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終わりの始まり編

第138話 私はさよならを告げる

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(ここは、どこだろう……?)

 目覚めた私は、視界に広がる見知らぬ天井に対し、そう疑問を抱いた。
 明らかに、私の部屋じゃない。

 何だろ?
 新しい木の匂いって言うのかな?

 そんな香りが部屋に広がっていて、すがすがしい気持ちになる。
 
 ゆっくり身体を起こすと、部屋の全体が明らかになった。
 
 それほど広くはないけど、物がほとんど置いていないからスッキリ広く見える。
 私の部屋とは、大違いだなぁ。これくらい物が少なければ、セリス母さんに怒られる前に、私だってきちんと片付け出来るんだけど!

 特別大きな物といえば、今私が眠っているベッドぐらいかな。

 ……それにしてもベッド、でかくない?
 明らかに一人用じゃないよね、これ。

 全てが新調された物みたいで、布団もベッドも白く、すべすべフワフワしていて気持ちいい。
 出来たら、もう2,3度寝したい!

 ……けど、さすがに現状把握が出来てない状況で、もうひと眠りするほど私も落ちぶれちゃいない。
 
 少し桃色がかったオレンジ色の光が、部屋の中に差し込んでいる。
 窓から差し込む光から察するに、もう夕暮れぐらいかな。

 ベッドから出ようと身体を動かした時、

「お師匠様っ‼ お目覚めになりましたか!」

 私を呼ぶ声と、人影が部屋の中に飛び込んで来た。

 あれは……、シオン?
 でも何でそんなに心配そうな顔で、私を見ているんだろ……。

 私、今まで一体何を……。

 そんなことを考えていると、シオンが泣きそうに眉根を寄せながらベッドに駆け寄り、私の身体を抱きしめた。そしてゆっくりと身体を離し、色んな方向からこちらを確認しながら、矢継ぎ早に尋ねて来た。

「もうお身体の方は大丈夫ですか? どこか不調はありませんか⁉ 痛いところは⁉ 辛いところはありませんか⁉」

「え? あっ、うん、大丈夫……」

「本当に良かったです……。戦いの後、まる1日目を覚まされなかったのですから……」

 戦いの後?

 そう思った瞬間、私の脳内に神との戦いが再生された。

 エステルお母さんの圧倒的な力の前に、光の塵となって消えていった神の姿が。
 そして、嬉しそうに解放されて消えていった、歴代勇者たちの言葉が。

 自分たちの分まで幸せに、と言葉を残して消えていったリティシアを思い出し、心の奥が締め付けられた。

 私は戦いの後、急激な眠気に襲われ、シオンに全てを任せて眠っちゃったんだっけ。どうやらその後、丸1日眠り続けていたらしい。

 そっか。
 全部、終わったんだ……。

 シオンも私も、この世界の皆も救われたんだ……。
 良かった……。本当に……良かった……。

「ごめんね、シオン。また私、あなたに心配をかけちゃったね?」

「いいんですよ、仕方ありません。あれだけの戦いをしたのですから……。でも、無事に目覚めて本当に良かった……」

 そう言ってシオンは、再び私の身体を抱きしめた。
 さっきよりも、もっと強い力で。

 それだけで伝わってくる。
 1日だったとは言え、シオンがどれだけ私の事を心配して過ごしていたのかを。

 彼が安心したのを見届けると、少しだけ身体を離して尋ねた。

「それで……、私が寝ている間、何もなかった?」

「あった事と言えば、神が消滅したことによって、この世界に紛れ込んでいた神の従僕たちが皆、死んだことぐらいですかね。神の従僕の件は伏せられていますから、世界同時突然死ってことで話題になっていますが。後は至って平和ですよ」

 平和なの……かなぁ。
 真実を伝えられてない人たちには、怪奇現象としてずっと伝えられそう。

 でもまあ、神との戦いで大きな被害が出なかったのは良かった。

「で、ここはどこ? セリス母さんの家……じゃないよね?」

「ここは、俺とあなたが暮らす新居ですよ。イリアの一件で、マーレ王家から詫びとして譲り受け、改装したんです」

「……へっ? アーシャに家、お願いしてたの⁉」

「はい。以前からあなたと二人で暮らす為に、家は欲しいって思ってましたし。あなたに迫るたびにセリスに殴られるのも嫌でしたからね」

 いや、セリス母さんに殴られるのは、シオンが悪いと思うんだけどねっ!
 
 そういえばイリアの件の詫びを、何かしらの形で貰えるとかなんとか言ってたっけ。
 それで家をお願いするとか……、どんだけちゃっかりしてるの、この人!

 私の部屋にあったものは、大半を運び終えているらしい。

「とりあえず、事情は分かったわ。全部任せてごめんね、シオン」

「あなたと過ごす為でしたら、喜んで動きますよ。それじゃ……、あなたも目覚めたことですから、準備しますね」

「え? じゅっ、準備?」

 思わず声が裏返ってしまった。
 その準備ってもしかして、私が神との戦いの前にお願いした、力を奪う……。

「夕食の準備です。戦いの前から、ほとんど何も召し上がっていませんでしたよね? 何か少しでも身体に入れないと……」

「あっ、うっ、うん……、そだね!」

 そっちか!
 もっ、もう、私、一人で何考えてるの――――っ‼

 頑張って冷静さを取り戻そうと心の中で突っ込んでみたけど、一度想像してしまった恥ずかしさは、顏に上がる不自然な熱となって現れた。

 真っ赤になった頬を見られたくなくて、俯いたんだけど、

「どうされましたか? お顔が真っ赤ですけど?」

 見られたくないからわざわざ顔を伏せているのにも関わらず、シオンがこちらを覗き込んでくる。その表情には、企みを含んだような笑いが浮かんでいた。

 完全にバレてんじゃんっ!
 私が何と勘違いしたのか、絶対バレてる顏しんてんじゃんっ‼

 それなのにわざわざ尋ねて来るって、一体何のつもりなの⁉
 やっぱり私、前世でえらい罪を犯しているのかな⁉

 シオンの言葉に何と答えたら良いのか分からず、あぷあぷしていると、彼の唇が耳元に寄せられた。

「大丈夫です、覚えてますよ。神との戦いの前に、あなたと約束したこと……」

 熱い吐息が耳と首筋にかかり、不快ではないゾワゾワ感が身体を駆け巡ると同時に、頭の中でぷしゅーと何かが沸騰するような音を聞いた……気がする。

 次の瞬間、勢いに任せて布団を頭からかぶると、

「わっ、私もう少し横になってるからっ‼ ごっ、ごごご飯が出来たら、教えてねっ!」

 滅茶苦茶精神的動揺を声色に出しながら、シオンの顔を視界からシャットアウトした。

 これ以上彼の顔を見てたら……、死ぬ。
 恥ずかしすぎて悶えてた後、死んじゃうよっ‼

 布団の中で真っ赤になりながら丸くなってると、小さく噴き出す音がした。その次にベッドの沈みが少なくなり、シオンが立ち上がったのが分かった。

「分かりましたよ。お食事が出来ましたら、お呼びしますね」

 そう言ってぱたんとドアが閉まる音がし、部屋に私一人が取り残された。部屋の前から人の気配が消えたのを感じると、もぞもぞとベッドから起き出す。

 さっきのやり取りを思い出し、再び身体中が恥ずかしさで熱くなってきた。

 うぐぐっ……、それに比べてシオンの余裕なことよ……。

 もうっ! 私ばっかり意識してるみたいで、恥ずかしいじゃないっ‼
 シオンだってもう少しくらい、こう……照れとか恥ずかしさとか見せてくれたらいいのにっ!

 自分の恥ずかしさをシオンのせいにしながら、私はクローゼットを開けた。
 そこには、セリス母さんの家から持ち出した私の荷物が綺麗に収納されている。もちろん、服や装飾品、旅道具なんかも収まっていた。

 勇者候補として旅をしていたときに使っていたリュックを開けると、明らか中に納まっている道具たちとは異彩を放つブツが目に入った。

 可愛らしすぎる下着たちが……。

 アーシャと一緒に、この日の為に用意した物だ。

(これは……、やっぱり私が身につけるには、ハードルが高すぎるんじゃないかな……)

 大きくため息をつくと、お風呂用の着替えの中にそっと忍ばせた。
 そして改めて、旅道具が入っていたリュックに視線を落とす。

 両翼の勇者候補として、12歳の時からずっと戦い続けて来た。
 
 魔素に脅かされている人々を救う事。
 魔王を倒す事。

 それが私の使命だと、命をかけて成すべきことだと思っていた。
 
 でも今は、少しだけ違う。
 世界を守るってことは同じだけど、守る者がハッキリしてて、自分の目的に血が通っているというのかな。 

 自分の大切な人のために、世界を守りたいと思った。
 だから、戦おうと思った。

 その気持ちは新たな力を目覚めさせ、人知を超えた存在を消滅させるまでに至った。

(だからもういい。十分私は戦った)

 そう心の底から思えるほど、私はやりきった。

 だから、後悔はしない。

 力を失う事を。
 ただのリベラになる事を。

 私が両翼でなくなっても、大切な人たちは何一つ変わらない。
 
 その確信を持っているから。 
 
 シオンの想いに応えたい。
 ずっとずっと待たせ続けた彼の願いを叶えたい。

 好きだと気づいていてから隠し続けて来た、自分の本心を全てさらけ出したい。

「お師匠様、夕食の準備が整いましたよ?」

 ドアの向こうから、ノック音と共にシオンの声が聞こえて来た。
 大好きな人の呼ぶ声に、自然と心が高まりを見せる。

 視線を再び、道具たちに向ける。
 シオンと出会うまで、人を愛する事を知らずに戦い続けて来た孤独な私の姿が重なった。

 もし過去の私に言えるなら、言ってあげたい。

 未来の私は大切な人たちに囲まれてて、傍には愛する人がいるよって。
 力が無くなっても、不安に思わなくていいんだよって。

「うん、今行くね?」

 彼の声に答えると、私はクローゼットをそっと閉めた。
 そして心の中で、戦う事しか自身の価値を見出せなかった自分に別れを告げた。

(ありがとう。そして……、さよなら)
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