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第9話 閑話(別視点)

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 井上拓真が、新たな世界――異世界ファナードに旅立った後。

 拓真からクソ女神と暴言を吐かれたファナードの管理者たる女神は、黄金の巨木の前に立っていた。

 どれだけの歴史を重ねてきたのか予想がつかない程、巨木の幹は太い。
 しかし途中から、まるで切り倒して残った幹に沢山の枝を突き刺したように、無数の枝が生え、横に、縦にと広がっているため、黄金の巨木の形は歪だった。

 巨木の根元は、広い水たまりに覆われている。
 透明な水を湛える底には、キラキラと輝く結晶が沢山沈んでいるのが見えた。

 女神は、その水面に立っていた。
 彼女が一歩進む度に、透明な水面に波紋が生まれて消えていく。

「彼は旅立ったのですか?」

 不意に聞こえてきた声に、女神は振り返った。

 そこには、彼女と同じく水面の上に立つ女性がいた。女神と同じく、頭から布を被っているため、どんな容貌をしているかは全く分からない。

 ファナードの女神は、質問に小さく頷いた。

「はい、たった今」
「そうですか」

 女性――井上拓真がいた世界の管理者たる女神が足下の水面を見下ろすと、一つの結晶が、ゆっくりと水底に沈んでいくのが見えた。

 それが止まり、他の結晶と同じように淡い光を放つのを見届けると、ファナードの女神に向かって発する声に憐れみを混じらせた。

「改めて振り返ると、あなたも本当に大変でしたね。前管理者から、こんな世界の管理を無責任に押しつけられて……」

 しかしファナードの女神は、黄金の巨木を見上げながら、拓真の時とは違う凜とした佇まいで答える。

「押しつけられたのではありません。私が譲り受けたのです」
「そう……でしたね、ごめんなさい」
「いいえ」

 拓真の世界の女神の謝罪に、ファナードの女神は軽く首を横に振った。あのときから、かなりの月日が経っているのだから、彼女の記憶が曖昧になっていても仕方は無い。

 ファナードの女神は、巨木を見上げたまま、強く手を握り締めた。激しい感情を押し止めたような低い声を、喉の奥から絞り出す。

「私は……決して諦めません。僅かでも可能性があるのなら――私はそれに賭けるだけです」
「その可能性が……彼」
「はい」

 その返答に迷いはない。

 彼女の返答を聞き、もう一人の女神はフッと息を吐いた。笑ったのだが、ファナードの女神に対する嘲笑ではなかった。

「そう……ですね。なにせ私も協力したのですから。彼には何とか結果を出して貰いたいところですね」
「その節は、本当にありがとうございました」
「気にしないでください。代わりに私の管理する世界の、副管理者を引き受けてくださっているではありませんか。上手くいくといいですね……いいえ、きっと上手く行きますよ」
「……はい」
 
 ファナードの女神は、黄金の巨木に手を触れた。そしてそのまま額を幹に付け、瞳を伏せる。

 もう一人の女神が立ち去り、誰もいなくなった空間に、彼女のつぶやきが響く。

「この世界は……私が失った幸せの形。だから決して諦めない」

 顔を隠している布の隙間から一粒の滴が零れ落ち、水面を揺らす。

 彼という小さな波紋が広がり、やがて消えて元の水面に戻るのか、それとも大きな波となって全てを壊すのか――

 静かに広がって消えていく波紋を、歪な形をした黄金の巨木が見守っていた。
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