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終わりの始まり編
第140話 私は対面する
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……あれ、ここはどこだろ?
気が付くと、青が広がっていた。
魔王となり、自分の心を守る為に閉じこもっていた青の世界だ。
(私、何してたんだっけ……)
霧がかかったようにぼんやりとした頭を、頑張って働かせる。
何かちょっと前にも、同じようなことがあった気がするんだけど。
確か、神を倒したんだっけ。
そしてシオンが新居に連れて行ってくれて、ご飯を食べてお風呂に入ってから、新しい下着を身に……つけて……。
で、私の下着姿を見たシオンが襲って来て、それから……、
それから……?
…………
…………
…………
…………
”……リベラ。……リベ……ラ……、あなたがずっと……欲しかった……”
シオンが、私の名を呼びながら囁き続ける言葉。
耐えるように唇を噛みながらも、時折短く漏れ出す低い喘ぎ声。
何度も何度も、頭の中も身体のナカも白く染められながら、痛みと途切れる事のない快楽に翻弄される自分。
ついさっきまでこの身に起こっていた出来事が、めっちゃ鮮明に思い出された。
これって……、これって……、あっ……、あぁっ……、
「うっ、わああああああああああああっ‼」
恥ずかしいっ‼
超恥ずかしいっ‼
誰もいない空間に、私の絶叫が木霊した。
両手で頭を抱えながらその場でくるくる回る、という謎の儀式を始めちゃったみたいな行動をとってしまう。
最後まで……、しちゃったんだよね?
もう私、両翼の力がないんだよね⁉
たっ、確か女性勇者候補は処女でなければならないんだから、完全にチカラ失ってるよねっ‼
完全にチカラ失うようなこと、されちゃったよねっ⁉
…………
…………
…………
…………
うわぁああああああああああああああっ‼
って、ちょっと落ち着こ、私。
確かに力を失ったことは重要だけど、それは私が決めたことなんだから。
今考えるべきは……、ここは一体、どこなんだってことだよ⁉
私さっきまで、シオンと一緒にいたはずなのに……。
両手で頬を包んでみると、触れている感覚はあるけれど、温もりは全く感じなかった。ということは、やっぱりこの世界は、私の魂の世界ってことなのかな?
でも、何で今さら。
魔王じゃなくなったし、神も倒したはずなのに……。
その時、
「こらこら、何一人で悶絶してるの? リベラ」
明るい声が響き渡った。
ここには私しかいない筈なのに突然聞こえた第三者の声に、心臓が跳ね上がり、反射的に視線がそちらを向く。
一人の女性がいた。
白く長い髪を高い位置でまとめた、私と同じくらいの背丈の女性だった。
歳も、同じくらいかな?
一瞬自分がいるのかと勘違いしてしまう程、私とよく似てる。
だけど白いまつ毛で縁どられた瞳は、赤い。
セリス母さんが見せてくれた、姉妹の肖像画が被った。
もしかして……、もしかして!
「エステル……お母さん?」
「良く分かったわね、リベラ」
目の前の女性――エステルお母さんが、ニコッと笑って頷いた。
そう言われると、神との戦いで『太陽』本体に描かれていた女性と似ている。だけど本物は、もう少し幼さを残した雰囲気の女性だった。
神との戦い後、何度呼んでも『太陽』は来てくれなかった。
だからもう、エステルお母さんはいなくなってしまったのかと思ってたのに……、こうして、私の前に現れてくれる……なんて……。
心が、苦しさと悲しさと、初めて母に出会えた喜びでぐっちゃぐちゃになった。
だけど、思考を置いてけぼりにして、身体は勝手に動いていた。
「お母さん……、お母さんっ‼ うわぁぁぁあああっ‼」
「リベラ……」
抱きついた私の身体を、エステルお母さんが優しく抱きしめてくれた。泣きじゃくる私をあやすように、何度も何度も優しく頭を撫でてくれている。
この世界では温もりを感じないはずなのに、お母さんが抱きしめる手はとても温かかった。
その温かさが、お母さんを襲った悲劇をさらに引き立たせ、涙が溢れて止まらない。
幸せの絶頂にいたのに、ある日突然全てが奪われた。
絶望し諦めても仕方がないのに、私を守るために人であることを捨てた。
そして、私とシオン、ううん、この世界全ての人の命が、お母さんの力によって救われた。
全てを奪った神への復讐と、娘である私を守る、という目的は達成されたけど……、お母さんが本当に望んだものは、何も帰ってこないんだ。
愛するお父さんも。
家族として過ごすはずだった幸せな時間も。
全部、全部……。
そう思うと、苦しくてたまらなかった。
だけどお母さんは私の背中を撫でながら、優しく声を掛けてくれた。
「ごめんなさい。私の力が足りなかったばかりに、あなたを巻き込んでしまって……。私が、神の従僕たちに捕まったせいで、あなたにこんな危険な生き方をさせて……」
「そんなことない! 私は何一つ恨んでないわ!」
お母さんから発された謝罪に対し、大きく首を横に振った。
だって、お母さんは何一つ悪くない。
悪くないんだもん!
「勇者候補だった時、法具になったお母さんが、たくさん助けてくれたじゃない! それに私が魔王に負けた時、お母さんがシオンを勇者候補にしてくれたから、その力を貸してくれたから、私は生き残る事が出来たの! こんな私にもね、今じゃ友達もいるのよ? それに……好きな人も……」
「ふふっ、知ってるわ。あなたの結婚式、こっそり見てたし」
「ええ――⁉ こっそりなんかじゃなく、堂々と見てくれたらよかったのに‼」
「いや、普通に考えて怖いでしょ。参列者の中に、おっきな金色のメダルとか」
そりゃシュールな光景かもしれないけどさ!
自分が言った事を想像して面白かったのか、お母さんがぷぷっと吹き出した。
私から少し身体を離すと、笑い顔を困惑顔へと変え、眉間に皺を寄せる。
「でもきっとセリスは怒ってるだろうなぁ……。生まれたばかりのあなたを、説明なしで押し付けた形になったもんね……。ただでさえ私が結婚する際、全ての魔素依頼をセリスに押し付けて怒られてるのに……」
「確か、セリス母さんも同じ事言ってたっけ。お母さんが勇者候補をさっさと辞めちゃったから、残った依頼が全部自分に回って来て大変だったって……」
「うっひゃー、ほんと? あなたにそんな話するなんて、相当やばいわね……。もー、セリス怒らせると、めっちゃ怖いもん。私が姉だからって容赦ないからね!」
どうやら、姉であるお母さんもセリス母さんの怒りは怖いらしい。
親子そろってセリス母さんの怒りを恐れているなんて、ちょっと笑える。
確かにセリス母さんはとっても厳しい人だけど……、
「でも……、ずっとお母さんの事を探してたみたいよ。ずっとずっと……心配してた」
「そっか……。ちゃんとセリスにも謝っておかないとね……」
そう呟くお母さんの表情から、先ほどの困惑は消えていた。代わりに、セリス母さんとのことを思い出しているのか、懐かしそうに微笑んでいる。
しかしすぐに、視線が私に向けられた。
「でも、安心したわ。あなたも立派に成長したし、愛する人も友達も傍にいるし……。これでもう、思い残すことはないわ」
「おかあ……さん?」
思い残すことはないって、それって……。
「私の役目は終わったわ。私の幸せをブツ壊しやがった元凶は潰したし、愛する娘の幸せも見届けたし。だからね、もうトスティの元へ帰ろうと思うの」
トスティ、つまり亡くなったお父さんの元に帰る。
それは、お母さんもリティシアたちのように逝くという……意味……。
弾かれるように顔を上げると、お母さんの腕に縋りついた。
「まっ、待って! お母さんは肉体を保ったまま純化したって聞いたわ! 肉体があるんだから、リティシアたちと違って、この世界で生きられるはずだよね⁉」
「そうだけど、さすがの私もこの姿で生きるのはごめんかな? あははっ」
お母さんが軽く笑っている。
エステルお母さんが願ったのは、神を倒す武器となること。
その願いに……、人間に戻ることは、含まれて……いない。
それに力を使い果たして、もう形を保つことも出来ないらしい。
今ここにいられるのは、私の力と繋がっていたから。
だけど……、もう両翼の力を失った今は……。
また泣きそうになっている私の頭を軽く叩くと、お母さんは明るく言い放った。
「そんな顏しないで、リベラ。シオン君と結ばれた事、私なんかのために後悔しちゃ駄目よ? 私の存在が、あなたの足かせになりたくないし。それに……」
一度言葉を切ると、お母さんは後ろを振り返った。
そこには、私と同じ白い髪の若い男性が立っていた。シオンよりは少し上かな?
髪は短くおでこが出ていて、すっきりとした爽やか青年に見える。
お母さんと同じ赤い瞳を細め、こちらを見つめて立っていた。
この人、もしかして……。
「おとう……さん?」
「そう。あなたのお父さんのトスティよ。シオン君に負けず劣らずのいい男でしょ? 私を迎えに来てくれたの。だからもう行かないと……。だけど、その前に……」
そう言ってお母さんは私の額にキスをした。
ふふっと笑って身体を離す。
「純化した魂は戻せないけど……、あの神とかいうクソ野郎が残した呪いは、私が解いておいたわ」
クソ野郎って……。
中々、お母さんもセリス母さん並みに口が悪い時があるな。
エステルお母さんを見ていると、何でセリス母さんがあれほどしっかりしているのか、分かる気がする。
自由奔放なお母さんの色んな後始末を、セリス母さんがやってきたんだろうな。
それにしても、神が私の残した呪いって何だろ?
お母さんの足が、お父さんの方へと向けられたから、私の考えが中断された。
慌ててお母さんに向かって手を伸ばす。
「まって……、いや、待って、お母さんっ‼」
「やだ、待たないもーん。私だって、お父さんと早くイチャイチャしたいもーん」
お父さんの元へ向かうお母さんの背中に向かって叫んだけど、お母さんは振り返ることなく子どもっぽい口調で進んで行く。
そして一度お父さんの手前で立ち止まると、私の方を振り返った。
満面な笑みの中に、一筋の涙を流しながら。
「あなたに、お母さんと呼んで貰えて凄く嬉しかった。私を……、母にしてくれてありがとう、リベラ」
そう言ってお母さんはお父さんの方を振り返ると、一歩歩みを進めた。
今まで動きのなかったお父さんの表情が、喜びで一杯になった。そして、胸に飛び込んできたお母さんを受け止めると、二人は互いを抱きしめ合った。
何か言っているようだけど、声は聞こえてこない。
私も二人の元へ向かったけど、見えない壁に阻まれてそれ以上進むことが出来なかった。
きっとここが、生者と死者の……境目なんだろう。
声が届かないのも、きっと世界がわけ隔てられているからだ。
互いの身体を離した二人は、手を繋いでいた。お母さんがこちらを指さしながら、お父さんに何か言っている。
お父さんは赤い瞳を驚いたように見開くと、お母さんが指さした方をじっと見つめた。
見えない筈の私の方を。
きっとお母さんが、私の事を話したんだろう。
だってお父さんの瞳にみるみるうちに涙が溢れ、それに耐えるように笑顔を浮かべていたから。
二人が見えない私に向かって手を振って何かを言った。
聞こえない筈だけど、確かに私は二人が何を言ったのかを、聞いた気がした。
”愛してるよ、リベラ”
と。
「お父さん! お母さん!」
薄れていく二人の姿を見ながら、私は力の限り叫んだ。
だけど声に反応したのは、
「お師匠様⁉ どうなさいましたか⁉」
「……え?」
目の前に突然現れたシオンの姿に、理解が出来ずにとぼけた声をあげてしまった。でもシオンはそんな私をお構いないしに、ぎゅっと抱きしめる。
身体を駆け抜けていく肌が触れ合う感覚に、私は自分の意識が現実に戻ってきた事を知った。
さっきの出来事は、夢だったのかな……?
お父さんのこともお母さんのことも、私の願望が見せた夢、だったのかな……。
その時、私の顔を覗き込んだシオンが息を飲んだ。
「お師匠様……、あなたの瞳の色が……」
「……え? なっ、なに? どうしたの?」
「金色から赤色へと変わっています。これが……、あなたが持つ本来の色なのですね」
両手で私の両頬を抑えながら、シオンがじっと瞳を見つめている。
私の瞳が、金色から赤色に変わっていた。
ううん、戻っていた。
お母さんが言っていた『神の呪い』という言葉を思い出す。
(この事を言ってたんだ)
そして同時に確信する。
お母さんと話したことも。
お父さんと会った事も。
二人と……お別れしたことも。
あれは……、本当のことなんだって。
シオンの指が、私の目じりをなぞった。
その指先を濡らすものを見た時、初めて泣いていることに気づく。
彼の胸に顔を埋め、何があったのかを話した。
「……エステルお母さんに会ったの。死んだお父さんも来てくれて……、私を愛しているって……、そして……さよならをした……の……」
「そうでしたか……」
「こんな話、信じてくれるの? ただ夢だって、私の妄想だって笑わないの?」
「笑いませんよ。エステルでしたら俺の夢にも出てきましたから」
えええ――――っ⁉
なっ、なんだって――――っ‼
エステルお母さんと会ったの、私だけじゃなかったんだ!
「お師匠様に似た女性でしたね。俺を巻き込んですまなかったと言っていました。そして……」
シオンは自分の頬を押さえると、ははっと軽く笑った。
「娘を頼むって言うと、俺を一発殴って消えていきましたよ」
まじかっ!
セリス母さんと同じ発想じゃない!
姉妹だから、考えることも同じってことなのかな。
セリス母さんの場合は、踵落としだったけど。
そんな二人の共通点に、悲しみがどこか温かい気持ちへと変わっていく。
胸の前で右手をぎゅっと握ると、私はシオンにお願いした。
「シオンは知っているんだよね? 私のお父さんとお母さんのお墓の場所を……。私を、そこに連れて行って欲しいの」
気が付くと、青が広がっていた。
魔王となり、自分の心を守る為に閉じこもっていた青の世界だ。
(私、何してたんだっけ……)
霧がかかったようにぼんやりとした頭を、頑張って働かせる。
何かちょっと前にも、同じようなことがあった気がするんだけど。
確か、神を倒したんだっけ。
そしてシオンが新居に連れて行ってくれて、ご飯を食べてお風呂に入ってから、新しい下着を身に……つけて……。
で、私の下着姿を見たシオンが襲って来て、それから……、
それから……?
…………
…………
…………
…………
”……リベラ。……リベ……ラ……、あなたがずっと……欲しかった……”
シオンが、私の名を呼びながら囁き続ける言葉。
耐えるように唇を噛みながらも、時折短く漏れ出す低い喘ぎ声。
何度も何度も、頭の中も身体のナカも白く染められながら、痛みと途切れる事のない快楽に翻弄される自分。
ついさっきまでこの身に起こっていた出来事が、めっちゃ鮮明に思い出された。
これって……、これって……、あっ……、あぁっ……、
「うっ、わああああああああああああっ‼」
恥ずかしいっ‼
超恥ずかしいっ‼
誰もいない空間に、私の絶叫が木霊した。
両手で頭を抱えながらその場でくるくる回る、という謎の儀式を始めちゃったみたいな行動をとってしまう。
最後まで……、しちゃったんだよね?
もう私、両翼の力がないんだよね⁉
たっ、確か女性勇者候補は処女でなければならないんだから、完全にチカラ失ってるよねっ‼
完全にチカラ失うようなこと、されちゃったよねっ⁉
…………
…………
…………
…………
うわぁああああああああああああああっ‼
って、ちょっと落ち着こ、私。
確かに力を失ったことは重要だけど、それは私が決めたことなんだから。
今考えるべきは……、ここは一体、どこなんだってことだよ⁉
私さっきまで、シオンと一緒にいたはずなのに……。
両手で頬を包んでみると、触れている感覚はあるけれど、温もりは全く感じなかった。ということは、やっぱりこの世界は、私の魂の世界ってことなのかな?
でも、何で今さら。
魔王じゃなくなったし、神も倒したはずなのに……。
その時、
「こらこら、何一人で悶絶してるの? リベラ」
明るい声が響き渡った。
ここには私しかいない筈なのに突然聞こえた第三者の声に、心臓が跳ね上がり、反射的に視線がそちらを向く。
一人の女性がいた。
白く長い髪を高い位置でまとめた、私と同じくらいの背丈の女性だった。
歳も、同じくらいかな?
一瞬自分がいるのかと勘違いしてしまう程、私とよく似てる。
だけど白いまつ毛で縁どられた瞳は、赤い。
セリス母さんが見せてくれた、姉妹の肖像画が被った。
もしかして……、もしかして!
「エステル……お母さん?」
「良く分かったわね、リベラ」
目の前の女性――エステルお母さんが、ニコッと笑って頷いた。
そう言われると、神との戦いで『太陽』本体に描かれていた女性と似ている。だけど本物は、もう少し幼さを残した雰囲気の女性だった。
神との戦い後、何度呼んでも『太陽』は来てくれなかった。
だからもう、エステルお母さんはいなくなってしまったのかと思ってたのに……、こうして、私の前に現れてくれる……なんて……。
心が、苦しさと悲しさと、初めて母に出会えた喜びでぐっちゃぐちゃになった。
だけど、思考を置いてけぼりにして、身体は勝手に動いていた。
「お母さん……、お母さんっ‼ うわぁぁぁあああっ‼」
「リベラ……」
抱きついた私の身体を、エステルお母さんが優しく抱きしめてくれた。泣きじゃくる私をあやすように、何度も何度も優しく頭を撫でてくれている。
この世界では温もりを感じないはずなのに、お母さんが抱きしめる手はとても温かかった。
その温かさが、お母さんを襲った悲劇をさらに引き立たせ、涙が溢れて止まらない。
幸せの絶頂にいたのに、ある日突然全てが奪われた。
絶望し諦めても仕方がないのに、私を守るために人であることを捨てた。
そして、私とシオン、ううん、この世界全ての人の命が、お母さんの力によって救われた。
全てを奪った神への復讐と、娘である私を守る、という目的は達成されたけど……、お母さんが本当に望んだものは、何も帰ってこないんだ。
愛するお父さんも。
家族として過ごすはずだった幸せな時間も。
全部、全部……。
そう思うと、苦しくてたまらなかった。
だけどお母さんは私の背中を撫でながら、優しく声を掛けてくれた。
「ごめんなさい。私の力が足りなかったばかりに、あなたを巻き込んでしまって……。私が、神の従僕たちに捕まったせいで、あなたにこんな危険な生き方をさせて……」
「そんなことない! 私は何一つ恨んでないわ!」
お母さんから発された謝罪に対し、大きく首を横に振った。
だって、お母さんは何一つ悪くない。
悪くないんだもん!
「勇者候補だった時、法具になったお母さんが、たくさん助けてくれたじゃない! それに私が魔王に負けた時、お母さんがシオンを勇者候補にしてくれたから、その力を貸してくれたから、私は生き残る事が出来たの! こんな私にもね、今じゃ友達もいるのよ? それに……好きな人も……」
「ふふっ、知ってるわ。あなたの結婚式、こっそり見てたし」
「ええ――⁉ こっそりなんかじゃなく、堂々と見てくれたらよかったのに‼」
「いや、普通に考えて怖いでしょ。参列者の中に、おっきな金色のメダルとか」
そりゃシュールな光景かもしれないけどさ!
自分が言った事を想像して面白かったのか、お母さんがぷぷっと吹き出した。
私から少し身体を離すと、笑い顔を困惑顔へと変え、眉間に皺を寄せる。
「でもきっとセリスは怒ってるだろうなぁ……。生まれたばかりのあなたを、説明なしで押し付けた形になったもんね……。ただでさえ私が結婚する際、全ての魔素依頼をセリスに押し付けて怒られてるのに……」
「確か、セリス母さんも同じ事言ってたっけ。お母さんが勇者候補をさっさと辞めちゃったから、残った依頼が全部自分に回って来て大変だったって……」
「うっひゃー、ほんと? あなたにそんな話するなんて、相当やばいわね……。もー、セリス怒らせると、めっちゃ怖いもん。私が姉だからって容赦ないからね!」
どうやら、姉であるお母さんもセリス母さんの怒りは怖いらしい。
親子そろってセリス母さんの怒りを恐れているなんて、ちょっと笑える。
確かにセリス母さんはとっても厳しい人だけど……、
「でも……、ずっとお母さんの事を探してたみたいよ。ずっとずっと……心配してた」
「そっか……。ちゃんとセリスにも謝っておかないとね……」
そう呟くお母さんの表情から、先ほどの困惑は消えていた。代わりに、セリス母さんとのことを思い出しているのか、懐かしそうに微笑んでいる。
しかしすぐに、視線が私に向けられた。
「でも、安心したわ。あなたも立派に成長したし、愛する人も友達も傍にいるし……。これでもう、思い残すことはないわ」
「おかあ……さん?」
思い残すことはないって、それって……。
「私の役目は終わったわ。私の幸せをブツ壊しやがった元凶は潰したし、愛する娘の幸せも見届けたし。だからね、もうトスティの元へ帰ろうと思うの」
トスティ、つまり亡くなったお父さんの元に帰る。
それは、お母さんもリティシアたちのように逝くという……意味……。
弾かれるように顔を上げると、お母さんの腕に縋りついた。
「まっ、待って! お母さんは肉体を保ったまま純化したって聞いたわ! 肉体があるんだから、リティシアたちと違って、この世界で生きられるはずだよね⁉」
「そうだけど、さすがの私もこの姿で生きるのはごめんかな? あははっ」
お母さんが軽く笑っている。
エステルお母さんが願ったのは、神を倒す武器となること。
その願いに……、人間に戻ることは、含まれて……いない。
それに力を使い果たして、もう形を保つことも出来ないらしい。
今ここにいられるのは、私の力と繋がっていたから。
だけど……、もう両翼の力を失った今は……。
また泣きそうになっている私の頭を軽く叩くと、お母さんは明るく言い放った。
「そんな顏しないで、リベラ。シオン君と結ばれた事、私なんかのために後悔しちゃ駄目よ? 私の存在が、あなたの足かせになりたくないし。それに……」
一度言葉を切ると、お母さんは後ろを振り返った。
そこには、私と同じ白い髪の若い男性が立っていた。シオンよりは少し上かな?
髪は短くおでこが出ていて、すっきりとした爽やか青年に見える。
お母さんと同じ赤い瞳を細め、こちらを見つめて立っていた。
この人、もしかして……。
「おとう……さん?」
「そう。あなたのお父さんのトスティよ。シオン君に負けず劣らずのいい男でしょ? 私を迎えに来てくれたの。だからもう行かないと……。だけど、その前に……」
そう言ってお母さんは私の額にキスをした。
ふふっと笑って身体を離す。
「純化した魂は戻せないけど……、あの神とかいうクソ野郎が残した呪いは、私が解いておいたわ」
クソ野郎って……。
中々、お母さんもセリス母さん並みに口が悪い時があるな。
エステルお母さんを見ていると、何でセリス母さんがあれほどしっかりしているのか、分かる気がする。
自由奔放なお母さんの色んな後始末を、セリス母さんがやってきたんだろうな。
それにしても、神が私の残した呪いって何だろ?
お母さんの足が、お父さんの方へと向けられたから、私の考えが中断された。
慌ててお母さんに向かって手を伸ばす。
「まって……、いや、待って、お母さんっ‼」
「やだ、待たないもーん。私だって、お父さんと早くイチャイチャしたいもーん」
お父さんの元へ向かうお母さんの背中に向かって叫んだけど、お母さんは振り返ることなく子どもっぽい口調で進んで行く。
そして一度お父さんの手前で立ち止まると、私の方を振り返った。
満面な笑みの中に、一筋の涙を流しながら。
「あなたに、お母さんと呼んで貰えて凄く嬉しかった。私を……、母にしてくれてありがとう、リベラ」
そう言ってお母さんはお父さんの方を振り返ると、一歩歩みを進めた。
今まで動きのなかったお父さんの表情が、喜びで一杯になった。そして、胸に飛び込んできたお母さんを受け止めると、二人は互いを抱きしめ合った。
何か言っているようだけど、声は聞こえてこない。
私も二人の元へ向かったけど、見えない壁に阻まれてそれ以上進むことが出来なかった。
きっとここが、生者と死者の……境目なんだろう。
声が届かないのも、きっと世界がわけ隔てられているからだ。
互いの身体を離した二人は、手を繋いでいた。お母さんがこちらを指さしながら、お父さんに何か言っている。
お父さんは赤い瞳を驚いたように見開くと、お母さんが指さした方をじっと見つめた。
見えない筈の私の方を。
きっとお母さんが、私の事を話したんだろう。
だってお父さんの瞳にみるみるうちに涙が溢れ、それに耐えるように笑顔を浮かべていたから。
二人が見えない私に向かって手を振って何かを言った。
聞こえない筈だけど、確かに私は二人が何を言ったのかを、聞いた気がした。
”愛してるよ、リベラ”
と。
「お父さん! お母さん!」
薄れていく二人の姿を見ながら、私は力の限り叫んだ。
だけど声に反応したのは、
「お師匠様⁉ どうなさいましたか⁉」
「……え?」
目の前に突然現れたシオンの姿に、理解が出来ずにとぼけた声をあげてしまった。でもシオンはそんな私をお構いないしに、ぎゅっと抱きしめる。
身体を駆け抜けていく肌が触れ合う感覚に、私は自分の意識が現実に戻ってきた事を知った。
さっきの出来事は、夢だったのかな……?
お父さんのこともお母さんのことも、私の願望が見せた夢、だったのかな……。
その時、私の顔を覗き込んだシオンが息を飲んだ。
「お師匠様……、あなたの瞳の色が……」
「……え? なっ、なに? どうしたの?」
「金色から赤色へと変わっています。これが……、あなたが持つ本来の色なのですね」
両手で私の両頬を抑えながら、シオンがじっと瞳を見つめている。
私の瞳が、金色から赤色に変わっていた。
ううん、戻っていた。
お母さんが言っていた『神の呪い』という言葉を思い出す。
(この事を言ってたんだ)
そして同時に確信する。
お母さんと話したことも。
お父さんと会った事も。
二人と……お別れしたことも。
あれは……、本当のことなんだって。
シオンの指が、私の目じりをなぞった。
その指先を濡らすものを見た時、初めて泣いていることに気づく。
彼の胸に顔を埋め、何があったのかを話した。
「……エステルお母さんに会ったの。死んだお父さんも来てくれて……、私を愛しているって……、そして……さよならをした……の……」
「そうでしたか……」
「こんな話、信じてくれるの? ただ夢だって、私の妄想だって笑わないの?」
「笑いませんよ。エステルでしたら俺の夢にも出てきましたから」
えええ――――っ⁉
なっ、なんだって――――っ‼
エステルお母さんと会ったの、私だけじゃなかったんだ!
「お師匠様に似た女性でしたね。俺を巻き込んですまなかったと言っていました。そして……」
シオンは自分の頬を押さえると、ははっと軽く笑った。
「娘を頼むって言うと、俺を一発殴って消えていきましたよ」
まじかっ!
セリス母さんと同じ発想じゃない!
姉妹だから、考えることも同じってことなのかな。
セリス母さんの場合は、踵落としだったけど。
そんな二人の共通点に、悲しみがどこか温かい気持ちへと変わっていく。
胸の前で右手をぎゅっと握ると、私はシオンにお願いした。
「シオンは知っているんだよね? 私のお父さんとお母さんのお墓の場所を……。私を、そこに連れて行って欲しいの」
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メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
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