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物語のその先編

第122話-1 弟子は全てを知った

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「ハイン様、先ほどアレグロ様が神のことを、『世界を渡り歩く侵略者』と仰っていましたが、それはどういうことなのでしょうか? 世界っていう言葉に、ものすごい違和感を抱くのですが……」

 アーシャの質問に、ハインは口角を上げて答えました。

「いい質問ですね。皆さんは、『世界』と聞くと今住んでいるこの土地、もっと広い解釈でいくとあなたたちが住むこの空間全体を想像すると思います。しかし、世界はここ一つだけではないんです」

「世界はここ一つだけでない……ということは、他にも私たちが住むこの世界と同じような世界があるということなのですか⁉」

「その通りです、アーシャさん。あるんですよ。それも、無数にね。この世界とは違う世界たちのことを、今後、『異世界』と呼びますね」

 異世界では、それぞれ独自の生活や文化が発展しており、そこで暮らす住人たちは姿形こそは違えど、概ね俺たちと同じように知性を持ち、日々を営んでいるそうです。

 本来、異世界同士は行き来どころか、互いの世界を認識することすらできません。
 しかし……、異世界間を渡り歩ける存在がいたのです。

「それが……あの神という存在になります。奴は本来行き来不可能な異世界を渡り歩き、そこに住む者たちの魔力を食い尽しては世界を滅ぼしていたのです」
 
 神は、大昔から存在していました。
 とは言っても、俺たちのような知性があるわけではなく、獣のように生存本能に従って生きていたようです。

 神が生きるためには、魔力を食らう必要がありました。
 そのために、無数に存在する異世界を渡り歩き、住人たちの魔力を食っていたのです。

 強大な力を持つ神に対抗できる異世界はなく、皆が抵抗むなしく滅ぼされていきました。

 世界を食い尽くしながら生き続ける神。
 しかし、とある異世界で今までの報いを受ける事となります。

 異世界の住人たちが力を合わせ、神を撃退したのです。

 結果的に神を殺すことは出来ませんでしたが、ダメージを与え、特別な空間――異空間への封じ込めに成功しました。

 しかし……、これでめでたしめでたしとならないのが、お約束なわけで……。

 気が遠くなるほど長い間異空間に閉じ込められ、魔力を摂取出来ず弱り、かつてない空腹を覚えた神は、最後の力を振り絞り、異空間内で暴れまくりました。

 火事場の馬鹿力とでもいうのでしょうか?
 それによって、異空間に穴が空いたのです。

 ――俺たちが住むこの世界へと繋がる穴が。

 アカデミーも勇者の存在もまだなかった、ずっとずっと昔の話です。

 ここでディディスが疑問を口にしました。

「でもハイン様。この世界と異空間がつながってしまったのなら、空腹だった神はこちらに来て俺たちの魔力を食い尽くしているはずですよね? それなのに何故、そうしなかったのですか?」

「しなかったんじゃないんです。出来なかったんですよ。あまりにも、弱りすぎてね」

 神がこの世界を侵略し、俺たちの魔力を食い尽くすことが出来なかった理由は、二つありました。

 第一に、神の力が弱まりすぎて、これ以上異空間とこの世界を繋ぐ穴を広げることが出来なかったこと。
 第二に、神の力が弱まりすぎて、魔力を食らうために必要な力が、ほとんど確保できなかったこと。

 それを聞いたアイラックが、見出した希望に縋りつくようにパッと表情を明るくしました。

「それなら、神は私たち人間に、何もできないってことじゃないですか! このまま神が弱って死ぬのを待てば……」

「それだったら良かったんですけどね……」

 ハインが苦々しく顔を歪めたのを見て、アイラックの表情から明るさが消えました。
 再びディディスが手を挙げて、ハインに問います。

「この映像を見る限りでは、触手はこの世界に送れるんですよね? それなら、触手で人間を捕らえて魔力を奪うという方法もあったんじゃないですか? あなたが仰った、『魔力を食らうための必要な力』っていう表現も、引っかかるのですが」

「ディディスさんは、本当にいいところに気づいて下さいますね。神は、異世界にやってきたからと言って、すぐに魔力を食い尽くすわけじゃないんです。魔力を食うためには、住人の魔力を自分が食べられるように変化させなければならないのです」

「変化……ですか? でもどうやって……」

「そこで種の痣の登場ですよ」

 種の痣は確か、魔王を倒した人間に移っていくとバレンタが言っていたはず。
 ですがハインの言葉から察するに、本当に関係していたのは魔王ではなく……神。

「神は、種の痣――僕たちは『魔王の種』と呼んでいますが、それを人々に植え付けることで、その人の魂を魔力の塊に変化させてしまうのです」

 魔王の種は、死ぬか絶望などの強い負の感情に飲まれることで発芽し、約300年ほどかけて植え付けられた人間の魂を、魔力の塊に変化させる力がありました。

 神を生きながらえるほどの、強大な力の塊に。

 人間の魂を魔力の塊に変化させることを、ハインは『純化』と呼んでいました。

 魔王の種の影響は、魂だけでなく肉体にも及びました。
 それが、 

「魔王化、ということですか……」

「ご名答です」

 ディディスの呟きを拾い、ハインが指を鳴らしました。
 まあ正解した本人は、全く嬉しそうな顔をせず、俺の方にちらっと視線を投げて来ただけでしたが。

 ディディスとハインのやり取りを黙って聞いていたノリスが、慌てて立ち上がりました。椅子が大きく音を立てて倒れましたが、本人は気づいていない様子で両手をテーブルにつき、歴代勇者たちに向かって叫びました。

「ちっ、ちょっと待ってください! それじゃ、シオン様は……、種の痣をお持ちのシオン様や歴代勇者であるあなたたちは……、まっ、まさか……」

「そうよ。今まで現れた魔王の正体は、私たち勇者よ。そこの片翼勇者も例外じゃない」

 フィーンが面白くなさそうに俺に視線を向けながら、ノリスの考えを肯定しました。補足とばかりにハインが言葉を続けます。

「つまり魔王の正体は、『前魔王を倒した者』ですね。魔王が倒されると、魔王の種は勇者に移ります。そして勇者が亡くなったり絶望することで発芽します。そして300年後に魔王としてこの世界に発生するのです。これが魔王が定期的に発生していた理由ですよ」

 魔王を倒すということは、次の魔王を作り出すということ。
 確かに魔王を倒せば300年は平和です。そういう意味では倒す価値があったでしょう。

 しかし……、魔王が発生することのない真の平和を目指していたなら、全く無意味なことだったのです。

 寧ろ、世界の平和のために戦った者には、魔王となる残酷な運命が待っていますからね。
 戦い損とはこのことでしょうね。

「うっ……嘘だ……。シオン様が魔王になるなんて……。魔王の正体が、世界を守った勇者たちだったなんて……。そんなの……酷すぎる!」

 わなわな唇を震わせ、ノリスは立ち尽くしていました。勇者たちの残酷な結末を知り、かなりショックを受けているようです。

 空気の読めないアレグロの笑い声が、再び部屋に響き渡りました。
 あいつが笑うとロクでもない話が飛び出すと認識されたのか、皆の表情が固まりました。

「おい、坊主。魔王の正体程度でショックを受けるなよ。ここからが本当に面白いところなんだからよ」

「アレグロ……、君は本当に趣味が悪いな。彼らが一番ショックを受けるであろう話を、面白いなどと言うなんて……」

 今まで黙ってハインに進行を任せていたリティシアが、不快そうに眉根を寄せています。

 俺も思いましたね、こいつ何言ってんだって。
 ノリスだって、アレグロを含めた歴代勇者たちに心を痛めて憤ったのに、あんな趣味の悪い言葉を返すなんて人格を疑いますよ、全く。

 多分、人の心を失ってしまったんじゃないかと、俺は思……え? もう十分反省しているから、それ以上言うのは止めろって?

 そんな事がありながらも、ハインが説明を続けました。

 本来神は異世界にやってくると、魔王の種をバラまいて人々に植え付け、魔王化した者たちを殺し、魔力の塊となった魂を食べます。

 しかし弱りすぎていた神には、魔王の種を大量に作る力が残されていませんでした。
 さらに、

「この世界の人間が、魔王の種を植え付けても発芽させるだけの魔力を持っていなかったのだ」

 リティシアの低い声が部屋に響きました。

 魔王の種を植え付けても、実際発芽させるには魔力が必要でした。
 しかしこの世界の住人の魔力量は非常に低く、魔王の種を発芽させるに至りません。

 せっかく大量の餌が目の前にあるのに……。

 しかし、相手はあまたある異世界を崩壊に導いてきた存在。
 たどり着いた異世界の住人の魔力が少ないことなど、経験済みだったのでしょう。

 きちんと、対応策を持っていたのです。

 アレグロが、嬉しくて堪らなさそうに口を開きました。

「さて、ここで問題だ。お前たちは作物の種を持っている。しかし目の前の土地はやせ細っていて、このまま種をまいても育ちそうにない。この場合……、お前たちならどうする?」
 
「ええっと……、土地を耕し、肥料をまいて、作物が育ちやすい土作りから始めるでしょうか……」

 アレグロの問いの意味が分からない様子を見せながらも、エレクトラが視線を上に向けながら答えました。
 他の者たちも頷いていることから、同じような回答を思い浮かべているようです。
 
 エレクトラの答えに、アレグロは満足そうに頷きました。

「まあ、そういう事だ。神の野郎も、同じ事をしようとしたんだよ」

「え? 作物を育てるのと同じ事を……ですか?」

「もうっ! ほんっとアレグロって例え話が下手よね! 皆きょとんとしてんじゃないっ‼」

 フィーンが腰に手をやり、アレグロに詰め寄っています。
 また始まった、とばかりに呆れた様子で首を振ると、ハインが解説を始めました。

「まあ……、アレグロさんの仰ってることは間違いではないんですけどね……」

 そんなことを呟きながら。
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