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アカデミー騒動編
第67話 弟子は呼び出された
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あの方が目覚めてから3カ月半が経ち、季節はすっかり冬になっていました。
この時期になると、あたり一面が雪で白く覆われる日が続き、その度に魔法で雪を溶かし道を作れとセリスに命じられるのが、とても億劫です。
魔素対応には、変わらず出ていました。
雪のせいで動きにくくなり、休みを取る勇者候補たちも多い中、俺たちは依頼の件数を減らすことなく、同じペースを守っていました。
まあ、魔素の被害に雪は関係ないですからね。
ディディスには少しぐらいペースを落とせと文句を言われるのですが、知った事ではありません。多分寒すぎて、以前のように依頼最中に寛げないからでしょう。
こうやって毎日のように依頼をこなしているのですが、魔素の被害が減らず、内心焦っていました。
状況が落ち着かない限り、お師匠様からお返事が頂けないのですから。
焦燥感に駆られ、あの方に迫って怒られる回数が増えたのは、致し方ない事だと思います。俺は全く悪くない。
え? ちったー自重しろ?
あの方に迫るのは、もはやライフスタイルみたいなものだ。今さら変える事なんて出来るか。
そんなこんなで毎日忙しく戦い続けていたのですが、ある日、バレンタに呼び出されました。
あの男に呼び出されるのは、入学式以来でしょうか? お師匠様の名誉回復の件もありましたから、内心毒づきながらも、アカデミーにある会議室に向かいました。
会議室の前には、例の如くマイヤーとかいう金髪の男が立っていました。俺を視界に捕えると顔を顰め、恨みのこもった視線を向けてきます。
入学式の時に首を絞めたことを、まだ根に持っているのでしょうか。
まあこっちもお師匠様を愚弄した事、忘れていませんけど。
「シオン、遅い登場だな。貴様のような奴が、皆さまをお待たせするなど……、欠片でも申し訳ないと思わないのか? 何様のつもりだ?」
「生憎、こちらは毎日のように魔素対応で駆けずりまわってるからな。お前たちのように、呑気なお茶会に時間通りに向かえるほど、暇を持て余していない」
大した嫌味を返したつもりではなかったのですが、マイヤーが激高しました。赤みがかった茶色の瞳が吊り上がり、顏を真っ赤にしながら胸元に掴みかかってきたのです。
が、相手は素人。最小限の動作で奴の手を避けると、勢い余ってマイヤーが体勢を崩しました。恥ずかしさを隠すように声を荒げます。
「きっ……貴様っ! バレンタ理事長を始めとする上層部の方々は、アカデミーの為に日夜尽力されていらっしゃるのだぞ⁉ そんな事も分からず憎まれ口を叩くとは……、師匠が師匠だと、弟子も弟子だな!」
……お前、今何て言った?
全身の血が逆流するかのような錯覚に襲われたかと思うと、気が付いたら、あの男の首元を掴み締め上げていました。
ええ、いつものとおり、無意識とは怖いものです。
マイヤーは苦悶の表情を浮かべながら、俺の右腕を両手で掴み拘束を解こうともがきますが、鍛え方が足りませんね、全く。
「俺の前でお師匠様を侮辱するなど……、命知らずもいいとこだな」
「あぁぁ……、や……やめ……ろ……」
「やめろ? お前が今、口にしていいのは、あの方への謝罪の言葉だけだ」
「シオン君、もうそこまでにしてやってくれないか?」
知っている声と共に、マイヤーを掴む腕を皺の寄った手がおさえました。
(この声は……)
内心舌打ちをすると、マイヤーの首元をガッチリつかんでいた手を放しました。奴はそのまま力なく床に崩れ落ちると、壁を背に激しく呼吸を繰り返しています。
声の主は、マイヤーの解放を見届けると、俺の腕を放しました。視線を向けると、捕えどころのない笑みを浮かべるバレンタの姿がありました。
奴はマイヤーの傍にゆっくりと寄ると、その背中をさすり声を掛けています。
「マイヤー君、大丈夫かい? 私は、シオン君を怒らせるのではなく、彼が来たら中に迎え入れるよう、君にお願いしてたんだがね……」
「もっ……、申し訳……ございません、バレンタ理事長……」
息も絶え絶えに、マイヤーが謝罪しています。が、ちらっとこちらに向けられた視線には、激しい憎しみと殺気がを込められていました。
恐らく、バレンタに遠回しで失望を伝えられたことを、俺のせいにしているのでしょう。元はと言えば、奴から挑発してきたくせに。
馬鹿らしい。
バレンタは立ち上がると、マイヤーの代わりに会議室のドアを開けました。
「忙しいところ、わざわざ呼び立ててすまなかったね、シオン君。さ、中に入ろうか」
奴の言葉に答えず、俺は会議室に足を踏み出しました。
部屋の中には身なりの整った男たち8人、テーブルの両脇に分かれる形で座っていました。歳は全員、バレンタよりも上に見えます。
「ああ、今日は大事な話し合いがあってね。理事と各支部の長たちに集まって貰っている」
そう言いながらバレンタは俺の横を通り過ぎると、長いテーブルの上座につきました。
どうやら、上層部のおしゃべり会に招待されたようですね。爺たちしかいない空間に放り込まれるなんて、何ていう罰ゲームでしょうか。
早くお師匠様の顏を見て、癒されたい。
「こちらは忙しい。話があるならサッサと終わらせろ」
「ああ、確かにそうだね。さて……、君に頼み事があるんだよ」
……頼み事?
こちらを見ながら談笑する男たちの声がピタリと止まり、全員の目がこちらに注がれました。
沈黙が支配する中、バレンタが口を開きました。
「行方不明になっている君の師匠、リベラ・ラシェーエンド君を探して貰いたい」
一瞬、耳を疑いました。今さら、何を言い出すのでしょうか?
10年前、お師匠様が魔王との戦いに敗れ、世間的に行方不明となった時、アカデミーはすぐに捜索を打ち切りました。
お師匠様を隠している身としてはありがたかったですが、今まで人々の為に力を尽くしたあの方への対応がこれかと、唇をかみしめたものです。
それを……、
「今になって探せ……だと? 10年前、あの方が行方不明になった時、アカデミーがどれくらいの期間、お師匠様を捜索したのか忘れたとは言わせないぞ。それに……、簡単に探せと言うが、あの方が生きている保障はないだろ!」
「シオン君。リベラ君は生きているよ」
言葉を失いました。
何故それを、目の前の男が知っているのか。
バレンタはこちらの反応を別の意味にとらえたようです。両肘を立てると、組んだ両手に顎を軽く乗せて笑っています。
「嬉しくて声も出ないかい、シオン君」
「そう……だな。突然の事で、驚いている」
含み笑いを浮かべるバレンタに内心を悟られないよう、努めて冷静を保とうとしました。しかし表面上の冷静さとは反対に、激しい心音が身体中で鳴り響いています。
(お師匠様が生きている確証を語らせなければ……)
しかし、バレンタに先手を打たれました。
「悪いが、詳細は教えられない。ただ10年前、彼女の捜索が早々に打ち切られたのも、それが分かっていたからだ。生きているなら、きっと戻ってきてくれる、そう思ってね。しかし……、彼女は戻ってこなかった。そして今もなお、どこにいるかまでは分かっていないのだよ」
知りたい内容を伏せられ、それ以上問う事は出来ませんでした。理由をしつこく問いただすのは、不自然な行動だと思ったからです。
(最悪の事態は避けられている。今はそれで良しとしよう)
俺はばれないよう、身体の緊張を解きました。
バレンタは両腕を組むと、遠くに視線を向けてため息をつきました。
「我々としては、リベラ君が戦いを退き、どこかの地で幸せに暮らしているならそれでも良かったのだがね。しかし……、君も知ってると思うが、魔素溜りが出来つつある」
魔素溜り。
魔素が地形や空気の流れの影響で、とある地域に濃く溜り、通常の魔素よりも深刻な被害を与える現象だったはず。
「魔素溜りが発生すると、被害は深刻だ。土地はさらに穢され、モンスターたちも通常よりも凶暴化する。そして溜まった魔素を払い浄化するには、大きな力が必要だ」
「……お師匠様の力が必要な程か? 俺たちが対応すればいいだろ」
「そのつもりではいるが、念には念をと言うだろ? 過去には大きな被害も出ているようだからね。まあ、結婚でもしてすでに力を失っている可能性があるだろうが……、まあその場合でも連れてきてほしい」
……この男、いやアカデミーは、まだお師匠様を利用するつもりか。
10年以上経っても変わらないアカデミーの姿勢に、吐き気がしました。全く、お師匠様の存在を隠して正解だった。
しかしこの時、力を失っても連れてこいという理由と矛盾した言葉を、俺は愚かにも聞き逃していたのです。
まあ、突っ込んだとしても、奴にはぐらかされていたでしょうが。
……ああ、ただの言い訳ですね、すみません。
「君は魔素対応でいろんな場所に行っている。その合間にリベラ君を探して貰いたい。師匠を慕う君なら、きっとリベラ君を見つけられる……、そんな気がするんだよ」
「……分かった。そのかわり、あの方の情報は一番にこちらへ流せ。それが条件だ」
「ああ、いいだろう。後、この件は内密に頼むよ」
バレンタは笑うと、提示した条件を飲みました。情報を一番に流してもらえれば、先手が打てますからね。
俺たちの間に、沈黙が降りました。
しかしそれは、バレンタが打った手の音でかき消されました。
「話は終わりだ。シオン君、忙しいところ、ありがとう。ああ、リベラ君の手柄を横取りした者たちについてはちゃんと調査しているから、安心したまえ」
その話が出て3ヶ月経ってるんだがな。
今も何一つ報告がないので、その言葉が真実かも怪しいです。
俺は奴の言葉には答えず、そのまま部屋を出ました。
廊下には、マイヤーが待ち構えていました。その手には、袋と地図が握られています。どうやら、お師匠様らしき人物が確認された場所を記しているようです。
「これは、お前の師匠を探すための転移珠と、探す場所を記した地図だ」
差し出されたものを無造作に受け取ると、そのまま立ち去ろうとしました。が、
「くくくっ……」
気味の悪い笑い声に、足を止めました。振り返ると、マイヤーが歪んだ笑みを浮かべ、こちらを見ています。
口元を押さえて笑いを押し殺しているようですが、全く隠せていません。
「……何がおかしい」
「くくっ……、そうやって澄ました顔をしてられるのも、今のうちだからな」
「何を言って……」
しかしもうすでにマイヤーの姿は、ありませんでした。ドアが閉まる音が聞こえたので、会議室の中に入ったのでしょう。
(負け惜しみか? あの男にしては、どこか自信がある印象を受けたが……)
チリっと右手の痣が疼きました。
しかし、バレンタからの依頼を考えていた為、その違和感もマイヤーの言葉も、すぐさま消え去ってしまいました。
この時期になると、あたり一面が雪で白く覆われる日が続き、その度に魔法で雪を溶かし道を作れとセリスに命じられるのが、とても億劫です。
魔素対応には、変わらず出ていました。
雪のせいで動きにくくなり、休みを取る勇者候補たちも多い中、俺たちは依頼の件数を減らすことなく、同じペースを守っていました。
まあ、魔素の被害に雪は関係ないですからね。
ディディスには少しぐらいペースを落とせと文句を言われるのですが、知った事ではありません。多分寒すぎて、以前のように依頼最中に寛げないからでしょう。
こうやって毎日のように依頼をこなしているのですが、魔素の被害が減らず、内心焦っていました。
状況が落ち着かない限り、お師匠様からお返事が頂けないのですから。
焦燥感に駆られ、あの方に迫って怒られる回数が増えたのは、致し方ない事だと思います。俺は全く悪くない。
え? ちったー自重しろ?
あの方に迫るのは、もはやライフスタイルみたいなものだ。今さら変える事なんて出来るか。
そんなこんなで毎日忙しく戦い続けていたのですが、ある日、バレンタに呼び出されました。
あの男に呼び出されるのは、入学式以来でしょうか? お師匠様の名誉回復の件もありましたから、内心毒づきながらも、アカデミーにある会議室に向かいました。
会議室の前には、例の如くマイヤーとかいう金髪の男が立っていました。俺を視界に捕えると顔を顰め、恨みのこもった視線を向けてきます。
入学式の時に首を絞めたことを、まだ根に持っているのでしょうか。
まあこっちもお師匠様を愚弄した事、忘れていませんけど。
「シオン、遅い登場だな。貴様のような奴が、皆さまをお待たせするなど……、欠片でも申し訳ないと思わないのか? 何様のつもりだ?」
「生憎、こちらは毎日のように魔素対応で駆けずりまわってるからな。お前たちのように、呑気なお茶会に時間通りに向かえるほど、暇を持て余していない」
大した嫌味を返したつもりではなかったのですが、マイヤーが激高しました。赤みがかった茶色の瞳が吊り上がり、顏を真っ赤にしながら胸元に掴みかかってきたのです。
が、相手は素人。最小限の動作で奴の手を避けると、勢い余ってマイヤーが体勢を崩しました。恥ずかしさを隠すように声を荒げます。
「きっ……貴様っ! バレンタ理事長を始めとする上層部の方々は、アカデミーの為に日夜尽力されていらっしゃるのだぞ⁉ そんな事も分からず憎まれ口を叩くとは……、師匠が師匠だと、弟子も弟子だな!」
……お前、今何て言った?
全身の血が逆流するかのような錯覚に襲われたかと思うと、気が付いたら、あの男の首元を掴み締め上げていました。
ええ、いつものとおり、無意識とは怖いものです。
マイヤーは苦悶の表情を浮かべながら、俺の右腕を両手で掴み拘束を解こうともがきますが、鍛え方が足りませんね、全く。
「俺の前でお師匠様を侮辱するなど……、命知らずもいいとこだな」
「あぁぁ……、や……やめ……ろ……」
「やめろ? お前が今、口にしていいのは、あの方への謝罪の言葉だけだ」
「シオン君、もうそこまでにしてやってくれないか?」
知っている声と共に、マイヤーを掴む腕を皺の寄った手がおさえました。
(この声は……)
内心舌打ちをすると、マイヤーの首元をガッチリつかんでいた手を放しました。奴はそのまま力なく床に崩れ落ちると、壁を背に激しく呼吸を繰り返しています。
声の主は、マイヤーの解放を見届けると、俺の腕を放しました。視線を向けると、捕えどころのない笑みを浮かべるバレンタの姿がありました。
奴はマイヤーの傍にゆっくりと寄ると、その背中をさすり声を掛けています。
「マイヤー君、大丈夫かい? 私は、シオン君を怒らせるのではなく、彼が来たら中に迎え入れるよう、君にお願いしてたんだがね……」
「もっ……、申し訳……ございません、バレンタ理事長……」
息も絶え絶えに、マイヤーが謝罪しています。が、ちらっとこちらに向けられた視線には、激しい憎しみと殺気がを込められていました。
恐らく、バレンタに遠回しで失望を伝えられたことを、俺のせいにしているのでしょう。元はと言えば、奴から挑発してきたくせに。
馬鹿らしい。
バレンタは立ち上がると、マイヤーの代わりに会議室のドアを開けました。
「忙しいところ、わざわざ呼び立ててすまなかったね、シオン君。さ、中に入ろうか」
奴の言葉に答えず、俺は会議室に足を踏み出しました。
部屋の中には身なりの整った男たち8人、テーブルの両脇に分かれる形で座っていました。歳は全員、バレンタよりも上に見えます。
「ああ、今日は大事な話し合いがあってね。理事と各支部の長たちに集まって貰っている」
そう言いながらバレンタは俺の横を通り過ぎると、長いテーブルの上座につきました。
どうやら、上層部のおしゃべり会に招待されたようですね。爺たちしかいない空間に放り込まれるなんて、何ていう罰ゲームでしょうか。
早くお師匠様の顏を見て、癒されたい。
「こちらは忙しい。話があるならサッサと終わらせろ」
「ああ、確かにそうだね。さて……、君に頼み事があるんだよ」
……頼み事?
こちらを見ながら談笑する男たちの声がピタリと止まり、全員の目がこちらに注がれました。
沈黙が支配する中、バレンタが口を開きました。
「行方不明になっている君の師匠、リベラ・ラシェーエンド君を探して貰いたい」
一瞬、耳を疑いました。今さら、何を言い出すのでしょうか?
10年前、お師匠様が魔王との戦いに敗れ、世間的に行方不明となった時、アカデミーはすぐに捜索を打ち切りました。
お師匠様を隠している身としてはありがたかったですが、今まで人々の為に力を尽くしたあの方への対応がこれかと、唇をかみしめたものです。
それを……、
「今になって探せ……だと? 10年前、あの方が行方不明になった時、アカデミーがどれくらいの期間、お師匠様を捜索したのか忘れたとは言わせないぞ。それに……、簡単に探せと言うが、あの方が生きている保障はないだろ!」
「シオン君。リベラ君は生きているよ」
言葉を失いました。
何故それを、目の前の男が知っているのか。
バレンタはこちらの反応を別の意味にとらえたようです。両肘を立てると、組んだ両手に顎を軽く乗せて笑っています。
「嬉しくて声も出ないかい、シオン君」
「そう……だな。突然の事で、驚いている」
含み笑いを浮かべるバレンタに内心を悟られないよう、努めて冷静を保とうとしました。しかし表面上の冷静さとは反対に、激しい心音が身体中で鳴り響いています。
(お師匠様が生きている確証を語らせなければ……)
しかし、バレンタに先手を打たれました。
「悪いが、詳細は教えられない。ただ10年前、彼女の捜索が早々に打ち切られたのも、それが分かっていたからだ。生きているなら、きっと戻ってきてくれる、そう思ってね。しかし……、彼女は戻ってこなかった。そして今もなお、どこにいるかまでは分かっていないのだよ」
知りたい内容を伏せられ、それ以上問う事は出来ませんでした。理由をしつこく問いただすのは、不自然な行動だと思ったからです。
(最悪の事態は避けられている。今はそれで良しとしよう)
俺はばれないよう、身体の緊張を解きました。
バレンタは両腕を組むと、遠くに視線を向けてため息をつきました。
「我々としては、リベラ君が戦いを退き、どこかの地で幸せに暮らしているならそれでも良かったのだがね。しかし……、君も知ってると思うが、魔素溜りが出来つつある」
魔素溜り。
魔素が地形や空気の流れの影響で、とある地域に濃く溜り、通常の魔素よりも深刻な被害を与える現象だったはず。
「魔素溜りが発生すると、被害は深刻だ。土地はさらに穢され、モンスターたちも通常よりも凶暴化する。そして溜まった魔素を払い浄化するには、大きな力が必要だ」
「……お師匠様の力が必要な程か? 俺たちが対応すればいいだろ」
「そのつもりではいるが、念には念をと言うだろ? 過去には大きな被害も出ているようだからね。まあ、結婚でもしてすでに力を失っている可能性があるだろうが……、まあその場合でも連れてきてほしい」
……この男、いやアカデミーは、まだお師匠様を利用するつもりか。
10年以上経っても変わらないアカデミーの姿勢に、吐き気がしました。全く、お師匠様の存在を隠して正解だった。
しかしこの時、力を失っても連れてこいという理由と矛盾した言葉を、俺は愚かにも聞き逃していたのです。
まあ、突っ込んだとしても、奴にはぐらかされていたでしょうが。
……ああ、ただの言い訳ですね、すみません。
「君は魔素対応でいろんな場所に行っている。その合間にリベラ君を探して貰いたい。師匠を慕う君なら、きっとリベラ君を見つけられる……、そんな気がするんだよ」
「……分かった。そのかわり、あの方の情報は一番にこちらへ流せ。それが条件だ」
「ああ、いいだろう。後、この件は内密に頼むよ」
バレンタは笑うと、提示した条件を飲みました。情報を一番に流してもらえれば、先手が打てますからね。
俺たちの間に、沈黙が降りました。
しかしそれは、バレンタが打った手の音でかき消されました。
「話は終わりだ。シオン君、忙しいところ、ありがとう。ああ、リベラ君の手柄を横取りした者たちについてはちゃんと調査しているから、安心したまえ」
その話が出て3ヶ月経ってるんだがな。
今も何一つ報告がないので、その言葉が真実かも怪しいです。
俺は奴の言葉には答えず、そのまま部屋を出ました。
廊下には、マイヤーが待ち構えていました。その手には、袋と地図が握られています。どうやら、お師匠様らしき人物が確認された場所を記しているようです。
「これは、お前の師匠を探すための転移珠と、探す場所を記した地図だ」
差し出されたものを無造作に受け取ると、そのまま立ち去ろうとしました。が、
「くくくっ……」
気味の悪い笑い声に、足を止めました。振り返ると、マイヤーが歪んだ笑みを浮かべ、こちらを見ています。
口元を押さえて笑いを押し殺しているようですが、全く隠せていません。
「……何がおかしい」
「くくっ……、そうやって澄ました顔をしてられるのも、今のうちだからな」
「何を言って……」
しかしもうすでにマイヤーの姿は、ありませんでした。ドアが閉まる音が聞こえたので、会議室の中に入ったのでしょう。
(負け惜しみか? あの男にしては、どこか自信がある印象を受けたが……)
チリっと右手の痣が疼きました。
しかし、バレンタからの依頼を考えていた為、その違和感もマイヤーの言葉も、すぐさま消え去ってしまいました。
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