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目覚め編

第8話 お師匠様は大笑いした

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 ちょっと落ち着こう、私。うん、落ち着こうな、私。

 …………
 …………
 …………
 …………

 うん、『ツマ』だ。あれだ。生ものの横に盛ってあるやつ。

 もう駄目だなー、シオンは。

 『ツマ(⤴)』だよ。

 『ツマ(⤵)』だと、『妻』になっちゃうじゃん。勘違いしちゃう人が出て来るでしょ? 気を付けないと。

 私だから間違いに気が付いたのよ? 師匠としてそこそこ長い間一緒にいたんだから、シオンの言わないような発言は分かってるつもり。これが他の人だったら、絶対に勘違いしてるレベルだわ。

 ふー、焦った焦った。

 私は内心で額の汗を拭うと、間違いないだろうという確信をもってシオンに確認した。

「……ツマ(⤴)?」

「……添え物じゃないです、お師匠様」

 まさかの否定でした。それもシオン、めっちゃ呆れた表情してる。

 え、間違ってる? 他の『つま』なら……、『褄』とか『端』とか『爪』とか……。

 色々な『つま』が頭の中をぐるぐる回る中、シオンは大きなため息をつくと私の両肩を力強く握った。そして少し怒った表情で、顔を近づけて来た。

「妻(⤵)の方です。つまり、俺の奥さんになってくれって事です。結婚してくれってことです! 子どもをたくさん作って、賑やかな家族を作りましょうってことです‼」

 けっ、結婚?
 こっ、子どもっ⁉

 えっ……、えええええええええええええ⁉

 『妻』じゃんっ‼ 
 完全にこっちの『妻』しかありえないじゃんっ‼

 そういや、言葉の頭になんか「愛してました」とかなんやら言ってたし、何か手にキスされたよう……な……、

 …………
 …………
 …………
 …………

 ええええええええええええええ――――⁉

 彼の言葉の意味を正しく理解した瞬間、私の全身の血がものすごいスピードで駆け巡るのを感じた。

 もう熱い。
 身体が熱くてやばい。
 語彙力もやばい。

 私は両肩を握るシオンの手を振りほどこうとしたけど、彼の手はがっちりを私の肩に張り付いたまま離れない。
 痛くはないけれど、逃がすまいという気持ちが嫌と言う程伝わってきて、重い。

 いやいやいやいや、シオンってそんなキャラじゃなかったじゃん‼ 
 そんな情熱的に人に気持ちを伝えるとか、なかったじゃんっ‼ 
 いつも冷静で、他人に対して少し冷めたところもあるような子だったじゃんっ‼

 まああれから10年経っているんだから、彼の性格も変わったのかもしれない。人に愛を告げることが出来る、大人になったのかもしれない。

 でも、その相手が私だなんてありえない。

 ほんと、私はごくごく普通の女だよ。
 村娘1として、目立たない容貌をしている。まあ、髪と目の色はちょっと目立つけど、色眼鏡と髪を染めれば、どこにでもいる普通の人だ。

 ほっそりしてないし、お腹は満腹になると二段腹になって出るし、体重は過去最高を常に更新しているしっ!

 戦う事しか出来ないし、普段の生活はシオンがほとんど世話してくれてたし、どちらかというとシオンの方が生活力も女子力も高いしっ!

 そこまで考えて、私は気づいた。

(ああ、そうか。私、からかわれてるんだ)

 そう思った瞬間、笑いが込み上げてきた。

 くくっと小さな笑いが口から漏れたと思うと、すぐにそれは大笑いへと変化を遂げた。笑いながら、目の前の弟子の肩をバシバシ叩く。

「ふふっ……、あはははははははははっ‼ もう少しでひっかかるところだったわ! 大人になって意地悪になったねー、シオンは。今まで眠りこけてた私に対する仕返し?」

「え? お師匠様……? どういう……」

 私の言葉を聞いたシオンの表情が険しくなった。叩くのを止め、私は構わず言葉を続ける。

「シオンって勇者になったんでしょ? 勇者になれば、一夫多妻が認められるじゃない。位の高い人物も金持ちも美女もよりどりみどり、選びたい放題なのに、私なんか選ぶわけないでしょ、普通。ふふふ、そんな冗談に私が引っかかると思ったの?」

 笑いが収まらない。
 
 さっきもシオンに言ったけど、勇者は一夫多妻が認められている。法的に禁止な国であっても、勇者だけは例外。ちなみに女性勇者の場合は、その逆が認められる。

 何でそんな事になるんだって話なんだけど、まあ一言で言うと『勇者の血を出来るだけ後世に残す』というのが目的らしい。
 というのも、勇者候補が産まれる確率って、血統に勇者、もしくは勇者候補がいる場合が多いんだって。

 今回の魔王は倒されたけれど、また300年後ぐらいには現れるから、ちゃんと勇者の血を残して、未来の勇者候補をしっかり作っておきましょうってことみたい。

 ちなみに、家系に勇者や勇者候補が出ることは、とても名誉な事らしい。なので、勇者や優秀な勇者候補がいると、地位の高い人たちがこぞって縁談話を持って来るんだって。

 はははっ、シオンやったね。勝ち組じゃーん。

 そんな事を思いながら大笑いしていた私だったんだけど、シオンがあまりに静かなので、笑うのをやめた。
 てっきり「はは、ばれちゃいましたかー」みたいな反応を予想してたのに、彼の返答は私にとって全く予想外だった。

「……お師匠様。それ、本気で言っているのですか? 俺が、冗談でこんなことを言ったって……」

「え? 普通に考えたら、そうじゃない? だって、容姿も経済力も何一つ優れてない私を妻にしたい理由もメリットもなくない? ……ああ、そっか。後世の為に、優秀な血を残したいの? まあ私も両翼としてそこそこ力はあるつもりだし、それなら理解できるかな?」

「……メリット? ……優秀な血? 何ですか、それ……」

「ん? シオン?」

 シオンは俯いていた。

 俯く彼の表情は、分からない。ただ、私の言葉に対する返答の様子を見ると、先ほどとは打って変わって、何か暗い、そして重く、それでいて熱い何かがふきあげるのをこらえているように感じた。

 彼は顔を上げると、怒りと何処か悲しそうな表情を浮かべ、私に向かって大声をあげた。

「何でいつもあなたは……、そうなのですか‼ お師匠様の鈍感さと、ご自身の自己評価の低さには、もう呆れを通り越して怒りすら感じますよ‼」

 えええー……、何かめっちゃ怒られてるんですけど……。
 私、何か悪い事言った?

 いつも穏やかで丁寧だった弟子の、怒りに満ちた言葉にびっくりしてしまった。

 こんなシオン、今まで見たことがない。やっぱり大人になって、変わっちゃったのかなと思う反面、いきなり弟子に怒鳴られなければならない理不尽さに、思わず私も言い返す。

「いっ、一体何なの⁉ いきなり怒り出されても、シオンが言ってること、分かんないっ! 何で怒っているのか、ちゃんと私に分かるように口で説明してくれない⁉」

「そうですね‼ つまり、こういう事ですよ‼」

 次の瞬間、シオンの顔が普通ならありえない程近くにあった。
 そして、私の唇に落ちた温かく柔らかい、何か。

 そいつは私の唇を塞いでいるため、息が出来ずにどんどん苦しくなっていく。

「んん――っ!」

 言葉を発することが出来ないので、今の状態で出せる声と、シオンの胸を叩くことで、息苦しい事を伝える。酸素が足りず、顔が真っ赤になっているであろう私の様子に気づいたのか、シオンの顔が私から離れて行った。

 ただ、肩を掴む手は、力を緩めることなくがっちりホールドされているんだけど……。

「ふはぁっ……、はぁはぁ……」

 肩で息をしながら、私は酸素を身体に取り込んだ。

 苦しかった……。
 今の……、もしかして……。

「きっ、きっ、きっ、キス⁉」

「はい、口で説明しろって言われましたから」

 口だけど――――! 
 確かに、口だけど――――――っ! 

 でも、そういう意味じゃないんだけど――――――――っ‼

 あまりの展開に、現実に突っ込む余裕がない。
 ただただ、混乱している。それなのに、当の本人はさらっと言い返してくる。

 え? さっきもキスされたり、もっとえらいことされてたんじゃないかって?

 あっ、あれはっ‼ 考え事をしてたから、あまり現実的じゃなかったというか……。とっ、とにかく! 今の方が感触がダイレクトに脳に伝わる感じがあって、生々しさが半端ない‼


 シオン……、一体どうしたっていうの?
 お師匠様は、大人になったあなたの考えが分からないよ……。
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