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アカデミー入学編

第59話 弟子は同行させた

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 はあ……。
 
 俺は、今日で何回目か分からないため息をつきました。
 後ろでは、こちらの様子などお構いなしに、妙に元気な奴の声が響いてきます。

「うんうん、そっかー。で、妹さんは何が好きなのかなー?」

「え? 妹ですか? ええっと……」

「おい、ディディス。その辺にしておけ。そいつ、いきなり妹の話を振られて戸惑ってるだろ。後輩育成が目的なら、もっとタメになる話をしてやれ」

 ディディスが、余計な事を言いやがってと突き刺すような視線を向けてきましたが、ノリスに話しかけられた為、胡散臭そうな笑顔に戻りました。

 こいつ、ほんと必死だな。

 さっきからこの調子なので、俺がため息をつくのも分かって頂けると思います。

 俺たちは、ノリスを連れて魔素対応に出ていました。

 一般生の同行なので、今回は小型モンスターの退治と魔素浄化がメインです。これならディディス一人でも、ノリスの安全を確保できるでしょう。
 場所も平原ですから、戦いを見るという希望も叶えられます。ほんと、よくこんな案件を見つけて来たものです。
 
 ディディスと笑顔を浮かべながら話をするノリスを見ると、何とも言えない苦々しい気持ちが広がります。

 いつもお師匠様と一緒にいるだけでは飽き足らず、先日はとうとう俺が心を込めて作った弁当にまで手を出したのですから……、到底許す事は出来ません。

 と、個人的な恨みは置いておいて。

「そろそろだぞ」

 足元に魔素の広がりを見ながら、後ろ二人に声を掛けました。
 毎日のように感じる、脳を掻き回し平衡感覚を失わせるような重い空気が、次第に強くなってきています。

 ディディスも感じたのでしょう。

「じゃあノリス君。ここから先は危険だから、俺と一緒に待っていよう」

 足を止めると、ノリスの肩を掴んで歩みを遮りました。危険と言われ、ノリスの表情が緊張で強張るのが見えます。

 ディディスはいつもの通り、自分たちの周りに魔法障壁を張って安全を確保すると、荷物から敷物を出し始めました。

「んじゃ、シオン後は頼んだぞ。何か支援いる?」

「必要ない。茶でも飲んどけ」

 今回の依頼は、実戦経験の少ない勇者候補が請け負うような仕事。ディディスの戦況観測すら必要ありません。

 俺の足元と上空に索敵の魔法紋様が現れ、周辺に広がったと思うと、この地域に潜むモンスターの情報が脳内に浮かび上がりました。

 索敵範囲が広くなるほど、詳細な情報がぼやけてしまいますが、視界の良いこの場所では問題ありません。

 敵の位置も把握したので早速向かおうとしたのですが、ノリスの声が俺を引き止めました。座って寛いでいるディディスとは正反対に、やる気に満ちた表情を浮かべて立ち上がっています。

「いっ、いいんですか、ここにいても。何か俺にお手伝いできることは……」

「必要ないと言ったはずだ。一般生など、足手まといになるだけだ」

「シオン、言い方考えろよ。ノリス君、ちょっとショック受けてるだろ?」

「いっ、いえ。本当の事ですから……」

 先ほどまでの勢いが、見る見るうちに鎮火するのが分かります。ノリスは唇を強く結ぶと、ディディスの横にひざを抱えて座り込みました。

 早速モンスターたちがこちらに向かって来ているようです。発動し続けている索敵魔法が、警告を鳴らします。

 いつもの通り、魔法やモンスター達の攻撃によって必要以上に被害をもたらさないように、障壁を張りました。巨大な檻が、俺を含めてモンスター達の出口を塞ぎます。

 さっさと終わらせるか。

 こちらに突進してくる、頭の盛り上がった野犬の群れに視線を向けた瞬間、地面に浮かびあがった魔法紋様から、鋭い岩の刃が突き出しました。


 全てのモンスターを排除し土地の浄化を終えて戻ると、ノリスがこちらに駆け寄ってきました。
 ディディスが安全だと判断し、魔法障壁を解いたのでしょう。

「凄かったです、シオン様! あれだけのモンスターを、たったお1人で倒されるなんて……」

 上がった息を整える事もなく、自分が感じている感情をそのままぶつけてきます。黒い瞳を輝かせ、ただただ凄いを連呼していました。

 だから尋ねたのです。

「それで、今の戦いでお前は何を学んだ。何が分かった」

「……え?」

 称賛するノリスの顔が、戸惑いに変わりました。そんな事を尋ねられると、予想もしていなかったのでしょう。
 何と返答をしたらいいのか困惑しているのが、見てとれます。俺はあからさまに呆れ顏を浮かべ、ため息をつきました。

「今ので何も得られなかったのなら、これ以上同行しても無駄だ。さっさとアカデミーに戻れ」

 戸惑いは傷心へと変わり、黒い瞳は始めの快活さを失って地面に向けられています。
 ディディスが言い過ぎだと視線で非難してきますが、全くそうとは思いません。

 本当に現場を知りたいなら、本当に学ぶつもりがあるなら、ただ見ているだけで終わるはずがないのですから。

 俺がお師匠様の弟子となった時、その一挙手一投足全てが学びでした。

 あの方の戦い方、その対策や行動。魔法の発現方法や、癖やこだわりに至るまで、俺自身が課せられた仕事以外の部分で、全てを観察しどうすれば己の魔法に取り入れることが出来るか、常に考えて行動をしていたものです。

 一日でも早く、お師匠様に認めて頂きたい。
 足手まといにならず、あの方のお役に立ちたい。

 その為に、努力は惜しみませんでした。
 もちろん、相手がセリスやアカデミーに変わっても同じです。

 当時の自分を思い出すと、ノリスの態度は甘くて見てられないくらいでした。

「そもそも現場を見てどうする。過酷過ぎて無理なら、諦めるつもりだったのか?」

「それは……」

 視線を落したまま、ノリスが言葉を濁します。ハッキリしない態度に、苛立ちが増しました。
 意味のない事をして、自分は進んでいるとホッとするタイプでしょう。この男も、入学式の時に並んでいた、俺たちに守られる側の人間なのですから。

「勇者候補になることを選べる立場の人間は、お気楽なものだな」

 吐き捨てた言葉に、ノリスは勢いよく顔を上げました。目を見開き、今にも噛みつかんばかりの勢いで俺に突っかかってきました。

「そんな軽い気持ちで、勇者候補になりたいわけじゃない! 俺は、自分の町を、家族を守りたいんだっ! 片翼の痣があるのに力を放棄し、誰かに守って貰うのは嫌なんだっ‼」

 先ほどまで俺たちに見せていた丁寧な態度とは一変、ノリスは自分が抱えていた気持ちをぶつけてきました。

 自分の町がモンスターに襲われ、大勢の人々の命が失われる可能性があった事。
 しかし勇者候補として、アカデミーで学ぶことを両親が許してくれなかった事。
 どうしても勇者候補への思いが断ち切れない事。

 ひとしきり吐き出すと、今度は俺を睨みつけ、鋭い視線で問いかけてきます。

「それならシオン様は、何故勇者候補になったのですか? 俺にそう言うくらいですから、よほどの理由があるんでしょうね」
 
 理由?
 そんなの決まってます。

「魔王をこの手で倒すためだ。その為に、勇者候補になった。それ以外に、魔王を倒す選択肢などあるか」

「魔王を倒すため?」

「ああ。その為なら、どんな苦痛も手段も受け入れる覚悟があった。例えそれが志半ばで倒れ、全く意味をなさない結果だと言われても、決して迷わなかった」

 ノリスは何も言いませんでした。
 
「ノリス、大切なものは、強くならなければ守れない。強くなるためには、これから自身に降りかかる全てを、そして結果を受け入れる覚悟がいる。周りの声でグラつくぐらいの中途半端な気持ちしかないのなら、勇者候補になるのは止めておけ」

「もうその辺でいいだろう、シオン。魔王がいた時といなくなった今では、事情も変わってるんだから」

 ディディスが止めに入ったので、俺は口を閉ざしました。まあ、これ以上伝えることもありませんでしたから。

 奴はノリスに向き合うと、先程とは違う真剣な表情を向けました。

「まあ、シオンの言い方は結構キツイんだけど……。でも今日のこの現場を見て、よく考えて欲しいとは思う。ノリス君が本当に勇者候補として、大切なものの為に命を張れるかを」

 ノリスの家は裕福なのですから、勇者候補などにならずとも、金で雇うという選択肢もあるのです。

 お師匠様と旅していた10年前であれば、片翼の痣が出たら勇者候補として戦うものだ、という風潮が残っていました。それに外れた生き方を選んだ者たちは、冷たい目で見られていたのですが、今はそんなこともありませんから。

 俺とディディスに覚悟を問われ、ノリスは俯いたままでした。しかし両手はきつく拳が作られ、細かく震えているのが見えます。
 ノリスは右手で左腕を掴み、震えを落ち着かせると、ゆっくりを顔を上げました。

 こちらを見据える瞳は、強い力に満ちています。

「シオン様、一つお聞きしたい。何故あなたが発現した魔法紋様は、紋様と効果に違いがあるのでしょうか?」

 奴は、俺の戦いを思い出し、それに対する疑問をぶつけて来たのです。
 それはノリスが覚悟を決め、勇者候補として大切なものを守る決意を固めた事を意味していました。
 明らかに、始めとこの時では、表情が変わっていました。

 挑戦するかのように突きつけられた質問に、自然と口元が緩みます。
 
「ああ、魔法紋様の上に、ダミーの紋様を被せているからだ。魔法紋様は、相反する属性魔法をぶつけられると、相殺されるからな。こちらの魔法を特定され、効果を相殺されるのを防ぐためだ」

「でもそんな事をしたら、2重で魔力を消費するのでは? そこまでする理由は……」

「ダミーの紋様は、最低限の魔力しか流していない。今後、知性のあるモンスターが現れた時、魔法紋様で使う魔法が特定されたらまずいからな」

 今のところ、魔素のモンスターには知性はありませんが、将来的に現れない保障はないのです。
 そう言って、お師匠様が考えられた戦い方でした。

 まあノリスの言う通り、二種類の魔法紋様を発動する為、魔力の消費も2倍かかるという、魔力を無尽蔵に作り出せるあの方には分からないデメリットがあります。

 なので研究を重ね、今の形を確立したのです。

 一般生とはいえ、瞬時に現れる魔法紋様からそれが分かるとは、ノリスの観察力は中々な物のようです。

 さっさとアカデミーに帰って欲しいと思っていたのですが、覚悟も決めた様子でしたから、気が変わりました。

「ディディス、予定変更だ。今から明日朝一で行く予定だった依頼に行くぞ」

「えっ、ちっ、ちょっと待てシオン! あれはモンスターも凶暴で多いから危険だろ⁉」

「こんなお膳立てされた現場で学べることなど、たかが知れてる」

 そう言うと、俺は依頼完了の報告の為、町に向かって歩き出しました。ディディスとノリスが、慌てて後をついてきます。
 
 ノリスは俺の横まで走り寄って来ると、依頼前とは違う、強い決意を湛えた黒い瞳を向け、頭を下げました。

 始めに感じていたようなノリスの甘さ対する不快感は、消えていました。
 代わりに芽生えたのは、奴の覚悟がこの先、どのような結果を見せてくれるのかという小さな期待。
 
 お師匠様。
 あなたも俺を弟子に取る時、同じようなお気持ちだったのでしょうか?

 俺の成長を、楽しみにしてくださっていたのでしょうか?

 俺は……。
 少しでもあなたのお傍にいられる存在に、成長したでしょうか?

 10年前も。
 ――今、この瞬間も。
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