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物語のその先編
第122話-3 弟子は全てを知った
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「神の正体や人間との関係、魔王の発生理由などは、これで分かってもらえたと思う」
沈黙を破るリティシアの冷静な声が響き渡りました。
(まあ、確かに皆、理解している様子だが……)
硬い表情で俯く皆を見ながらそう思いました。理解しているからこそ、この表情なんでしょう。
だからと言って、理解するのと心から受け入れることは、また別問題なわけで。
え?
俺はショックを受けなかったか、ですか?
神の存在については、驚くものがありましたけどね。
でも事前に魔王の正体をバレンタから聞かされていましたし、実物の神も見ていますから、そこまでショックは大きくなかったですね。
どちらかというと、ばらばらになったパズルのピースがはまったような、妙な納得感がありました。
でもね。こっちは、お師匠様が魔王になられたことで、死のうと思うほどショックを受けてたんですよ?
あれと比べたら、神が世界を滅ぼすとか、ほんっとどうでもいいですよ。
俺にとっては、自分で死ぬのも神に殺されるのも一緒ですから。
それにしても、勇者候補が生まれる理由に、一つ疑問が残りました。
俺が勇者候補に突然覚醒した理由です。
ハインの話によると、神素に影響を受けるのは今のところ胎児だけ。
それなのに何故俺は、10年前に突然、勇者候補として力に目覚めたのか?
自身の謎に思考を巡らせていると、リティシアが次の説明に移りました。
「次は、神の協力者の存在と私について話をしたいと思う」
リティシアの言葉に反応を見せたのは、セリスでした。
神の協力者と言う言葉に、姉のエステルを繋げたからでしょう。
「神の協力者っていうのはもしかして、バレンタたちアカデミー上層部のことか? 先程私たちと対峙した……」
「その通りだセリス。彼らは自身を『神の従僕』と呼ぶ狂信者集団だ」
「ばっ、バレンタ理事長が、世界を滅ぼそうとしている神の協力者だと⁉」
リティシアとセリスの会話を聞いたアイラックが、叫び声を上げました。奴だけでなく、エレクトラやアーシャも目を見開き、手で口元を覆いながらも嘘だと呟くのが聞こえました。
彼らが驚くのも、無理はないでしょう。
アカデミーは、魔素や魔王の脅威から人々を守るために作られた組織。
それらの元凶である神に協力しているなど、想像もしてなかったに違いありません。
驚く皆に、ディディスが努めて冷静な態度を保ちながら、静かに報告しました。
「リティシア様の仰る通りです。俺たちも聞きました。バレンタ理事長を含むアカデミー上層部が、神に関与している言葉を。そして……、魔素人間によるアカデミーと魔素溜まり襲撃は、リベラ様を誘き出すために引き起こされたものだと……。今回利用された魔素人間も、アカデミーによる人体実験で生まれたと聞きました」
「そっ、そんな……。だからバレンタ理事長は、私を呼び出したというわけですか⁉ 私が……リベラと親しかったから……」
「あの魔素人間たちがアカデミーの人体実験で作られた……だと⁉ そんな倫理的に許されない実験が、アカデミーで行われているわけがっ!」
「まあやりそうよね、あいつらなら」
アーシャとアイラックの驚きに対し、フィーンが呆れたようにボヤきました。あの女のボヤきに同感だとアレグロたちも頷いています。
少し横道に逸れそうになった話を本筋に戻すため、リティシアが仕切り直しました。
「アカデミーは随分昔から、少なくとも私が生きていた時代から、すでに神の従僕によって掌握されて、影で様々な実験が行われていたのだ。その件については後々話すとしてハイン、先に神の従僕について説明をお願い出来るか?」
ハインは笑ってリティシアの言葉に頷くと、再び長い説明が始まりました。
神の目的が、その世界に住む者たちの純化した魂を食う、という事はご理解頂いていると思います。
では、食われた後の魂はどうなるのか分かりますか?
……消滅する?
はい、正解です。さすがお師匠様ですね。でも実は、もう一つ回答があるんです。
それは、魔力の一部だけ食べ残された状態で、意識を保ったまま神の中に存在し続けること。
もちろん魔王となって勇者に倒された時、肉体は滅んでいますからありませんよ。しかし意識や記憶は、生前と同じように残ったまま、存在し続ける事ができるんだとか。
死んだはずの歴代勇者たちとこうして話が出来るのは、奴らの魂が食い残された状態で神の中に留まっているからだったのです。
あ、もう分かったという表情をされていますね。
そう、神の従僕と呼ばれる狂信者集団の正体は、大昔神によって食い残された異世界の住人たちだったのです。
そいつらははた迷惑なことに、神の中で存在し続けることで永遠の時間を生きられるのではないかと考えたのです。
狂信的な考えを持つ奴らは、自らを神の従僕と名乗り、長い時間を神の中で過ごしてきました。
しかし、あらゆる世界を蹂躙してきた神が、とある異世界の住人によってその身を封印されてしまった。
さらに、長き空腹で力も弱まっている。さらに時間が経てば死もありうる。
神の死は、中にいる食い残しの魂たちの消滅を意味します。
だから神の従僕たちは、神を生かすために独自で活動を始めたのです。
ここでふと疑問が浮かび、ハインに尋ねました。
「でも神は、純化した魂を食って生きながらえていたんだろ? それなら、神の従僕たちが動く必要はなかったんじゃないのか?」
「神が純化した魂を食えるのは、勇者がいつ魔王を倒すかによりますからね。だから時々、あったんですよ。勇者が魔王を倒すのが遅すぎて、神の空腹がヤバいって時が……」
「確か、両翼が生まれる仕組みの時もそんな事を言っていたな。強い空腹状態になると、神素の性質が変わると。もし、飢えて死ぬギリギリまでになったらどうなるんだ?」
「食うんですよ。……僕たち、食べ残しの魂をね」
ハインの表情から笑みが消えました。
ハインだけでなく、アレグロとフィーンからもです。笑顔の代わりに現れたのは、何かを思い出して苦痛に歪む表情。フィーンに至っては、嘔吐をこらえるように、手で口元を覆っています。
「神が純化した魂を食べ残す理由は、自身の命が危険になるほど飢えた時、非常食として食べる為なんですよ」
「しかし神の従僕たちの目的は、神と共に永遠に生きる事だからな。食われるわけにはいかないってわけだ」
「それに……、魂を食われるのは、とても辛いことなの。私たちも食われた時経験したけど、終わりのない拷問を受けている感じかしら? とにかく、神に食われくらいなら、他人を犠牲にしても存在し続けたいって思ってもおかしくないくらい辛いのよ」
どれほど辛い事なのかは、そう話す歴代勇者たちの表情を見れば分かりました。
きっと神の従僕たちも同じだったのでしょうね。
永遠の命を得るために、神に食われたくない。
食われる苦しみを、二度と味わいたくない、と。
こうして奴らの一部が、この世界や人間たちを知るため、この地に降り立ちました。
神が純化した魂を奪うために伸ばした触手にのって勇者一行に憑りつき移動しながら、自分と相性の良い胎児に寄生して肉体を乗っ取り、人間に混ざって生活を始めたのです。
そして自分が産ませた、もしくは産んだ子どもの身体を乗っ取りながら、長い時間を生き続けたのです。
奴らは長い時間をかけて権力者たちに紛れ込み、とうとう魔王に対抗するために作られた組織アカデミーを掌握するまでになってしまいました。
あの場にいたバレンタやアカデミー理事などの上層部は、神の従僕によって肉体を乗っ取られた人間だったのです。
その時からアカデミーは、魔王討伐と魔素対応、勇者候補の育成の影で、たくさんの人間たちを使って様々な実験を行ってきました。
全は神を復活させ、この世界を捧げるために。
自分たちが、永遠に生き続けるために。
「神の従僕たちはアカデミー掌握後、様々な実験を行ってきました。その中で、最も彼らの関心が高かったのは、神の中に人間が取り込まれた時の変化でした」
神の従僕たちは、様々な年齢の人間を異空間と繋がる穴から神の中に投げ入れ、その様子を観察しました。
しかし、神の中で存在できるのは純化した魂だけ。肉体を持ったまま神の中に入ると、形を保っていられず、魂ごと消滅してしまうらしいです。
なので、この地に降り立った神の従僕たちは、躍起になってこの実験を繰り返しました。
全てを終えた時、安全に神の元へ帰る方法を見つけるために。
人間を神の中に投げ入れ、消滅を繰り返す中、とうとう神の中で肉体を保てる者が現れました。
その成功者は、当時6歳の両翼の少女でした。
彼女が神の中で肉体を保てたのはほんの少しの時間で、すぐに元の世界に帰されましたが、少女の魂は一部純化し更なる力――白金翼の発現に成功したのです。
「……それが私だよ」
そう言って、リティシアは弱々しく笑って見せました。そして閉じられた左目に手を当てると、金色の糸を引き抜き、瞳を見開きました。
そこにあったのは、神と同じ金色の複眼。
本来、人間であれば白と黒で構成されている目玉全てが、複眼となって眼孔に収まっていたのです。
リティシアの瞳を見た皆が、息をのむのが分かりました。
「恐らく、魂の純化が一部進んだことで、肉体にも変化が起こってしまったんだろうな。まあ、魔王にならなくてよかったがね」
人間が持ちえぬ瞳を見せたくない。
ただその理由だけで、法具にした髪の毛で縫い閉じていると、リティシアは自虐的に笑いました。
不可思議な現象は、瞳の変化だけではありませんでした。
神の中で過ごしていた時間はほんの少しでしたが、こちらの世界に戻って来ると2年の月日が経っていたのです。
神の中とこちらの世界の時間の流れが違うことが、原因でした。
瞳の変化、歳も取らずに戻ってきた両翼の少女に、誰もが不信感を抱いたそうです。きっとこの事が、瞳を縫い付けてまでして隠す、という行動の元になっているんだと思います。
リティシアは神のことを覚えていましたが、それを理解するには、幼すぎたのです。
あの女が全てを理解したのは、魔王スフィア、つまり魔王化したハインを倒した時のことでした。
「実は僕、この世界に隠された真実をすべて知っていたのです。それを、最後の力を振り絞ってリティシアさんが今身体に埋め込んでいる白い石の通信珠に記録し、残したのです。本当は口頭でお伝えしたかったのですが、すぐに神に攫われてしまうと分かっていたので……」
勇者となったハインも、ディディスと同じように、神や魔王の存在などの世界の謎を追う人間でした。
追う中で偶然神の従僕と接触し、この世界の真実を知ったのです。
ほら、神の従僕は、人間の協力者も必要としていましたからね。
バレンタが、マイヤーを使っていたように。
この時、あいつが全世界にこの件を公表していたらよかったんですけどね……。
「いやぁー、公表する前に確認しておきたかったんですよ。種の痣によって、本当に魔王になれるのかを……。だってガセネタで世間を騒がせるわけにはいかないじゃないですか!」
こんなバカな理由で、魔王になれるか実験を行ったらしいです。
で、力加減を失敗して魔王の種が無事発芽し、その身をもって正しいことを証明したってわけです。
「言っとくけど、ハインが一番まともそうに見えて、一番ヤバいからね! 私たちの中で、一番神の従僕に近い考えを持ってるといっても過言じゃないからっ!」
「酷くないですか、フィーンさん? 僕は、世界の謎を解き明かしたい、という純粋な思いから行っただけなのに……。それに、僕が神の従僕と接触して得た情報がなければ、ここまで真実は分からなかったんですよ? って、皆さん、そんな引いた眼で僕を見るのを止めていただけません? ただ、ちょっとしたドジを踏んだだけですって」
ちょっとしたドジっていうレベルか‼
誰もがそう心の中で突っ込んだ声が聞こえた気がしました。
この瞬間、ハインへの評価が変わりましたね。
間違いなく、悪い方向に。
リティシアはハインが残した白い石――ハインの通信珠から全ての真実を知り、同時に幼いころ、神の従僕に誘拐され、神の中に投げ込まれたことも理解しました。
自分は、実験台にされたのだと。
「きっとハインは、全てを私に伝えて、世界に公表してほしかったんだと思う。しかし私は……、絶望してしまったのだ。今までやってきたこと、命を懸けて戦ってきたこと全てが……、無駄だったのだと……」
そして魔王の種が発芽し、300年後、魔王エレヴァとしてこの世界に発生し、長きに渡ってこの世界と人々を魔素で苦しめてきたのです。
ここでセリスが瞳について尋ねました。
「お前の瞳が金色なのは……、神と何か関係あるのか?」
「そうだ。あの瞳は、肉体を保ったまま純化した人間が持つ色。神に関係ある者だけが持ち得る色と言える」
セリスはそれ以上何も言いませんでした。テーブルに置いた両手を握り、じっと視線を落としています。
この婆が何を考えているのか、俺には嫌と言う程伝わってきました。
金色の瞳と言って真っ先に思い浮かぶのは、お師匠様。
そしてリティシアの言葉が本当なら……、あの方の魂は、何らかの理由によってすでに純化しているという事になるのですから。
視線を落としていたセリスの視線が、ハインの言葉によって再び前を向くことになりました。
何故なら、あの婆が一番欲しかった話が始まったのですから。
「神の従僕による実験は、リティシアさんという成功例が出てからさらに勢いを増しました。そして……、セリスさんのお姉さんであるエステルさんが、その犠牲となったのです」
沈黙を破るリティシアの冷静な声が響き渡りました。
(まあ、確かに皆、理解している様子だが……)
硬い表情で俯く皆を見ながらそう思いました。理解しているからこそ、この表情なんでしょう。
だからと言って、理解するのと心から受け入れることは、また別問題なわけで。
え?
俺はショックを受けなかったか、ですか?
神の存在については、驚くものがありましたけどね。
でも事前に魔王の正体をバレンタから聞かされていましたし、実物の神も見ていますから、そこまでショックは大きくなかったですね。
どちらかというと、ばらばらになったパズルのピースがはまったような、妙な納得感がありました。
でもね。こっちは、お師匠様が魔王になられたことで、死のうと思うほどショックを受けてたんですよ?
あれと比べたら、神が世界を滅ぼすとか、ほんっとどうでもいいですよ。
俺にとっては、自分で死ぬのも神に殺されるのも一緒ですから。
それにしても、勇者候補が生まれる理由に、一つ疑問が残りました。
俺が勇者候補に突然覚醒した理由です。
ハインの話によると、神素に影響を受けるのは今のところ胎児だけ。
それなのに何故俺は、10年前に突然、勇者候補として力に目覚めたのか?
自身の謎に思考を巡らせていると、リティシアが次の説明に移りました。
「次は、神の協力者の存在と私について話をしたいと思う」
リティシアの言葉に反応を見せたのは、セリスでした。
神の協力者と言う言葉に、姉のエステルを繋げたからでしょう。
「神の協力者っていうのはもしかして、バレンタたちアカデミー上層部のことか? 先程私たちと対峙した……」
「その通りだセリス。彼らは自身を『神の従僕』と呼ぶ狂信者集団だ」
「ばっ、バレンタ理事長が、世界を滅ぼそうとしている神の協力者だと⁉」
リティシアとセリスの会話を聞いたアイラックが、叫び声を上げました。奴だけでなく、エレクトラやアーシャも目を見開き、手で口元を覆いながらも嘘だと呟くのが聞こえました。
彼らが驚くのも、無理はないでしょう。
アカデミーは、魔素や魔王の脅威から人々を守るために作られた組織。
それらの元凶である神に協力しているなど、想像もしてなかったに違いありません。
驚く皆に、ディディスが努めて冷静な態度を保ちながら、静かに報告しました。
「リティシア様の仰る通りです。俺たちも聞きました。バレンタ理事長を含むアカデミー上層部が、神に関与している言葉を。そして……、魔素人間によるアカデミーと魔素溜まり襲撃は、リベラ様を誘き出すために引き起こされたものだと……。今回利用された魔素人間も、アカデミーによる人体実験で生まれたと聞きました」
「そっ、そんな……。だからバレンタ理事長は、私を呼び出したというわけですか⁉ 私が……リベラと親しかったから……」
「あの魔素人間たちがアカデミーの人体実験で作られた……だと⁉ そんな倫理的に許されない実験が、アカデミーで行われているわけがっ!」
「まあやりそうよね、あいつらなら」
アーシャとアイラックの驚きに対し、フィーンが呆れたようにボヤきました。あの女のボヤきに同感だとアレグロたちも頷いています。
少し横道に逸れそうになった話を本筋に戻すため、リティシアが仕切り直しました。
「アカデミーは随分昔から、少なくとも私が生きていた時代から、すでに神の従僕によって掌握されて、影で様々な実験が行われていたのだ。その件については後々話すとしてハイン、先に神の従僕について説明をお願い出来るか?」
ハインは笑ってリティシアの言葉に頷くと、再び長い説明が始まりました。
神の目的が、その世界に住む者たちの純化した魂を食う、という事はご理解頂いていると思います。
では、食われた後の魂はどうなるのか分かりますか?
……消滅する?
はい、正解です。さすがお師匠様ですね。でも実は、もう一つ回答があるんです。
それは、魔力の一部だけ食べ残された状態で、意識を保ったまま神の中に存在し続けること。
もちろん魔王となって勇者に倒された時、肉体は滅んでいますからありませんよ。しかし意識や記憶は、生前と同じように残ったまま、存在し続ける事ができるんだとか。
死んだはずの歴代勇者たちとこうして話が出来るのは、奴らの魂が食い残された状態で神の中に留まっているからだったのです。
あ、もう分かったという表情をされていますね。
そう、神の従僕と呼ばれる狂信者集団の正体は、大昔神によって食い残された異世界の住人たちだったのです。
そいつらははた迷惑なことに、神の中で存在し続けることで永遠の時間を生きられるのではないかと考えたのです。
狂信的な考えを持つ奴らは、自らを神の従僕と名乗り、長い時間を神の中で過ごしてきました。
しかし、あらゆる世界を蹂躙してきた神が、とある異世界の住人によってその身を封印されてしまった。
さらに、長き空腹で力も弱まっている。さらに時間が経てば死もありうる。
神の死は、中にいる食い残しの魂たちの消滅を意味します。
だから神の従僕たちは、神を生かすために独自で活動を始めたのです。
ここでふと疑問が浮かび、ハインに尋ねました。
「でも神は、純化した魂を食って生きながらえていたんだろ? それなら、神の従僕たちが動く必要はなかったんじゃないのか?」
「神が純化した魂を食えるのは、勇者がいつ魔王を倒すかによりますからね。だから時々、あったんですよ。勇者が魔王を倒すのが遅すぎて、神の空腹がヤバいって時が……」
「確か、両翼が生まれる仕組みの時もそんな事を言っていたな。強い空腹状態になると、神素の性質が変わると。もし、飢えて死ぬギリギリまでになったらどうなるんだ?」
「食うんですよ。……僕たち、食べ残しの魂をね」
ハインの表情から笑みが消えました。
ハインだけでなく、アレグロとフィーンからもです。笑顔の代わりに現れたのは、何かを思い出して苦痛に歪む表情。フィーンに至っては、嘔吐をこらえるように、手で口元を覆っています。
「神が純化した魂を食べ残す理由は、自身の命が危険になるほど飢えた時、非常食として食べる為なんですよ」
「しかし神の従僕たちの目的は、神と共に永遠に生きる事だからな。食われるわけにはいかないってわけだ」
「それに……、魂を食われるのは、とても辛いことなの。私たちも食われた時経験したけど、終わりのない拷問を受けている感じかしら? とにかく、神に食われくらいなら、他人を犠牲にしても存在し続けたいって思ってもおかしくないくらい辛いのよ」
どれほど辛い事なのかは、そう話す歴代勇者たちの表情を見れば分かりました。
きっと神の従僕たちも同じだったのでしょうね。
永遠の命を得るために、神に食われたくない。
食われる苦しみを、二度と味わいたくない、と。
こうして奴らの一部が、この世界や人間たちを知るため、この地に降り立ちました。
神が純化した魂を奪うために伸ばした触手にのって勇者一行に憑りつき移動しながら、自分と相性の良い胎児に寄生して肉体を乗っ取り、人間に混ざって生活を始めたのです。
そして自分が産ませた、もしくは産んだ子どもの身体を乗っ取りながら、長い時間を生き続けたのです。
奴らは長い時間をかけて権力者たちに紛れ込み、とうとう魔王に対抗するために作られた組織アカデミーを掌握するまでになってしまいました。
あの場にいたバレンタやアカデミー理事などの上層部は、神の従僕によって肉体を乗っ取られた人間だったのです。
その時からアカデミーは、魔王討伐と魔素対応、勇者候補の育成の影で、たくさんの人間たちを使って様々な実験を行ってきました。
全は神を復活させ、この世界を捧げるために。
自分たちが、永遠に生き続けるために。
「神の従僕たちはアカデミー掌握後、様々な実験を行ってきました。その中で、最も彼らの関心が高かったのは、神の中に人間が取り込まれた時の変化でした」
神の従僕たちは、様々な年齢の人間を異空間と繋がる穴から神の中に投げ入れ、その様子を観察しました。
しかし、神の中で存在できるのは純化した魂だけ。肉体を持ったまま神の中に入ると、形を保っていられず、魂ごと消滅してしまうらしいです。
なので、この地に降り立った神の従僕たちは、躍起になってこの実験を繰り返しました。
全てを終えた時、安全に神の元へ帰る方法を見つけるために。
人間を神の中に投げ入れ、消滅を繰り返す中、とうとう神の中で肉体を保てる者が現れました。
その成功者は、当時6歳の両翼の少女でした。
彼女が神の中で肉体を保てたのはほんの少しの時間で、すぐに元の世界に帰されましたが、少女の魂は一部純化し更なる力――白金翼の発現に成功したのです。
「……それが私だよ」
そう言って、リティシアは弱々しく笑って見せました。そして閉じられた左目に手を当てると、金色の糸を引き抜き、瞳を見開きました。
そこにあったのは、神と同じ金色の複眼。
本来、人間であれば白と黒で構成されている目玉全てが、複眼となって眼孔に収まっていたのです。
リティシアの瞳を見た皆が、息をのむのが分かりました。
「恐らく、魂の純化が一部進んだことで、肉体にも変化が起こってしまったんだろうな。まあ、魔王にならなくてよかったがね」
人間が持ちえぬ瞳を見せたくない。
ただその理由だけで、法具にした髪の毛で縫い閉じていると、リティシアは自虐的に笑いました。
不可思議な現象は、瞳の変化だけではありませんでした。
神の中で過ごしていた時間はほんの少しでしたが、こちらの世界に戻って来ると2年の月日が経っていたのです。
神の中とこちらの世界の時間の流れが違うことが、原因でした。
瞳の変化、歳も取らずに戻ってきた両翼の少女に、誰もが不信感を抱いたそうです。きっとこの事が、瞳を縫い付けてまでして隠す、という行動の元になっているんだと思います。
リティシアは神のことを覚えていましたが、それを理解するには、幼すぎたのです。
あの女が全てを理解したのは、魔王スフィア、つまり魔王化したハインを倒した時のことでした。
「実は僕、この世界に隠された真実をすべて知っていたのです。それを、最後の力を振り絞ってリティシアさんが今身体に埋め込んでいる白い石の通信珠に記録し、残したのです。本当は口頭でお伝えしたかったのですが、すぐに神に攫われてしまうと分かっていたので……」
勇者となったハインも、ディディスと同じように、神や魔王の存在などの世界の謎を追う人間でした。
追う中で偶然神の従僕と接触し、この世界の真実を知ったのです。
ほら、神の従僕は、人間の協力者も必要としていましたからね。
バレンタが、マイヤーを使っていたように。
この時、あいつが全世界にこの件を公表していたらよかったんですけどね……。
「いやぁー、公表する前に確認しておきたかったんですよ。種の痣によって、本当に魔王になれるのかを……。だってガセネタで世間を騒がせるわけにはいかないじゃないですか!」
こんなバカな理由で、魔王になれるか実験を行ったらしいです。
で、力加減を失敗して魔王の種が無事発芽し、その身をもって正しいことを証明したってわけです。
「言っとくけど、ハインが一番まともそうに見えて、一番ヤバいからね! 私たちの中で、一番神の従僕に近い考えを持ってるといっても過言じゃないからっ!」
「酷くないですか、フィーンさん? 僕は、世界の謎を解き明かしたい、という純粋な思いから行っただけなのに……。それに、僕が神の従僕と接触して得た情報がなければ、ここまで真実は分からなかったんですよ? って、皆さん、そんな引いた眼で僕を見るのを止めていただけません? ただ、ちょっとしたドジを踏んだだけですって」
ちょっとしたドジっていうレベルか‼
誰もがそう心の中で突っ込んだ声が聞こえた気がしました。
この瞬間、ハインへの評価が変わりましたね。
間違いなく、悪い方向に。
リティシアはハインが残した白い石――ハインの通信珠から全ての真実を知り、同時に幼いころ、神の従僕に誘拐され、神の中に投げ込まれたことも理解しました。
自分は、実験台にされたのだと。
「きっとハインは、全てを私に伝えて、世界に公表してほしかったんだと思う。しかし私は……、絶望してしまったのだ。今までやってきたこと、命を懸けて戦ってきたこと全てが……、無駄だったのだと……」
そして魔王の種が発芽し、300年後、魔王エレヴァとしてこの世界に発生し、長きに渡ってこの世界と人々を魔素で苦しめてきたのです。
ここでセリスが瞳について尋ねました。
「お前の瞳が金色なのは……、神と何か関係あるのか?」
「そうだ。あの瞳は、肉体を保ったまま純化した人間が持つ色。神に関係ある者だけが持ち得る色と言える」
セリスはそれ以上何も言いませんでした。テーブルに置いた両手を握り、じっと視線を落としています。
この婆が何を考えているのか、俺には嫌と言う程伝わってきました。
金色の瞳と言って真っ先に思い浮かぶのは、お師匠様。
そしてリティシアの言葉が本当なら……、あの方の魂は、何らかの理由によってすでに純化しているという事になるのですから。
視線を落としていたセリスの視線が、ハインの言葉によって再び前を向くことになりました。
何故なら、あの婆が一番欲しかった話が始まったのですから。
「神の従僕による実験は、リティシアさんという成功例が出てからさらに勢いを増しました。そして……、セリスさんのお姉さんであるエステルさんが、その犠牲となったのです」
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