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第31話 世界で一番近い距離で②
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「な、何でって仰いましても……」
「昼間、お前は俺に【幸せな気持ちを初めて私に与えてくださったお二人の未来を守れるのならば】とも言ってたな。俺たちはお前に、何かしたのか?」
「そ、それは……その……じ、実は、結婚前の顔合わせの際、あなた様とビアンカが歓談している様子を、たまたま見てしまったのです」
そのときリュミエールは、小さなお茶会を開いている親子が、自分の未来の夫と娘だとは知らなかったらしい。
「目を、奪われました。ビアンカはとても愛らしいですし、あなた様を見てずっとニコニコしていました。心の底から、信頼している様子でした。あなた様もとても素敵で……でも一番惹かれたのは、ビアンカに向ける慈愛に満ちた笑みでした。とても優しくて温かで……気付けば、お二人がいる場所に、私の姿を思い描いていました。それがとても幸せで……でもすぐに空しい気持ちになりました。私には別に結婚相手がいる。それに彼らには、妻であり母親である女性がいるだろうと」
「で、顔合わせで俺とビアンカを見たときは?」
「あまりの喜びに卒倒しそうでした」
「そ、そうだったのか。表情が変わらなかったから、乗り気ではないのかと……」
「そのときは唇の内側を嚙んで、事なきを得ましたが」
またかー!
「……今後、唇を嚙まないでくれ。倒れそうになったら、俺が支えるから」
「いえ、その必要はございません! こう……唇の端の方を嚙めば、痛いけれど傷は浅く済み――」
「俺の心が痛む。ビアンカもな。悲しい顔をしたビアンカを見たいのか?」
「うっ……見たく……ありません」
ビアンカの名まで出されれば、リュミエールも黙るしかなかった。
このときから変わってないんだな、この人は……
いや、違う。
リュミエールは変わっていない。元々こういう人間だ。
ただ、俺が嫌われることを恐れ、必要以上に知ろうとしなかっただけ。
そうか、今俺は、生身の彼女に触れているんだ。
氷結で隠されていた、本当の妻に――
俺の指先がピクッと動いたとき、リュミエールが俺から視線を逸らしながら、言いにくそうに口を動かした。
「あの、陛下、失礼ついでに、一つお願いがあるのですが……」
「何だ?」
珍しい。
リュミエールが俺にお願いをするなんて。
彼女の青い瞳がこちらを見たかと思うと、双眸をギュッと閉じながら、俺の方に身を乗り出した。
「い、以前、陛下がされていた素敵なご尊顔を拝見したいのです!」
え?
それってまさか……
「……お、お前が邪纏いの鏡に、永久保存してって言ってた、アレ……か?」
「え、ええ、そうです! でも、そこまでご覧になられていたなんて……」
リュミエールが恥ずかしそうに顔を伏せるが、いや、恥ずかしいのは俺の方なんだが‼
素敵なご尊顔って、あれだろ?
俺のキメ顔だろ⁉
ポチが壊れたことで、俺の黒歴史が永久に葬られ、ホッとしていたのに、ここで見せろとか罰ゲーム過ぎん⁉
だが、顔を伏せていたリュミエールが、いつの間にか顔を上げてこちらを見ていた。その瞳は、期待に満ちていて……
「……正直、どんな顔をしていたかまでは覚えていないぞ?」
妻の、期待に満ちたウルウル目に抗えず、俺は大きく溜息をついた。そして、記憶を頼りに、こんな感じだったかなーと表情を変えると、
パタンッ
リュミエールの身体が、ベッドに倒れ込んだ。仰向けになり、両手で顔を覆いながら悶絶している。何故か身体が左右に揺れているが、恐らく俺がいなければ、右に左にゴロゴロしていただろう。
ほんっと好きだな、俺のキメ顔。
だけど、いつもはスンッと無表情な妻が、俺の前でデロンデロンに溶ける様子が、俺の心臓と性癖にダイレクトにクる。
もっと近づきたくなる。
原型と留めないくらいに溶かした向こうにある顔を、見たくなる。
「へ、陛下! お、お顔が近い、で、す!」
「お前が見せてくれって言ったんだろ? ほら、もっと近くで見ていいぞ?」
俺は、仰向けになって転がっているリュミエールの上に覆い被さると、彼女の顔を覗き込んだ。リュミエールの瞳が大きく見開かれ、頬が真っ赤に染まる。
その慌て具合が可愛くて、愛おしい。
「い、いえいえ! あまりに近いと、私の生命活動が停止して――」
停止したのは、一生懸命俺から逃れようと理由を並べていたリュミエールの言葉。
重なり合った唇が、しばらくの間とどまり――ゆっくりと離れた。
こちらを見上げるリュミエールの表情に、先ほどまであった混乱はない。代わりに、頬を赤らめながら、どこか誘うような艶のある笑みを浮かべている。
初めて見せる妻の女の顔に、不埒な熱がゾクリと走った。
ほっそりとした指先で、自身の柔らかな唇に触れながら、リュミエールが問う。
「あ、あのっ……」
「何だ?」
「もう一度して……頂けますか?」
「……お前が望むなら、何度でも」
俺がそう答えると、どちらからともなく顔が近付き、そして――
世界で一番近い距離で、
互いの熱を、
想いを、
感じ合った。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁
ここまでお読みいただきありがとうございます♪
第17回ファンタジー小説大賞が始まっております!
お読みいただいた皆さま、ご投票いただいた皆さま、本当にありがとうございます♪
引き続き、物語の世界を楽しんでいただけたら、そしてお気に召しましたら貴重な票を入れていただけましたら、とても嬉しいです!
※これらあとがきは、適当なタイミングで削除させて頂きます。
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「そ、それは……その……じ、実は、結婚前の顔合わせの際、あなた様とビアンカが歓談している様子を、たまたま見てしまったのです」
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「で、顔合わせで俺とビアンカを見たときは?」
「あまりの喜びに卒倒しそうでした」
「そ、そうだったのか。表情が変わらなかったから、乗り気ではないのかと……」
「そのときは唇の内側を嚙んで、事なきを得ましたが」
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「……今後、唇を嚙まないでくれ。倒れそうになったら、俺が支えるから」
「いえ、その必要はございません! こう……唇の端の方を嚙めば、痛いけれど傷は浅く済み――」
「俺の心が痛む。ビアンカもな。悲しい顔をしたビアンカを見たいのか?」
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いや、違う。
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ただ、俺が嫌われることを恐れ、必要以上に知ろうとしなかっただけ。
そうか、今俺は、生身の彼女に触れているんだ。
氷結で隠されていた、本当の妻に――
俺の指先がピクッと動いたとき、リュミエールが俺から視線を逸らしながら、言いにくそうに口を動かした。
「あの、陛下、失礼ついでに、一つお願いがあるのですが……」
「何だ?」
珍しい。
リュミエールが俺にお願いをするなんて。
彼女の青い瞳がこちらを見たかと思うと、双眸をギュッと閉じながら、俺の方に身を乗り出した。
「い、以前、陛下がされていた素敵なご尊顔を拝見したいのです!」
え?
それってまさか……
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素敵なご尊顔って、あれだろ?
俺のキメ顔だろ⁉
ポチが壊れたことで、俺の黒歴史が永久に葬られ、ホッとしていたのに、ここで見せろとか罰ゲーム過ぎん⁉
だが、顔を伏せていたリュミエールが、いつの間にか顔を上げてこちらを見ていた。その瞳は、期待に満ちていて……
「……正直、どんな顔をしていたかまでは覚えていないぞ?」
妻の、期待に満ちたウルウル目に抗えず、俺は大きく溜息をついた。そして、記憶を頼りに、こんな感じだったかなーと表情を変えると、
パタンッ
リュミエールの身体が、ベッドに倒れ込んだ。仰向けになり、両手で顔を覆いながら悶絶している。何故か身体が左右に揺れているが、恐らく俺がいなければ、右に左にゴロゴロしていただろう。
ほんっと好きだな、俺のキメ顔。
だけど、いつもはスンッと無表情な妻が、俺の前でデロンデロンに溶ける様子が、俺の心臓と性癖にダイレクトにクる。
もっと近づきたくなる。
原型と留めないくらいに溶かした向こうにある顔を、見たくなる。
「へ、陛下! お、お顔が近い、で、す!」
「お前が見せてくれって言ったんだろ? ほら、もっと近くで見ていいぞ?」
俺は、仰向けになって転がっているリュミエールの上に覆い被さると、彼女の顔を覗き込んだ。リュミエールの瞳が大きく見開かれ、頬が真っ赤に染まる。
その慌て具合が可愛くて、愛おしい。
「い、いえいえ! あまりに近いと、私の生命活動が停止して――」
停止したのは、一生懸命俺から逃れようと理由を並べていたリュミエールの言葉。
重なり合った唇が、しばらくの間とどまり――ゆっくりと離れた。
こちらを見上げるリュミエールの表情に、先ほどまであった混乱はない。代わりに、頬を赤らめながら、どこか誘うような艶のある笑みを浮かべている。
初めて見せる妻の女の顔に、不埒な熱がゾクリと走った。
ほっそりとした指先で、自身の柔らかな唇に触れながら、リュミエールが問う。
「あ、あのっ……」
「何だ?」
「もう一度して……頂けますか?」
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