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この辺りは、つい先日まで戦場だったため、戦いの爪痕が色濃く残っていた。今のところ、道を急ぐ人間はレフたちだけだ。
(解毒をするには……、人目のつかない場所が必要だ)
周囲に視線を巡らせ、馬を走らせる。
辺りは薄暗くなっているため、光があるうちに休める場所を見つけなければならない。
レーンドラの毒は遅効性だが、激痛の間隔が短くなると、危ないと言われている。
今のところ、痛みはなさそうだが、安心はできない。
切なげに眉の間にしわを寄せて、ぐったりと身体を預けるリースの様子を、心配そうに見つめた。
その時、小さな小屋が視界の端に映り込んだ。
戦いの最中に、休息場所や物資置き場として作られたものだろう。
(あまり中の状態は期待できそうにないが……、今は贅沢を言っている場合じゃないか)
リースを支える腕に力を込めると、小屋へと馬を走らせた。
小屋の中は多少荒れてはいたが、当時使っていた生活用品がそのまま残っていた。
一見ボロ屋に見えるが、作りはしっかりしている。
(一夜過ごすには問題ないだろう)
レフはそう判断するとマントを床に敷き、その上に優しくリースを横たえた。そして革袋の水で布を濡らすと、泥と煤で汚れた彼女の顔をそっと拭った。
馬に揺られ、薬の効果で朦朧としつつあったリースの意識が、冷たさで呼び戻される。
「レフ……、すまない……」
「いいえ。今日は、ここで休みます。快適とは言い難いですが……」
「……気にするな。慣れている」
そう言ってリースは弱々しく微笑んだ。
彼を気遣う優しさに、レフの心が愛おしさで一杯になる。
もう外は闇に沈んでいる。
転がっていたランタンに火を入れると、レフは身につけていた剣や鎧を外し、息を吐いた。
そんな彼の様子を、リースは見ているしかなかった。
先程の告白が思い出される。
いつもそばで穏やかな笑みを浮かべ、自分を慕ってくれていたレフ。聡明な彼の言葉に、何度も窮地を救われた。
その副長が、自分に対して秘めたる想いを持っている事実が、未だに信じられない。
まだ、解毒のために嘘の告白をしたのではないかと疑っていたのだ。
(レフなら……、あり得る)
そう思うと、再び胸の奥が苦しくなった。
レフに負担をかけている自分が、情けなくて仕方がないんだと、胸の苦しみに言い訳をする。
そして、再度訴えた。
「レフ……、解毒のためなら本当にやめて欲しい……。お前にこんなこと、させたくない……」
(お前だから……、させたくないんだ……)
口には出せなかったが、必死伝えようと深緑の瞳が彼を見つめる。
しかし、言葉通りに受け取ったレフは大きなため息をついて、彼女の顔を覗き込んだ。
少し呆れた気持ちが、赤い瞳に現れている。
「隊長……、まだ俺が解毒のために嘘を付いていると思っているのですか?」
「言葉だけなら……なんとでも言えるだろ……」
「まあ、確かにそうですね。……では一つ、お話をしますね? 以前、俺に別部隊の隊長の話が来た時のこと、覚えていますか?」
「ああ、覚えてる。でもお前は、まだ未熟だからと断った。……私が、あれだけ勧めたのにも関わらずな」
「そうでしたね。隊長があまりにも熱心に勧めるものだから、嫌われているんじゃないかと少し落ち込みましたが……。実は、あれが初めてでは無いんですよ」
「……え?」
リースが知る限り、レフの隊長昇格の話は1回だけ。確か彼女の上司を通じて、話が来ていたと記憶を探る。
レフは意地悪な笑みを浮かべた。
「戻ったら確認して貰えればいいのですが、何度も来てるんですよ、昇格の話は。でも、その度に断っている。……何故だか、分かりますか?」
「いっ、いや……」
分からないと、リースは小さく首を振った。
だが、何となく察しはつく。
レフはリースの上に跨ると、真っ赤に染まった耳元へ囁いた。
「あなたのせいですよ、リース隊長……。あなたのそばから、決して離れたくなかった。それが理由です」
「そん……な……、あっ……」
耳元にかかる息、自分を求める彼の言葉に、思わずリースの身体が熱い反応を見せた。背中や首筋がゾクゾクし、腹部の中がキュンと締まる。
(レフの言葉を聞いただけなのに……、身体が……。これも、薬のせいなのか……?)
身体がこれ以上ないほど、火照っている。
きっと、首元に顔を埋めているレフも、気づいているだろう。
そう思うと、恥ずかしさの反面、理由の分からない興奮が沸き上がった。
無意識にこちらを煽るような姿を見せる上司に、レフの劣情が掻き立てられる。
気が付くと、リースを抱きしめていた。
「俺の代わりに、他の男が隊長の横にいるなど……、話し、笑いあっているなど……耐えられない! あなたのそばには……俺だけがいればいい‼」
「んっ……、れふ……、お、おまえは……」
激しい気持ちを行動と共に示され、リースはそれ以上言葉が出なかった。
レフは少し身体を離すと、彼女を見つめながら自虐的に口を歪めた。
「俺は……あなたの考えるような、良い人間じゃない。裏であなたの裸や、行為中にどんな乱れた姿を見せてくれるか想像していた、身勝手な男です。そんな人間が、催淫剤で欲情し身動き出来ないあなたを、放っておくわけないじゃないですか……」
そう言って、レフはリースの耳たぶを甘噛みした。
薬で敏感になっているリースの口から喘ぎ声が洩れる。
「んんっ……あっ、だめ……はぅ……」
「でも、全く嫌がっている顏じゃないですよ? そんな可愛い声を出して……、欲しいんですよね?」
「そっ……そんなつもり……は……、あんっ!」
「……今だけでいい。この1回だけでもいいから、俺を……受け入れて」
レフの言葉の最後は、懇願に近かった。
彼の理性が告げていた。
解毒が終わったら、自分はもうリースのそばにはいられないと。
レフの醜く隠された気持ちを知った彼女は、きっと耐えられずに副長の任を解くだろう。
(でも、彼女に死を選ばれるくらいなら、自分が消えた方がいい)
胸に広がる悲しみを堪えて、レフは微笑む。
そして今はそれを忘れるかのようにリースの唇を優しく塞ぐと、その柔らかさを自身の記憶と唇に刻み込んだ。
(解毒をするには……、人目のつかない場所が必要だ)
周囲に視線を巡らせ、馬を走らせる。
辺りは薄暗くなっているため、光があるうちに休める場所を見つけなければならない。
レーンドラの毒は遅効性だが、激痛の間隔が短くなると、危ないと言われている。
今のところ、痛みはなさそうだが、安心はできない。
切なげに眉の間にしわを寄せて、ぐったりと身体を預けるリースの様子を、心配そうに見つめた。
その時、小さな小屋が視界の端に映り込んだ。
戦いの最中に、休息場所や物資置き場として作られたものだろう。
(あまり中の状態は期待できそうにないが……、今は贅沢を言っている場合じゃないか)
リースを支える腕に力を込めると、小屋へと馬を走らせた。
小屋の中は多少荒れてはいたが、当時使っていた生活用品がそのまま残っていた。
一見ボロ屋に見えるが、作りはしっかりしている。
(一夜過ごすには問題ないだろう)
レフはそう判断するとマントを床に敷き、その上に優しくリースを横たえた。そして革袋の水で布を濡らすと、泥と煤で汚れた彼女の顔をそっと拭った。
馬に揺られ、薬の効果で朦朧としつつあったリースの意識が、冷たさで呼び戻される。
「レフ……、すまない……」
「いいえ。今日は、ここで休みます。快適とは言い難いですが……」
「……気にするな。慣れている」
そう言ってリースは弱々しく微笑んだ。
彼を気遣う優しさに、レフの心が愛おしさで一杯になる。
もう外は闇に沈んでいる。
転がっていたランタンに火を入れると、レフは身につけていた剣や鎧を外し、息を吐いた。
そんな彼の様子を、リースは見ているしかなかった。
先程の告白が思い出される。
いつもそばで穏やかな笑みを浮かべ、自分を慕ってくれていたレフ。聡明な彼の言葉に、何度も窮地を救われた。
その副長が、自分に対して秘めたる想いを持っている事実が、未だに信じられない。
まだ、解毒のために嘘の告白をしたのではないかと疑っていたのだ。
(レフなら……、あり得る)
そう思うと、再び胸の奥が苦しくなった。
レフに負担をかけている自分が、情けなくて仕方がないんだと、胸の苦しみに言い訳をする。
そして、再度訴えた。
「レフ……、解毒のためなら本当にやめて欲しい……。お前にこんなこと、させたくない……」
(お前だから……、させたくないんだ……)
口には出せなかったが、必死伝えようと深緑の瞳が彼を見つめる。
しかし、言葉通りに受け取ったレフは大きなため息をついて、彼女の顔を覗き込んだ。
少し呆れた気持ちが、赤い瞳に現れている。
「隊長……、まだ俺が解毒のために嘘を付いていると思っているのですか?」
「言葉だけなら……なんとでも言えるだろ……」
「まあ、確かにそうですね。……では一つ、お話をしますね? 以前、俺に別部隊の隊長の話が来た時のこと、覚えていますか?」
「ああ、覚えてる。でもお前は、まだ未熟だからと断った。……私が、あれだけ勧めたのにも関わらずな」
「そうでしたね。隊長があまりにも熱心に勧めるものだから、嫌われているんじゃないかと少し落ち込みましたが……。実は、あれが初めてでは無いんですよ」
「……え?」
リースが知る限り、レフの隊長昇格の話は1回だけ。確か彼女の上司を通じて、話が来ていたと記憶を探る。
レフは意地悪な笑みを浮かべた。
「戻ったら確認して貰えればいいのですが、何度も来てるんですよ、昇格の話は。でも、その度に断っている。……何故だか、分かりますか?」
「いっ、いや……」
分からないと、リースは小さく首を振った。
だが、何となく察しはつく。
レフはリースの上に跨ると、真っ赤に染まった耳元へ囁いた。
「あなたのせいですよ、リース隊長……。あなたのそばから、決して離れたくなかった。それが理由です」
「そん……な……、あっ……」
耳元にかかる息、自分を求める彼の言葉に、思わずリースの身体が熱い反応を見せた。背中や首筋がゾクゾクし、腹部の中がキュンと締まる。
(レフの言葉を聞いただけなのに……、身体が……。これも、薬のせいなのか……?)
身体がこれ以上ないほど、火照っている。
きっと、首元に顔を埋めているレフも、気づいているだろう。
そう思うと、恥ずかしさの反面、理由の分からない興奮が沸き上がった。
無意識にこちらを煽るような姿を見せる上司に、レフの劣情が掻き立てられる。
気が付くと、リースを抱きしめていた。
「俺の代わりに、他の男が隊長の横にいるなど……、話し、笑いあっているなど……耐えられない! あなたのそばには……俺だけがいればいい‼」
「んっ……、れふ……、お、おまえは……」
激しい気持ちを行動と共に示され、リースはそれ以上言葉が出なかった。
レフは少し身体を離すと、彼女を見つめながら自虐的に口を歪めた。
「俺は……あなたの考えるような、良い人間じゃない。裏であなたの裸や、行為中にどんな乱れた姿を見せてくれるか想像していた、身勝手な男です。そんな人間が、催淫剤で欲情し身動き出来ないあなたを、放っておくわけないじゃないですか……」
そう言って、レフはリースの耳たぶを甘噛みした。
薬で敏感になっているリースの口から喘ぎ声が洩れる。
「んんっ……あっ、だめ……はぅ……」
「でも、全く嫌がっている顏じゃないですよ? そんな可愛い声を出して……、欲しいんですよね?」
「そっ……そんなつもり……は……、あんっ!」
「……今だけでいい。この1回だけでもいいから、俺を……受け入れて」
レフの言葉の最後は、懇願に近かった。
彼の理性が告げていた。
解毒が終わったら、自分はもうリースのそばにはいられないと。
レフの醜く隠された気持ちを知った彼女は、きっと耐えられずに副長の任を解くだろう。
(でも、彼女に死を選ばれるくらいなら、自分が消えた方がいい)
胸に広がる悲しみを堪えて、レフは微笑む。
そして今はそれを忘れるかのようにリースの唇を優しく塞ぐと、その柔らかさを自身の記憶と唇に刻み込んだ。
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