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番外編:目覚めたら親友の娘が隣で寝てて責任とれとぐいぐい迫ってくるんだが

第10話 落ち着こ! な? 一旦落ち着こうか!

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「……遺書は書いてきたんだろうな、ディディス」

 全てを話し終え開口一番、奴の言葉がこれだった。
 声色から感情が感じられない。

 怒りが限界を超えたんだろう。

 ガタンと音を立て、シオンが椅子から立ち上がった。
 未だに衰えを知らない鍛えられた身体が、ぬうっと俺の前に影を落とした。

 でかい。
 今日はいつもに増して、でかく感じる。

 多分、いつもに増してでかい分は、奴が纏う殺気のオーラ分だろう。

「表に出ろ、ディディス。長い付き合いだ。せめて痛みを感じる間も無く、一撃でお前を葬ってやる」

「わ、わわっ! 落ち着こ! な? 一旦落ち着こうか、シオン!」

 口元に薄い笑みを浮かべ、指をぽきぽき鳴らしている奴を落ち着かせようと、両手を上げて無抵抗の構えを見せる。
 けど、怒りで我を忘れつつあるアイツには全く無意味だった。

 青い瞳を怒りで血走らせたシオンの怒声が響き渡る。

「これが落ち着いていられるか――――っ‼︎ 逆に聞くが、お前が俺と同じ立場だったら、お前はハイハイと相手の言い分を呑気に聞いていられるのか⁉︎」

「あ、あははっ、そう……デスよねー……」

 なんも言えねー。
 言い返す言葉がねぇー。

 俺を無理矢理外に連れ出そうと伸ばされたシオンの手が止まった。
 窓の外に視線を向けると、何かに気づいたように、無理矢理作った笑顔をリベラ様に向ける。

「ああ、この村で殺るのは駄目だな、ロゼたちもいるしな……。リベラ、エレヴァ発生地の転移珠持っていますか?」

「ふえっ⁉︎ えっ、エレヴァ発生地⁉︎」

「何言ってるの⁉ そんな危険な場所の転移珠、お母さんが持ってるわけないでしょ⁉︎」

 父親の言葉に、俺の横に座っていたステラが机を強く叩いて突っ込んだ。
 ちなみに彼女は気づいてないようだが、リベラ様がなんとも言えない表情を浮かべているのを見ると、まだ持ってるっぽい。

 やばい。

 それ渡されたら、俺、間違いなく転移させられて殺される。
 未だに植物一つ生えてない不毛な地に、人知れず葬り去られる。
 リティシア様の時と違って、俺の場合は完全に息の根を止められた後、地中深く埋められる。

 その時、

「さっきから何なの、お父さん! 聞いてたら勝手なことばっかり! 何でディディスを殺すってことになるの⁉︎」

 ステラが勢いよく立ち上がると、激高する父親の前に立ちはだかった。
 まさか被害者である娘に反論されるとは思ってなかったのだろう。
 
 一瞬唖然としたシオンだったが、すぐさま怒りを取り戻すと、少し強めの口調で言い返す。

「あ、ああっ、当たり前だろ‼ お、お、お前っ、この男に何されたか理解してるのか⁉︎」

「分かってるわ! でもいいの! 私、ディディスの事が好きだから‼︎」

「……え? ま、まて……いいい、い、いまなんて……」

 情けない声を出し、シオンが固まった。何度も激しく目を瞬かせ、喉の奥から声を絞り出す。
 父親が怯んだのをチャンスだと思ったのか、ステラが俺の腕に抱きつくと、挑発するようにニヤリと笑ってみせた。

「私はディディスを愛してるの。だからこれを機に、彼と結婚するわ! ディディスも、責任とって結婚してくれるって言ってるし!」

「あああ、ああ……あい……? けっ、けっ……こん……? せ、せき……にん? え? ええ?」

 当事者の俺が気の毒になるくらい、シオンが混乱している。
 いつも自信に満ちた青い瞳は現実を写しておらず、唇はステラの言葉の断片を反芻するだけだ。

 そして力なく椅子に腰を下ろすと、テーブルに肘をついて頭を抱えた。俯いているから表情までは分からないけど、

「え? ディディスのことを? え? いや、でも……あいつは俺と同じ歳で……え? あれ?」

と意味不明な言葉をブツブツ呟き、最終的には考えることを放棄したのか、テーブルに上半身ごと崩れ落ちてしまった。ゴンっと鈍い音が部屋に響く。

 もう理解不能、と言った様子で、完全に頭が真っ白になっている。

 溺愛していた娘に、自分と同じ年齢の友人を愛している、なんて言われたら、まあ……そうなっちゃうだろうな。
 
 勝手に混乱し、勝手に茫然自失となった旦那に大きなため息をつくと、奴の背中をさすりながら、リベラ様が俺とステラに向き合った。

 いつもの穏やかでのほほんとした赤い瞳が、どこか真剣な色を見せている。

「とにかく、今の話をまとめると……昨日ディディスはステラと関係を持ってしまった。でもその時の記憶はお酒が入っていたから覚えていない。でも色々と証拠らしいものもあるから、ディディスは責任とってステラと結婚するし、ステラはディディスが好きだったから結婚を受ける気でいる。アデルア家も了承済み。そういうことね?」

「ま、まあ……そうだね……」

 まっすぐな視線に居心地が悪くなり、俺はリベラ様から視線を外して頷いた。

 こう聞くとめっちゃ俺、クズ野郎じゃないか……。
 酒に酔ってて、ステラと関係を持ったことを覚えてないなんて……。

 男として、いや人として、まじでオワッテルな!

 真剣な母、燃え尽きた父、人間のクズだと落ち込む俺、その中でステラだけは嬉しそうにニコニコしている。
 やっと話が分かる相手が現れたと、少し前のめりになってリベラ様の腕をとった。

「そういうことだから、お母さん。私、ディディスと結婚してもいいよね? アデルア家も許してくれてるし、ディディスも責任取ってくれるって言ってくれてるし」

 この言葉に、心に重い鉛のようなモヤつきが現れた。

 理性が、責任を取れという。
 41歳になってまだ独身。身を落ち着かせる良いきっかけだと。

 だけど感情が叫ぶ。
 若い彼女にはもっと相応しい相手がいる。その相手は、俺なんかじゃないと。

「ステラ」

 冷然とした声が、俺の鼓膜を震わせた。
 リベラ様だ。

 母親が日頃見せることのない厳しい表情に、ステラの顔から笑顔が消えた。
 身体に緊張が走り硬くなっているのが、ぎゅっと閉じられた唇から窺い知れる。

「結婚は、二人でするものなの。もっと高い身分の人たちなんかだと、それだけじゃないだろうけど、少なくともあなたとそのお相手とは、そうであって欲しいと思ってる。ステラ、あなたの……一方的な押し付けではなくね」

「何が言いたいの? お母さん」

 母親の腕から手を離し、警戒するように目を細めるステラ。
 一気に場の雰囲気が変わったのを感じたのか、真っ白になっていたシオンの瞳に理性の光が戻る。

 何事かと奴が身体を起こしたのと同時に、リベラ様の唇がゆっくり動いた。

「ステラ。本当にあなた、ディディスと関係を持ったの?」
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