上 下
19 / 65

第16話 お見舞い②

しおりを挟む
 分かっている。
 全部、俺が悪い。

 彼女が好きだと言いながら、今の関係が悪化するのを恐れて踏み込まなかった。ビアンカとの不仲だって、解消しようと動かなかった。

 皆の目から見れば、俺たちの夫婦関係は破綻している。

 まだ大丈夫だと諦めきれなかったのは、

 ――俺だけだ。

「だから、俺がお前に関わろうとした理由を、エデル王国の顰蹙を買わないためだと思ったのか? 今更良い夫婦を演じ、決してお前を蔑ろにしていないのだと周囲に示すために……」
「はい」

 アリシアは頷いた。 
 その瞳にひとかけらの迷いもなかった。

 悲しかった。
 自業自得だと分かっているが、悲しくて堪らなかった。

 あのじじいの提案を受け入れたことも、全く関係のないはずの、側室の件と俺が彼女と関わりを持とうとしている件が、アリシアの中で繋がってしまったことも。

「……側室の話は、叔父が勝手に進めようとしているだけだ。初耳だし、俺は側室なんてとるつもりはない」
「エデル王国に配慮する必要はございません。私の存在はエデル王家にとって、長らく国交が途絶えていた二国を繋げるための道具にすぎません。むしろ、厄介払いを出来て良かったと思っているはずですから、私が嫁ぎ先でどのような待遇を受けようが問題は――」
「やめろっ‼」

 俺は思わず大声を出し、アリシアの言葉を遮ってしまった。

 彼女の口から流れるように紡がれる、卑下する言葉。
 これだけスラスラと出てくると言うことは、彼女が常日頃から自身のことをそう思っているからだ。

 確かに、きっかけは政略結婚だった。
 だけど、初めて出会った時の衝撃や胸の高鳴りは本物だ。

 ――恋をしたんだ。
 元敵国の王女とか政略結婚だとか、そういうものを全てとっぱらって、ただ一人の男として彼女を求めた。

「俺は――」
「そして私も、道具としての立場以上を求めておりません」

 俺の言葉は、アリシアの強く鋭い声によって遮られてしまった。

 青い瞳が、俺の心すら貫く。
 【氷結】の二つ名に相応しい彼女がいた。

「もし私との子を望まれるのなら、ビアンカ姫にではなく、私の子に全てをお与えください」
「それは……ビアンカかお前、どちらかを選べという意味か?」
「はい」
「……それほど、ビアンカが嫌いなのか?」
「はい、嫌いです。ビアンカ姫を選ばれるというのなら、どうか私に道具という立場以上のことをお求めにならないでください。私とまともな夫婦関係を築くことは諦め、他の方を側室としてお迎えください。それで全てが丸く収まるのです」
「俺がビアンカを選んだらお前はどうなる? 今の状態がずっと続くんだぞ? あのくそじじいが、側室を認めろとお前に面と向かって言ってくるほど舐められて、お前はそれでいいのか⁉」
「問題ございません。祖国にいたときの環境と、さほどかわりはございませんので」

 もしかして、アリシアはエデル王国内で疎まれていたのか?

 でもお前、王女だろ?
 彼女が氷結になったのは、てっきり俺との結婚が嫌だからとばかり思っていた。祖国では自由に感情を表に出しているのだと……

 言葉を失っている俺に、アリシアは無情に伝える。

「私がお伝えしたかったことは、以上です。どうかお引き取りください」

 ゾッとするほど冷たい視線が俺に向けられていた。
 言葉だけでなく、態度が、オーラが、全てが俺を拒絶していた。アリシアの無言の圧が、早く部屋を出るようにせき立てる。

 立ち上がろうとしたが、両足に力が入らない。
 しかし奥歯を噛みしめながら何とか立ち上がると、何も言わずに部屋を出た。

 彼女の突き刺さるような視線を背中に感じながら――

 *

 とりあえず俺はその足で、丁度城に滞在していた叔父のところへ向かい、奴が土下座して謝罪するまで泣かせた。
 何か知らんうちに、歳の割にふさふさだった髪の毛の量が減ってたが、俺には関係のないことだ。

 そして、もう二度と俺抜きでアリシアに近付かないと約束をさせると、俺は寝室に戻った。
 引き出しに隠してあった黒の手鏡を出し、ポチを呼ぶ。

「おい、今すぐ王妃の部屋を映せ」
『えー? プライバシー侵害ですよ、それ。夫婦でも守るべきことは守り――』
「いいから今すぐ出せ‼」
『はいぃぃぃっ、喜んで‼』

 居酒屋の店員のような返事が聞こえたかと思うと、手鏡の中にアリシアの寝室が映し出された。

 いつもはちゃんとプライバシーを配慮し、彼女がポチに話しかける以外では使わないようにしている。ま、アリシアはその辺気にせず、俺たちの様子を観察してくるけどな。

 アリシアは、俺と別れた時と同じように、ベッドから身体を起こしていた。しかし三角座りをして、膝を抱えた格好で俯いている。

 ……何かが聞こえる。
 声?

「……ごめんなさい、陛下、ビアンカ姫、ごめんなさい……」

 彼女の唇から絶え間なく零れる、俺たちへの謝罪の言葉。
 しかしその言葉が不意に止まり、アリシアは顔を上げた。その頬には、何本もの涙の筋が残っていた。

「でもこれで……いいのです。始めからこうしていれば良かった……どうか私を憎み、恨み、嫌ってください。だって私は――」

 新たな涙の筋を作りながらも、彼女は満足そうに微笑む。

「この国に、災いを齎す存在なのですから――」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女の子がひたすら気持ちよくさせられる短編集

恋愛
様々な設定で女の子がえっちな目に遭うお話。詳しくはタグご覧下さい。モロ語あり一話完結型。注意書きがない限り各話につながりはありませんのでどこからでも読めます。pixivにも同じものを掲載しております。

後妻を迎えた家の侯爵令嬢【完結済】

弓立歩
恋愛
 私はイリス=レイバン、侯爵令嬢で現在22歳よ。お父様と亡くなったお母様との間にはお兄様と私、二人の子供がいる。そんな生活の中、一か月前にお父様の再婚話を聞かされた。  もう私もいい年だし、婚約者も決まっている身。それぐらいならと思って、お兄様と二人で了承したのだけれど…。  やってきたのは、ケイト=エルマン子爵令嬢。御年十六歳! 昔からプレイボーイと言われたお父様でも、流石にこれは…。 『家出した伯爵令嬢』で序盤と終盤に登場した令嬢を描いた外伝的作品です。本編には出てこない人物で一部の設定を使い回した感じになると思います。外伝とはいえ独立した話です。 完結済み!

愛されない王妃

たろ
恋愛
フォード王国の国王であるカリクシード・フォードの妻になったジュリエット・ベリーナ侯爵令嬢。 前国王の王命ではあるが、ジュリエットは幼い頃の初恋の相手であるカリクシードとの結婚を内心喜び、嫁ぐことになった。 しかし結婚してみればカリクシードにはもうすでに愛する女性がいた。 その女性はクリシア・ランジェル元伯爵令嬢。ある罪で父親が廃爵され今は平民となった女性で、カリクシードと結婚することは叶わず、父である前国王がジュリエットとの結婚を強引に勧めたのだった。 そしてすぐにハワー帝国に正妃であるジュリエットがカリクシードの妹のマリーナの代わりに人質として行くことになった。 皇帝であるベルナンドは聡明で美しい誇り高きジュリエットに惹かれ何度も自分のものにならないかと乞う。 だがベルナンドに対して首を縦に振ることはなかった。 一年後祖国に帰ることになった、ジュリエット。 そこにはジュリエットの居場所はなかった。 それでも愛するカリクシードのために耐えながら正妃として頑張ろうとするジュリエット。 彼女に味方する者はこの王宮にはあまりにも数少なく、謂れのない罪を着せられ追い込まれていくジュリエットに手を差し伸べるのはベルナンドだった。 少しずつ妻であるジュリエットへ愛を移すカリクシードと人妻ではあるけど一途にジュリエットを愛するベルナンド。 最後にジュリエットが選ぶのは。

【完結】愛していないと王子が言った

miniko
恋愛
王子の婚約者であるリリアナは、大好きな彼が「リリアナの事など愛していない」と言っているのを、偶然立ち聞きしてしまう。 「こんな気持ちになるならば、恋など知りたくはなかったのに・・・」 ショックを受けたリリアナは、王子と距離を置こうとするのだが、なかなか上手くいかず・・・。 ※合わない場合はそっ閉じお願いします。 ※感想欄、ネタバレ有りの振り分けをしていないので、本編未読の方は自己責任で閲覧お願いします。

彼女がいなくなった6年後の話

こん
恋愛
今日は、彼女が死んでから6年目である。 彼女は、しがない男爵令嬢だった。薄い桃色でサラサラの髪、端正な顔にある2つのアーモンド色のキラキラと光る瞳には誰もが惹かれ、それは私も例外では無かった。 彼女の墓の前で、一通り遺書を読んで立ち上がる。 「今日で貴方が死んでから6年が経ったの。遺書に何を書いたか忘れたのかもしれないから、読み上げるわ。悪く思わないで」 何回も読んで覚えてしまった遺書の最後を一息で言う。 「「必ず、貴方に会いに帰るから。1人にしないって約束、私は破らない。」」 突然、私の声と共に知らない誰かの声がした。驚いて声の方を振り向く。そこには、見たことのない男性が立っていた。 ※ガールズラブの要素は殆どありませんが、念の為入れています。最終的には男女です! ※なろう様にも掲載

私は何も知らなかった

まるまる⭐️
恋愛
「ディアーナ、お前との婚約を解消する。恨むんならお前の存在を最後まで認めなかったお前の祖父シナールを恨むんだな」 母を失ったばかりの私は、突然王太子殿下から婚約の解消を告げられた。 失意の中屋敷に戻ると其処には、見知らぬ女性と父によく似た男の子…。「今日からお前の母親となるバーバラと弟のエクメットだ」父は女性の肩を抱きながら、嬉しそうに2人を紹介した。え?まだお母様が亡くなったばかりなのに?お父様とお母様は深く愛し合っていたんじゃ無かったの?だからこそお母様は家族も地位も全てを捨ててお父様と駆け落ちまでしたのに…。 弟の存在から、父が母の存命中から不貞を働いていたのは明らかだ。 生まれて初めて父に反抗し、屋敷を追い出された私は街を彷徨い、そこで見知らぬ男達に攫われる。部屋に閉じ込められ絶望した私の前に現れたのは、私に婚約解消を告げたはずの王太子殿下だった…。    

【完結】本当に愛していました。さようなら

梅干しおにぎり
恋愛
本当に愛していた彼の隣には、彼女がいました。 2話完結です。よろしくお願いします。

結婚して5年、冷たい夫に離縁を申し立てたらみんなに止められています。

真田どんぐり
恋愛
ー5年前、ストレイ伯爵家の美しい令嬢、アルヴィラ・ストレイはアレンベル侯爵家の侯爵、ダリウス・アレンベルと結婚してアルヴィラ・アレンベルへとなった。 親同士に決められた政略結婚だったが、アルヴィラは旦那様とちゃんと愛し合ってやっていこうと決意していたのに……。 そんな決意を打ち砕くかのように旦那様の態度はずっと冷たかった。 (しかも私にだけ!!) 社交界に行っても、使用人の前でもどんな時でも冷たい態度を取られた私は周りの噂の恰好の的。 最初こそ我慢していたが、ある日、偶然旦那様とその幼馴染の不倫疑惑を耳にする。 (((こんな仕打ち、あんまりよーー!!))) 旦那様の態度にとうとう耐えられなくなった私は、ついに離縁を決意したーーーー。

処理中です...