感じで粗暴な人間だ。
5年前、あたしは空腹からこの店の商品を奪おうとして捕まった。
やってきたのは、長い金髪を緩く編みこんだ全体的に色の薄い、綺麗で儚げな女だった。
一目見て、どっかの貴族令嬢だと分かった。
その女は、あたしと盗んだ食べ物を交互に見比べると、薄い青色の瞳を見開き、驚いた表情を浮かべた。
この時は、こんな小汚いガキが珍しいのか、と怒りが沸いたんだけど、次に彼女が取った行動は予想外だった。
「早くこの子に食べ物を与えなさい! こんな子どもが飢え、ボロボロになっているのに、何故誰も手を差し伸べないの⁉」
耳を疑ったね。
そして泥棒のあたしに、何故か肉の欠片の入った温かいスープとパンがふるまわれた。
頭が足りないのか?
それとも珍しいペットとしてあたしを飼いたいのか?
そんなことを思ったけど、久しぶりの人間らしい食事に食欲は抗えなかった。
満腹になると、微笑んでずっとあたしを見ていた彼女に尋ねた。
何で、盗みを働いたあたしに、こんなことをしたのかと。
そしたら彼女は――フェリーチェ様はこう仰った。
「あなたのような子どもが飢えたのは、私たち大人の責任なのです。だからあなたが盗みを行ったことを、子を守る立場である大人の私が、何故咎められるでしょうか? 子は宝。その宝をないがしろにして国は繁栄いたしません」
綺麗ごとなら誰でも言える。
でもあの方の本当に凄いところは、あたしのような子どもたちの状況を聞き、救いの手を差し伸べる為、個人的に孤児院を作られたこと。
そのために、亡くなったご家族との大切な品を手放したと聞いている。
「温かい場所、お腹いっぱい食べられるご飯、そして見守る大人の目があれば、子どもは真っすぐ育つのですよ」
そのお考えの下、孤児院ではきちんと食事が与えられ、教育も与えられた。
望む者には、手に職をつける費用もご用意下さった。
そして独り立ちの年齢になると、働き口まで世話して下さった。
力仕事しか出来ないバカたちには、ご自身の領地で農民として働かせて下さった。
ここで出来上がった作物は、そのまま、もしくは加工され、直接トーマ商会で売られる。
ということは仲介を通らない分、安く商品を売り出せるわけだ。
一部の孤児たちはトーマ商会で働いている。
フェリーチェ様は、働き口のなかった子を雇っている、と考えられているけど、実際は違う。皆、あの方の恩に報いたくて、わざと働き口を探さなかっただけ。
そんな奴らがトーマ商会に集まって来てるんだから、そりゃ優秀な人材が集まってくるだろう。
さらにフェリーチェ様は、自分の店の発展だけじゃなく、自分と関わる店や人にも良くなって欲しいと思っていらっしゃる方。
だから自分の利益関係なくどんどん優秀な人同士を引き合わせたり、紹介しあったり、どこかの商会が困っていたら手を差し伸べたりと、業界全体がよくなるように行動される。
無意識に。
フェリーチェ様があたしたちや周囲を良くする為に考え、実行されていることが、結果的にトーマ商会の利益に繋がっている。
だからトーマ商会の発展は、あの方の努力の賜物であり、思い出したように口を挟んでは失敗し、それをフェリーチェ様のせいにしてるあのクソ野郎のせいじゃない。
(何とかあの野郎と離縁させたい! ……いや、絶対に離縁させてやるっ‼)
あの話を聞いてから、フェリーチェ様の表情は沈む一方だ。
この間は、とうとう頰を腫らしてやって来られた。もしあたしがフェリーチェ様のお立場なら、100倍はやり返してる。
フェリーチェ様はあれからご自身のことを語らないけど、状況が悪化しているのは簡単に予想できる。
かといって身分の低いあたしが、ローランド伯爵邸に乗り込むわけにもいかない。あたしは全然いいけど、多分フェリーチェ様が辛い目に遭わされる。
あたしのせいであの方が傷つくなんて、耐えられない‼
(どうしたもんか……)
夜、フェリーチェ様を見送り、戸締りをしようとした時、
「おい――」
「あ、申し訳ございません。もう今日はおしま――あ、あなたは……!」
振り返った先にいた人物に驚いた。
彼はそんなあたしを見てニヤリと笑った。
「よお、トーマ商会の嬢ちゃん。おまいさん、ちょっと時間あるか?」
あたしは頭を抱えていた。
先日、フェリーチェ奥様に明かされた、旦那様であるレイジィ――いや、あのクソ野郎の浮気。
「……堂々とフェリーチェ様の生まれ育った屋敷で浮気とは……いい度胸してんじゃねぇか、あのクソ野郎」
怒りのあまり、帳簿をつけながら心の声が洩れ出てしまう。
あたしは元孤児だ。
同じような子どもたちと路上で、ゴミ扱いされながら生きていた。
フェリーチェ様の前では丁寧な所作や言葉遣いを心がけ、あの方の品位を落とさないように細心の注意を払っている。
でも元々はこんな感じで粗暴な人間だ。
5年前、あたしは空腹からこの店の商品を奪おうとして捕まった。
やってきたのは、長い金髪を緩く編みこんだ全体的に色の薄い、綺麗で儚げな女だった。
一目見て、どっかの貴族令嬢だと分かった。
その女は、あたしと盗んだ食べ物を交互に見比べると、薄い青色の瞳を見開き、驚いた表情を浮かべた。
この時は、こんな小汚いガキが珍しいのか、と怒りが沸いたんだけど、次に彼女が取った行動は予想外だった。
「早くこの子に食べ物を与えなさい! こんな子どもが飢え、ボロボロになっているのに、何故誰も手を差し伸べないの⁉」
耳を疑ったね。
そして泥棒のあたしに、何故か肉の欠片の入った温かいスープとパンがふるまわれた。
頭が足りないのか?
それとも珍しいペットとしてあたしを飼いたいのか?
そんなことを思ったけど、久しぶりの人間らしい食事に食欲は抗えなかった。
満腹になると、微笑んでずっとあたしを見ていた彼女に尋ねた。
何で、盗みを働いたあたしに、こんなことをしたのかと。
そしたら彼女は――フェリーチェ様はこう仰った。
「あなたのような子どもが飢えたのは、私たち大人の責任なのです。だからあなたが盗みを行ったことを、子を守る立場である大人の私が、何故咎められるでしょうか? 子は宝。その宝をないがしろにして国は繁栄いたしません」
綺麗ごとなら誰でも言える。
でもあの方の本当に凄いところは、あたしのような子どもたちの状況を聞き、救いの手を差し伸べる為、個人的に孤児院を作られたこと。
そのために、亡くなったご家族との大切な品を手放したと聞いている。
「温かい場所、お腹いっぱい食べられるご飯、そして見守る大人の目があれば、子どもは真っすぐ育つのですよ」
そのお考えの下、孤児院ではきちんと食事が与えられ、教育も与えられた。
望む者には、手に職をつける費用もご用意下さった。
そして独り立ちの年齢になると、働き口まで世話して下さった。
力仕事しか出来ないバカたちには、ご自身の領地で農民として働かせて下さった。
ここで出来上がった作物は、そのまま、もしくは加工され、直接トーマ商会で売られる。
ということは仲介を通らない分、安く商品を売り出せるわけだ。
一部の孤児たちはトーマ商会で働いている。
フェリーチェ様は、働き口のなかった子を雇っている、と考えられているけど、実際は違う。皆、あの方の恩に報いたくて、わざと働き口を探さなかっただけ。
そんな奴らがトーマ商会に集まって来てるんだから、そりゃ優秀な人材が集まってくるだろう。
さらにフェリーチェ様は、自分の店の発展だけじゃなく、自分と関わる店や人にも良くなって欲しいと思っていらっしゃる方。
だから自分の利益関係なくどんどん優秀な人同士を引き合わせたり、紹介しあったり、どこかの商会が困っていたら手を差し伸べたりと、業界全体がよくなるように行動される。
無意識に。
フェリーチェ様があたしたちや周囲を良くする為に考え、実行されていることが、結果的にトーマ商会の利益に繋がっている。
だからトーマ商会の発展は、あの方の努力の賜物であり、思い出したように口を挟んでは失敗し、それをフェリーチェ様のせいにしてるあのクソ野郎のせいじゃない。
(何とかあの野郎と離縁させたい! ……いや、絶対に離縁させてやるっ‼)
あの話を聞いてから、フェリーチェ様の表情は沈む一方だ。
この間は、とうとう頰を腫らしてやって来られた。もしあたしがフェリーチェ様のお立場なら、100倍はやり返してる。
フェリーチェ様はあれからご自身のことを語らないけど、状況が悪化しているのは簡単に予想できる。
かといって身分の低いあたしが、ローランド伯爵邸に乗り込むわけにもいかない。あたしは全然いいけど、多分フェリーチェ様が辛い目に遭わされる。
あたしのせいであの方が傷つくなんて、耐えられない‼
(どうしたもんか……)
夜、フェリーチェ様を見送り、戸締りをしようとした時、
「おい――」
「あ、申し訳ございません。もう今日はおしま――あ、あなたは……!」
振り返った先にいた人物に驚いた。
彼はそんなあたしを見てニヤリと笑った。
「よお、トーマ商会の嬢ちゃん。おまいさん、ちょっと時間あるか?」
24
お気に入りに追加
915
あなたにおすすめの小説
「君を愛することはない」の言葉通り、王子は生涯妻だけを愛し抜く。
長岡更紗
恋愛
子どもができない王子と王子妃に、側室が迎えられた話。
*1話目王子妃視点、2話目王子視点、3話目側室視点、4話王視点です。
*不妊の表現があります。許容できない方はブラウザバックをお願いします。
*他サイトにも投稿していまし。
君を愛す気はない?どうぞご自由に!あなたがいない場所へ行きます。
みみぢあん
恋愛
貧乏なタムワース男爵家令嬢のマリエルは、初恋の騎士セイン・ガルフェルト侯爵の部下、ギリス・モリダールと結婚し初夜を迎えようとするが… 夫ギリスの暴言に耐えられず、マリエルは神殿へ逃げこんだ。
マリエルは身分違いで告白をできなくても、セインを愛する自分が、他の男性と結婚するのは間違いだと、自立への道をあゆもうとする。
そんなマリエルをセインは心配し… マリエルは愛するセインの優しさに苦悩する。
※ざまぁ系メインのお話ではありません、ご注意を😓
【完結】恋人との子を我が家の跡取りにする? 冗談も大概にして下さいませ
水月 潮
恋愛
侯爵家令嬢アイリーン・エヴァンスは遠縁の伯爵家令息のシリル・マイソンと婚約している。
ある日、シリルの恋人と名乗る女性・エイダ・バーク男爵家令嬢がエヴァンス侯爵邸を訪れた。
なんでも彼の子供が出来たから、シリルと別れてくれとのこと。
アイリーンはそれを承諾し、二人を追い返そうとするが、シリルとエイダはこの子を侯爵家の跡取りにして、アイリーンは侯爵家から出て行けというとんでもないことを主張する。
※設定は緩いので物語としてお楽しみ頂けたらと思います
☆HOTランキング20位(2021.6.21)
感謝です*.*
HOTランキング5位(2021.6.22)
【完結】旦那様の幼馴染が離婚しろと迫って来ましたが何故あなたの言いなりに離婚せねばなりませんの?
水月 潮
恋愛
フルール・ベルレアン侯爵令嬢は三ヶ月前にジュリアン・ブロワ公爵令息と結婚した。
ある日、フルールはジュリアンと共にブロワ公爵邸の薔薇園を散策していたら、二人の元へ使用人が慌ててやって来て、ジュリアンの幼馴染のキャシー・ボナリー子爵令嬢が訪問していると報告を受ける。
二人は応接室に向かうとそこでキャシーはとんでもない発言をする。
ジュリアンとキャシーは婚約者で、キャシーは両親の都合で数年間隣の国にいたが、やっとこの国に戻って来れたので、結婚しようとのこと。
ジュリアンはすかさずキャシーと婚約関係にあった事実はなく、もう既にフルールと結婚していると返答する。
「じゃあ、そのフルールとやらと離婚して私と再婚しなさい!」
……あの?
何故あなたの言いなりに離婚しなくてはならないのかしら?
私達の結婚は政略的な要素も含んでいるのに、たかが子爵令嬢でしかないあなたにそれに口を挟む権利があるとでもいうのかしら?
※設定は緩いです
物語としてお楽しみ頂けたらと思います
*HOTランキング1位(2021.7.13)
感謝です*.*
恋愛ランキング2位(2021.7.13)
【完結】王女と駆け落ちした元旦那が二年後に帰ってきた〜謝罪すると思いきや、聖女になったお前と僕らの赤ん坊を育てたい?こんなに馬鹿だったかしら
冬月光輝
恋愛
侯爵家の令嬢、エリスの夫であるロバートは伯爵家の長男にして、デルバニア王国の第二王女アイリーンの幼馴染だった。
アイリーンは隣国の王子であるアルフォンスと婚約しているが、婚姻の儀式の当日にロバートと共に行方を眩ませてしまう。
国際規模の婚約破棄事件の裏で失意に沈むエリスだったが、同じ境遇のアルフォンスとお互いに励まし合い、元々魔法の素養があったので環境を変えようと修行をして聖女となり、王国でも重宝される存在となった。
ロバートたちが蒸発して二年後のある日、突然エリスの前に元夫が現れる。
エリスは激怒して謝罪を求めたが、彼は「アイリーンと自分の赤子を三人で育てよう」と斜め上のことを言い出した。
石女を理由に離縁されましたが、実家に出戻って幸せになりました
お好み焼き
恋愛
ゼネラル侯爵家に嫁いで三年、私は子が出来ないことを理由に冷遇されていて、とうとう離縁されてしまいました。なのにその後、ゼネラル家に嫁として戻って来いと手紙と書類が届きました。息子は種無しだったと、だから石女として私に叩き付けた離縁状は無効だと。
その他にも色々ありましたが、今となっては心は落ち着いています。私には優しい弟がいて、頼れるお祖父様がいて、可愛い妹もいるのですから。
妻の私は旦那様の愛人の一人だった
アズやっこ
恋愛
政略結婚は家と家との繋がり、そこに愛は必要ない。
そんな事、分かっているわ。私も貴族、恋愛結婚ばかりじゃない事くらい分かってる…。
貴方は酷い人よ。
羊の皮を被った狼。優しい人だと、誠実な人だと、婚約中の貴方は例え政略でも私と向き合ってくれた。
私は生きる屍。
貴方は悪魔よ!
一人の女性を護る為だけに私と結婚したなんて…。
❈ 作者独自の世界観です。
❈ 設定ゆるいです。
旦那様に愛されなかった滑稽な妻です。
アズやっこ
恋愛
私は旦那様を愛していました。
今日は三年目の結婚記念日。帰らない旦那様をそれでも待ち続けました。
私は旦那様を愛していました。それでも旦那様は私を愛してくれないのですね。
これはお別れではありません。役目が終わったので交代するだけです。役立たずの妻で申し訳ありませんでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる