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物語のその先編

第109話 お師匠様は信じられなかった

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「あなたを破門する」

 口にした瞬間、胸の奥が苦しくてたまらなくなった。

 だって、私が一番望んでいないことだったから……。

 シオンを現場に引き留める為の嘘っぱちだとは言え、心にもない事を口にするのは中々堪えるものがある。

 でもそれを表に出しちゃ駄目。
 欠片でもこちらの気持ちが悟られてしまえば、またシオンが迷っちゃうから……。

 そんな気持ちを抱きながら、言葉を失うシオンを少しでも安心させるために、セリス母さんに連絡をとると伝えた。
 
 セリス母さんなら、きっとこの状況を打破できる案を持っているかもだしね。

 シオンに無事帰ってくるよう言うと、彼が何か言葉を発する前に、一方的に通信珠を切った。

 そのまま腕を下すと、大きなため息をつきながら、無意識のうちに緊張で固まっていた身体から力を抜く。

(ディディス……、大丈夫かな……)

 シオンの事をお願いに行った時、笑顔で胸を叩いていた彼の姿が思い浮かぶ。

 私が、シオンに連絡したばっかりに……、彼に怪我をさせてしまった。こちらも大変だとは言え、向こうの状況も考えず、軽々しく連絡をとったこと、ほんと後悔する……。

 ディディスが庇ってくれたけど、もしかすると、シオンが怪我していたかもしれないんだよね……。

 そう考えると、彼が瀕死の状態になった時のことを思い出し、心臓が鷲掴みされる恐怖が襲った。強い胸の苦しさに、思わず両手で顔を覆ってしまう。

 ……絶対に嫌。
 シオンが傷ついて倒れる姿は、二度と見たくないのに……。

 とにかく魔素溜りの現場は、アイラック先生の言う通り、かなり緊迫した状況みたい。
 
 あれだけ魔素対応に出ているシオンとディディスのコンビすら苦戦しているみたいだったから、他の勇者候補たちは大丈夫かなぁ。

(やっぱり……、私が行くべきだった)

 平和ボケして、シオン達に全てを任せてしまった自分に、猛烈に腹が立った。

 これでシオンやディディス、大勢の勇者候補たちが死ぬってことになったら……、多分私は自分が一生許せないと思う。

 知らず知らずのうちに、顔を覆う両手を強く握っていた。爪が手のひらに食い込み、その痛みで気づく。

(とにかく、セリス母さんに連絡をしないと……)

 今は一人でも多くの戦力が欲しい。

 私は通信珠を取り出し、セリス母さんに連絡をとった、んだけど。

(……あれ? 繋がらない……)

 どれだけ待っても、一向に繋がらない。
 
 おかしいなぁ……。
 いつもなら、必ずと言っていいほど一発で繋がるんだけどな。

 何度も繋げ直してみたけど、やっぱり母さんと繋がらなかった。
 
 忙しくて気づかなかったのかな?
 それとも、通信珠を紛失したり壊したりしたのかな?

 どちらか理由にしても、いつもの母らしからぬ様子に、嫌な胸騒ぎがした。

 でも繋がらないものは仕方ない。

 少し時間を置いて連絡しなおせばいいか。これだけ何度も通信珠に連絡したんだから、セリス母さんの方から連絡くれるかもしれないしね。

 そう気持ちを切り替え教室に入ろうとした時、廊下に複数の足音と人の声が響き渡った。

 どうやら、アカデミー内にいる人たちが皆、魔法障壁をはった学科棟に避難しているみたい。

 避難してきた人々を先頭に立って導いているのは、茶色い髪の中年男性、バレンタ理事長だ。

 こちらに向かって来るバレンタ理事長の表情に、全く焦りは見られなかった。
 後ろの人々に声を掛けながらも、穏やかな笑みを崩さない。

 さすがアカデミーの理事長だなぁ。
 一番の責任者が、狼狽えてしまったら、皆に余計な不安を与えちゃうもんね!

 危機的状況だとは言え、落ち着きを見せる彼に、心の中で拍手を送った。
 
 理事長の指示で、人々が教室に入っていく。

 それを見ていると、彼が廊下で立ちすくむ私の姿に気づいたみたい。

 ゆっくりとした足取りでこちらに近づくと、声を掛けて来た。

「君は……、確かリーベル・ファルス君……だったかな? 何だか顔色が悪いようだが、大丈夫かい?」

「あっ、だっ、大丈夫です!」

 多分、シオンたちの心配が知らず知らずのうちに顔に出てたみたい。
 私は取り繕うように、慌てて笑顔を作って頷いた。

 そんな私に、バレンタ理事長も良かったとばかりに頷く。
 そして私の肩をぽんぽんと叩きながら、柔らかな笑みを浮かべ、こちらの顔を覗き込んだ。

「安心しなさい。私たちアカデミーの者たちが、必ず君たち一般生を守るから」

 魔素モンスターの襲撃を見て、そして魔法障壁が発動せず戸惑う先生たちとは違って、バレンタ理事長の様子は穏やかそのものだった。

 私にかけてくれた言葉も前向きで、何一つ状況が変わっていないのにも関わらず大丈夫なんじゃないかと思わせるほど、どこか自信に満ちていた。

 何一つ不自然なところはない。
 ……んだけど。

(……なんだろ、この感じ)

 彼の黒い瞳と視線が合った瞬間、背中がぞわっとして、思わず一歩、体が後ろに引いてしまった。

 でもバレンタ理事長は、私の不自然な行動を気に止めることなく、もう一度教室に入るように促すと、部屋の中に消えていった。

 出会った時と変わらない、柔らかな笑みを浮かべながら。

 理事長から感じた違和感を気のせいだと心の中で片付けると、ふといつも傍にいる親友の事を思い出した。

(そう言えば、アーシャ……、まだ戻ってきていない……)

 試験前、通信珠に連絡があったからと出て行ったアーシャが戻ってこない。
 確か、さっきバレンタ理事長が引き連れて来た人々の中にもいなかったはず。

 不安と恐怖が一気に心の中で大きく膨らんだ。熱が引き、冷たくなっていく感覚が、指先から頭の芯まで駆け巡る。

 なんか……、嫌な予感が……する。

 ゾワゾワする肌を抑えながら、私は慌てて窓の外を確認した。

 窓の向こうでは、魔素のモンスターたちが、アカデミーの門を通過しようとしている。

 その時、学科棟の入口にいた8人ほどの先生やアカデミー関係者たちが全員騒ぎ出した。何か大声を上げながら、手を大きく振ってるみたい。

 彼らが手を振る先には、二つの人影があった。

 え? ええ?
 あっ、あの黒髪はもしかして……!

 そう思った瞬間、体が動いていた。

 一気に階段を駆け下り、廊下を走り抜け、学科棟の入口までやって来ると、先生たちの叫ぶ内容が良く聞こえて来た。

「ノリス・インメソッド! こっちだっ!」
 
「ノリス君、急いで下さいっ!」
 
 私の予想通り、魔法障壁の外を走っているのは、ノリスだった。その横には、彼に手を引かれてながらもおぼつかない足取りで走る、女性の姿があった。

 きっとノリスの事だから、学科棟以外に取り残されていた人を見つけて連れて来たんだろう。

 こんな緊急時でも、自分よりも他の人々の安全を優先するノリスは、勇者候補として素晴らしい資質を持ってると思う。

 ノリスたちが何とか魔法障壁までやって来ると、エレクトラ先生が障壁の一部に穴を空けた。

 救われた女性が倒れ込むように中に入り、先生たちに身体を支えられている。彼女に続き、ノリスも障壁内に入ろうと足を踏み入れるのが見えた。

 何とか危機は脱したみたい。

(ああ、良かった……)

 彼の後ろを見ると、モンスターたちの黒い塊がかなり近くまで迫ってきている。

 後は、魔素溜りの浄化に出ている勇者候補たちが戻ってくるまで、腹をくくって守りに徹するしかない。

 でもね、逆を言えば、学科棟の魔法障壁さえ守り切れば何とかなるってこと。
 だから無事アカデミーに残っている皆が避難出来て良かったと、皆ホッとしてたと思う。

 たった一人、私を除いては……。

(アーシャは……? アーシャはどこに?)

 不安がさらに膨れ上がる。
 私は、無事を喜び合っているノリスと先生たちの間に割って入った。

「せっ、先生! アーシャが……、アーシャがいないの!」

「……え? そっ、それは本当なのか、リーベル・ファルス‼ いつからだ……、一体いつからだ⁉」

「試験前に通信珠に連絡があったからって、教室を出て行ってそのまま……。どこに行ったのか、分からないんです……。先ほど、バレンタ理事長が連れて来た人たちの中にもいなかったし……」

「なんてことだ……」

 アイラック先生が、厳しい表情で額に手を当てた。エレクトラ先生も口元を抑え、言葉を失っている。

 その時、

「リーベル。アーシャに通信珠で連絡をとったのか?」

 魔法障壁内に入ってきたノリスの提案に、私を含めた皆が、それだ! と言う顔をした。
 
 そうだわっ!
 アーシャに通信珠で連絡をとれば良かったんだ!

 もしかするとこの混乱に気づき、一足早く転移珠で避難しているかもしれないし。それなら、この場に戻ってこない理由に納得が行く。

 もうもうっ! 
 何でそんな単純な解決法を思いつかなかったの、私っ‼

 戦いで培った冷静な判断力とか、もう絶対に使わないよっ‼

(でも……、それなら避難したって連絡をくれてもよさそうなんだけどな)

 ふとそんな気持ちが過ぎる。

 でもそんな事考えている場合じゃない!

 私は急いで通信珠を取り出した。
 セリス母さんからの折り返しの連絡はない。

 それに対しても少し心に引っかかるものを感じながら、アーシャの通信珠と繋ぐ。

 ……あ、繋がった。

「アーシャ⁉ 大丈夫? 今どこにいるの⁉ もう避難してる? もっ、もし学科棟以外にいるなら、急いでこっちに来て‼」

 私、焦る気持ちのまま一気にまくしたてた。
 
 でも、向こうからの返事がない。

 滅茶苦茶に喋ったから、呆気に取られているのかな?

 もう一度アーシャに話しかけようと口を開いた時、

「えへっ……、ふっ、ふふふっ……。アーシャって……この通信珠の持ち主のことぉ?」

 知らない女の人の声が、通信珠から響き渡った。
 
 アーシャの通信珠に、彼女以外の人間の声がする。
 予想外の出来事に、頭が真っ白になった。けど私の口は勝手に動いていた。

「……誰、あなたは。アーシャは、どこにいるの⁉」

 もしかすると、アーシャの通信珠をたまたま拾った人かもしれない。

 なのに……、なのに、不安がおさまらない。

 この女性の声から、穏やかならぬ雰囲気が、嫌と言う程伝わって来る。

 理由は分からないけど、私の勘が告げていた。

 これは……、敵だ。

「あっ、あれは……なんだ!」

 ノリスの叫び声が響き渡った。

 彼の視線の先にある光景、それを見た時、私の手から通信珠が滑り落ちて地面を転がった。

 だけどそれを気に留める者は、だれ一人いない。

 いや、たった一人だけ……いたっけ。

「あははっ! あなたの通信珠が落ちたわよぉ?」

 大笑いしながらこちらに向かってきたのは、5つの人影だった。こちらに近づくにつれて、彼らの姿がよく分かる様になる。

 皆、ボロボロの服を着ていた。
 服だけじゃない。身体中が汚れていて、髪の毛もボサボサ。全く清潔感を感じない。
 奴隷扱いされていたマーテッドさんのほうが、まだマシに見えるくらい。

 汚れた左手の甲には、片翼の痣。
 という事は……、

(勇者候補たち……なの? でも……、でもなんで……、何で皆、頭が膨らんでるの⁉︎)

 頭が不自然に膨らむのは、魔素のモンスターの特徴。

 でも、絶対におかしいわ!
 だって人間は、魔素の影響を受けないはずなのに……。

 それに、彼らの身体から立ち込める黒い霧状のもの。

 間違いない……。
 魔素だ。

 魔素を吐き出しながら、頭の膨らんだ勇者候補たちが目の前にいる。

 信じられなかった。
 
 でも、遅れてやって来た大きな体格の勇者候補の手からぶら下がっている存在を見た瞬間、全ての疑問が吹き飛んだ。

 彼女は瞳を閉じ、ぐったりとしていた。髪の毛を掴まれ、男の手の下でゆらゆら揺れている。

 その光景から視線を反らせないまま、私はその名を呼んだ。

「あっ……、アーシャ……」

 試験前に姿を消し、ずっと戻る事のなかった親友の姿がそこにあった。

 敵と思われる者の手の中に。
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