上 下
151 / 192
終わりの始まり編

第141話 俺は見守り続ける

しおりを挟む
 俺はお師匠様にお願いされ、共にレグロット村に来ていた。
 村人たちが俺のことを覚えていたおかげで、村の中にはすんなり入れてもらうことが出来たのは幸いだ。

 のどかだった村は、以前訪れた時とはすっかり様子が変わっていた。

 空が魔素に覆われたことによって太陽の光が届かず、農作物に大きな影響が出ていた。この村の大半を占める畑に作物が育っている様子は見られず、寂しそうに地表を晒している。

 あちらこちらを動き回っていた家畜も、その数を減らしていた。
 魔素が酷くなると、家畜がモンスター化する可能性があるため、必要最低限の数を残して殺したのだそうだ。
 幸運にもモンスターにはならなかったが、魔素が原因による病でさらに数を減らしたらしい。

 しかし、酷い有様にも変わらず、村人の表情は明るかった。

「村人たち皆は無事だったんだ。なぁに、これくらいどうってことないさ」

「魔王がいた時に比べたら、まだマシさ。少しずつ、村を立て直していくよ」

 神の存在は、一部の人間しか知らない。
 混乱を避ける為、魔王リーベ含めて『新たに生まれた魔王』として、人々には公表されている。

 もちろん、アカデミー上層部が神の協力者であることも、もう魔王が生まれない為、勇者候補という存在に価値がないという事も、今のところは伏せられている。

 この世界の真実を明かすかどうかは、国のこれからを決定する者たちで、勝手に決めればいい。
 俺たちのこれからの生活に、関係のない話だ。

 こうして人々は真実を伏せられたまま、神のよって壊された生活を取り戻そうと動き出していた。

 そんなことを思いながら、俺の横を歩くお師匠様に視線を向ける。時折、顔を歪めながらも歩みを止めないあなたに声をかけた。

「お師匠様、大丈夫ですか? お身体は……」

「うっ、うん、大丈夫だからっ‼ もうっ……、それ聞くの何回目?」

「そりゃ心配にもなりますよ! 何せあなたは……」

「わ――――っ! それ以上は言っちゃ駄目っ‼」

 一瞬にして顔を真っ赤にされながら、お師匠様は両手をブンブンと振った。

 照れてる、照れてる。
 今日も、お師匠様の可愛さは絶好調だな。

 理由は、一つしかない。
 あなたと結ばれたことが嬉し過ぎて求めすぎたことが、身体の不調という形で表れてしまった……。

 痛みで辛いなら癒し魔法を、と思ったが、お師匠様は頑なに断られた。

 あの時、恥ずかしさで布団で顔を隠しながら仰った言葉が、忘れられない。

「だってこの痛みは……、シオンと初めて結ばれたってこと……だから……。だっ、だからいいのっ‼」

 これを聞いてあなたを、ちょっと襲わなかった俺を褒めて欲しい。

 こんなん、理性を保てという方が無理だろ……。
 お師匠様の可愛いが、全力で俺の息の根を止めにかかってきているな!
 
 そういうわけで、お師匠様は両翼の力を失われた。
 魔力生成も出来なくなり、背中に残る痣から光翼が現れることは二度となかった。

 女勇者候補が力を失えば、一般人が持つ程度の魔法しか使えなくなる。
 神が神素を注ぐ前の、本来人間が持つ魔法の威力しか発揮出来ない。

 ……はずなのだが、

「でも何でかなー。勇者候補の力を失ったはずなのに、私が使える魔法、強いままじゃない?」

 大きなため息をつきながらお師匠様が呟かれた。
 納得できない、と唇を尖らせ考え込んでいらっしゃる。

 お師匠様が仰る通り、両翼の力が失われたはずなのに、一般人以上の力残っていらっしゃったのだ。

 もちろん、両翼ほどではない。
 だが、下手な片翼よりも強い力は使えるらしい。

 魔素対応に出られるくらいの力が。

 もしかすると、神の中で生まれるという特殊な出生と関わりがあるのかもしれないが、それを説明出来る人間はこの世界にはいないし、真相が明らかになることもないだろう。

 お師匠様の力がこれから先、どういった影響を見せるかは未知数。
 取りあえず、一般人なのに勇者候補並みの力がある事は、周囲には隠しておこうという事になっている。

 力を失ったあなたをやっと守れると、張り切っていたんだが……。
 俺の張り切り返せ、神。

 当然、エステルが消滅したと同時に、俺が持つ対象の時間を止める力も失われた。
 しかし、魔王エレヴァを倒すことぐらいにしか使わなかった能力だ。失っても、支障はないだろう。

 そうしているうちに、目的地にたどり着いた。

「ほら、あそこですよ、お師匠様」
 
 墓地には先客がいた。
 お師匠様が、墓の前で座り込んでいる人物の名を呼ぶ。

「……セリス母さん」

「リベラ、来たのか」

 ラシェーエンド夫婦の墓の前で座り込み、うつ向いていたセリスが、ゆっくりと顔を上げた。

 セリスの言葉に一つ頷くと、お師匠様の視線が墓に刻み込まれている名に向けられた。セリスの横に座ると、そっと墓標に刻まれた文字を撫でていらっしゃる。

 その時、俺たちは気づいた。
 トスティ・ラシェーエンドの墓の前に、茶色く変色した手のひらほどのメダルが落ちていることに。

 変色し輝きは失っているが、その表面には瞳を閉じた女性の横顔が描かれていた。

「……エステル姉さんが、私の夢の中にやってきたんだ」

 セリスは呟くと、色あせたメダルを手にとった。 

「私にリベラを理由を告げずに託したこと、行方不明になって心配をかけたことを謝っていた。そして……、自分の娘をあんな良い子に育ててくれてありがとうって、礼を言われた」

 そう言いながら、メダルを優しい手つきで撫でていた。
 無表情を保っているようだが、喉から絞り出したような声色が、セリスの心境を物語っていた。

 皺の増えた手を、お師匠様の小さな手が包み込む。

「私のところにも、エステルお母さんが来てくれたの。色々と押し付けてしまったセリス母さんに怒られるかもって、凄く怖がっていたわ」

「……姉さんらしいな」

「でも最期は、お父さんと再会して……旅立っていったわ。私に、愛してるって言って……」

「そう……か」

 セリスが弱々しく笑った。
 目を細めると同時に、メダルの上に涙が一粒落ちる。

 それをふき取ることなく、セリスはお師匠様の手を強く握り返した。

「エステル姉さんが別れを言って去った後、ここに来た。そしたら、このメダルがトスティの墓の前に置いてあった。姉さんは最期に戻って来たんだな、ここに……。自分が生まれ育った、そして新しい家族と過ごすはずだった、この村に……」

 喉の奥から飛び出しそうになる嗚咽を堪えながらも、涙を流しながらも、セリスは微笑む。
 そして、自身が握るメダルを墓の上に戻すと、瞳を伏せ、優しさに満ちた声で囁いた。

「……おかえり、姉さん。よかったな、愛する男の元へ戻れて……」

 次の瞬間、セリスの身体が崩れ落ち号泣した。
 育ての親の背中をお師匠様が優しく抱きしめながら、その老いた背を撫でている。

 そんな二人の姿を、俺は心に刻みつけるように見守り続けた。

 長年、探し続けた姉が戻って来た。
 共に生まれ育った、この村に。

 光輝く太陽が墓地を照らし、青い空にセリスの嗚咽が響き渡る。

 その声が告げていた。

 ――全ての物語に決着がついたことを。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...