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物語のその先編
第115話 弟子は向かった
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……神の復活?
お師匠様が……、贄?
マイヤーが何を言っているのか、分かりませんでした。
いや、言葉としては理解出来たのですが、正直、
何言ってんだこいつ……。
と言う気持ちが先立ち、まともに信じることが出来ませんでした。
まあ普通はそうですよね。
神だの世界の謎だの、そんな探求しているディディスですら、呆気に取られていたのですから。
只一人、
「てめぇは、あれを知っているのか? あれが……、あれが本当に存在しているというのか‼」
そう叫び、再びマイヤーに掴みかかったセリスを除いては。
ただ先ほどとは、少し様子が違いました。
激高しつつも、その表情はどこか不自然な緊張感をもち、マイヤーを掴む手も震えていたのです。
まるで何かに怯えているような。
時折声に震えが混じりながら、セリスが強く問い詰めます。
「全て話せ、全てだ! あれを知っているという事は、姉さんの……、エステル・スターシャの行方にも、てめぇらが関わっているんだろ‼」
「えっ、エステ……ル? だれ……だ、それは……」
「この場に及んでしらばっくれるのか‼」
「せっ、セリス様! 少しは落ち着いてくださいっ!」
マイヤーを掴む手が再び首元に向かおうとしているのを見たディディスが、慌てて静止の声を掛けました。
が、激高したあの婆に声が届いているとは思えません。
仕方ない。
「セリス、お前の話は後だ。今は、お師匠様を救い出す事の方が先決だろ。その男に問いただすのは、後だ」
俺に背後から羽交い絞めにされたセリスは、バツが悪そうにこの腕を振り払いました。
それにしても、あの婆の異様とも言える反応が気になります。
セリスが口にした、『あれ』という言葉。
そして姉であるエステルの名。
それらから推測するに、『あれ』とはマイヤーの言う『神』の事。そしてエステルの行方不明に『神』、もしくは『神』を知っている者たちが関わっている、という事なのでしょう。
こんな馬鹿げた発言、普通なら信じないのですが、あのセリスが本気になっているのがとても気になりました。
マイヤーの言葉を間に受ける何かが、あったんじゃないかと。
この時は、そう思っていたのです。
俺はマイヤーの首元を掴み、足が浮くぐらい持ち上げると、低くゆっくりとした声で命令しました。
「確か俺をお師匠様の元に連れて来るよう、バレンタに命令されていたんだったな。さあ、連れて行ってもらおうか」
「ああ、もちろんだ。くくっ、そうやって澄ました顔をしてられるのも、今のうちだがな」
ほんっとこいつ、俺に対しては強気だな。
そう言えばこの言葉、どこかで聞いた様な……、ああ、そうだ。
(お師匠様の捜索をバレンタに命令された時、マイヤーが帰り際に吐いた言葉と同じだ)
今思えば、こいつはあの時からこうなる事を知っていたのでしょうね。
それを聞き流すなんて、俺は……。
マイヤーと共に、エレヴァの発生地へと向かう俺たち3人を見送ろうと、アーシャとノリスが部屋の出入り口付近に立っていました。
アーシャがおぼつかない足取りで、俺に近づいてきます。
「必ずリベラを、連れて帰って来て下さい、シオン様! 彼女は……、私のせいで……」
言葉の最後に嗚咽が混じり、何を言っているか聞き取れません。
この時は、アーシャに何があったのか知らなかったので何も言えなかったのですが、セリスが俺の代わりに返事をしました。恐らく、何があったのかを聞いていたのでしょう。
「娘が連れ去れられたのは、あなたのせいじゃない。だからそれ以上自分を責めないで欲しい。あなたは被害者なのだから」
お師匠様の親であるセリスに慰められ、アーシャも少しだけホッとしたのでしょう。涙を拭いながら一つ頷くと、深々と頭を下げました。
そんなアーシャを支えながら、ノリスも真剣な表情をこちらに向けています。
「正直、俺には何が起こっているか理解出来ていません。ですが、今リーベルがとても大変な事に巻き込まれていることは分かります。リーベル……いや、リベラの事を……よろしくお願いします」
そうか、ノリスにもお師匠様の素性がバレてしまったんだな。
そう思いながら、アーシャと共に頭を下げたノリスの肩を軽く叩くと、俺たち3人はマイヤーを連れて魔王エレヴァの発生地へと向かったのです。
道中、アーシャたちから全てを聞いたディディスが、アカデミーであったことを教えてくれました。
お師匠様が連れて行かれた後、アーシャたち4人はアカデミーの地下牢に囚われていたそうです。
恐らく事の真相を知っていた為、捕らえられたのでしょう。
それを発見したディディスが皆を救い出し、全てを聞きだしました。
アーシャを試験前に呼び出したのは、バレンタでした。
あいつはイリアの件で渡したいものがあると言い、人目に触れたくないという理由でアーシャをアカデミー外の森に呼び出したそうです。
まあ普通なら怪しいと思うところですが、相手がアカデミー理事長ですからね。アーシャも疑いを持たなかったのでしょう。
そして指定された場所にいたのが、サンドラと言う魔素に侵された勇者候補たちだった。
後で知ったのですが、サンドラはお師匠様の手柄を横取りしていた勇者候補たちの主犯格だったようですね。
俺が最も捕まえたかった相手なので、この手で制裁を加えることが出来なかったのは残念ですけど。
その後は、あなたがお話しくださったとおりです。
捕まったアーシャたちを救う為、あなたが正体を明かし、戦ったこと。
魔素人間たちが、勝手に死んだこと。
理不尽な言いがかりを付けられ、あなたが拘束されて連れて行かれたこと。
優しいあなたのことですから、戸惑いながらも、更なる混乱で皆の気持ちをかき乱さないよう、大人しく連れて行かれたんでしょう。
それがバレンタ達の思惑通りだと知らずに。
アーシャは、今回の騒動に一つ疑問を持っていました。
それは、サンドラがアーシャの素性を知っていた事。
この女が第一王女であることは、俺とディディス、お師匠様とノリス、妹のイリア、そして……バレンタしかいないと言うのです。
「アカデミーの襲撃と魔素溜りに現れた魔素人間。絶対に二つの事件は繋がっているよなぁ……」
ディディスがぽつりと呟きました。
まあそう感想を持つのは当然ですよね。
両方とも、魔素人間たちが絡んでいるのですから。
さらにアカデミーに現れた魔素人間たちは、バレンタと繋がっている可能性がある。そうなると、魔素溜りにいた魔素人間たちも、バレンタと繋がっていると考えた方が自然でしょう。
その考えは、全ての真相を話したくて仕方なかったマイヤーによって、肯定されることになるのですが。
「もちろんだ。お前らの言う魔素人間は、魔素の研究中に生まれた存在。お前の師匠をおびき出すため、そして魔素溜り浄化に向かった勇者候補たちがアカデミーに戻らぬよう足止めとして、今回利用したのだ」
「罪人使って人体実験までしていたのか……。全く……、何かしてるだろうとは薄々気づいてたけど、いざそうだと聞くと気分悪いな」
ディディスが吐き捨てました。
まあ、幼いお師匠様を無理やりモンスター達と戦わせるような奴らです。
今さら特別驚くこともないのですがね。
マイヤーはこちらが聞いてもいないのに、さらにベラベラと種明かしを続けました。
バレンタは、俺がお師匠様と関わりを持っていることを疑っていたようです。
というのも、お師匠様が生きていると聞かされた際、俺の反応が薄かった為、不信感を抱かせたのだとか。
不信に思われないよう追及しなかったことが、逆に仇になるとは……、くっ。
え? 今までリベラ絡みで本能的・衝動的に行動して来たくせに、ここだけ大人しくなるとか疑いを持たれてもしかたないだろうって?
とまあそんな中、イリアの一件がありました。
イリアがバレンタ宛に用意した手紙は回収されましたが、結局俺を監視する為にあの女の世話人として紛れ込ませていたバレンタの手下によって、リーベル・ファルスの素性が伝わってしまったようです。
お師匠様が見つからなかったと報告した時、バレンタがありがとうと笑って言ったのは、お前のお蔭で探し人が見つかったと言う意味が含まれていたのでしょう。
そして先ほどあなたがおっしゃったとおり、バレンタはお師匠様を逃がさないようアカデミーを魔素人間とモンスターに襲撃させる、という非常に危険で大がかりな作戦を実行したのです。
わざわざ俺たち勇者候補たちに邪魔されないよう、作戦日を魔素溜りの浄化の日にかぶせ、必要以上に勇者候補たちを参加させ、魔素人間たちに足止めまでさせて。
魔素溜りの浄化の際、集合場所がもぬけの殻になっていたのも、俺たちを足止めする役目を終えたバレンタの手下が逃走したから。
緊急時、アカデミーを守るはずだった魔法障壁が発動しなかったのも、バレンタの指示でした。
全てはお師匠様を探し出し、神の贄とやらにするために行われたことだったのです。
「チッ……。私が襲われ、アカデミーの地下牢に捕まっていなければ……」
マイヤーから全てを聞いたセリスが、苦々しく顔を歪めています。
お師匠様が連絡がつかないと心配されていたセリスはと言うと、朝市に向かう途中何者かの襲撃に遭い、怪我を負わされ、気を失った状態で地下牢に囚われていたようです。
人間相手だったので、あの婆の本来の力が発揮できなかったのでしょう。
相手はもちろんバレンタの部下。
ニヤニヤ笑うマイヤーの顏を見れば、言われなくても分かります。
お師匠様がセリスに応援を頼む事を見越して、先手を打ったのでしょう。
ディディスたちによって救出され、娘に何があったのかを知ったセリスは、怪我の治療も終わっていないのにも関わらずバレンタの部屋へ向かい、俺とマイヤーが話している場面に鉢合わせしたのです。
一通りの真相を聞き終えた後、ディディスがセリスに尋ねました。
「セリス様。さっき、あれを知っているのか? ってマイヤーに言ってましたよね? あなたのお姉さんの名前も……。何か、心当たりがあるのですか? あいつの言ってた、神について……」
「そう言えば以前、レグロット村でこう言ってたな。『もしこの世界に神がいるというのなら、そいつはきっとこの世界に生きる人間たちの脅威となるだろう』と。あれはどういう意味だ?」
「……確信はない。出来れば、私の妄想であって欲しい。あっ、あんなものが存在し……、行方不明になった姉さんに、かっ、関わっているかもしれないなど……」
セリスの声に震えが混じり、恐怖が滲み出していました。
姉さんとはもちろん、50年前に身ごもったまま行方不明になったセリスの姉、エステル・ラシェーエンドの事。
しかし、エステルの行方不明に神が関係しているとは、どういうことでしょうか。
何故セリスが、これほどまでに恐怖を感じているのかも分かりません。
そもそも、
(神と行方不明の姉を繋げている情報は、一体どこから手に入れたんだ?)
話を聞いても何一つ解決せず、新たな疑問しか産まれません。
もっと深く話を聞こうとした時、
「なっ、なんだあれは……」
ディディスの言葉で、皆が前方を見上げました。
そこには、空高く舞い上がる大量の魔素が発生していたのです。
それも、通常の魔素よりもかなり濃いもの。
一瞬金色の光が見えた気がしましたが、すぐさま魔素によってかき消されてしまいました。
全身から血の気が引き、不安と恐怖で脳内が一杯になりました。手のひらと額からは、不自然な脂汗が一気に噴き出しています。
魔素人間も魔素を吐き出していましたが、レベル……いや次元が違う。
皆が恐怖する中、マイヤーが嬉しそうに声を上げました。
「くく……、始まったようだな」
「始まった? なっ、何が始まったと……」
しかし、全ての言葉を口にする事は出来ませんでした。
何故なら強い爆風が辺り一面をなぎ倒したかと思うと、魔素の霧の中から巨大な人型の存在が現れたからです。
大量の魔素は、みるみるうちに青い空を黒く染め上げていきました。
このスピードなら、マーレ王国全土を覆い尽くすのも時間の問題でしょう。
空飛ぶモンスターが物凄いスピードで集まり、それに群がっていきます。
巨大な存在を守るかのように、モンスターが渦巻き群がっている光景に見覚えがありました。
無意識のうちに、唇が動いてその名を呼びました。
俺が半年前に、討伐したはずの存在の名を。
「魔王……」
お師匠様が……、贄?
マイヤーが何を言っているのか、分かりませんでした。
いや、言葉としては理解出来たのですが、正直、
何言ってんだこいつ……。
と言う気持ちが先立ち、まともに信じることが出来ませんでした。
まあ普通はそうですよね。
神だの世界の謎だの、そんな探求しているディディスですら、呆気に取られていたのですから。
只一人、
「てめぇは、あれを知っているのか? あれが……、あれが本当に存在しているというのか‼」
そう叫び、再びマイヤーに掴みかかったセリスを除いては。
ただ先ほどとは、少し様子が違いました。
激高しつつも、その表情はどこか不自然な緊張感をもち、マイヤーを掴む手も震えていたのです。
まるで何かに怯えているような。
時折声に震えが混じりながら、セリスが強く問い詰めます。
「全て話せ、全てだ! あれを知っているという事は、姉さんの……、エステル・スターシャの行方にも、てめぇらが関わっているんだろ‼」
「えっ、エステ……ル? だれ……だ、それは……」
「この場に及んでしらばっくれるのか‼」
「せっ、セリス様! 少しは落ち着いてくださいっ!」
マイヤーを掴む手が再び首元に向かおうとしているのを見たディディスが、慌てて静止の声を掛けました。
が、激高したあの婆に声が届いているとは思えません。
仕方ない。
「セリス、お前の話は後だ。今は、お師匠様を救い出す事の方が先決だろ。その男に問いただすのは、後だ」
俺に背後から羽交い絞めにされたセリスは、バツが悪そうにこの腕を振り払いました。
それにしても、あの婆の異様とも言える反応が気になります。
セリスが口にした、『あれ』という言葉。
そして姉であるエステルの名。
それらから推測するに、『あれ』とはマイヤーの言う『神』の事。そしてエステルの行方不明に『神』、もしくは『神』を知っている者たちが関わっている、という事なのでしょう。
こんな馬鹿げた発言、普通なら信じないのですが、あのセリスが本気になっているのがとても気になりました。
マイヤーの言葉を間に受ける何かが、あったんじゃないかと。
この時は、そう思っていたのです。
俺はマイヤーの首元を掴み、足が浮くぐらい持ち上げると、低くゆっくりとした声で命令しました。
「確か俺をお師匠様の元に連れて来るよう、バレンタに命令されていたんだったな。さあ、連れて行ってもらおうか」
「ああ、もちろんだ。くくっ、そうやって澄ました顔をしてられるのも、今のうちだがな」
ほんっとこいつ、俺に対しては強気だな。
そう言えばこの言葉、どこかで聞いた様な……、ああ、そうだ。
(お師匠様の捜索をバレンタに命令された時、マイヤーが帰り際に吐いた言葉と同じだ)
今思えば、こいつはあの時からこうなる事を知っていたのでしょうね。
それを聞き流すなんて、俺は……。
マイヤーと共に、エレヴァの発生地へと向かう俺たち3人を見送ろうと、アーシャとノリスが部屋の出入り口付近に立っていました。
アーシャがおぼつかない足取りで、俺に近づいてきます。
「必ずリベラを、連れて帰って来て下さい、シオン様! 彼女は……、私のせいで……」
言葉の最後に嗚咽が混じり、何を言っているか聞き取れません。
この時は、アーシャに何があったのか知らなかったので何も言えなかったのですが、セリスが俺の代わりに返事をしました。恐らく、何があったのかを聞いていたのでしょう。
「娘が連れ去れられたのは、あなたのせいじゃない。だからそれ以上自分を責めないで欲しい。あなたは被害者なのだから」
お師匠様の親であるセリスに慰められ、アーシャも少しだけホッとしたのでしょう。涙を拭いながら一つ頷くと、深々と頭を下げました。
そんなアーシャを支えながら、ノリスも真剣な表情をこちらに向けています。
「正直、俺には何が起こっているか理解出来ていません。ですが、今リーベルがとても大変な事に巻き込まれていることは分かります。リーベル……いや、リベラの事を……よろしくお願いします」
そうか、ノリスにもお師匠様の素性がバレてしまったんだな。
そう思いながら、アーシャと共に頭を下げたノリスの肩を軽く叩くと、俺たち3人はマイヤーを連れて魔王エレヴァの発生地へと向かったのです。
道中、アーシャたちから全てを聞いたディディスが、アカデミーであったことを教えてくれました。
お師匠様が連れて行かれた後、アーシャたち4人はアカデミーの地下牢に囚われていたそうです。
恐らく事の真相を知っていた為、捕らえられたのでしょう。
それを発見したディディスが皆を救い出し、全てを聞きだしました。
アーシャを試験前に呼び出したのは、バレンタでした。
あいつはイリアの件で渡したいものがあると言い、人目に触れたくないという理由でアーシャをアカデミー外の森に呼び出したそうです。
まあ普通なら怪しいと思うところですが、相手がアカデミー理事長ですからね。アーシャも疑いを持たなかったのでしょう。
そして指定された場所にいたのが、サンドラと言う魔素に侵された勇者候補たちだった。
後で知ったのですが、サンドラはお師匠様の手柄を横取りしていた勇者候補たちの主犯格だったようですね。
俺が最も捕まえたかった相手なので、この手で制裁を加えることが出来なかったのは残念ですけど。
その後は、あなたがお話しくださったとおりです。
捕まったアーシャたちを救う為、あなたが正体を明かし、戦ったこと。
魔素人間たちが、勝手に死んだこと。
理不尽な言いがかりを付けられ、あなたが拘束されて連れて行かれたこと。
優しいあなたのことですから、戸惑いながらも、更なる混乱で皆の気持ちをかき乱さないよう、大人しく連れて行かれたんでしょう。
それがバレンタ達の思惑通りだと知らずに。
アーシャは、今回の騒動に一つ疑問を持っていました。
それは、サンドラがアーシャの素性を知っていた事。
この女が第一王女であることは、俺とディディス、お師匠様とノリス、妹のイリア、そして……バレンタしかいないと言うのです。
「アカデミーの襲撃と魔素溜りに現れた魔素人間。絶対に二つの事件は繋がっているよなぁ……」
ディディスがぽつりと呟きました。
まあそう感想を持つのは当然ですよね。
両方とも、魔素人間たちが絡んでいるのですから。
さらにアカデミーに現れた魔素人間たちは、バレンタと繋がっている可能性がある。そうなると、魔素溜りにいた魔素人間たちも、バレンタと繋がっていると考えた方が自然でしょう。
その考えは、全ての真相を話したくて仕方なかったマイヤーによって、肯定されることになるのですが。
「もちろんだ。お前らの言う魔素人間は、魔素の研究中に生まれた存在。お前の師匠をおびき出すため、そして魔素溜り浄化に向かった勇者候補たちがアカデミーに戻らぬよう足止めとして、今回利用したのだ」
「罪人使って人体実験までしていたのか……。全く……、何かしてるだろうとは薄々気づいてたけど、いざそうだと聞くと気分悪いな」
ディディスが吐き捨てました。
まあ、幼いお師匠様を無理やりモンスター達と戦わせるような奴らです。
今さら特別驚くこともないのですがね。
マイヤーはこちらが聞いてもいないのに、さらにベラベラと種明かしを続けました。
バレンタは、俺がお師匠様と関わりを持っていることを疑っていたようです。
というのも、お師匠様が生きていると聞かされた際、俺の反応が薄かった為、不信感を抱かせたのだとか。
不信に思われないよう追及しなかったことが、逆に仇になるとは……、くっ。
え? 今までリベラ絡みで本能的・衝動的に行動して来たくせに、ここだけ大人しくなるとか疑いを持たれてもしかたないだろうって?
とまあそんな中、イリアの一件がありました。
イリアがバレンタ宛に用意した手紙は回収されましたが、結局俺を監視する為にあの女の世話人として紛れ込ませていたバレンタの手下によって、リーベル・ファルスの素性が伝わってしまったようです。
お師匠様が見つからなかったと報告した時、バレンタがありがとうと笑って言ったのは、お前のお蔭で探し人が見つかったと言う意味が含まれていたのでしょう。
そして先ほどあなたがおっしゃったとおり、バレンタはお師匠様を逃がさないようアカデミーを魔素人間とモンスターに襲撃させる、という非常に危険で大がかりな作戦を実行したのです。
わざわざ俺たち勇者候補たちに邪魔されないよう、作戦日を魔素溜りの浄化の日にかぶせ、必要以上に勇者候補たちを参加させ、魔素人間たちに足止めまでさせて。
魔素溜りの浄化の際、集合場所がもぬけの殻になっていたのも、俺たちを足止めする役目を終えたバレンタの手下が逃走したから。
緊急時、アカデミーを守るはずだった魔法障壁が発動しなかったのも、バレンタの指示でした。
全てはお師匠様を探し出し、神の贄とやらにするために行われたことだったのです。
「チッ……。私が襲われ、アカデミーの地下牢に捕まっていなければ……」
マイヤーから全てを聞いたセリスが、苦々しく顔を歪めています。
お師匠様が連絡がつかないと心配されていたセリスはと言うと、朝市に向かう途中何者かの襲撃に遭い、怪我を負わされ、気を失った状態で地下牢に囚われていたようです。
人間相手だったので、あの婆の本来の力が発揮できなかったのでしょう。
相手はもちろんバレンタの部下。
ニヤニヤ笑うマイヤーの顏を見れば、言われなくても分かります。
お師匠様がセリスに応援を頼む事を見越して、先手を打ったのでしょう。
ディディスたちによって救出され、娘に何があったのかを知ったセリスは、怪我の治療も終わっていないのにも関わらずバレンタの部屋へ向かい、俺とマイヤーが話している場面に鉢合わせしたのです。
一通りの真相を聞き終えた後、ディディスがセリスに尋ねました。
「セリス様。さっき、あれを知っているのか? ってマイヤーに言ってましたよね? あなたのお姉さんの名前も……。何か、心当たりがあるのですか? あいつの言ってた、神について……」
「そう言えば以前、レグロット村でこう言ってたな。『もしこの世界に神がいるというのなら、そいつはきっとこの世界に生きる人間たちの脅威となるだろう』と。あれはどういう意味だ?」
「……確信はない。出来れば、私の妄想であって欲しい。あっ、あんなものが存在し……、行方不明になった姉さんに、かっ、関わっているかもしれないなど……」
セリスの声に震えが混じり、恐怖が滲み出していました。
姉さんとはもちろん、50年前に身ごもったまま行方不明になったセリスの姉、エステル・ラシェーエンドの事。
しかし、エステルの行方不明に神が関係しているとは、どういうことでしょうか。
何故セリスが、これほどまでに恐怖を感じているのかも分かりません。
そもそも、
(神と行方不明の姉を繋げている情報は、一体どこから手に入れたんだ?)
話を聞いても何一つ解決せず、新たな疑問しか産まれません。
もっと深く話を聞こうとした時、
「なっ、なんだあれは……」
ディディスの言葉で、皆が前方を見上げました。
そこには、空高く舞い上がる大量の魔素が発生していたのです。
それも、通常の魔素よりもかなり濃いもの。
一瞬金色の光が見えた気がしましたが、すぐさま魔素によってかき消されてしまいました。
全身から血の気が引き、不安と恐怖で脳内が一杯になりました。手のひらと額からは、不自然な脂汗が一気に噴き出しています。
魔素人間も魔素を吐き出していましたが、レベル……いや次元が違う。
皆が恐怖する中、マイヤーが嬉しそうに声を上げました。
「くく……、始まったようだな」
「始まった? なっ、何が始まったと……」
しかし、全ての言葉を口にする事は出来ませんでした。
何故なら強い爆風が辺り一面をなぎ倒したかと思うと、魔素の霧の中から巨大な人型の存在が現れたからです。
大量の魔素は、みるみるうちに青い空を黒く染め上げていきました。
このスピードなら、マーレ王国全土を覆い尽くすのも時間の問題でしょう。
空飛ぶモンスターが物凄いスピードで集まり、それに群がっていきます。
巨大な存在を守るかのように、モンスターが渦巻き群がっている光景に見覚えがありました。
無意識のうちに、唇が動いてその名を呼びました。
俺が半年前に、討伐したはずの存在の名を。
「魔王……」
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しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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