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第44話 半分だけじゃなく(別視点)
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「え?」
副管理者とアリシアがほぼ同時に声を発した。二人の驚きを、レオンはしっかり受け止めた気がした。
レオンの結晶が、二人の前をゆっくりと横切っていく。歩きながら話しているつもりなのだろう。
『もっと多角的な視点が必要だ。だがファナード内の環境や常識の中にいる以上、限界がある』
「だ、だからといって、異世界に転生するなど!」
見方を変えたいなら、見る世界を変えればイイジャナイ、とレオンに言われ、アリシアは声を荒げた。
女神である自分から見ても、あまりにも発想がぶっ飛びすぎている。
ただでさえ、レオンがファナードの外にいることだけでも異常事態なのに、彼を別の世界に転生させるなど、それこそ何が起こるか分からないのだ。
しかし意外にもレオンの提案に賛同したのは、副管理者だった。レオンを止めようとするアリシアを手で遮り、持論を述べる。
「良い案だと思います。私が管理する世界は、ファナードとは全く違った文化や環境です。ファナードの停滞を打開する、新しい案が見つかる可能性はゼロではないでしょう」
『賛成するということは、俺の魂をあなたが管理する世界に連れて行くことが可能だということだな?』
「はい。規定されている魂の数を下回らなければ、私の世界は大丈夫ですので」
副管理者は深く頷くと、ただ一人納得出来ていないアリシアに向き直った。
「レオンさんの魂が移動している間、ファナードは止まったままになりますが、まあ……三百年ぐらいは大丈夫でしょう。その間あなたは、転生したレオンさんを見守り、狭間の獣を打破するヒントを見つけ出すのです」
「し、しかし、先ほども申しましたが、魂を別世界に移動させるなど前代未聞です!」
「もうすでに、今の状況が異常なのですよ。恐らく、普通の方法ではファナードを救うことは無理です。それこそ、今起こっている【前代未聞】を利用するしか」
レオンや副管理者の発言は、嫌というほど理解できる。
今まで、どれだけ試行錯誤を繰り返してきたことか。しかし、ファナードの停滞を打開する有効な案は見つからなかった。
二人の提案を蹴り、これまでと同じ方法を繰り返したとしても、結果は同じ。
それならば解決策を、ファナードとは別の世界に期待するしかない。
「分かり……ました。レオンが承諾されるなら……」
『もちろん俺は問題ない。決まりだな』
少しでも渋る様子を見せてくれれば、というアリシアの願いはあっさり破れた。代わりに、これ見よがしに深い溜息をついた。
副管理者は、レオンを転生させるための準備をすると言い、早々に姿を消した。この場に残ったのは、アリシアとレオンの魂の結晶だけ。
アリシアは、黄金の巨木を見上げると、奥歯を強く噛みしめた。握った両手にも力が入る。
あれだけ家族を救うと意気込んでおいて、心が折れようとしていた自分を、情けなく思ったからだ。
だが、
『アリシア』
不意に名を呼ばれ、アリシアはハッと目を見開いた。
声の主であるレオンが、小さな輝きを放っている。
相手は魂の結晶。
どんな表情を浮かべているか分からないのに、何故か今レオンが浮かべている表情が分かった。
彼は今、微笑んでいる。
暗い気持ちに捕らわれたアリシアを、いつも優しく慰めてくれたときと同じ微笑みを、浮かべている、と――
『苦しみを、一人で背負うな。俺たちは夫婦だろ?』
アリシアは小さく息を飲んだ。
しかし彼から視線を外し、俯く。
「しかし、ファナードがこうなってしまったのは、私に責任があるのです。私が……お母様に毒を盛られたと告発したから……いいえ……毒を盛られたときに死ななかったから……」
『何を馬鹿なことを。その話はとうの昔に終わっただろ?』
レオンが声を荒げた。だがアリシアは、首を横に振って彼の発言を否定する。
「言われたのです、ファナードの前女神に。何故死ななかったのかと。今の状況はすべて、私のせいなのだと。でも……その通りなのです。私がいなければ、狭間の獣が世界を滅ぼすことはありませんでした。お母様が私を憎まなければ……狭間の獣が特別な力を得て、ファナード自体を滅ぼすこともありませんでした! あなたとビアンカが何度も死ぬことはなかったっ‼」
『アリシア……』
「私は……自分が幸せになってもいいのだと、思っていました。もうお母様を殺した罪人ではないのだと……でも、違った。私は……罪人のままだったのです……」
『……どこにいる、その前女神って奴は……お前に土下座をし、泣きながら許しを請う姿をみないと気が収まらない』
レオンの声が恐ろしく低い。
恐らく人間の姿であれば、彼の怒りを前にした人間が泣き出し、すぐさま謝罪してしまう程の恐怖を纏っているだろう。
レオン自身はあまり自覚していないようだが、この人、怒ると超怖いのだ。
生前アリシアもレオンが本気で怒ると怖かったが、その恐怖すら今は懐かしい。同時に、胸の奥が切なくなった。
彼がどれだけ本気で怒ってくれたとしても、アリシア――リュミエールの存在が、ファナードを崩壊に導いていることには変わりないのだから。
「私は……あなたとビアンカが救えればそれでいいのです。あなたの仰った【幸せの形】と未来を守ることができるのなら……それで……」
『それが出来なくて、お前は泣いているんだろ? お前が苦しんでいる中、のうのうと生きろというのか? 俺に?』
「大丈夫ですよ。あなたがファナードに戻れば、ここでの出来事は全て忘れます。私が泣いていたことも全て――」
レオンが息を飲んだ。
世界の外で得た情報――特に世界そのものについての情報には、それ自体に力であり、魂の結晶を膨張させてしまう。
現に、アリシアの前に現れたときと今とでは、レオンの魂の結晶の形が若干膨らんで見える。
魂の形が変われば、ファナードは異物として認識し、レオンの魂はファナード内に戻れない。
しかし得た情報を無かったことにはできないため、情報という力を小さく圧縮し、魂の奥底にしまっておくことで、魂の膨張を抑えるのだ。
「だから今からでも遅くはありません。ファナードに戻り、どうかリュミエール――私の分身と幸せに暮らしてください。私が何としてでも、あなたたちを未来へと導きますから」
『そうやってどれだけ長い間、一人で苦しんだ? 俺は、お前の全てを幸せにしたいんだ。半分だけじゃなく、全てを――』
彼はどこまで優しいのか。
無意識のうちに、スカートを強く握っていた。喉が震え、目の奥がじんわりと熱を持ち始める。
レオンから、自信満々な声が響く。
『先ほどの話だと、記憶が消されるということではないんだろ? なら、必ず思い出す。世界の外に、俺とビアンカを救おうと戦う妻の半身がいることを。女神たるお前も幸せにするために、俺も共に戦うと誓ったことを』
「それこそ、無理……ですよ……」
『だがお前への想いが、俺をここに連れてきた。そうだろ?』
レオンの結晶がアリシアに近付いた。今の彼に手足はないはずなのに、頬に触れる温かな感触を感じたのは、気のせいだろうか。
『俺の幸せには、お前がいないと駄目だ。お前が女神であり、俺たち普通の人間には認識できない存在であっても――』
アリシアが女神になる前、初めて自分の過去を曝け出し、自分の存在など無ければ良かったと告げたとき、夫がそう言って抱きしめてくれたのを思い出した。
そして自分が女神になった後の世界でも、母の呪縛に苦しむリュミエールの心を、レオンは同じ言葉で救ってくれた。
どれだけ世界をやり直しても、色々な状況であっても。
彼の言葉は、
想いは、
変わらない――
人知を超えた存在となった自分に対しても。
『共に戦わせてくれ。今のお前にとって俺は、守るべき世界の人間の一人にしか過ぎないだろうが、俺にとっては、全てを賭してでも守るべき愛する存在だ』
「……人でなくなった私も……変わらず愛してくださるのですか?」
『だから俺はここにいるんだろ? 案外俺は、好きになった女に対する執念が深いんだ』
「そう、なのですね……」
『ははっ、だからこれからも覚悟しておけよ』
「……はい」
心の中に溢れた温もりと夫に対する愛おしさを、万の言葉で伝えたいのに、その一言を告げるだけで一杯一杯だった。
代わりに彼の結晶に触れて自分の方に引き寄せると、額を付けて瞳を閉じた。
副管理者とアリシアがほぼ同時に声を発した。二人の驚きを、レオンはしっかり受け止めた気がした。
レオンの結晶が、二人の前をゆっくりと横切っていく。歩きながら話しているつもりなのだろう。
『もっと多角的な視点が必要だ。だがファナード内の環境や常識の中にいる以上、限界がある』
「だ、だからといって、異世界に転生するなど!」
見方を変えたいなら、見る世界を変えればイイジャナイ、とレオンに言われ、アリシアは声を荒げた。
女神である自分から見ても、あまりにも発想がぶっ飛びすぎている。
ただでさえ、レオンがファナードの外にいることだけでも異常事態なのに、彼を別の世界に転生させるなど、それこそ何が起こるか分からないのだ。
しかし意外にもレオンの提案に賛同したのは、副管理者だった。レオンを止めようとするアリシアを手で遮り、持論を述べる。
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『賛成するということは、俺の魂をあなたが管理する世界に連れて行くことが可能だということだな?』
「はい。規定されている魂の数を下回らなければ、私の世界は大丈夫ですので」
副管理者は深く頷くと、ただ一人納得出来ていないアリシアに向き直った。
「レオンさんの魂が移動している間、ファナードは止まったままになりますが、まあ……三百年ぐらいは大丈夫でしょう。その間あなたは、転生したレオンさんを見守り、狭間の獣を打破するヒントを見つけ出すのです」
「し、しかし、先ほども申しましたが、魂を別世界に移動させるなど前代未聞です!」
「もうすでに、今の状況が異常なのですよ。恐らく、普通の方法ではファナードを救うことは無理です。それこそ、今起こっている【前代未聞】を利用するしか」
レオンや副管理者の発言は、嫌というほど理解できる。
今まで、どれだけ試行錯誤を繰り返してきたことか。しかし、ファナードの停滞を打開する有効な案は見つからなかった。
二人の提案を蹴り、これまでと同じ方法を繰り返したとしても、結果は同じ。
それならば解決策を、ファナードとは別の世界に期待するしかない。
「分かり……ました。レオンが承諾されるなら……」
『もちろん俺は問題ない。決まりだな』
少しでも渋る様子を見せてくれれば、というアリシアの願いはあっさり破れた。代わりに、これ見よがしに深い溜息をついた。
副管理者は、レオンを転生させるための準備をすると言い、早々に姿を消した。この場に残ったのは、アリシアとレオンの魂の結晶だけ。
アリシアは、黄金の巨木を見上げると、奥歯を強く噛みしめた。握った両手にも力が入る。
あれだけ家族を救うと意気込んでおいて、心が折れようとしていた自分を、情けなく思ったからだ。
だが、
『アリシア』
不意に名を呼ばれ、アリシアはハッと目を見開いた。
声の主であるレオンが、小さな輝きを放っている。
相手は魂の結晶。
どんな表情を浮かべているか分からないのに、何故か今レオンが浮かべている表情が分かった。
彼は今、微笑んでいる。
暗い気持ちに捕らわれたアリシアを、いつも優しく慰めてくれたときと同じ微笑みを、浮かべている、と――
『苦しみを、一人で背負うな。俺たちは夫婦だろ?』
アリシアは小さく息を飲んだ。
しかし彼から視線を外し、俯く。
「しかし、ファナードがこうなってしまったのは、私に責任があるのです。私が……お母様に毒を盛られたと告発したから……いいえ……毒を盛られたときに死ななかったから……」
『何を馬鹿なことを。その話はとうの昔に終わっただろ?』
レオンが声を荒げた。だがアリシアは、首を横に振って彼の発言を否定する。
「言われたのです、ファナードの前女神に。何故死ななかったのかと。今の状況はすべて、私のせいなのだと。でも……その通りなのです。私がいなければ、狭間の獣が世界を滅ぼすことはありませんでした。お母様が私を憎まなければ……狭間の獣が特別な力を得て、ファナード自体を滅ぼすこともありませんでした! あなたとビアンカが何度も死ぬことはなかったっ‼」
『アリシア……』
「私は……自分が幸せになってもいいのだと、思っていました。もうお母様を殺した罪人ではないのだと……でも、違った。私は……罪人のままだったのです……」
『……どこにいる、その前女神って奴は……お前に土下座をし、泣きながら許しを請う姿をみないと気が収まらない』
レオンの声が恐ろしく低い。
恐らく人間の姿であれば、彼の怒りを前にした人間が泣き出し、すぐさま謝罪してしまう程の恐怖を纏っているだろう。
レオン自身はあまり自覚していないようだが、この人、怒ると超怖いのだ。
生前アリシアもレオンが本気で怒ると怖かったが、その恐怖すら今は懐かしい。同時に、胸の奥が切なくなった。
彼がどれだけ本気で怒ってくれたとしても、アリシア――リュミエールの存在が、ファナードを崩壊に導いていることには変わりないのだから。
「私は……あなたとビアンカが救えればそれでいいのです。あなたの仰った【幸せの形】と未来を守ることができるのなら……それで……」
『それが出来なくて、お前は泣いているんだろ? お前が苦しんでいる中、のうのうと生きろというのか? 俺に?』
「大丈夫ですよ。あなたがファナードに戻れば、ここでの出来事は全て忘れます。私が泣いていたことも全て――」
レオンが息を飲んだ。
世界の外で得た情報――特に世界そのものについての情報には、それ自体に力であり、魂の結晶を膨張させてしまう。
現に、アリシアの前に現れたときと今とでは、レオンの魂の結晶の形が若干膨らんで見える。
魂の形が変われば、ファナードは異物として認識し、レオンの魂はファナード内に戻れない。
しかし得た情報を無かったことにはできないため、情報という力を小さく圧縮し、魂の奥底にしまっておくことで、魂の膨張を抑えるのだ。
「だから今からでも遅くはありません。ファナードに戻り、どうかリュミエール――私の分身と幸せに暮らしてください。私が何としてでも、あなたたちを未来へと導きますから」
『そうやってどれだけ長い間、一人で苦しんだ? 俺は、お前の全てを幸せにしたいんだ。半分だけじゃなく、全てを――』
彼はどこまで優しいのか。
無意識のうちに、スカートを強く握っていた。喉が震え、目の奥がじんわりと熱を持ち始める。
レオンから、自信満々な声が響く。
『先ほどの話だと、記憶が消されるということではないんだろ? なら、必ず思い出す。世界の外に、俺とビアンカを救おうと戦う妻の半身がいることを。女神たるお前も幸せにするために、俺も共に戦うと誓ったことを』
「それこそ、無理……ですよ……」
『だがお前への想いが、俺をここに連れてきた。そうだろ?』
レオンの結晶がアリシアに近付いた。今の彼に手足はないはずなのに、頬に触れる温かな感触を感じたのは、気のせいだろうか。
『俺の幸せには、お前がいないと駄目だ。お前が女神であり、俺たち普通の人間には認識できない存在であっても――』
アリシアが女神になる前、初めて自分の過去を曝け出し、自分の存在など無ければ良かったと告げたとき、夫がそう言って抱きしめてくれたのを思い出した。
そして自分が女神になった後の世界でも、母の呪縛に苦しむリュミエールの心を、レオンは同じ言葉で救ってくれた。
どれだけ世界をやり直しても、色々な状況であっても。
彼の言葉は、
想いは、
変わらない――
人知を超えた存在となった自分に対しても。
『共に戦わせてくれ。今のお前にとって俺は、守るべき世界の人間の一人にしか過ぎないだろうが、俺にとっては、全てを賭してでも守るべき愛する存在だ』
「……人でなくなった私も……変わらず愛してくださるのですか?」
『だから俺はここにいるんだろ? 案外俺は、好きになった女に対する執念が深いんだ』
「そう、なのですね……」
『ははっ、だからこれからも覚悟しておけよ』
「……はい」
心の中に溢れた温もりと夫に対する愛おしさを、万の言葉で伝えたいのに、その一言を告げるだけで一杯一杯だった。
代わりに彼の結晶に触れて自分の方に引き寄せると、額を付けて瞳を閉じた。
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