目覚めたら弟子が勇者になってて師匠の私にぐいぐい迫ってくるんですが

めぐめぐ

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アカデミー騒動編

第71話 弟子は甘く見ていた

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 何度聞いても、お師匠様が襲われた話には激しい怒りを感じます。
 取りあえず、その女と襲った男には一発食らわせないと気が済まないのですが……。

 でも、きっとお師匠様の事です。
 大丈夫だったからと許して差し上げるのでしょうね。

 はぁ……、全く困った方ですよ。

 まあ、そこがあの方らしいというか良いところというか、優しくて大好きでたまらない部分というか……。

 …………
 …………
 …………
 …………

 忙しい日々を送っていたある日、俺は再びバレンタに呼び出されました。

「シオン君、魔素対応で忙しくしているところ、呼びつけて悪かったね」

 いつもそう言って呼び出してきて……、絶対に本心では悪いって思ってないだろ。

 爺のお茶会に呼び出された時と同じように、心の中で不満を呟きました。

 しかし今回呼び出されたのは、アカデミーの上層階にある、野外テラス。

 空間には風魔法で外気が入らないようにされており、冬だというのに、この空間だけはとても暖かいのです。

 周囲は綺麗に手入れされており、貴重な調度品が飾ってあります。

 恐らく、アカデミー役員や権力者たちなどを接待する為の場所でしょう。何故こんな場所に呼び出されたのかは、すぐに分かりました。

 バレンタと同じテーブルに座り、料理を手に付けている後姿に、見覚えがありました。

 金髪巻き髪の女――イリアティナ・マーレ。

(くそっ、やられた)

 あの女の姿を見た時、とっさに心の中で毒づきました。

 何故俺が呼び出されたのか、そしてイリアがここにいるのか、何となく察しがついたからです。

 あの女は、食器を皿の上に置くと、ナプキンで口を拭いてこちらを振り向きました。

「シオン様。こうしてお会い出来てとても嬉しいですわ。いつも魔素対応お疲れ様です」

 そう言って席を立つと、俺の傍に歩み寄ってきました。媚びるように、上目遣いでこちらを見てきます。

 わざと視線を外し、イリアの肩越しからバレンタを睨みつけました。しかし奴は表情一つ変えず、いつもと同じとらえどころのない笑みを浮かべています。

「ほら、シオン君。イリア様がこうして労って下さっているのに、黙っているなど失礼ではないかい?」

「生憎、こんな場所で優雅に食事と取ったり雑談する時間がないほど、魔素対応に忙しくてな。用がないなら戻る」

 失礼なのは、騙してこの場に呼び出したお前たちだろうが。

 バレンタが用意したのは、以前言っていたお見合いの場でした。
 もちろん正式なものではないでしょうが、お師匠様一筋の俺にとっては、不愉快にもほどがあります。

 しかし、俺の反応はバレンタにとって予想通りだったのでしょう。特に慌てることなく、席を立つとイリアの前にやってきました。

「イリアティナ様、大変失礼いたしました。しかし、彼も世界の為に戦っておりますので、どうかご容赦を……」

「いえ、お気にならないで、バレンタ理事長。シオン様はお忙しい身ですもの。私の我儘を聞き入れ、こうして少しでもお会いする機会を下さった事、感謝いたしますわ」

 ……茶番もいいところだ。

 そう思うと、俺は二人が話をしている途中でしたが、足を出口に向けました。とんだ時間の無駄をしてしまいました。

 あいつらのせいで、帰ってお師匠様とイチャイチャする時間が5分は削られたと思います。

 絶対に許さん。

 その時、すっと俺の横をイリアが通り過ぎていきました。そのままこちらを振り返ることなく、出口へと消えていったのです。

 少し間をおいて俺も立ち去ろうとした時、バレンタが傍にやってきました。笑みを浮かべながら、俺の顔を覗き込んでいます。

「シオン君、よかったらイリア様を教室までお送りして差し上げたらどうだろう?」

 食事が断られることを予想し、教室に戻る移動中にイリアとも親交を深めさせようとの考えでしょう。
 
 バレンタの言葉には答えず、動きも見せませんでした。

 すると奴は表情を変えず、まるで今日の天気の話をするかのような軽い口調で、俺が今まで欲していた情報を口にしたのです。

「……そう言えば、リベラ君の手柄を横取りしていた勇者候補についてなんだが……。調査で、主犯格的な人物がいる事が分かったんだよ」

 この言葉に、俺は思わずバレンタと視線を合せてしまいました。俺がすぐに反応を見せたのが楽しいのか、奴の口元には更なる笑みが浮かんでいます。

「自首してきた勇者候補が、ようやく口を割ってね。主犯格なる人物は、アカデミーでも不正をして追っていた人物だ。居場所を突き止めたから、もう少しで捕まえられると思うんだよ」

「……そいつの名と居場所を教えろ」

 俺は低い声で、バレンタに情報を求めました。しかし奴は首を横に振ると、残念そうに眉根を寄せています。

「すまないが、今は伝えられない。これは君だけの問題ではない。アカデミーが責任をもって捕まえるから、君は安心してその報告を待ってくれないかい?」

「俺が対応する方が、どう考えても早いだろ!」

「こちらにも事情がある。報告はするから待っていてくれると嬉しい。出来たら君には、引き続きリベラ君の捜索と……、別の対応をして貰えたらと、私は考えるんだがね」

 そう言ってバレンタは、イリアが立ち去った出口に視線を向けました。

 どうやら、あの女を追って親交を持てということらしいです。

 バレンタの言いなりになるのは癪でしたが……、奴の言っていた主犯格については俺ですらも聞きだせなかった情報。ここでバレンタの機嫌を損ねて、逃すということでもなれば、大問題です。

 ここでも……、俺は奴の言いなりになるしかありませんでした。

 俺はその気持ちを隠すことなくバレンタを睨みつけると、立ち去ったイリアを追いかけました。

 立ち去ったと思っていたあの女は、出口付近で待っていました。

「ふふっ、追いかけてきて下さって、とても嬉しいですわ、シオン様。さあ、参りましょうか」

 あの女は俺がやって来たことに対して、全く驚きをみせませんでした。恐らく、バレンタからこうなる事を聞かされていたのでしょう。

 全ての行動を見透かしたような奴の笑みが思い出され、一層腹立たしさが増しました。

 イリアは、いつものように俺の腕にしがみつくと、その身体を密着させてきます。お師匠様以外の女にくっつかれても、不快でしかありません。
 
「……離れて貰えないか」

「ふふっ、こうして一緒にお話出来る事が、とても嬉しいですわ」

 あの女は俺の言葉を無視すると、腕にしがみついたまま別の話をし出しました。無言の拒否でした。

 道行く者たちの好奇な視線に気づき、力づくで腕を抜こうとしましたが、あの女……、意外と力が強いのです。

 後程イリアの魔法適性の一つは肉体強化という事を知って、納得はいったのですが。

「そういえばシオン様は、両翼の聖女であるリベラ・ラシェーエンド様のお弟子さんだったのですね。先ほど、バレンタ理事長からお聞きいたしましたわ。私も昔、リベラ様とお会いしたことがありますから、人事とは思えなくて……」

「お前……、昔、お師匠様と会った事があるのか?」

「ええ。幼いころではありますが。まさに聖女と呼ばれるのにふさわしい方だったと記憶しております。シオン様が勇者になられた事、リベラ様が生きていらっしゃればさぞお喜びでしたでしょう」

 …………。
 何だ、この違和感は……。

 心にモヤ付くものを感じながらも、イリアのまるでお師匠様を知ったかのような口調の方が気になりました。

「……勝手に死んだことにするな。あの方がいない間、弟子である俺が代わりに魔素対応をしているにすぎない」

 イリアはふふっと小さく笑うと、さらに俺の腕にしがみつきました。腕に顔を埋めた状態で、今までとは違う低く暗い声が耳に届きました。

「リベラ様のお戻りを、待っていらっしゃるのですね、シオン様は。美しい師弟関係に、私感動いたしました。ただバレンタ理事長は、気になる事をおっしゃったのです。シオン様は……、リベラ様に師弟関係以上の感情を抱いているのではないかと」

 くそっ……、あの親父め……。何をこの女に吹き込んでいる!

 っていうか、何故バレてた! そっちの方が気に……、え? あんな態度をとってたら、誰にだってバレバレだろうって?

 心の中でバレンタを罵倒しつつ、それを表に出さぬよう答えました。

「俺は過去、あの方に命を救われた。命の恩人に尽くすなど、普通の事だろ」

「ふふっ、そうですわね」

 イリアは腕の力を緩めると、先ほどと同じ甘ったるい声で頷いています。

 しかし俺を見上げる表情には、どこか薄暗い影が見えました。
 紫の瞳は細められ、しかしこちらを探る様な鋭さがあります。

 口角をニィっと不気味に上げると、俺だけに聞こえるように囁きました。

「仮にそうであっても……、私があなたをお慕いする気持ちは変わりませんわ。あなたのお傍にいる為に……、私はいかなる努力も手段も惜しみませんから」

 そう言ってイリアは、俺から離れました。

 気が付くと、廊下にいるたくさんの生徒たちが、立ち止まってこちらを見ています。どうやら、話をしている間に、学科棟にやって来ていたみたいです。

 一見すると、イリアと腕を組んで歩いてきたとみられても仕方ない状況。

 あの女が、俺と親密な関係である事を知らしめる目的を達成したと言っても過言ではないくらい、注目を集めていました。

 イリアは俺の前に立つと、頭を下げました。

「ここまでご一緒出来て楽しかったです、シオン様。依頼の成功をお祈りしております」

 そう言ってあの女は、教室に入っていきました。

 いかなる努力も手段も惜しまない。

 その言葉には、どこか不安を感じさせる何かがありました。
 
 しかし相手は、勇者候補ではない一般人。

 この時感じた不安は、俺のおごり高ぶった考えによって上書きされ、消えていきました。

 その甘さが、後々大きな失態となる事を、まだ気づいていませんでした。

 あの女が、通信珠を発動させた状態で俺の荷物に忍ばせていたなど……。
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