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アカデミー騒動編
第68話 お師匠様は脅された
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休み時間。
私とアーシャは何か飲もうと、アカデミーの食堂に来ていた。そこそこ長い休憩時間だから、同じ考えの生徒たちが飲み物を片手に、雑談を楽しんでいる。
そんな中、食堂の端のテーブルを陣取った私たちは、密談を繰り広げていた。
「ええっ、リーベル、この間のアガレス島のお祭りに来ていたの? それなら、声を掛けてくれたらよかったのに……」
「私が声を掛けたら、あなたの正体がばれるかもしれないでしょ?」
まあそうね……、と少し不満げに横に座るアーシャが呟く。
声を掛ける危険性は分かっていても、感情がついて行っていない、そんな感じだ。
しかし尖らせた唇はすぐさま緩み、綺麗な顔がずいっと近づいて来た。その表情は……、恒例となっている恋愛話大好きなニヨニヨアーシャさんである。
「もちろんあの方と一緒、だったんでしょ?」
あの方とはもちろん、シオンの事だ。彼女の変貌に若干引きながら小さく頷くと、アーシャの表情がキラキラ輝き出した。
ニヨニヨアーシャさんの本領発揮である。やばい。
「二人でお祭りデートをしたのね? で、二人でどんなことをしたの? アガレス島のお祭りは、最後のライトアップが凄く綺麗なんだけど、ちゃんと二人で見たわよね? そしてもちろん、キスぐらいしてるわよね?」
「ぷはっ‼ ……なっ、何できっ、きっ、キスとかの話になるの――っ‼」
刺激的な単語で不意をつかれ、口に含んだ飲み物を噴き出しそうになった。私の顔がみるみるうちに熱を持つ。
彼女が、私の反応を見逃すわけがなく……、ズバリ言い当てて来た。
「その慌てよう……、その様子だと……、キス……以上の事をしていると見たわ!」
だから何でそんなに鋭いの⁉
どの辺を見て、その判断をしたのか教えて欲しいくらいだよっ‼
超ワクワクしながら、こちらの返答を待つアーシャ。綺麗な顔に、もう大人の階段上った? という下世話な質問が浮かんでいる。
脳裏には、えらい薬を飲んでえらいことを弟子にさせてしまった事が、嫌でも思い出され、湧き上がる恥ずかしさから、口をつるっつる滑らせてしまった。
「あっ、あれはそういうのじゃなくて……。治療的なやつだからっ! やらしい意味とか、全然ないから‼」
「……やらしい治療? これは……お泊り会でじっくり話を聞かせて貰う必要があるようね?」
「だから違うって! 一緒に言うと卑猥な単語に聞こえるから、やめなさいっ‼」
混ぜるな危険だよっ‼
お酒の入ったアーシャの質問は容赦ないから、きっと全てを白状させられるんだろうなあ。彼女の中の勇者像が崩れなきゃいいんだけど……。
そんな事を考えていると、
「アーシャ、リーベル、お前たちも休憩か?」
聞き慣れた男性の声が、私たちの会話に入って来た。
ノリスだ。
学ぶ場所は変わったけど、相変わらず元気そうな彼の姿に、思わず口角が上がる。
彼は飲み物をテーブルに置くと、私たちの前に向かい合う形で座った。
「それにしても、リーベルの顏が真っ赤だけど……、大丈夫か?」
「あっ、うん……、大丈夫だよ!」
さっきまでしてた会話が会話だったからね……。
早く冷めろ、顏の熱!
パタパタ手で顔を仰ぎながらちらっと横を見ると、アーシャが頬を赤くしてノリスから視線を外している。
ノリスも気になったのだろう。
「アーシャ、どうした? お前も顏赤いけど……、体調大丈夫か?」
「えっ⁉ ええ……、だっ、大丈夫よっ!」
「本当か? 何か挙動不審だし……。熱があるのに無理してるんじゃないか?」
「ひゃっ!」
アーシャが小さく悲鳴を上げて、身体をビクンと震わせた。
ノリスの手が伸び、彼女の額に触れたからだ。彼的には、純粋な気持ちで体調を心配したんだろうと思うけど……、その行為はとっても罪作りです、ノリスさん……。
アーシャはアーシャで驚いたものの、逃げることなくノリスに体温を測られている。よく見ると、頬は赤く染まり、カモフラージュされた翠の瞳を細めて、うっとりした表情をしている。
信じられるか?
この純な子が、さっきまで猥談で盛り上がってたんだぜ……?
くぅぅっ、かわゆいっ‼
これがアーシャが散々言ってた、ギャップ萌えってやつですか⁉
「……リーベル、どうした? いきなり突っ伏して……」
「……何か色々と尊すぎて」
「アーシャ、リーベルが何を言っているか分からないんだけど……」
「……分からなくていいと思うわ」
呆れと照れが混じったような声で、アーシャが答えてるけど、理解されて困るのは、そっちだもんね!
私は、途中だった飲み物を一気に飲み干すと、立ち上がった。意味ありげにニヤリと笑うと、下手な芝居を打つことにした。
「ああっー、私ちょっと用事あったの忘レテター。先に戻ってるから、二人でお喋りでもしたらイインジャナイカナー?」
「えっ? ちっ、ちょっとリーベル⁉」
「そうなのか。じゃあリーベル、またな」
私の企みに気づいたアーシャが慌てて引き止めて来たけど、ノリスが笑顔で手を振ったのを見ると、諦めたように伸ばした手を下した。
その翠の瞳には、素直に喜べない複雑な乙女心が揺れている。
ふふふっ、私を弄り倒した罰として、ノリスと二人っきりになって、幸せな時間を過ごしなさい!
二人がいい感じになる事を祈りつつ、軽い足取りで食堂を後にした。
(さて、今からどうしようかな?)
伸びをしながら廊下を歩き、考える。彼らにはああ言ったけど、特にやる事もなくて暇なんだよね。
次の授業の予習でもしとくかな、と思いながら廊下をウロウロしていると、何か柔らかいものにぶつかり、身体が床に倒れた。
どうやら前方不注意で、誰かにぶつかったらしい。勢いよく打ち付けた腰とお尻を擦りながら、ぶつかった相手を見ると、
「イリア?」
そこには、見事な金髪巻き髪の女性が、私と同じく腰とお尻を擦っていた。
アーシャの妹でありこの国の第二王女、イリアティナ・マーレだ。
私の声に、イリアがこちらを見上げている。その美しく整った表情は、痛みと怒りで満ちていた。
「……リーベル・ファルス? 人にぶつかっておいて、謝罪もないのかしら?」
「あ、ごめんね」
「私はこの国の第二王女よ⁉ 謝るなら、跪き頭を垂れるのが普通……って……、あなたに言っても無駄でしたわね。私の事を知ってもなお、その無礼な態度を改めないのですから」
無礼な態度?
うーん、何の事を言ってるか、さっぱり分かんないかな。
先に立ち上がって倒れたままのイリアに手を差し出したけど、彼女は私の手を取らずに自力で立ち上がった。そして何を思ったのか口角を不自然に上げ、威圧的な態度で小さな私を見下ろす。
「それよりも、あなたに話があるの。少し付き合って下さらない?」
……多分、アーシャの事だ。
話の内容にピンと来た私は一つ頷くと、イリアに連れられて先日二人が言い合っていた空き教室にやって来た。教室に入るや否やイリアは風魔法を発動させると、部屋の音が漏れないようにした。
聞かれたくない話……ってことなんだろうな。
イリアはこちらを振り向くと、敵意を含みつつもそれを押し隠すような不自然な笑み浮かべた。
「あなた、先日アーシャさんの全てを知っていると言っていたけど、本当なのかしら? 彼女の正体を知らなければ、私が教えて差し上げ……」
「イリアのお姉さんでしょ? だから何? それを知って、私がアーシャの友達止めると思ったの?」
瞬間、彼女の表情が固まったかと思うと、唇がプルプルと震え出した。超怒ってるみたい。自分が教えて優越感を得ようとしたところを、邪魔されたからかな。
アーシャから、イリアの話は聞いている。
幼いころから次期女王、さらに勇者候補として注目されていたアーシャの影に、イリアはいつも隠れていなければならなかった。
どれだけ頑張っても、誰も見てくれない。注目してくれない。
同じ姉妹でも、自分には片翼の痣がない。
そんな幼少期を送ったイリアの性格は、過剰な自己愛と虚栄心で曲がってしまった。それらは姉への憎しみとなって、今もなおアーシャへ向けられている。
「イリアはよく言っていたわ。『アニマお姉様は、私が持つべきものを全部奪っていく』って……。私の意思でイリアから何一つ奪ってないのに……」
鼻息を荒く妹の事を語るアーシャの姿が、思い出された。
イリアは自分勝手な理由で、アーシャを憎んでいる。
そんな相手の言葉なんて、信頼できるわけがない。
「……そう。なら率直に言うわ。アーシャ……アニマ姉様の前から姿を消して貰えないかしら? ディディス様の知り合いだから気をつかっていたけれど……、あなたがいると邪魔なの。もし私の命令に従えないなら……、王族に逆らった罪であなたを罰するわよ?」
イリアの表情が、憎しみで歪んだ。先ほどまでは何とか敵意を笑みでごまかそうとしていたけど、今はその仮面すら投げ捨てられている。
アーシャの友達は、権力に恐れをなして去って行ったんだろう。
うん、分かるよ。こんな事、王女様に言われたら去るしかないよね。怖いもんね。
でも私は、イリアの脅しなんて怖くない。
むしろ、小さな子犬がキャンキャン吠えているように見えて、可愛らしさすら感じる。
「なっ、何を笑っているの⁉」
イリアは、怒りで肩を震わせていた。
美しい顏は真っ赤になり、紫の瞳が吊り上がっている。まるで私を射殺さんとせんばかりに。
その時、
「リーベル! 何故こんなところに⁉」
振り返ると、肩で呼吸をしたアーシャの姿があった。どうやら走ってこちらにやって来たらしい。
彼女はズカズカと教室へ入ると、私の両肩を掴んで心配そうに顔を覗き込んだ。
「あなたが教室にいないから探してたら、イリア様と一緒に歩いてたって聞いて、不安になって……。大丈夫だった?」
「うん、ぜんっぜん大丈夫。ちょっとお喋りしてただけよ」
お喋りという言葉に、イリアの顏が紅潮し細かく震え出した。私が全くノーダメージだから、悔しいんだろう。
アーシャは安堵の表情をみせたけど、すぐさま表情を引き締め、怒りで肩を震わせたままのイリアに向き直った。
「イリア……さ……、いえ、イリア。あなた、リーベルに何を話したの? あなたの事だから、どうせ私のある事ない事吹き込んで、リーベルを私から引き離そうとしたのでしょう?」
「あらアニマお姉様、私がそんな事をするとお思いで? 悲しいですわ……、実の姉から疑われるなど……」
怒りを引っ込め、わざとらしく泣き真似をするイリア。アーシャはさらに視線を鋭くすると、きつく言い放った。
「イリア。私自身に何かするのは構わないわ。でも……、私の大切な友達に迷惑をかける事があれば……、私はあなたを許さない。絶対に!」
「あら、怖いですわ、お姉様。ふふっ、許さないなど、穏やかではありませんわね? お姉様がお怒りでいらっしゃるようですから、私はこの辺で退散いたしますわ」
舐めた態度は変えないまま彼女は肩を竦めると、私たちの横を通って部屋を出て行った。
「……後悔することね。私に盾突いた事を」
私の横を通った瞬間、アーシャに聞こえないようにそう言い残して。
私とアーシャは何か飲もうと、アカデミーの食堂に来ていた。そこそこ長い休憩時間だから、同じ考えの生徒たちが飲み物を片手に、雑談を楽しんでいる。
そんな中、食堂の端のテーブルを陣取った私たちは、密談を繰り広げていた。
「ええっ、リーベル、この間のアガレス島のお祭りに来ていたの? それなら、声を掛けてくれたらよかったのに……」
「私が声を掛けたら、あなたの正体がばれるかもしれないでしょ?」
まあそうね……、と少し不満げに横に座るアーシャが呟く。
声を掛ける危険性は分かっていても、感情がついて行っていない、そんな感じだ。
しかし尖らせた唇はすぐさま緩み、綺麗な顔がずいっと近づいて来た。その表情は……、恒例となっている恋愛話大好きなニヨニヨアーシャさんである。
「もちろんあの方と一緒、だったんでしょ?」
あの方とはもちろん、シオンの事だ。彼女の変貌に若干引きながら小さく頷くと、アーシャの表情がキラキラ輝き出した。
ニヨニヨアーシャさんの本領発揮である。やばい。
「二人でお祭りデートをしたのね? で、二人でどんなことをしたの? アガレス島のお祭りは、最後のライトアップが凄く綺麗なんだけど、ちゃんと二人で見たわよね? そしてもちろん、キスぐらいしてるわよね?」
「ぷはっ‼ ……なっ、何できっ、きっ、キスとかの話になるの――っ‼」
刺激的な単語で不意をつかれ、口に含んだ飲み物を噴き出しそうになった。私の顔がみるみるうちに熱を持つ。
彼女が、私の反応を見逃すわけがなく……、ズバリ言い当てて来た。
「その慌てよう……、その様子だと……、キス……以上の事をしていると見たわ!」
だから何でそんなに鋭いの⁉
どの辺を見て、その判断をしたのか教えて欲しいくらいだよっ‼
超ワクワクしながら、こちらの返答を待つアーシャ。綺麗な顔に、もう大人の階段上った? という下世話な質問が浮かんでいる。
脳裏には、えらい薬を飲んでえらいことを弟子にさせてしまった事が、嫌でも思い出され、湧き上がる恥ずかしさから、口をつるっつる滑らせてしまった。
「あっ、あれはそういうのじゃなくて……。治療的なやつだからっ! やらしい意味とか、全然ないから‼」
「……やらしい治療? これは……お泊り会でじっくり話を聞かせて貰う必要があるようね?」
「だから違うって! 一緒に言うと卑猥な単語に聞こえるから、やめなさいっ‼」
混ぜるな危険だよっ‼
お酒の入ったアーシャの質問は容赦ないから、きっと全てを白状させられるんだろうなあ。彼女の中の勇者像が崩れなきゃいいんだけど……。
そんな事を考えていると、
「アーシャ、リーベル、お前たちも休憩か?」
聞き慣れた男性の声が、私たちの会話に入って来た。
ノリスだ。
学ぶ場所は変わったけど、相変わらず元気そうな彼の姿に、思わず口角が上がる。
彼は飲み物をテーブルに置くと、私たちの前に向かい合う形で座った。
「それにしても、リーベルの顏が真っ赤だけど……、大丈夫か?」
「あっ、うん……、大丈夫だよ!」
さっきまでしてた会話が会話だったからね……。
早く冷めろ、顏の熱!
パタパタ手で顔を仰ぎながらちらっと横を見ると、アーシャが頬を赤くしてノリスから視線を外している。
ノリスも気になったのだろう。
「アーシャ、どうした? お前も顏赤いけど……、体調大丈夫か?」
「えっ⁉ ええ……、だっ、大丈夫よっ!」
「本当か? 何か挙動不審だし……。熱があるのに無理してるんじゃないか?」
「ひゃっ!」
アーシャが小さく悲鳴を上げて、身体をビクンと震わせた。
ノリスの手が伸び、彼女の額に触れたからだ。彼的には、純粋な気持ちで体調を心配したんだろうと思うけど……、その行為はとっても罪作りです、ノリスさん……。
アーシャはアーシャで驚いたものの、逃げることなくノリスに体温を測られている。よく見ると、頬は赤く染まり、カモフラージュされた翠の瞳を細めて、うっとりした表情をしている。
信じられるか?
この純な子が、さっきまで猥談で盛り上がってたんだぜ……?
くぅぅっ、かわゆいっ‼
これがアーシャが散々言ってた、ギャップ萌えってやつですか⁉
「……リーベル、どうした? いきなり突っ伏して……」
「……何か色々と尊すぎて」
「アーシャ、リーベルが何を言っているか分からないんだけど……」
「……分からなくていいと思うわ」
呆れと照れが混じったような声で、アーシャが答えてるけど、理解されて困るのは、そっちだもんね!
私は、途中だった飲み物を一気に飲み干すと、立ち上がった。意味ありげにニヤリと笑うと、下手な芝居を打つことにした。
「ああっー、私ちょっと用事あったの忘レテター。先に戻ってるから、二人でお喋りでもしたらイインジャナイカナー?」
「えっ? ちっ、ちょっとリーベル⁉」
「そうなのか。じゃあリーベル、またな」
私の企みに気づいたアーシャが慌てて引き止めて来たけど、ノリスが笑顔で手を振ったのを見ると、諦めたように伸ばした手を下した。
その翠の瞳には、素直に喜べない複雑な乙女心が揺れている。
ふふふっ、私を弄り倒した罰として、ノリスと二人っきりになって、幸せな時間を過ごしなさい!
二人がいい感じになる事を祈りつつ、軽い足取りで食堂を後にした。
(さて、今からどうしようかな?)
伸びをしながら廊下を歩き、考える。彼らにはああ言ったけど、特にやる事もなくて暇なんだよね。
次の授業の予習でもしとくかな、と思いながら廊下をウロウロしていると、何か柔らかいものにぶつかり、身体が床に倒れた。
どうやら前方不注意で、誰かにぶつかったらしい。勢いよく打ち付けた腰とお尻を擦りながら、ぶつかった相手を見ると、
「イリア?」
そこには、見事な金髪巻き髪の女性が、私と同じく腰とお尻を擦っていた。
アーシャの妹でありこの国の第二王女、イリアティナ・マーレだ。
私の声に、イリアがこちらを見上げている。その美しく整った表情は、痛みと怒りで満ちていた。
「……リーベル・ファルス? 人にぶつかっておいて、謝罪もないのかしら?」
「あ、ごめんね」
「私はこの国の第二王女よ⁉ 謝るなら、跪き頭を垂れるのが普通……って……、あなたに言っても無駄でしたわね。私の事を知ってもなお、その無礼な態度を改めないのですから」
無礼な態度?
うーん、何の事を言ってるか、さっぱり分かんないかな。
先に立ち上がって倒れたままのイリアに手を差し出したけど、彼女は私の手を取らずに自力で立ち上がった。そして何を思ったのか口角を不自然に上げ、威圧的な態度で小さな私を見下ろす。
「それよりも、あなたに話があるの。少し付き合って下さらない?」
……多分、アーシャの事だ。
話の内容にピンと来た私は一つ頷くと、イリアに連れられて先日二人が言い合っていた空き教室にやって来た。教室に入るや否やイリアは風魔法を発動させると、部屋の音が漏れないようにした。
聞かれたくない話……ってことなんだろうな。
イリアはこちらを振り向くと、敵意を含みつつもそれを押し隠すような不自然な笑み浮かべた。
「あなた、先日アーシャさんの全てを知っていると言っていたけど、本当なのかしら? 彼女の正体を知らなければ、私が教えて差し上げ……」
「イリアのお姉さんでしょ? だから何? それを知って、私がアーシャの友達止めると思ったの?」
瞬間、彼女の表情が固まったかと思うと、唇がプルプルと震え出した。超怒ってるみたい。自分が教えて優越感を得ようとしたところを、邪魔されたからかな。
アーシャから、イリアの話は聞いている。
幼いころから次期女王、さらに勇者候補として注目されていたアーシャの影に、イリアはいつも隠れていなければならなかった。
どれだけ頑張っても、誰も見てくれない。注目してくれない。
同じ姉妹でも、自分には片翼の痣がない。
そんな幼少期を送ったイリアの性格は、過剰な自己愛と虚栄心で曲がってしまった。それらは姉への憎しみとなって、今もなおアーシャへ向けられている。
「イリアはよく言っていたわ。『アニマお姉様は、私が持つべきものを全部奪っていく』って……。私の意思でイリアから何一つ奪ってないのに……」
鼻息を荒く妹の事を語るアーシャの姿が、思い出された。
イリアは自分勝手な理由で、アーシャを憎んでいる。
そんな相手の言葉なんて、信頼できるわけがない。
「……そう。なら率直に言うわ。アーシャ……アニマ姉様の前から姿を消して貰えないかしら? ディディス様の知り合いだから気をつかっていたけれど……、あなたがいると邪魔なの。もし私の命令に従えないなら……、王族に逆らった罪であなたを罰するわよ?」
イリアの表情が、憎しみで歪んだ。先ほどまでは何とか敵意を笑みでごまかそうとしていたけど、今はその仮面すら投げ捨てられている。
アーシャの友達は、権力に恐れをなして去って行ったんだろう。
うん、分かるよ。こんな事、王女様に言われたら去るしかないよね。怖いもんね。
でも私は、イリアの脅しなんて怖くない。
むしろ、小さな子犬がキャンキャン吠えているように見えて、可愛らしさすら感じる。
「なっ、何を笑っているの⁉」
イリアは、怒りで肩を震わせていた。
美しい顏は真っ赤になり、紫の瞳が吊り上がっている。まるで私を射殺さんとせんばかりに。
その時、
「リーベル! 何故こんなところに⁉」
振り返ると、肩で呼吸をしたアーシャの姿があった。どうやら走ってこちらにやって来たらしい。
彼女はズカズカと教室へ入ると、私の両肩を掴んで心配そうに顔を覗き込んだ。
「あなたが教室にいないから探してたら、イリア様と一緒に歩いてたって聞いて、不安になって……。大丈夫だった?」
「うん、ぜんっぜん大丈夫。ちょっとお喋りしてただけよ」
お喋りという言葉に、イリアの顏が紅潮し細かく震え出した。私が全くノーダメージだから、悔しいんだろう。
アーシャは安堵の表情をみせたけど、すぐさま表情を引き締め、怒りで肩を震わせたままのイリアに向き直った。
「イリア……さ……、いえ、イリア。あなた、リーベルに何を話したの? あなたの事だから、どうせ私のある事ない事吹き込んで、リーベルを私から引き離そうとしたのでしょう?」
「あらアニマお姉様、私がそんな事をするとお思いで? 悲しいですわ……、実の姉から疑われるなど……」
怒りを引っ込め、わざとらしく泣き真似をするイリア。アーシャはさらに視線を鋭くすると、きつく言い放った。
「イリア。私自身に何かするのは構わないわ。でも……、私の大切な友達に迷惑をかける事があれば……、私はあなたを許さない。絶対に!」
「あら、怖いですわ、お姉様。ふふっ、許さないなど、穏やかではありませんわね? お姉様がお怒りでいらっしゃるようですから、私はこの辺で退散いたしますわ」
舐めた態度は変えないまま彼女は肩を竦めると、私たちの横を通って部屋を出て行った。
「……後悔することね。私に盾突いた事を」
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