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終わりの始まり編

第133話 俺は願いを叶える

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「シオンが好き。一人の男性として、異性として……あなたが好き。あなたが私のために勝ち取ってくれた魔王討伐後の人生を、共に生きて。……私と」

 ああ、やっと……。
 やっとあなたの言葉を、あなたの想いを聞くことが……出来た。

 俺への気持ちを魂の世界で知って以来、想いをくみ取れなかった後悔が、その言葉によって昇華されていく。

 代わりに満ち溢れるのは、ずっと想い続けた人が、俺と同じ感情をもってくれた喜び。
 気持ちが通じ合い、互いを愛おしく思う幸福感。

 その想いを胸に留めておけるわけがなく、言葉となって零れ落ちる。

「……そのお言葉を……、ずっと待ってましたよ、ずっと、ずっと……」

 あなたに愛されたい。
 共に生きていきたい。

 愚かしく身の程も弁えない少年だった自分が、決して手の届くはずのない光輝く存在へ抱いた願いが、10年以上の歳月を経た今、叶った。

 全てが報われた瞬間だった。

 これでようやく……、ようやくあなたの横に並び立つ事が……できる。
 それを自分に許す事ができる。

 喉の奥から歓喜でほとばしりそうになる声の塊をかみ殺すと、代わりに目頭が熱くなった。

 お師匠様の事になると、すぐに涙腺が緩んでしまうな。何時から俺は、こんなに涙もろくなってしまったんだ……?

 どれだけ厳しく辛い修行でも、涙一つ流す事はなかったというのに。

 零れそうになる涙を堪えながら、俺はあなたを強く抱きしめた。そしてあなたが想いを込めて伝えて下さった言葉に、それ以上の気持ちを込めて答える。

「もちろんです。生きましょう、世界が滅ぶその時まで、愛するあなたと共に……」

 この世界がこれからどうなっても、
 未来が真っ暗で見えなくても、

 ずっとずっとあなたと共に。

 お師匠様が泣いていた。
 ありがとうと礼を言いながら、泣きながら笑っていらっしゃった。

 幸せそうな笑顔を浮かべながら。

 礼など……、こちらがお伝えしたいくらいですよ。でも今の俺には、その感謝を言葉で表現するための語彙力が不足しているので、言葉にできないことを許して頂きたいです。

 俺のあんな稚拙な言葉で、幸せを感じて下さるあなたの姿に、さらに愛おしさが込み上げてくる。

 少しでも触れる理由が欲しくて、柔らかな頬を伝う涙を拭っていると、お師匠様が俺を強く抱きしめて下さった。

 今まで俺から抱きしめる事は山ほどあっても、あなたが抱きしめて下さったことは数えるほどしかない。

 お師匠様が抱く素直な愛情を表して下さっているのが、堪らなく嬉しい。

 すっぽりとこの身体に収まる小さな身体を強く抱きしめて応えると、あなたと初めて出会った時の事が、鮮明に思い出された。

 奴隷となり、道具として使い捨てられる自分の命に、何も望みを持っていなかった。
 ただ世界を憎み、神の存在を憎み、消費され捨てられる日をただ待つだけだった。

 そんな中、あなたに救われた。
 たった数枚の金で買われる俺たちの命を、精一杯力を尽くして守って下さった。

 信じられなかった。
 俺たちごときの命を、危険を冒してまで守ろうとする人間がいたことが。

 輝く白金翼と、黄金の法具。
 高くまとめられた白い髪をたなびかせながら、金色の瞳を優しく細め、凶暴なモンスターを一掃したとは思えない細い腕を俺に向けて差し出す。

「もう大丈夫よ。怖い思いをさせてごめんね?」

 誰も気にかけられる事のない汚れたこの身体を、魔法で癒しながら。

 憎しみ以外何も持っていなかった俺の心が、暖かな光で満たされる。
 白金翼と法具の光、それ以上に輝くあなたの笑顔に。

 こんな美しいものが、世界にある事が信じられなかった。

 この時から、偉大な存在であり、命の恩人であったあなたに、全てを捧げて尽くそうと思った。
 あなたになら、この命を使い捨てられても良かった。

 実際にあなたは、弟子にして欲しいと頼み込む俺に、見捨てる可能性を示されたが、俺は喜んで同意した。

 でも俺の前で見せるあなたの姿は、世間で伝えられているような、雲の上の存在ではなくて。

 一杯失敗もして、勘違いも多くて、朝起こすのが大変で。
 優しくて、慈悲深くて、身分など関係なく誰に対しても一生懸命で。

 語られる噂とは違う、誰よりも人間味溢れた心ある存在だった。

 あなたは俺を道具ではなく人間として扱い、あなたと同じ世界を見せ、同じ物を食べさせ、同じ道を歩ませて下さった。

 俺が道具ではなく人間だと、そして両翼の聖女も同じ人間だと気づいた頃、あなたの背中を敬愛すべき師匠ではなく、一人の女性として意識している自分に気づいた。

 あなたが俺と同じ人間なら、一人の女性であるなら……、俺があなたを愛することも、許されるのではないかと。

 馬鹿な願いを抱いたのは、重々承知だ。
 だけど、その願いを捨てることはとうとう出来なかった。

 その後、あなたが眠りについていた10年という月日は、たくさんの変化をもたらした。

 しかし今でも何一つ変わらないのは、どんな時でも諦めず突き進み続けるあなたの姿が、俺の心の支えだということ。

 あなたを愛する気持ちが、
 あなたと共に生きたいと願う想いが、
 あなたの存在そのものが、

 俺がこの世界に留まり続ける理由。

 それは何一つ、変わることはない。
 これから先も、決して。
 
「あなたは俺の希望であり、道を指し示す光であり、生きる……意味です。愛しています、お師匠様」

「私も、愛……してる。愛してるわ、シオン。ずっと、一緒にいてね?」

「もちろんですよ」

 あの方の唇から、初めて愛の言葉が届けられた。甘く刺激的な言葉に、耳の辺りが異様なまで熱を持っているのが分かる。

 お師匠様が仰ると、俺のメンタルに叩き込まれる破壊力が半端ない。

 一瞬あの方の言葉が止まってしまったのは、恥ずかしさから来るものだろう。
 恋愛に慣れていらっしゃらないお師匠様らしいと、込み上げた笑いを堪えながら、愛を伝えて下さった唇を重ね合わせる。

 耐え切れなくなった涙が、頬を伝うのを感じながら。

 バレンタによって奪われていた指輪は、あるべき場所にお返しした。

 左薬指で光る指輪は、あなたが俺の伴侶である証。こんな愛らしく素晴らしい女性が、俺のものなのだと主張する輝きが、独占欲を存分に満していく。

 お師匠様はお師匠様で、口元を緩めながら、左薬指に収まった指輪を見つめていらっしゃった。

 俺からの視線を感じるのか、時々緩んだ口元を引き締めようとするのだが、すぐにへらっと緩んでしまう。
 そして指輪をそっと指でなぞると、急に恥ずかしくなったのか、慌ててぎゅっと両目を瞑ってしまった。

 ……なんなんだ、この一連の流れは。
 お師匠様の可愛いさが、全力で俺の理性を殴りつけてくるんだが。

 そんな時だ。
 歴代勇者たちが、ぐずぐず騒ぎ出したのは。

 憎まれ口を叩きながらも、俺たちの事を祝福する言葉の中で、突然ハインが提案をしたのだ。

「そうそう。せっかくですから、ここで結婚までしてしまったどうですか?」

 ……こいつ、何てことを言い出すんだ。
 最高の案じゃないか!

 なんて事を俺が内心思っていることに気づくことなく、お師匠様はただただ驚きの声を上げていらっしゃった。

 しかし、一度動き出した流れを止めることはできない。

 フィーンに推され、アーシャが乱入し、一番大変な状況であるリティシアにすら勧められて、場が祝福ムードへと変わっていく。

 お師匠様は恥ずかしさと少し困ったように眉根を寄せながら視線で尋ねてこられたが、俺は黙って頷いて返した。

 夫婦になるなら、この時しかないと思っていたから。

 お師匠様は、俺に想いを伝えてから神討伐に向かおうとされていたはず。
 
 もし神との戦いに負けることがあれば……、きっと俺たちは……。

 戦いがどのように転ぶかは誰にも予想できない以上、思い残す事のないようにしたいと思う。

 困っていたお師匠様の表情が、少しだけ真剣なものへと変わった。

 それを見て悟る。

 ああ、あなたも気づいたのですね。
 俺たちに、この先がないかもしれないことを。
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