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アカデミー入学編
第61話 弟子は問い詰めた
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必死の思いで依頼をこなし、数日分の空きができた頃、俺はセリスの出身地であるレグロット村へ向かいました。
心苦しいですが、お師匠様の関わる事ですから、あの方やセリスにはいつもどおり、依頼に向かっているとお伝えしています。
レグロット村から一番近い町の転移珠を用意し、太陽が真上に差し掛かるころ、村の入口が見えてきました。
モンスターが、侵入してこないようにでしょうか。村は木の柵で囲まれ、入口には門番代わりの村人が立っています。
しかし柵は朽ちてボロボロですし、門番の男も年老いています。モンスターの襲撃を警戒しているというには、あまりにもお粗末な対応です。
馬で近寄ると、早速門番がこちらに歩み寄ってきたので、フードをとって顔を見せました。
しかし相手は、怪訝そうな表情を浮かべ、こちらをじろじろと見てきます。
「見ない顔だな。一体何の用でここへ?」
(さすがにこんな辺境の地までは、俺の事は知られてないか。だが、久しぶりに堂々と顔を出せるのは、ありがたい)
そんな事を考えながら、俺は馬から降りつつ理由を告げました。勇者ブランドが通じない場所ですから、正直に答えた方がいいと判断したのです。
「この村に、知り合いの姉が住んでいると聞いて来た。村の中に入れて貰う事は出来るか?」
「知り合い? この村の出身者か?」
「ああ、セリス・スターシャっていう老婆なんだが……」
「あんた、セリスさんの知り合いなのか! それなら大歓迎だ。さっ、村へ案内しよう」
先ほどまでの疑う様子から一変、明るい声で歓迎され戸惑いましたが、男が馬を引いて村へ向かったので、ついて行くしかありません。
「セリスさんは、良くこの村に来てくれるんだよ。必要な物資を持ってきてくれたり、周囲のモンスターを退治してくれたり。この村が平和なのも、セリスさんのお蔭なんだ」
男の口から、セリスの行動とそれに対する感謝が、延々と流れていきます。
どうやらセリスはよくこの村を訪れ、世話を焼いているようです。意外でしたが、出身地なのですから特別な思い入れがあるのでしょう。
俺は男に気づかれないように、レグロット村の位置を転移珠に記録しました。これで次からは、簡単に村へ行くことが出来ます。
レグロット村は、平和そのものでした。
道の端では女たちが作業をしながら談笑し、時折通り過ぎる男たちへ叱咤しています。粗末な家の横には畑や家畜の柵が並び、大人だけでなく、子どもたちも農作業や家畜の世話に狩り出されているのが見えました。
俺が村に入ると、村人たちの視線が刺さります。よそ者が来たと、不審そうに顔を顰める者、好奇心に満ちた視線を送る者、様々な反応が見られました。
一人の男が門番の男にかけよりコソコソと話していましたが、門番の言葉を聞くと表情に驚きが見えました。しかしすぐに表情を戻すと、
「おい、あんたセリスさんの知り合いだって言ったけど、どういう関係だ?」
黙って様子を伺っていた俺に、問いかけてきました。門番とは違い、警戒心が強いようですね。
周囲の村人たちもざわつきながらも、俺の返答に注目しているみたいです。
さて、どう答えるべきか。
「セリスは俺の……、指導者みたいなものだ。5年間、勇者候補として修業を付けて貰った」
「なるほど。ってことは、セリスさんの弟子だな」
だから誰があの婆の弟子だ!
と心で叫ぶつつも肯定も否定もせず、男が勝手に解釈するままにしておきました。頷いて、あの婆の弟子だと認めたくなかったからです。
俺の師匠は、あの方だけ。
それは決して譲れない部分ですから。
村に仇する者ではないと判断されたのか、男の表情から警戒心が消えました。
少し張りつめた空気感が緩み、遠巻きで見ていた村人たちから緊張が無くなったのが感じられます。
そろそろ本題に入りましょう。
「確かこの村に、セリスの姉がいると聞いたんだが。エステル・スターシャっていう人物はいるか?」
この問いに、男は腕を組んで首を傾げています。どうやら年齢的に、接点がなかったのでしょう。周囲に視線を向け、知っている者を探しています。
すると横からやってきた老婆が、男と俺の間に割って入ってきました。年齢は、セリスと近いぐらいでしょうか。
「エステル・スターシャか、懐かしい名前だねぇ。でも残念だったね、彼女はこの村にはいないよ」
「そうか……。まあ、高齢だから覚悟はしてたが……」
「何言ってんだい。歳取って死んだんじゃないよ、あの子は」
俺の呟きに、老婆は呆れたように答えました。
あの子、と呼ぶということは、この老婆はエステルと親しい関係にあった者なのでしょう。両腕を組むと、先ほどとは違う悲しみに満ちた表情で、村の奥にある丘を見ています。
「エステルは約50年前に、突然行方不明になってね。未だ見つかってないんだよ」
老婆の話はこうでした。
セリスの姉エステルは、トスティという男と結婚すると同時に勇者候補を辞め、この村で共に暮らしていました。しかし約50年前、子どもを身ごもった状態で行方不明になったのです。
村全体で捜索したのですが結局見つからず、憔悴したトスティは身体を壊し、若くして他界。村人たちが諦める中、セリスだけが最後まで姉を探し続けたそうです。
その時、別の声が老婆の後ろから聞こえてきました。
「おい、兄ちゃん! セリスさん、今墓地のほうにいるらしいぞ? 用があるなら行ったらどうだ?」
心臓が跳ね上がりましたが、動揺を表に出さぬよう黙って手をあげ、報告に答えました。
もちろん、セリスに会うつもりはありません。過去を探っていると分かれば、あの婆にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないですから。
だから村人に話を聞き、適当に切り上げる予定だったのです。
目の前の老婆が、あんなことを言い出さなければ。
「セリスは、今でもよく二人の墓に参りに来るんだよ。会いに行くなら、あんたも墓に花を供えてやってくれ。ああ、エステルは結婚後、姓が変わってるから間違えないでおくれ。墓に刻まれた名は、エステル・ラシェーエンドだよ」
(ラシェーエンド……だと?)
お師匠様の顔が浮かびました。
鼓動が早まり、息が上がっています。乱れた気持ちを抑える為、胸元を掴みましたが、全く意味をなしていません。
お師匠様の名を付けたのは、セリス。
そしてセリスの姉の姓が、ラシェーエンド。
繋がりがないなど……、考えられません。
老婆が差し出した花を受け取ると、急いで丘の上に建てられた墓地に向かいました。
セリスの姿は、簡単に見つけられました。
小さな墓標がたくさん並ぶ以外に、何も遮るものがなかったからです。なのでセリスもすぐに俺の存在に気づきました。
「シオン……。てめぇ、何故ここにっ!」
セリスは敵意をむき出しにし、俺の方に向かってきました。あの婆がいた墓標の前には、新鮮な花が供えられています。今しがたやって来たのでしょう。
俺はセリスを無視して通り過ぎると、墓の前にやってきました。
そこに刻まれた名は、トスティ・ラシェーエンドとエステル・ラシェーエンドの名。二人の生まれた年、そして亡くなった年が刻まれています。
俺は花を供えると墓標を一瞥し、後ろで黙っているあの婆に問いただしました。
「お前には、行方不明の姉がいたんだな。お師匠様と姓が同じようだが……、どういうことだ」
セリスは、沈黙で答えました。
仕方ありません。もう少し、こちらの手札を開示することにしましょう。
「……質問を変える。お前、20年ほど前まで、アカデミーで教鞭をとっていたそうだな」
「何故それを……」
「青空市場で、お前がエレクトラと話しているのを見た」
この言葉で、全てを察したのでしょう。エレクトラめ、と苦々しく呟くのが聞こえます。
しかし俺が聞きたいのは、ここから先のこと。
「だが、理由も告げず突然辞めたそうだな。お師匠様が、アカデミーを辞められたのと同時に。何故、お師匠様と共にアカデミーを去った。……いや、何故お師匠様を辞めさせた?」
「お前には関係のない事だ!」
セリスが目じりを吊り上げ、激しい怒りを込めて怒鳴りつけました。迫力のある声ですが、それ以上に年老いた身体が纏う底知れぬ激情が、こちらを圧倒します。
しかし、俺は止まりませんでした。あれだけ反応を見せるという事は、間違いなく何かがある証拠ですから。
「お師匠様に掛けられている、精神魔法も理由の一つか?」
「……ディディスか」
セリスが、息を飲みました。が、すぐさまそれも憎々しげに歪んだのを見て、精神魔法を掛けたのがこの婆であると確信しました。
だから、核心に迫ったのです。
「ああ、奴は気づいていたぞ。お前がお師匠様の負の感情を、精神魔法によって抑えている事をな。あの方にも自己暗示で感情を必要以上にコントロールさせて……。お師匠様の心に手を加え、何をしようとしている!」
俺はセリスに近づくと、両肩を掴んで揺さぶりました。
思い出されるのは、感情の不安を口にされたお師匠様の表情。沸き上がる気持ちが、さらにセリスを責めたてます。
「あの方は、不安に思われてたぞ! 自分の感情が、人よりも希薄で薄情な人間なんじゃないかと……。お前の、精神魔法のせいだとも知らずに!」
「……てめえらに、何が分かる。リベラの一体何を知っている!」
あの婆は俺の手を振りほどくと、俺の首元につかみかかったのです。
肉体強化の魔法をかけられた手が迫ります。すぐさま俺も魔法をかけ、その手に対抗しました。
肉体強化の魔法は、自分の肉体の強固さによって効果が上がります。なので、セリスよりも鍛えられた俺の方が、自然と魔法の効果も高くなるのです。
セリスは俺に手を弾かれ、地面に強く叩きつけられました。しかし咄嗟に防御魔法をかけたのでしょう。その身体に傷一つありません。
反撃してくるかと身構えたのですが、セリスはそれ以上何も仕掛けてきませんでした。身体を起こすと地面に胡坐をかき、少しの沈黙後、諦めたように息を吐きだしました。
「……話してやる。ただし約束しろ。話を聞いた後、リベラの今の生活を、何一つ変えないと」
「お師匠様の生活を……、変えない?」
言葉の真意が理解出来ず、俺はただ言葉を反芻しただけでした。あの婆は一つ頷くと、スッと立ち上がりました。
細く赤い瞳から向けられる視線は、あまりにも静かでした。
「ああ、そうだ。それが約束出来るなら、何故リベラに精神魔法をかけたのか、理由を話してやる。お前の事だ。それが知りたくて、私の過去を洗っていたのだろ?」
ご名答。
しかしわざわざ条件を出してくるとは、精神魔法を掛けた理由と、今のお師匠様の生活が関係しているという事でしょう。
嫌な予感がしました。
お師匠様の生活と聞き真っ先に思いついたのが……、アカデミーでしたから。
そしてその予感は、見事的中する事になるのです。
「……一つ目の質問の答えだ。リベラの名は、姉が生まれた子どもに付けたいと言っていた名で、深い意味はない」
「本当に? 本当に、それだけなのか?」
「リベラは30年前、私の家の前に捨て置かれた赤子だ。繋がりなど……あるものか」
少し言葉を詰まらせながらも吐き捨てるように、セリスが否定をします。
一瞬、エステルが身ごもった子がお師匠様かとも思いましたが、考えたら年代が合いません。もしそうなら、今お師匠様は50歳という事になりますからね。
……ああ、10年間時間が止められていたので、40歳でしょうか?
姓が一緒というだけで、そんな簡単な事も見逃してしまう自分に、心の中で舌打ちをしました。
「二つ目の質問の答えだ」
セリスの右手が口元を覆いました。眉頭を寄せた皺がさらに深くなり、それにあわせるように握った右手に力がこもるのが分かります。
まるで何かを思い出し、それを拒絶するかのように。
強く両目を瞑った後、右手を下げ、こちらを見ました。
先ほどの静けさから一変、その表情には激しい憎悪が満ちていました。
俺が思わず、その場から一歩後ずさりしてしまうほどの……。
しかし次に発せられた言葉を聞き、憎悪の理由を理解しました。
……嫌という程、深く、深く、理解出来たのです。
「私とリベラが、アカデミーを去った理由。それは今から22年前、8歳だったリベラがアカデミーによって、両翼の実験台にされていたからだ」
心苦しいですが、お師匠様の関わる事ですから、あの方やセリスにはいつもどおり、依頼に向かっているとお伝えしています。
レグロット村から一番近い町の転移珠を用意し、太陽が真上に差し掛かるころ、村の入口が見えてきました。
モンスターが、侵入してこないようにでしょうか。村は木の柵で囲まれ、入口には門番代わりの村人が立っています。
しかし柵は朽ちてボロボロですし、門番の男も年老いています。モンスターの襲撃を警戒しているというには、あまりにもお粗末な対応です。
馬で近寄ると、早速門番がこちらに歩み寄ってきたので、フードをとって顔を見せました。
しかし相手は、怪訝そうな表情を浮かべ、こちらをじろじろと見てきます。
「見ない顔だな。一体何の用でここへ?」
(さすがにこんな辺境の地までは、俺の事は知られてないか。だが、久しぶりに堂々と顔を出せるのは、ありがたい)
そんな事を考えながら、俺は馬から降りつつ理由を告げました。勇者ブランドが通じない場所ですから、正直に答えた方がいいと判断したのです。
「この村に、知り合いの姉が住んでいると聞いて来た。村の中に入れて貰う事は出来るか?」
「知り合い? この村の出身者か?」
「ああ、セリス・スターシャっていう老婆なんだが……」
「あんた、セリスさんの知り合いなのか! それなら大歓迎だ。さっ、村へ案内しよう」
先ほどまでの疑う様子から一変、明るい声で歓迎され戸惑いましたが、男が馬を引いて村へ向かったので、ついて行くしかありません。
「セリスさんは、良くこの村に来てくれるんだよ。必要な物資を持ってきてくれたり、周囲のモンスターを退治してくれたり。この村が平和なのも、セリスさんのお蔭なんだ」
男の口から、セリスの行動とそれに対する感謝が、延々と流れていきます。
どうやらセリスはよくこの村を訪れ、世話を焼いているようです。意外でしたが、出身地なのですから特別な思い入れがあるのでしょう。
俺は男に気づかれないように、レグロット村の位置を転移珠に記録しました。これで次からは、簡単に村へ行くことが出来ます。
レグロット村は、平和そのものでした。
道の端では女たちが作業をしながら談笑し、時折通り過ぎる男たちへ叱咤しています。粗末な家の横には畑や家畜の柵が並び、大人だけでなく、子どもたちも農作業や家畜の世話に狩り出されているのが見えました。
俺が村に入ると、村人たちの視線が刺さります。よそ者が来たと、不審そうに顔を顰める者、好奇心に満ちた視線を送る者、様々な反応が見られました。
一人の男が門番の男にかけよりコソコソと話していましたが、門番の言葉を聞くと表情に驚きが見えました。しかしすぐに表情を戻すと、
「おい、あんたセリスさんの知り合いだって言ったけど、どういう関係だ?」
黙って様子を伺っていた俺に、問いかけてきました。門番とは違い、警戒心が強いようですね。
周囲の村人たちもざわつきながらも、俺の返答に注目しているみたいです。
さて、どう答えるべきか。
「セリスは俺の……、指導者みたいなものだ。5年間、勇者候補として修業を付けて貰った」
「なるほど。ってことは、セリスさんの弟子だな」
だから誰があの婆の弟子だ!
と心で叫ぶつつも肯定も否定もせず、男が勝手に解釈するままにしておきました。頷いて、あの婆の弟子だと認めたくなかったからです。
俺の師匠は、あの方だけ。
それは決して譲れない部分ですから。
村に仇する者ではないと判断されたのか、男の表情から警戒心が消えました。
少し張りつめた空気感が緩み、遠巻きで見ていた村人たちから緊張が無くなったのが感じられます。
そろそろ本題に入りましょう。
「確かこの村に、セリスの姉がいると聞いたんだが。エステル・スターシャっていう人物はいるか?」
この問いに、男は腕を組んで首を傾げています。どうやら年齢的に、接点がなかったのでしょう。周囲に視線を向け、知っている者を探しています。
すると横からやってきた老婆が、男と俺の間に割って入ってきました。年齢は、セリスと近いぐらいでしょうか。
「エステル・スターシャか、懐かしい名前だねぇ。でも残念だったね、彼女はこの村にはいないよ」
「そうか……。まあ、高齢だから覚悟はしてたが……」
「何言ってんだい。歳取って死んだんじゃないよ、あの子は」
俺の呟きに、老婆は呆れたように答えました。
あの子、と呼ぶということは、この老婆はエステルと親しい関係にあった者なのでしょう。両腕を組むと、先ほどとは違う悲しみに満ちた表情で、村の奥にある丘を見ています。
「エステルは約50年前に、突然行方不明になってね。未だ見つかってないんだよ」
老婆の話はこうでした。
セリスの姉エステルは、トスティという男と結婚すると同時に勇者候補を辞め、この村で共に暮らしていました。しかし約50年前、子どもを身ごもった状態で行方不明になったのです。
村全体で捜索したのですが結局見つからず、憔悴したトスティは身体を壊し、若くして他界。村人たちが諦める中、セリスだけが最後まで姉を探し続けたそうです。
その時、別の声が老婆の後ろから聞こえてきました。
「おい、兄ちゃん! セリスさん、今墓地のほうにいるらしいぞ? 用があるなら行ったらどうだ?」
心臓が跳ね上がりましたが、動揺を表に出さぬよう黙って手をあげ、報告に答えました。
もちろん、セリスに会うつもりはありません。過去を探っていると分かれば、あの婆にどんな目に遭わされるか分かったもんじゃないですから。
だから村人に話を聞き、適当に切り上げる予定だったのです。
目の前の老婆が、あんなことを言い出さなければ。
「セリスは、今でもよく二人の墓に参りに来るんだよ。会いに行くなら、あんたも墓に花を供えてやってくれ。ああ、エステルは結婚後、姓が変わってるから間違えないでおくれ。墓に刻まれた名は、エステル・ラシェーエンドだよ」
(ラシェーエンド……だと?)
お師匠様の顔が浮かびました。
鼓動が早まり、息が上がっています。乱れた気持ちを抑える為、胸元を掴みましたが、全く意味をなしていません。
お師匠様の名を付けたのは、セリス。
そしてセリスの姉の姓が、ラシェーエンド。
繋がりがないなど……、考えられません。
老婆が差し出した花を受け取ると、急いで丘の上に建てられた墓地に向かいました。
セリスの姿は、簡単に見つけられました。
小さな墓標がたくさん並ぶ以外に、何も遮るものがなかったからです。なのでセリスもすぐに俺の存在に気づきました。
「シオン……。てめぇ、何故ここにっ!」
セリスは敵意をむき出しにし、俺の方に向かってきました。あの婆がいた墓標の前には、新鮮な花が供えられています。今しがたやって来たのでしょう。
俺はセリスを無視して通り過ぎると、墓の前にやってきました。
そこに刻まれた名は、トスティ・ラシェーエンドとエステル・ラシェーエンドの名。二人の生まれた年、そして亡くなった年が刻まれています。
俺は花を供えると墓標を一瞥し、後ろで黙っているあの婆に問いただしました。
「お前には、行方不明の姉がいたんだな。お師匠様と姓が同じようだが……、どういうことだ」
セリスは、沈黙で答えました。
仕方ありません。もう少し、こちらの手札を開示することにしましょう。
「……質問を変える。お前、20年ほど前まで、アカデミーで教鞭をとっていたそうだな」
「何故それを……」
「青空市場で、お前がエレクトラと話しているのを見た」
この言葉で、全てを察したのでしょう。エレクトラめ、と苦々しく呟くのが聞こえます。
しかし俺が聞きたいのは、ここから先のこと。
「だが、理由も告げず突然辞めたそうだな。お師匠様が、アカデミーを辞められたのと同時に。何故、お師匠様と共にアカデミーを去った。……いや、何故お師匠様を辞めさせた?」
「お前には関係のない事だ!」
セリスが目じりを吊り上げ、激しい怒りを込めて怒鳴りつけました。迫力のある声ですが、それ以上に年老いた身体が纏う底知れぬ激情が、こちらを圧倒します。
しかし、俺は止まりませんでした。あれだけ反応を見せるという事は、間違いなく何かがある証拠ですから。
「お師匠様に掛けられている、精神魔法も理由の一つか?」
「……ディディスか」
セリスが、息を飲みました。が、すぐさまそれも憎々しげに歪んだのを見て、精神魔法を掛けたのがこの婆であると確信しました。
だから、核心に迫ったのです。
「ああ、奴は気づいていたぞ。お前がお師匠様の負の感情を、精神魔法によって抑えている事をな。あの方にも自己暗示で感情を必要以上にコントロールさせて……。お師匠様の心に手を加え、何をしようとしている!」
俺はセリスに近づくと、両肩を掴んで揺さぶりました。
思い出されるのは、感情の不安を口にされたお師匠様の表情。沸き上がる気持ちが、さらにセリスを責めたてます。
「あの方は、不安に思われてたぞ! 自分の感情が、人よりも希薄で薄情な人間なんじゃないかと……。お前の、精神魔法のせいだとも知らずに!」
「……てめえらに、何が分かる。リベラの一体何を知っている!」
あの婆は俺の手を振りほどくと、俺の首元につかみかかったのです。
肉体強化の魔法をかけられた手が迫ります。すぐさま俺も魔法をかけ、その手に対抗しました。
肉体強化の魔法は、自分の肉体の強固さによって効果が上がります。なので、セリスよりも鍛えられた俺の方が、自然と魔法の効果も高くなるのです。
セリスは俺に手を弾かれ、地面に強く叩きつけられました。しかし咄嗟に防御魔法をかけたのでしょう。その身体に傷一つありません。
反撃してくるかと身構えたのですが、セリスはそれ以上何も仕掛けてきませんでした。身体を起こすと地面に胡坐をかき、少しの沈黙後、諦めたように息を吐きだしました。
「……話してやる。ただし約束しろ。話を聞いた後、リベラの今の生活を、何一つ変えないと」
「お師匠様の生活を……、変えない?」
言葉の真意が理解出来ず、俺はただ言葉を反芻しただけでした。あの婆は一つ頷くと、スッと立ち上がりました。
細く赤い瞳から向けられる視線は、あまりにも静かでした。
「ああ、そうだ。それが約束出来るなら、何故リベラに精神魔法をかけたのか、理由を話してやる。お前の事だ。それが知りたくて、私の過去を洗っていたのだろ?」
ご名答。
しかしわざわざ条件を出してくるとは、精神魔法を掛けた理由と、今のお師匠様の生活が関係しているという事でしょう。
嫌な予感がしました。
お師匠様の生活と聞き真っ先に思いついたのが……、アカデミーでしたから。
そしてその予感は、見事的中する事になるのです。
「……一つ目の質問の答えだ。リベラの名は、姉が生まれた子どもに付けたいと言っていた名で、深い意味はない」
「本当に? 本当に、それだけなのか?」
「リベラは30年前、私の家の前に捨て置かれた赤子だ。繋がりなど……あるものか」
少し言葉を詰まらせながらも吐き捨てるように、セリスが否定をします。
一瞬、エステルが身ごもった子がお師匠様かとも思いましたが、考えたら年代が合いません。もしそうなら、今お師匠様は50歳という事になりますからね。
……ああ、10年間時間が止められていたので、40歳でしょうか?
姓が一緒というだけで、そんな簡単な事も見逃してしまう自分に、心の中で舌打ちをしました。
「二つ目の質問の答えだ」
セリスの右手が口元を覆いました。眉頭を寄せた皺がさらに深くなり、それにあわせるように握った右手に力がこもるのが分かります。
まるで何かを思い出し、それを拒絶するかのように。
強く両目を瞑った後、右手を下げ、こちらを見ました。
先ほどの静けさから一変、その表情には激しい憎悪が満ちていました。
俺が思わず、その場から一歩後ずさりしてしまうほどの……。
しかし次に発せられた言葉を聞き、憎悪の理由を理解しました。
……嫌という程、深く、深く、理解出来たのです。
「私とリベラが、アカデミーを去った理由。それは今から22年前、8歳だったリベラがアカデミーによって、両翼の実験台にされていたからだ」
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表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
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