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物語のその先編

第123話 弟子は留まる理由がなかった

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 あらゆる疑問に答えが出ました。
 一気に進められてきた話も、終盤に差し掛かっています。

「では……、最後に私たちがこれから成すべきことを話したいと思う」

「……あんな存在がいる中、私たちに出来る事など……」

 両手で頭を抱えるアイラックの絶望を感じさせる低い呟きに、皆の表情も沈みました。胸の奥に溜まった不安を吐き出すため息の音が、さらに部屋の雰囲気を陰湿なものへと変えていきます。

 あんな存在とはもちろん、神と魔王リーベのこと。

 人の力の及ばない強大な存在に対し、俺たちが出来るのはせいぜい魔素によって引き起こされる災厄を少なくすることぐらい。

 エステルや歴代勇者たちが神討伐のために動いていますが、そこに希望を抱けるほど楽観的な考えも持てる者はいません。
 
「確かに、私たちが出来ることは限られている。しかし何もせずに、このまま神に食われるのを待っていていいのか?」

「ではあんな存在に、どうやって対抗するのですか、リティシア様⁉ 神おろか、魔王にすら太刀打ちできない私たちに‼」

 アイラックの叫びに近い問いかけに、リティシアが口角を上げて答えました。
 どこか、自信に満ちた表情を浮かべながら。

「その魔王は半覚醒状態だ。今ならまだ……、リベラを人間に戻すことが出来る。二つの脅威のうち、一つをなくすことが出来る。そうだな、ハイン」

 ……やっと来た。
 俺が、一番知りたかったことが……。

 セリスの表情が、俺と同じく、今まで以上に真剣なものへと変わりました。
 大切な娘を救うため、一言一句を聞き逃すまいと、じっとハインに視線を向けています。
 
「はい。詳しい説明は省きますが、リベラさんの魂は今、夢を見ている状態なのです。彼女の魂に入り込み、意識を現実に呼び戻すことが出来れば、魔王化した身体も元に戻るはずです」

「リベラは……人間に戻れるんですね……。私たちの知っている、彼女本来の姿に……」

「そうですよ、アーシャさん」

 ハインがアーシャに微笑みかけました。
 奴の言葉に希望を取り戻したアーシャはノリスの腕に抱きつき、ノリスも嬉しそうに瞳を細めてあの女の肩を叩いています。

 そんな二人を微笑ましく見ていたハインでしたが、すぐに真剣な表情へと戻して言葉を続けました。

「リベラさんの魂は、今のところ無事です。しかし神がリベラさんの魂を支配し、自分を満たすための膨大な魔力を作らせようと狙っている状況です」

 なんだと……?
 そんな危険な状態なら、呑気に会議している場合じゃないだろっ!

 俺の気持ちと殺気が現れていたからか、ハインが両手を振りながら慌てて言葉を重ねました。

「落ち着いて下さいって、シオンさん! 彼女の心が神に支配される前に、僕が心を守る仕組みを作ってリベラさんにお伝えしてきましたから! だからそこは安心してくださいって!」

「……具体的に、どのような方法をとっている?」

「えっとですねー……」

 そう言ってハインは、お師匠様が奴からされたような話をもっと簡潔にしました。

「とまあこんな感じで話をまとめると、リベラさんは今、好きな人の事や楽しかった出来事などの幸せな記憶を繰り返し思い出し、魔力を作り続けているのです。そして作られた魔力を神の餌にして、心を神の支配から守っている状態になります」

 なるほど……、好きな人の事や楽しかった出来事などの、幸せな記憶を……。

 ん?

 ……すきな……ひ……と?

「すっ、すすす好きな人って、どういうことだぁぁっ‼」

 聞いていないぞ!
 そんな話、お師匠様から一言も聞いてないぞっっっっ‼

 まっ、ままままままままさか……、いるのか?
 お師匠様が心を寄せている別の男の存在が、いるというのかっ⁉

 一瞬にして、頭の中も心の中もパニックになりました。

 もしかすると……、お師匠様が魔王となられたのと同じくらいの衝撃を受けていたかもしれません。

 神に世界を食われる?
 んなこと、もうどうでもいいっ‼

「もうっ、お前はほんっとリベラ様のことが絡むと、情緒不安定になるのなっ‼ 大丈夫だからっ! 特定の異性じゃなくて、『大好きな人たち』って意味だからっ‼」

「え? ディディスさん、僕はそういう意味で言ったわけじゃ……。確かリベラさんの好きな人って、し……」

 ……し?

 『し』から始まる名前の男か……。
 分かった……。今、アカデミー内にいる、『し』から始まる名前の男たちに、片っ端から問い詰めて……。

「だーかーら! 『し』から始まる名前の男たちに片っ端から問い詰めようとか、物騒な事考えるなってっ!」

 ……ちっ、何故分かった、ディディス。

 席を立とうとする俺の両肩に縋りつくディディスを尻目に、アーシャがハインに詰め寄っています。
 どこか、怒りオーラを立ち昇らせながら……。

「……ハイン様。ディディスさんの仰る通り……、リベラの大好きな友達とか家族っていう意味ですよねー?」

「えっ? アーシャさん? なんか雰囲気が変わりました? めっちゃ……こわ……」

「そ・う・で・す・よ・ね⁉」

「えっ? ええ? あっ、あの……」

「もうっ、ほんっと……なんでこんなに鈍いのかしら……」

 そう諦めた様子で呟いたアーシャは、奴だけに聞こえるように何かぼそぼそと話しているのが分かりました。

 アーシャの変貌に引いていたハインの表情が、みるみるうち和らいていくのが見えます。

 そして、

「あぁ~、なるほどなるほどぉー、了解です」

と軽く親指と人差し指で丸を作ると、どこかニヤニヤした様子で俺を一瞥してきました。

 ……アーシャ。
 あの女、何を言いやがった……。

 って、ハインから話を聞いたアレグロとフィーンまで、なに顔をニヤつかせながらこっちを見てきてるんだ!
 
 理由を問いただそうとしましたが、ニヤつくのを止めたハインの言葉が俺の動きを止めました。

「話が横道に逸れてしまいましたが、法具となったエステルさんは、リベラさんの生み出す膨大な魔力と繋がって、神に攻撃を仕掛けようと考えています。ですから、リベラさんを人間に戻せなければ……、僕たちの負けです。だからなんとしてでも、彼女を取り戻さなければなりません」

 ハインの言葉に、歴代勇者たち皆が大きく頷きました。

 世界を神の侵略から救うためには、お師匠様の力が必要。

 結局、あなたを魔王化から救い出しても、更なる戦いが求められていると思うと、理由の分からない怒りが腹の中で沸くのを感じました。

 俺があなたを救い出したいのは、そんな理由じゃない……。 
 あなたの笑顔を、俺を呼ぶ声を、あなたの存在を……、そばで感じていたいから……。

 ただそれだけ……なのに。

 ハインの説明が続きます。
  
「先ほども言いましたが、今リベラさんは記憶を封じ、幸せの思い出の中にいます。それを目覚めさせるには、彼女と縁深い者が魂の世界に入り、リベラさんの魂に直接呼びかける必要があります」

 縁深い者?

 それは、やはり育ての親であるセリスか?
 いや、お師匠様と親しかったアーシャの可能性も。

 ディディスは……、間違ってもないだろうな、うん。 

「おい、シオン。今、めっちゃ俺に対して失礼な事を思った事は横に置いとくけど、お前何悩んでいるんだよ?」

「何って、お師匠様と縁深い者が誰かについてだが?」

 ディディスの言葉に、何を言っているんだと言う気持ちを隠すことなく答えると、周囲から物凄く強い視線を感じ、考え俯いていた顔を上げました。

 ……何だ?
 何で皆、俺の事を見ているんだ?

 理由が分からずキョトンとしていると、

「いや……、この場面でその反応を見せるお前に、驚いているんだけどな……」

 何か、物凄くディディスの奴が呆れています。奴の言葉に、アーシャが首がもげるんじゃないかと思うぐらいブンブンと頷き、他の連中も何かもの言いたげに俺の方を見ています。

 なっ、何なんだ一体、この雰囲気は……。

 …………
 …………
 …………
 …………

 ……え?
 もしかして……。

「お……れ……? 俺がお師匠様と縁深い者だと言っているのか?」

「それ以外に何があるっていうんだよ、シオン! しっかりしろよっ‼ 散々リベラ様の件で暴走してたくせに、自分のこととなると、何でくっそニブくなるかな!」

「ディディスさんの言う通りです‼ リベラを目覚めさせるお役目、シオン様しか考えられません‼」

「……そうだな。確かにてめぇが一番適任だ。……癪だが」

 なっ、なんだ、アーシャとセリスまで!

 三人に詰め寄られ、戸惑いました。

 何故なら、その役目に一番ふさわしくないのが俺だと思っていたのですから。
 
 もちろん、お師匠様を救い出すためなら、喜んでこの命を投げ出します。

 でも……、あなたが魔王となったのは、そもそも俺のせい。

 俺がお師匠様が勇者候補として戦わない罪悪感を抱いているのにも拘らず、きちんとそれを解消しなかった結果がこれです。
 さらに、俺が魔王になるとバレンタに明かされた事で、純粋で繊細なその御心までも傷つけてしまった。

 優しいあなたは、ご自身を責めたのでしょう。
 負の感情に心が一杯になるほどに……。

 10年前と同じことが……、
 未熟な俺の存在が、再びあなたを窮地に陥れたのです。

 こんな情けない俺が、どの面下げて縁深い者としてあなたに会いに行けるというのでしょうか?

 もしかすると、あなたは俺の顔なんて見たくないに違いありません。
 今回の件で俺を心底嫌いになり、憎しみすら抱いているかも……。

 …………
 …………
 …………
 …………

 あー……、生きるのが辛い。

「いっそのこと、このまま俺を殺してくれ……」

「だからなんでそうなるっ‼ どうせリベラ様が魔王化したのは自分のせいだから、顔向けできないとか思って落ち込んでるんだろ⁉ それ以上落ち込んだらまた魔王化しそうになるから、今すぐマイナスに捉えるのやめろって‼」

「……お師匠様に嫌われて、生きていけるわけがない。こうなったら魔王リーベの傍で自殺し、300年後、あの方の傍で魔王として発生するしか、お傍にいられる方法は……」

「リベラ様への想いを、そんな最悪な方法で拗らせるな――っ‼ しっかりしろっ‼ 散々挨拶代わりに押し倒したりしていたくせに、嫌われるかもしれないとか今さらだろっ‼」

「あれは俺の愛情表現だ。あの程度の愛情表現を、どうすれば嫌われる要因になる?」

「お前が気にすべきが、そういう通常と大きく認識のずれがあるところだと思うんだけどなっ‼ とにかく、勝手に想像して勝手に落ち込むなっ! お前、嫌われてないからっ! そこは俺が保障するからっ!」

 ディディスの言葉に、アーシャとセリスが力強く頷いています。
 何なんだ……、この3人の揺るぎない確信は……。

 しかし、ディディスの奴が何の確証をもってああ言っているかは分かりませんが、少なくとも魔王化は俺が原因です。

 今は、嫌われている可能性は大いにあるわけで……。

 お師匠様は、俺がこの世界に存在する理由。
 あの方に否定され、拒絶されたら……、生きる理由も意味もありません。

 もちろん、あなたを救いに行きます。
 ダメだと言われたら、ダメだと言った人間を叩き伏せてでも、救出に向かいます。

 しかし、どうしても俺がお師匠様の縁深い者だとは思えなかったですし、それを事実として突き付けられるのが恐ろしかったのです。

 テーブルに突っ伏した俺を見ているのか、アレグロが激しく呆れた声色でハインに尋ねているのが聞こえます。

「……で、こんなやつで本当にいいのか、ハイン? 死にてーとか言って、戦う前から負けてる感じなんだが?」

「そうですねー。でも……、リベラさんへの愛情が大きいが故の反応じゃないですか? 大丈夫ですよ、僕に秘策がありますから」

 何が秘策だ……。
 お前が何を言っても、俺の心には何一つ届くわけが……。

「シオンさん、あなたにリベラさんから伝言がありますよ」

 お師匠様からの伝言だとっ⁉

 一瞬にして、俺の落ち込みは吹き飛びました。
 椅子から立ち上がり、前のめりになってハインに問います。

「ほっ、本当かっ⁉ お師匠様から俺への伝言を頼まれたのか⁉」

「本当ですよ。実は、リベラさんを目覚めさせる縁深い者の存在として、僕も彼女にシオンさんを提案しているんです」

「お前まで……? そっ、それであの方は何と……」

 鼓動が早くなりました。
 緊張で無意識のうちに握った手のひらに、じっとりと変な汗が流れ出します。

 怖かった。
 でもそれ以上に、あなたの言葉を聞きたかった。

「……あなたと同じでしたよ。自分のせいで、シオンさんを魔王にしてしまう事を後悔されてました。怒ったあなたが、彼女の元に来ることを拒絶するんじゃないかと、不安そうにしていましたよ」

 俺が……お師匠様を拒絶する……?

 するわけないじゃないですかっ‼
 あなたが求めて下さるなら……、あなたが俺の事を求めて下さるなら……、俺はどんなことをしてでもあなたの元へ駆けつけますよ‼

 さっきまで落ち込んでいた気持ちは、どこにいったのでしょうか。
 頭の芯まで熱くなる感覚と共に、気持ちが高揚していくのが分かります。

 俺は、お師匠様から嫌われてなかった。
 憎まれてなかった!

 仕上げとばかりに、ハインがお師匠様の伝言を口にしました。

「そんな不安を抱えながらも、リベラさんはこうあなたに伝えて欲しいと僕に託しました。『不甲斐ない師匠でごめんなさい』と。そして……、『それでもあなたを信じて待っている』と」

 もう俺がここに留まっている理由は、何一つありませんでした。
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