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アカデミー騒動編
第84話 お師匠様は対峙した
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陽が陰りつつある夕方ごろ、私の姿はお屋敷の中にあった。
ここは、アーシャが所有しているという別荘なんだとか。
別荘なのに、何でセリス母さんの家よりも、何倍も大きいんだろうとさっきから考えているんだけど、残念ながら答えは出ない。
多分……、どれだけ考えても出ないだろうけど。
つまらないことを考えてしまったな、と窓から視線を逸らすと、今いる部屋を見回した。
客人を迎え入れる為の部屋は、綺麗な装飾品で彩られ、中央には談話する為に置かれたソファーとテーブルがある。
我が家の食卓テーブルよりも大きいんだけど、食事をとる場所は他にあるらしい。
いる?
このでかさ。
そんな事を考えていると、待ち人来たり。
護衛にドアを開けさせて入って来たのは、イリアだ。
「……リーベル・ファルス?」
部屋に入るや否や、私の存在を目にし、訝しげな表情を浮かべている。
「何故あなたがここに? アニマお姉様から、話がしたいと言われたから、わざわざ来てさしあげたのだけれど」
「うん。話がしたい、という頭に、リーベルと、が抜けてるけどね」
「……くだらない。あなたと話す事などないわ。さっさと私の前から消え去りなさい」
イリアはめんどくさそうに前髪をかき上げると、高圧的に睨んで来た。
アーシャの誘いにのり、まんまと騙されたのが悔しいんだろう。
私は動かない。
言う事を聞かない私に対し、さらにイラつきを募らせたイリアの細い指が、小刻みに揺れているのが見える。
しかし苛立ちを勝ち誇ったような笑みで隠すと、ニヤリと口角を上げた。
「私は忙しいの。あの方がもうすぐやってくるもの。あなたも……、噂には聞いているとは思うけれど……」
「シオンは来ないわよ」
彼女の言葉を、私の迷いない一言が遮った。
紫の瞳に、驚きが走る。
私を傷つけようと発された残りの言葉は行き場をなくし、パクパクと空気だけを吐き出している。
私は一歩彼女に近づくと、両腕を組んで言い放った。
「今日は、その話をしに来たの。シオンを……、解放して」
1ヶ月離れていただけで、やつれてしまった彼の姿を思い出すと、胸が苦しくなった。
そしてそれを覆い隠すように沸き立つのは、怒りの感情。
(私の大事な弟子に……、好き勝手やってくれたじゃない、イリア……)
辛そうに告白してくれたシオンを思い出すと、鳩尾から胸にかけて、怒りの熱が荒れ狂い出した。
頭に熱い血が上り、思考が熱さで上手く回らなくなる。
でもここで、欠片でも嫉妬する気持ちを出したら、イリアの優越感を刺激する事になる。
彼女は、そういう人だから。
出来るだけ……、出来る限り冷静に。
怒りを押さえろ。今は、感情的になっては駄目だ。
解放、という意味を理解したイリアは、大声を上げて笑った。
「ふふふっ……、あはははっ‼ 何を言い出すかと思えば……。シオン様を解放する? 私たちは愛し合ってるの。毎晩、あの方は特別寮に来て、私を求めて下さるのよ? ふふっ……」
はああああああああああああああああ――――っ!?
それ、嘘ですから――――っ!
それ、あなたの妄想ですから――――っ‼
そういう創作活動は、頭の中だけでやってくんない⁉
イリアと関係をもってない事は、シオンから聞いているから、欠片も信じる気にならない。
ほんと……、シオンから聞いてて良かった……。
これ聞いてなかったら、今この瞬間、頭パーンってなってたとこだよ。
「愛し合ってる? シオンをあれだけボロボロにして……、よくそんな事が言えるわね、イリア」
「ふふっ、毎晩あれだけ激しく求められたら……、次の日もお辛いかもしれませんわね? それが……、あなたに一体何の関係があるのかしら?」
「……関係あるかどうかは、シオンを脅しているイリアが、一番良く分かってんじゃないの?」
妄想乙! と彼女の言葉を心の中で一蹴すると、探るように鋭い視線を向けた。
私の表情と言葉に、イリアは一層笑い声を高くした。苦しそうにお腹を抱え、目元には涙さえ滲んでいる。
そうしつつ発された言葉は、余りにも意外だった。
「あはっ……、あはははははっ‼ あなた……、まさか本当に自分が、リベラ・ラシェーエンドだと言い張るおつもり? リベラ様が何て呼ばれていたか、ご存知ないのかしら?」
「……え?」
この人、今何て言った?
私が……、リベラじゃないって?
え?
私がリベラだって知ってたから、シオンを脅したんじゃないの?
ええ?
どゆこと?
イリアは笑いをおさめると、目元を拭いながら言葉を続ける。
「ああ、歴代勇者の名すら分からない無知なあなたは、知らないでしょうから教えて差し上げるわ。『両翼の聖女』よ? あなたに、両翼の崇高な気配が欠片もありまして? まして、あんなお粗末な魔法で、よく両翼を騙ろうという気になったものね!」
……いや、確かにないよ。
確かに崇高は気配とか全くないけどっ‼
魔法だってお粗末だけど、あれは魔力を流しすぎて、どえらい魔法が発現するのを恐れているからで……。
「それに私、昔リベラ様のお姿を拝見した事がありますの。今の私よりも高い背に、長く細い肢体。整った容姿は、今の私のような美しさに溢れていましたわ」
……ん? んんん?
イリアよりも背が高い? 細い? 美しい?
誰だ、そいつは……。
私でない事は確かだけど。
「それに、リベラ様が生きていらっしゃれば、30歳でしょう? 年齢はごまかせない。そうでしょう?」
思考に沈み言葉が出ない私を嘲笑いながら、イリアは胸を張って言い放った。
確かに、年齢に関してはイリアの指摘は間違ってない。
間違ってないんだけど……、うーん……。
どうやらイリアの中の私は、崇高で特別な存在だと思われているみたい。
で、実物とのギャップが激しすぎて、偽物だと思われているようだ。
まあ、イリアの反応も分かる。
勇者候補として旅してた時、山ほど見て来た反応だから。
さらにリベラの偽物と会った事も、勘違いに拍車をかけているらしい。
あれかなー。
イリアが会ったリベラって、お城の仕事をした時に現れた偽物の事かな。
内心、頭を抱えている私に構わず、イリアは馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ゆっくりこちらへ近づいて来た。
「だから考えたの。もしかして……、あなたとディディス様がグルになって、シオン様に嘘を吹き込んだんじゃないかと。確かディディス様は、精神魔法がお得意だったはずですし」
「……どういうこと?」
「シオン様は、リベラ様に師弟以上の感情を抱いていらっしゃるようですもの。そんな相手の言葉なら、あの方を思い通りにできるでしょうね? 現にディディス様は、シオン様の魔素依頼を同行するだけで、多額の報酬を得ていますし」
……なるほどね。
ディディスがシオンの心に魔法をかけて、私をリベラだと思い込ませ、報酬を多く得ているとイリアは睨んでいるみたい。
でも勘違いだよ、それ。
報酬の件は、私が目覚める前から、計算が面倒くさいという理由でシオンが折半してるって聞いてたし。
逆にディディスから、貰いすぎだから折半を止めてくれ、と私からシオンに言ってくれないかって頼まれた事もあるし。
彼女の足が止まった。
「でも私にとっては、シオン様が騙されていようが勘違いされていようが、どちらでもいいの。その間に私が子どもを身籠もればいいんですもの。見ていて滑稽だったわよ? 明らかにリベラ様と違うあなたを、必死で庇おうとする姿は……、ふふっ」
思い出し笑いをしながら、イリアの喉元がくくっと鳴った。
シオンを嘲笑う姿に、頭に上っていた熱がスッと冷えるのを感じた。
(これが……、シオンを愛している相手が口にする言葉? ……なにこれ)
言葉が出なかった。
イリアは笑いながら、私に近づくと顔を覗き込む。
「で? 私が邪魔だから、シオン様を解放しろと? それなら……、それ相応の頼み方があるんじゃないかしら?」
次の瞬間、後ろに回り込んだイリアが、私のひざ裏を蹴った。
膝が曲がり、前のめりに私は倒れ込む。
四つん這いになった状態から体制を整えようとした時、イリアの足が私の後頭部を踏みつけ、顏が床の絨毯に叩き付けられた。
……結構痛い。
「あはははっ‼ この間は、よくもこの私に生意気な態度をとってくれたわね。さあ、土下座してお願いなさい‼ 惨めったらしく、地面に這いつくばりながらね‼ そうしたら……、考えてあげてもいいわ」
うるさい笑い声と共に、彼女の要求が言葉となって落ちて来る。
苦痛に耐えながら顔を上げると、勝利を確信した笑みを浮かべるイリアに、額を床にこすりつけてお願いをした。
「イリア、シオンを解放して……」
「何? 人に物を頼む言葉じゃないわね」
「……イリアティナ様、シオンを解放して下さい。もう、シオンを脅すのを止めて下さい……」
「どうしようかしら?」
「お願いします……! どうか……どうかっ‼ 私の土下座で済むなら、何度でもお詫びいたします。どうか……お願いいたします……」
「……ふふっ、だぁめ」
甘ったるい声でお願いを拒否すると、文字通り、私の身体を一蹴した。
衝撃で半回転した身体は仰向けになり、視線の先にこちらを覗き込むイリアの顏が映る。
彼女の美しい顏は、弱者を痛めつけるどす黒い喜びで満ちていた。
口の中は、血の嫌な臭いが広がっている。
衝撃で切ったみたい。
でもこんなの……、大怪我したシオンの苦痛に比べたら……。
「ああ、楽しいわ。生意気なあなたが、私に許しを乞い、頭を垂れる姿が見られるなんて……。アニマお姉様に近づき、私に盾突かなければ、こんな痛い目に遭わなかったというのに。愚かな女……」
胸をイリアが踏みつけられ、視界が点滅し、一瞬息が止まった。勢いよく吸い込んだ時に唾液が気管に入り込み、激しく咳き込んでしまう。
身体をくの字に曲げながら咳き込み続ける私を、さも楽しそうに紫の瞳が細められる。
「シオン様は解放しない。私は勇者と結婚し、勇者候補の子を産むの。そうすれば……、あの女を見返すことが出来る。今まで私を見ようとしなかった者たちが、私に注目せざるを得なくなるのよ!」
イリアの高笑いが響き渡った。
それをぼんやりと天井を見ながら、哀れに思う自分がいた。
彼女は、シオンを愛していない。
ただ自分の価値を高める為の道具としか見ていない。
それは……、彼女自身の子どもでさえも例外ではなくて……。
「イリア……、私がこれだけお願いしても、シオンを解放してくれないのね?」
自分でも驚くほど静かな声。
私の胸を踏みつけていたイリアの動きが止まる。
しかしニィっと口角を不気味に上げると、さもおかしそうに口を開いた。
「解放しないわ。解放するわけがないわっ! シオン様は、今や私の言いなりよ。あなたもさっさと……、諦めなさいっ‼」
力を込めた蹴りが、私の腹部を直撃……したかのように思えた。
「え?」
異変に気付いたのは、イリア。
足に感じたのが肉の感触ではなく、床の絨毯だったから、不思議に思ったんだろう。
私の姿は、そこにはない。
コロッと転がり、踏みつけられる前に移動したからだ。
散々頭をグリグリされ、身体を蹴られ、胸をげしげしされ、口の中まで切って……、ほんと散々だわ。
でもさ。
これだけ頑張ってお願いして、痛い目にあったんだから……、もういいよね?
ふうっと息を吐くと、私の上に巨大な癒しの魔法紋様が現れた。
それはすっと私の元に降りて来ると、身体の中に吸収されて消えていく。
身体が回復するのと同時に、心が静かに告げた。
(さあ、始めようか)
ここは、アーシャが所有しているという別荘なんだとか。
別荘なのに、何でセリス母さんの家よりも、何倍も大きいんだろうとさっきから考えているんだけど、残念ながら答えは出ない。
多分……、どれだけ考えても出ないだろうけど。
つまらないことを考えてしまったな、と窓から視線を逸らすと、今いる部屋を見回した。
客人を迎え入れる為の部屋は、綺麗な装飾品で彩られ、中央には談話する為に置かれたソファーとテーブルがある。
我が家の食卓テーブルよりも大きいんだけど、食事をとる場所は他にあるらしい。
いる?
このでかさ。
そんな事を考えていると、待ち人来たり。
護衛にドアを開けさせて入って来たのは、イリアだ。
「……リーベル・ファルス?」
部屋に入るや否や、私の存在を目にし、訝しげな表情を浮かべている。
「何故あなたがここに? アニマお姉様から、話がしたいと言われたから、わざわざ来てさしあげたのだけれど」
「うん。話がしたい、という頭に、リーベルと、が抜けてるけどね」
「……くだらない。あなたと話す事などないわ。さっさと私の前から消え去りなさい」
イリアはめんどくさそうに前髪をかき上げると、高圧的に睨んで来た。
アーシャの誘いにのり、まんまと騙されたのが悔しいんだろう。
私は動かない。
言う事を聞かない私に対し、さらにイラつきを募らせたイリアの細い指が、小刻みに揺れているのが見える。
しかし苛立ちを勝ち誇ったような笑みで隠すと、ニヤリと口角を上げた。
「私は忙しいの。あの方がもうすぐやってくるもの。あなたも……、噂には聞いているとは思うけれど……」
「シオンは来ないわよ」
彼女の言葉を、私の迷いない一言が遮った。
紫の瞳に、驚きが走る。
私を傷つけようと発された残りの言葉は行き場をなくし、パクパクと空気だけを吐き出している。
私は一歩彼女に近づくと、両腕を組んで言い放った。
「今日は、その話をしに来たの。シオンを……、解放して」
1ヶ月離れていただけで、やつれてしまった彼の姿を思い出すと、胸が苦しくなった。
そしてそれを覆い隠すように沸き立つのは、怒りの感情。
(私の大事な弟子に……、好き勝手やってくれたじゃない、イリア……)
辛そうに告白してくれたシオンを思い出すと、鳩尾から胸にかけて、怒りの熱が荒れ狂い出した。
頭に熱い血が上り、思考が熱さで上手く回らなくなる。
でもここで、欠片でも嫉妬する気持ちを出したら、イリアの優越感を刺激する事になる。
彼女は、そういう人だから。
出来るだけ……、出来る限り冷静に。
怒りを押さえろ。今は、感情的になっては駄目だ。
解放、という意味を理解したイリアは、大声を上げて笑った。
「ふふふっ……、あはははっ‼ 何を言い出すかと思えば……。シオン様を解放する? 私たちは愛し合ってるの。毎晩、あの方は特別寮に来て、私を求めて下さるのよ? ふふっ……」
はああああああああああああああああ――――っ!?
それ、嘘ですから――――っ!
それ、あなたの妄想ですから――――っ‼
そういう創作活動は、頭の中だけでやってくんない⁉
イリアと関係をもってない事は、シオンから聞いているから、欠片も信じる気にならない。
ほんと……、シオンから聞いてて良かった……。
これ聞いてなかったら、今この瞬間、頭パーンってなってたとこだよ。
「愛し合ってる? シオンをあれだけボロボロにして……、よくそんな事が言えるわね、イリア」
「ふふっ、毎晩あれだけ激しく求められたら……、次の日もお辛いかもしれませんわね? それが……、あなたに一体何の関係があるのかしら?」
「……関係あるかどうかは、シオンを脅しているイリアが、一番良く分かってんじゃないの?」
妄想乙! と彼女の言葉を心の中で一蹴すると、探るように鋭い視線を向けた。
私の表情と言葉に、イリアは一層笑い声を高くした。苦しそうにお腹を抱え、目元には涙さえ滲んでいる。
そうしつつ発された言葉は、余りにも意外だった。
「あはっ……、あはははははっ‼ あなた……、まさか本当に自分が、リベラ・ラシェーエンドだと言い張るおつもり? リベラ様が何て呼ばれていたか、ご存知ないのかしら?」
「……え?」
この人、今何て言った?
私が……、リベラじゃないって?
え?
私がリベラだって知ってたから、シオンを脅したんじゃないの?
ええ?
どゆこと?
イリアは笑いをおさめると、目元を拭いながら言葉を続ける。
「ああ、歴代勇者の名すら分からない無知なあなたは、知らないでしょうから教えて差し上げるわ。『両翼の聖女』よ? あなたに、両翼の崇高な気配が欠片もありまして? まして、あんなお粗末な魔法で、よく両翼を騙ろうという気になったものね!」
……いや、確かにないよ。
確かに崇高は気配とか全くないけどっ‼
魔法だってお粗末だけど、あれは魔力を流しすぎて、どえらい魔法が発現するのを恐れているからで……。
「それに私、昔リベラ様のお姿を拝見した事がありますの。今の私よりも高い背に、長く細い肢体。整った容姿は、今の私のような美しさに溢れていましたわ」
……ん? んんん?
イリアよりも背が高い? 細い? 美しい?
誰だ、そいつは……。
私でない事は確かだけど。
「それに、リベラ様が生きていらっしゃれば、30歳でしょう? 年齢はごまかせない。そうでしょう?」
思考に沈み言葉が出ない私を嘲笑いながら、イリアは胸を張って言い放った。
確かに、年齢に関してはイリアの指摘は間違ってない。
間違ってないんだけど……、うーん……。
どうやらイリアの中の私は、崇高で特別な存在だと思われているみたい。
で、実物とのギャップが激しすぎて、偽物だと思われているようだ。
まあ、イリアの反応も分かる。
勇者候補として旅してた時、山ほど見て来た反応だから。
さらにリベラの偽物と会った事も、勘違いに拍車をかけているらしい。
あれかなー。
イリアが会ったリベラって、お城の仕事をした時に現れた偽物の事かな。
内心、頭を抱えている私に構わず、イリアは馬鹿にするような笑みを浮かべながら、ゆっくりこちらへ近づいて来た。
「だから考えたの。もしかして……、あなたとディディス様がグルになって、シオン様に嘘を吹き込んだんじゃないかと。確かディディス様は、精神魔法がお得意だったはずですし」
「……どういうこと?」
「シオン様は、リベラ様に師弟以上の感情を抱いていらっしゃるようですもの。そんな相手の言葉なら、あの方を思い通りにできるでしょうね? 現にディディス様は、シオン様の魔素依頼を同行するだけで、多額の報酬を得ていますし」
……なるほどね。
ディディスがシオンの心に魔法をかけて、私をリベラだと思い込ませ、報酬を多く得ているとイリアは睨んでいるみたい。
でも勘違いだよ、それ。
報酬の件は、私が目覚める前から、計算が面倒くさいという理由でシオンが折半してるって聞いてたし。
逆にディディスから、貰いすぎだから折半を止めてくれ、と私からシオンに言ってくれないかって頼まれた事もあるし。
彼女の足が止まった。
「でも私にとっては、シオン様が騙されていようが勘違いされていようが、どちらでもいいの。その間に私が子どもを身籠もればいいんですもの。見ていて滑稽だったわよ? 明らかにリベラ様と違うあなたを、必死で庇おうとする姿は……、ふふっ」
思い出し笑いをしながら、イリアの喉元がくくっと鳴った。
シオンを嘲笑う姿に、頭に上っていた熱がスッと冷えるのを感じた。
(これが……、シオンを愛している相手が口にする言葉? ……なにこれ)
言葉が出なかった。
イリアは笑いながら、私に近づくと顔を覗き込む。
「で? 私が邪魔だから、シオン様を解放しろと? それなら……、それ相応の頼み方があるんじゃないかしら?」
次の瞬間、後ろに回り込んだイリアが、私のひざ裏を蹴った。
膝が曲がり、前のめりに私は倒れ込む。
四つん這いになった状態から体制を整えようとした時、イリアの足が私の後頭部を踏みつけ、顏が床の絨毯に叩き付けられた。
……結構痛い。
「あはははっ‼ この間は、よくもこの私に生意気な態度をとってくれたわね。さあ、土下座してお願いなさい‼ 惨めったらしく、地面に這いつくばりながらね‼ そうしたら……、考えてあげてもいいわ」
うるさい笑い声と共に、彼女の要求が言葉となって落ちて来る。
苦痛に耐えながら顔を上げると、勝利を確信した笑みを浮かべるイリアに、額を床にこすりつけてお願いをした。
「イリア、シオンを解放して……」
「何? 人に物を頼む言葉じゃないわね」
「……イリアティナ様、シオンを解放して下さい。もう、シオンを脅すのを止めて下さい……」
「どうしようかしら?」
「お願いします……! どうか……どうかっ‼ 私の土下座で済むなら、何度でもお詫びいたします。どうか……お願いいたします……」
「……ふふっ、だぁめ」
甘ったるい声でお願いを拒否すると、文字通り、私の身体を一蹴した。
衝撃で半回転した身体は仰向けになり、視線の先にこちらを覗き込むイリアの顏が映る。
彼女の美しい顏は、弱者を痛めつけるどす黒い喜びで満ちていた。
口の中は、血の嫌な臭いが広がっている。
衝撃で切ったみたい。
でもこんなの……、大怪我したシオンの苦痛に比べたら……。
「ああ、楽しいわ。生意気なあなたが、私に許しを乞い、頭を垂れる姿が見られるなんて……。アニマお姉様に近づき、私に盾突かなければ、こんな痛い目に遭わなかったというのに。愚かな女……」
胸をイリアが踏みつけられ、視界が点滅し、一瞬息が止まった。勢いよく吸い込んだ時に唾液が気管に入り込み、激しく咳き込んでしまう。
身体をくの字に曲げながら咳き込み続ける私を、さも楽しそうに紫の瞳が細められる。
「シオン様は解放しない。私は勇者と結婚し、勇者候補の子を産むの。そうすれば……、あの女を見返すことが出来る。今まで私を見ようとしなかった者たちが、私に注目せざるを得なくなるのよ!」
イリアの高笑いが響き渡った。
それをぼんやりと天井を見ながら、哀れに思う自分がいた。
彼女は、シオンを愛していない。
ただ自分の価値を高める為の道具としか見ていない。
それは……、彼女自身の子どもでさえも例外ではなくて……。
「イリア……、私がこれだけお願いしても、シオンを解放してくれないのね?」
自分でも驚くほど静かな声。
私の胸を踏みつけていたイリアの動きが止まる。
しかしニィっと口角を不気味に上げると、さもおかしそうに口を開いた。
「解放しないわ。解放するわけがないわっ! シオン様は、今や私の言いなりよ。あなたもさっさと……、諦めなさいっ‼」
力を込めた蹴りが、私の腹部を直撃……したかのように思えた。
「え?」
異変に気付いたのは、イリア。
足に感じたのが肉の感触ではなく、床の絨毯だったから、不思議に思ったんだろう。
私の姿は、そこにはない。
コロッと転がり、踏みつけられる前に移動したからだ。
散々頭をグリグリされ、身体を蹴られ、胸をげしげしされ、口の中まで切って……、ほんと散々だわ。
でもさ。
これだけ頑張ってお願いして、痛い目にあったんだから……、もういいよね?
ふうっと息を吐くと、私の上に巨大な癒しの魔法紋様が現れた。
それはすっと私の元に降りて来ると、身体の中に吸収されて消えていく。
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宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
Sランク昇進を記念して追放された俺は、追放サイドの令嬢を助けたことがきっかけで、彼女が押しかけ女房のようになって困る!
仁徳
ファンタジー
シロウ・オルダーは、Sランク昇進をきっかけに赤いバラという冒険者チームから『スキル非所持の無能』とを侮蔑され、パーティーから追放される。
しかし彼は、異世界の知識を利用して新な魔法を生み出すスキル【魔学者】を使用できるが、彼はそのスキルを隠し、無能を演じていただけだった。
そうとは知らずに、彼を追放した赤いバラは、今までシロウのサポートのお陰で強くなっていたことを知らずに、ダンジョンに挑む。だが、初めての敗北を経験したり、その後借金を背負ったり地位と名声を失っていく。
一方自由になったシロウは、新な町での冒険者活動で活躍し、一目置かれる存在となりながら、追放したマリーを助けたことで惚れられてしまう。手料理を振る舞ったり、背中を流したり、それはまるで押しかけ女房だった!
これは、チート能力を手に入れてしまったことで、無能を演じたシロウがパーティーを追放され、その後ソロとして活躍して無双すると、他のパーティーから追放されたエルフや魔族といった様々な追放少女が集まり、いつの間にかハーレムパーティーを結成している物語!
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