上 下
9 / 192
目覚め編

第9話 弟子は怒った

しおりを挟む
「……ツマ(⤴)?」

「……添え物じゃないです、お師匠様」

 お師匠様の斜め上行く反応に、俺は思わず呆れた返答をしてしまいました。

 ずっと思い続けてきた気持ちを、鈍いお師匠様でも、

 ちゃんと、
 しっかり、
 分かり易く、

 伝えたはずなのに、なんで添え物のツマと間違えるんですか。というか、愛しているという部分はスルーですか?

 俺はそんな突っ込みを抑えるかわりに、お師匠様の肩をがっちりと掴みました。これから発言する言葉で、逃げないように。そして、思いっきり顔を近づけて言いました。一言一句、聞き洩らされないように。

「妻(⤵)の方です。つまり、俺の奥さんになってくれって事です。結婚してくれってことです! 子どもをたくさん作って、賑やかな家族を作りましょうってことです‼」

 ようやく言葉の真意が理解できたようで、みるみるうちにお師匠様の顔が赤くなっていくのが分かりました。

 ここまではっきり伝えないと駄目なのですね、心に刻んでおきます。

 俺の気持ちが伝わって、ホッとしたのもつかの間、

「ふふっ……、あはははははははははっ‼ もう少しでひっかかるところだったわ! 大人になって意地悪になったねー、シオンは。今まで眠りこけてた私に対する仕返し?」

 何故か大笑いをするお師匠様。
 次の言葉に、俺は足元がぐらつき、崩れ去る様な気持ちに襲われました。

 お師匠様は、俺の気持ちを全く理解して下さっていなかったのですから。

 冗談だなんて……、あなたこそ何の冗談ですか……。

 気持ちを伝え、それを受け止めて頂いたうえでのお断りならいいのです。こちらも諦めが付きます。そりゃ人間ですからね、好き嫌いの好みはあるでしょう。

 ……まあ実際そうであっても、絶対に諦めるつもりはないんですけど。

 しかし、お師匠様の考えは違いました。
 
 俺の発言をまず冗談だと全否定。
 俺がお師匠様に対して、恋愛感情を抱く事などありえない発言。

 たちが悪い事に、お師匠様はそれを本心から言っているのです。

 挙句の果てには、ご自身を『優秀な血を残すための道具』だと。

 何ですか、それ。

 人を好きになるのに、メリットや見返りがないと駄目なのですか?
 そんなものが理由としてなければ、信じて頂けないのですか?

 お気づきだと思うのですが、お師匠様はご自身を大切になさっていません。
 魔王との戦いで死ぬ。自分が死ぬことで世界が救われるなら安い物。そういう発言を平気でされる方です。

 そういう発言をされた時、俺はずっとその考えを否定してきました。

 もっと、ご自身を大切にして欲しいと。
 もっと、ご自身の為に生きて欲しいと。

 ですが、お師匠様が考えを変える事はありませんでした。その結果がこれです。

 愛していると伝えても、その気持ちを受け入れるどころか、冗談だと笑い飛ばし理解すらして貰えない。

 勇者になったら一夫多妻が認められる? 
 どんな女も選びたい放題? 

 知ってますよ、そんなこと。
 でも俺は、そんなものの為に戦ってきたわけじゃない。

 傍にいて欲しい人は、たった一人――あなただけなのに。

 気が付いたら、怒りの気持ちをそのまま言葉にし、お師匠様に伝えていました。

 するとお師匠様も、売り言葉に買い言葉といったように反論されました。言っている事が分からないから、ちゃんと自分にも分かるように口で説明しろってことらしいです。

 ええ、分かりました。口で説明すればいいんですよね。

 俺はお師匠様の肩を寄せると、その唇を塞ぎました。
 なにでって? ここまで来たら、言わなくても分かりますよね。

 少しすると、お師匠様が暴れ出しました。どうやら、口をふさがれて息が出来ない様子です。
 
 だからお師匠様、キスの際は鼻で息を。
 でもやっぱり息を吐き出す声は、やばいくらいそそられます。

 お師匠様がキスの度に苦しそうにするのは可哀想ですが、甘い反応が見られる、どちらを優先すべきか迷います。

 お師匠様は肩で息をし、上手く言葉が紡げなさそうな挙動で、自分にされた事の確認をされました。

「きっ、きっ、きっ、キス⁉」

「はい、口で説明しろって言われましたから」

 俺、間違った事してませんよね?
 
 お師匠様は、めちゃくちゃ何か言いたそうにされていました。突っ込みを入れたかったのに、入れる心の余裕がなかったんですね。

 まあ、俺も分かってましたよ。口頭で説明しろって意味だってことぐらい。
 これは、ご自身を軽視しているあなたへの意地悪です。

 まだ現状が把握できず、混乱する頭を抱えていらっしゃいましたが、その隙に俺はお師匠様を抱き上げました。

 抵抗どころか声を上げる間もなく、俺によってお師匠様の身体はベッドの上に運ばれ、ゆっくりその小さな身体を横たえました。

 そしてその上に、覆いかぶさるように俺の身体を乗せました。

 これでようやく、先ほどの体勢に戻ってきました。

 さっきも寝起きのお師匠様に同じような説明をし、妻になってくれとお伝えしたところであなたがぼーっと止まったので、チャンスとばかりに既成事実を作ろうとして失敗して頭にたんこぶを作ったわけですが、今度はしくじりません。

 今度は、お師匠様の意識もはっきりされています。

 その証拠に、俺を見上げるお師匠様の顔には、戸惑いが浮かんでいました。しかし、意を決した表情に変わると右手を動かされました。

 何をされようとしているのかは、分かっています。

「魔力で身体能力を最大限に引き上げたあなたの手で、俺の首をへし折りますか? いいですよ? 俺の事を拒絶するなら、このまま俺を殺してください」

「こっ、殺してって……。そっ、そんなこと……」

 お師匠様は、言葉を濁すとそのまま右手を力なくベッドの上に下されました。

 先ほどのように、俺を脅すつもりだったのでしょう。

 ただ本気で俺の首をへし折るつもりはないことは、分かってます。だからこちらの本気を見せることで、脅しが無駄だという事を分かって頂きたかったのです。

 俺も本気なんです、すみませんが。

 身体の下にいるお師匠様を見ていると、再びこうして話せる事が本当に夢のようです。この10年間、冷たい結晶に閉じ込められ、触れる事すら許されなかったのですから。

 そして同時に思い出すのは、あの日お師匠様の時間が止まった時からこの時までずっと抱き続けてきた自分の無力さと、

「……俺、ずっと後悔していたんです。あなたに、愛していると伝えられなかった事を」

 弟子だからと気持ちを伝えられなかった、後悔を。

 だからもう二度と、後悔したくない。どのような結果に転ぼうとも、あなたが目覚めた時、この気持ちを伝えようと決めていたのです。

 お師匠様の頬が、再び赤く染まりました。

 しかし激しく瞬きを繰り返しながらも、頑張って俺の話を聞こうと、こちらに視線を向けて下さっています。もう、俺の言葉を否定したり笑ったりする様子はありませんでした。

 これからあなたは、とても困ることになります。

 俺の妻となること。それは勇者候補としてあなたが持つ、その強大な力を失う事に他ならないのですから。
しおりを挟む
感想 21

あなたにおすすめの小説

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

俺様御曹司は十二歳年上妻に生涯の愛を誓う

ラヴ KAZU
恋愛
藤城美希 三十八歳独身 大学卒業後入社した鏑木建設会社で16年間経理部にて勤めている。 会社では若い女性社員に囲まれて、お局様状態。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな美希の前に現れたのが、俺様御曹司鏑木蓮 「明日から俺の秘書な、よろしく」 経理部の美希は蓮の秘書を命じられた。     鏑木 蓮 二十六歳独身 鏑木建設会社社長 バイク事故を起こし美希に命を救われる。 親の脛をかじって生きてきた蓮はこの出来事で人生が大きく動き出す。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は事あるごとに愛を囁き溺愛が始まる。 蓮の言うことが信じられなかった美希の気持ちに変化が......     望月 楓 二十六歳独身 蓮とは大学の時からの付き合いで、かれこれ八年になる。 密かに美希に惚れていた。 蓮と違い、奨学金で大学へ行き、実家は農家をしており苦労して育った。 蓮を忘れさせる為に麗子に近づいた。 「麗子、俺を好きになれ」 美希への気持ちが冷めぬまま麗子と結婚したが、徐々に麗子への気持ちに変化が現れる。 面倒見の良い頼れる存在である。 藤城美希は三十八歳独身。大学卒業後、入社した会社で十六年間経理部で働いている。 彼氏も、結婚を予定している相手もいない。 そんな時、俺様御曹司鏑木蓮二十六歳が現れた。 社長就任挨拶の日、美希に「明日から俺の秘書なよろしく」と告げた。 社長と秘書の関係のはずが、蓮は美希に愛を囁く 実は蓮と美希は初対面ではない、その事実に美希は気づかなかった。 そして蓮は美希に驚きの事を言う、それは......

諦めない男は愛人つきの花嫁を得る

丸井竹
恋愛
王命により愛人のいる女と結婚した男の話。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

人形な美貌の王女様はイケメン騎士団長の花嫁になりたい

青空一夏
恋愛
美貌の王女は騎士団長のハミルトンにずっと恋をしていた。 ところが、父王から60歳を超える皇帝のもとに嫁がされた。 嫁がなければ戦争になると言われたミレはハミルトンに帰ってきたら妻にしてほしいと頼むのだった。 王女がハミルトンのところにもどるためにたてた作戦とは‥‥

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...