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アカデミー騒動編

第83話 お師匠様は明かした

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※第82話のタイトル変更し、
 82話のタイトルを83話にしました。
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 私が口を閉じると、沈黙が辺りを支配した。

 アーシャは口を半開きにした状態で目を見開き、ディディスは肘をついた手で目元を覆っている。

 ただ私だけが、彼女を真っすぐ見つめたままだった。

 何度か激しく瞬きをすると、アーシャの口から言葉が洩れた。何を言ったらいいのか迷っているのが、声色から感じ取れる。

「……リーベル? えっ……? さっ、さっきのは……」

 それに答えず、黙って頭のカツラをとり、髪の毛を纏めているネットを外すと、白く長い髪が背中に流れた。さらに指を瞳に当てて、青色のレンズを取り外す。

 偽りが全て取り払われた開放感を味わいながら、乱れた髪を手ぐしで整えると、10年前と同じように髪の毛を高い位置でくくった。

 本来の姿に戻ると、再びアーシャに視線を戻し、自分が何であるかを告げた。

「私の本当の名前は、リベラ。両翼の勇者候補、リベラ・ラシェーエンドよ」

「えっ? そんな……、まっ、まさか……」

 アーシャの口からそれ以上の言葉が出ない。
 ひたすら激しく瞬きを繰り返し、どう反応していいのか困っているみたい。

 ……あ、そっか。

「ああごめんね、アーシャ。この姿を見せても、ピンとこないよね?」

 どんな容貌をしてるかは噂で回ってたようだけど、私と会った事ないんだから分かんないよね。

 ディディスが私の正体をすぐに受け入れられたのは、シオンから事前に私の話を聞いていたからだもん。
 
 私は立ち上がると、魔力を込めながらいつもの言葉を口にした。
 魔力を生成するための、あの言葉を。

「私は世界を……愛している」

 次の瞬間、心が幸福感で満たされた。
 それは留めなく広がり、心の端から零れだした時、身体の中に留まり切れなかった魔力が背中で翼を形作る。

 白金色の翼の形に。

 これが……、私が両翼である事を証明できる、唯一の方法。

「ディディス、ちょっと向こう向いてて」

 翼をじっと見つめているディディスに声を掛けた。
 はっと身体を震わせ、彼が私に背を向けたのを確認すると、ブラウスのボタンを外し、アーシャに背中を見せる。

「アーシャ、両翼の痣、ちゃんと出てるかな?」

「えっ⁉ えっ、ええ……、ちゃんと……見えてるわ」

「そっか、良かった。この痣、こうやって力を使わないと現れないから、私が両翼だって証明するには、こうするしかなくて……。えっと……、信じて……貰えたかな?」

「……ええ。白い髪……、金色の瞳……、そして……両翼の痣と翼……、間違いありません」

 頷くアーシャの声は、とても固い。
 言葉も敬語になり、今まで優しく、親しい友人として接してくれた彼女じゃなくなっている。

 アーシャは立ち上がると、私の前に跪いた。
 頭を垂れ、少し震えた声で謝罪する。

「両翼の聖女リベラ・ラシェーエンド様……、知らなかったと言え、数々のあなた様への御無礼、どうかお許しください!」

「止めてよ、アーシャっ‼」

 翼を消し服を整えると、床に膝をついて、アーシャと視線を同じにした。
 
 私が正体を隠してた事を、怒ってもいい。
 でも……、こんな他人行儀な扱いは……嫌だ。

「私は確かに聖女だとか何とか言われてたけど、中身はこんなのなの! 色々と素性は隠してたけど……、それ以外でアーシャに見せたものは……、何一つ嘘じゃない! だから……、変わらないで……」

「あっ……」

 アーシャの唇から、何かを思い出したような小さな声が洩れた。
 みるみるうちに細い肩が震え出すと、両手で震えを押さえるように抱きしめる。

 そして弱々しく笑みを浮かべると、顏を覗き込む私を見つめ返した。

「ごめんなさい……。あなたは、私の正体を知っても変わらないでいてくれたのに、私は……」

「いいの! いきなりこんな事言われたら、誰だって驚くと思うし!」

「そうそう、俺だって初めて知った時は、アニマ様と同じことをしたよ?」

 ディディスが会話に入って来た。

 あ、確かにそうだったかも。
 でも態度を変えないでって言ったら、瞬時でフレンドリーに戻ったけどね!

 彼の言葉を聞き、アーシャの視線がそちらを向く。

「ディディスさんは……、リーベルの事ご存知だったのですね?」

「うん、全部シオンから聞いてたからね。あいつ一人の力じゃ、リベラ様の正体を偽ってアカデミーに入学させるのは難しいから」

「そうなのですね……って、あれ? リーベルの正体が、リベラ様で……、リベラ様はシオン様のお師匠様で……、えええ⁉」

 んんん? 
 何かアーシャの頬が、赤くなってきたような……。

 両翼だと知り恐縮していたアーシャの瞳が、怪しく光り出した。堪えきれず、口元がニヨニヨと緩む。

「っということは……、シオン様は、ご自身のお師匠様にプロポーズをしているってこと⁉」

 え?
 ちょっ……、ちょっとアーシャ……さん? 
 食いつくとこは、そこなんですか?

 って、ディディス! 何であなたも私たちを見ながら一緒にニヤニヤしてんの!

「アニマ様……、何を今さら……。そもそもシオンが勇者候補になったのも、魔王を倒して愛するリベラ様にかけられた死の呪いを解く為だったんだよ?」

「えええええ!? やだっ……、なんて壮大な愛の物語なのかしら……。心がキュンキュンして止まらないわっ!」

「ちなみに……、シオンはリベラ様の前だと敬語を使うんだ」

 次の瞬間、アーシャの身体がぐらりとバランスを崩し、両手を床についた。
 四つん這いの形になって俯くと、片手で口元を抑えながら、肩で激しく呼吸をしている。

 何かブツブツと、好きな人とその他に対するギャップがやばい……、などと良く分からない事を呟いている。

 とにかく、シオンの件が彼女の恋愛のツボにはまったのは、間違いない。

「あっ……、アーシャ……、大丈夫? もしかして鼻血出てる?」

「えっ? ええ……、ごめんなさい。大丈夫、鼻血は出てないけど、あまりの尊さに口から魂が出そうだったわ」

「そんなに⁉」

 死ぬとこじゃんっ‼
 危うく、死にかけてんじゃんっ‼

 でも……、めちゃくちゃな事を言い出すアーシャを見て、思わず笑いが込み上げてきた。

 ぷっと吹き出すと大きな笑い声となって、私の唇から飛び出す。それにつられ、アーシャも一緒に笑った。

 ひとしきり笑いあった後、私は立ち上がり、アーシャに手を差し伸べた。笑い過ぎて滲んだ涙を拭きながら、彼女も私の手をとって立ち上がる。

 そして少しだけ恥ずかしそうに頬を赤らめながら、にっこりと笑った。

「……ありがとう、本当の事を話してくれて。あなたは私が王女であっても、友達だと言ってくれた。だから……、私もあなたが両翼の聖女様であっても、変わらず友達でいたい。こんな私だけど、これからも友達でいてくれる?」

「……それは、こっちの台詞だよ、アーシャ。今まで騙してて……、ごめんなさい」

「気にしないで。私だって、自分の正体を隠していたわけだから、おあいこよ」

 お互いの視線が合うと、私たちは再び笑った。

 今までずっと正体を隠していた事は、私の中で重りとなって沈んでいた。
 彼女との距離が近づくにつれて、本当にこのまま偽っていていいのかと思い続けていた。

 だからアーシャが私の事を許してくれて、そして受け入れてくれて、本当に嬉しい。
 鳩尾辺りで沈んでいた重りが解き放たれ、とても清々しい気分だ。

 私たちは再びテーブルについた。場の空気が、再び真剣なものへと変わる。

 私は簡単にだけれど、アーシャに自分が魔王に死の呪いをかけられ、魔王が倒される今まで眠りについていた事を話した。

 本来アーシャとは10歳上の私が歳を取っていない理由については、正直に今は話せないと伝えておいた。
 シオンの能力に関する事だからね。

 でもアーシャは何も言わず、そういうものだと納得してくれた。

 実はアーシャ、昔私をお城で見たことがあったらしい。
 影からこっそり覗いてた程度だけど、変装を解いた私をリベラだと分かったんだって。

 確かに、お城での仕事も引き受けたことがあったから、私をちらっと見かける機会はあったかもね。
 確かその仕事、リベラの偽物が現れて、本物の私が偽物扱いされたんだよなー。

 まあ後々誤解は解けて、めっちゃ謝られたんだけど。

「シオンは、私が生きていることをアカデミーに知られたくないの。私が生きているってばれたら、アカデミーにまた利用されるからって……」

「確かに、白金翼だと知られたら、アカデミーも放っておかないでしょうね……。つまりシオン様は、あなたをアカデミーから守ろうとしたのね? それなら、イリアが掴んだ情報が弱みになる理由も、納得出来るわ」

 アーシャは腕を組み、何度も頷いている。
 その表情は、今まで解けなかった問題が解けたようにスッキリしている。

 私はちらっとディディスを見た。

「それにシオン、私が生きていることを隠していたディディスにも、アカデミーからお咎めがあるかもしれないって、それも気にしてたみたいよ」

「……あいつ。柄にもない心配しやがって……」

 苦々しそうに口元を歪め、ディディスは舌打ちをした。
 自分が彼の足かせになったのを、悔しく思っているのが伝わって来る。

 視線をアーシャに戻すと、今朝シオンに何があったのかを話した。

 彼が心身共にボロボロになり、魔素依頼中に大怪我をした事。
 全てを、彼から聞いた事。
 今、この家で眠っている事。

 彼女は、終始信じられない様子で話を聞いていた。時々、テーブルに置いた手が、怒りで震えるのが見えた。

 全てを聞き終わると、長いため息をついて辛そうに頭を振った。

「イリア……、何てことを……。この世界の宝である勇者様を、そこまで追いつめて命の危険にさらすなど……。王女としてあるまじき行為だわ」

「アーシャには悪いけど、私はもうこれ以上放っておけないの。今からイリアに会って話をするつもりよ」
 
「分かったわ。イリアを呼び出すのは私に任せて。今日で全ての決着を……つけましょう。この日の為に、私も色々と準備を整えたのだから」

「でも……、いいの? イリアと戦うことになるのよ? アーシャの妹なのに……」

「気にしないで、リベラ」

 アーシャは弱々しく微笑んだ。

「確かに、姉妹だから、姉だからと、我慢して来た。いつかは、分かり合えるかもと心のどこかで願っていた……。でもね、血が繋がっているからって、家族だからって……、分かり合えないことも、許せなこともあるって、分かったの」

 話しているうちに、アーシャから微笑みが消えた。
 苦しそうに顔を歪め、テーブルの上に置いた手を強く握る。

「全ては……、イリアの暴走によって被害が及んでいるのを、見て見ぬふりした私と、両親が悪いの。本来は、もっと早く私たちがイリアを止めなければならなかったのに……」

「アーシャ……」

 彼女の名を呼ぶことしかできなかった。
 家族の問題に、他人の私がこれ以上首を突っ込む事など出来なかったから。

 怒りと苦しみで震える彼女の手を取ると、優しく握りしめた。
 それに気づき、アーシャの表情が優しいものへと変わる。
 
 私たちは、イリアからシオンを解放する為の作戦を話し合い、それがまとまると、準備の為に大急ぎでアーシャは戻って行った。

 部屋には、私とディディスだけが残った。

 大きく息を吐き出すと、今まで緊張で固まっていた身体を脱力させた。だらっとテーブルの上に、だらしなく上半身を預ける。

 そして私のコップにお茶のお代わりを注ぐディディスに向かって、話しかけた。

「ディディス……、アーシャ、辛そうだったね。妹と対決する事になるんだから」

「そうだね、でも……アニマ様、少しホッとしてる様子だったよ」

 アーシャが……、ホッとしてる?
 それってどういう……。

 お茶を口に付けると、ディディスは行儀悪く肘をテーブルに立てた。少しだけ意地悪そうに口角を上げている。

「アニマ様、今まで辛い目に遭ってきたんでしょ? 婚約者まで寝取られてさ。それが今日決着がつくんだから、そりゃホッとするでしょ」

「そういうものなのかな……」

「まあ、後はマーレ一家に任せたらいいと思うよ。今は、シオンの事だけに集中しよう?」

「そう……だね」

 確かに、ディディスの言う通りだ。
 後は、アーシャに任せよう。

 私は気持ちを引き締めると、コップの中のお茶を煽った。

(今日で……、シオンの苦しみを終わらせる)

 ――絶対に。
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