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第8話 それは――あの�縺?ォ縲∫が縺ッ譁?ュ

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 窓も開けていないのに、突然、部屋の温度が一気に下がったように思えた。

 寒気が背筋を這い、ドクドクと血液が流れる音が頭の中に響く。
 身体中を巡る血の流れが異様に速い。

 カラカラになった口の中を、無理矢理絞り出した唾液で湿らせ、喉を大きく鳴らして飲み込んだとき、抑揚のないポチの言葉が聞こえた。

『王妃様が、悪女になって破滅を目指している理由、それは――あの�縺?ォ縲∫が縺ッ譁?ュす理ィ◆縲縺ィ繧ゅ≠繧翫∪縺ァ吶?りコ――』

 ポチが何かを言っている。
 しかし、意味の理解できない言葉や雑音がポチの言葉を遮っているため、何を言っているのか分からない。さらに、酷い耳鳴りと、車で長いトンネルに入ったような閉塞感に襲われ、気持ち悪くなった。

 ポチの言葉を邪魔するソレはとても耳障りで、得体の知れない不気味さがあった。

 そんな中、ピシッと音がしたかと思うと、手鏡の角に小さなヒビが入るのが見えた。

 もちろん俺は何もしていない。
 話しの通り、ルールを破ったポチを、世界が排除しようとしているのだろうか。

 このままでは本当に……

「もういい、分かった。止めろ!」

 気付けば俺は制止の声をあげていた。

 ポチが黙ると同時に、不気味な雑音や耳鳴り、耳の詰まりが消え去った。手鏡に入ったヒビも、それ以上大きくはならなかった。

 壊れなくて良かったと思う反面、四角い手鏡に入ってしまったヒビを見ていると、スマホを落して液晶画面にヒビが入り、何故保護フィルムを貼らなかったのかと後悔した前世の記憶が蘇って、ちょっとだけ残念な気持ちになった。

 先ほどの不気味な現象……やはり、ポチの言う通り、世界の制約とやらが適用されているのか? あのまま俺が止めなければ、ポチは壊れていたのか?

 いや、でも相手は邪纏《じゃまと》いだ。
 俺を信じさせるために、小芝居を打った可能性だって―― 

 奴の言葉を信じようとする俺と、信じたら負けだと思う俺がしばらく脳内で戦っていたが、一先ず信じ、代わりに釘を刺しておくことにした。

「分かった。とりあえず、お前が言っていることが本当だと信じてやる。でももしこれが演技だと分かったら、ただじゃおかな――」
『……いやぁ、良かった! 本当に良かったぁぁぁ~……! このまま世界に壊されちゃうって、本気で怖かったですよぉぉぉ~~! 私めを信じてくださり、ありがとうございます、ご主人様あああぁぁぁ~……』

 ……いやこれ、別に釘を刺さなくても良いわ。
 本気で心底ホッとしてるやつだわ、これ。

 ポチが喜んでいる。
 それはつまり、世界の制約とやらが本当だということ――奴からアリシアの事情を聞き出せない、ということだ。

 目の前に、全てを知っている奴がいるというのに。
 悔しい……

 苦々しい気持ちを吐き出す。

「……全く、一体誰だ。そんな制約を決めたやつは……」
『私めではございませんので、そんなに睨まれましても……制約は、この世界の管理者が決めております』

 世界の管理者。

 ポチの口から飛び出したその単語を聞いた瞬間、前世の記憶を思い出した。

”私はここ、異世界ファナードの管理者である女神です”

 俺にそう名乗った、あの自称女神の姿と言葉を――

 つまりこの厄介な制約を定めたのは、あの自称女神なのだろう。
 全く、余計なことを。
 
 ポチからアリシアの事情を聞き出すことを諦めた俺は、半ば投げやりになって叫んだ。

「別にお前を信じたわけじゃない。お前を壊すのはいつでも出来るから、それまで利用してやろうと思っただけだ。それにお前に喋らせなくても、お前に成り代わって王妃に直接聞けばいいんだからな」
『でも私が真実を知っていることは王妃様もご存じなので、今更その質問をすると怪しまれますよ?』
「ぐぬぬ……」

 ちくしょーめ!

 とりあえず、今までのことをまとめよう。

 ここが白雪姫の世界だと思った俺は、物語通り、破滅ルートに進もうとしている後妻アリシアを救うことを決意した。
 しかし蓋を開けてみればアリシアは、俺やビアンカのことが大好きで、俺たちの幸せのために自ら破滅ルートを突き進んでいたのだ。

 彼女を救うためには、何故悪女となって断罪されることを望んでいるのかを知る必要がある。

 だが例え王命だと言って事情を聞き出そうとしても、アリシアは口を割らないだろう。王命に逆らえば処罰されるため、普通なら従うが、断罪を望むアリシアにとって処罰は罰にならないからだ。

 そして、真実を知っているポチからも聞き出すことは出来ない。もし真実を漏らそうものなら、世界の制約とやらによって破壊されてしまう。……ちっ、使えねえ。

 アリシアの目的を知るには、ポチに成り変わって探ること。

 もしくは――

「隠しごとが出来なくなるほど、ラブラブな夫婦になるしかない……」
『……ラブラブって部分、必要ですか?』

 ポチが呆れた声色で聞いてくるが、一番重要な部分だろ。

 夫婦関係の改善。

 ……やはりそこか。
 全てはそこに回帰するんだな。

『ご主人様』

 ポチが俺を呼ぶ。

『確かに今の私めは、世界から課された制約のせいで、あなた様に王妃様の事情をお伝え出来ません。しかし今後あなた様が得た情報によっては、今までお伝え出来なかった情報を開示出来る場合もございます』
「俺が知っている情報であれば、お前はその話が出来るようになるってわけか。もうすでに相手が知っている内容だから」
『その通りです。だから、これはお伝えできます。王妃様は、あなたがた親子を深く愛していらっしゃいます。その身を犠牲にしても良いと思われるほど――』
「ああ。お前に改めて言われなくても、分かっている」

 ビアンカの可愛さに身悶えする姿。
 そして俺を見つめる、優しい眼差しを思い出す。

 立派な悪女になるぞ✫ショックのせいですっかり置いてけぼりになっていたが、俺たちを溺愛するアリシアの裏の顔も、充分過ぎるほど衝撃的だった。

 可愛いという鈍器に全力で横っ面を殴られたような気持ちだ。

 めっちゃ効いてる。心がしんどい。悪女の件がなければ俺だって、ベッドの上でゴロゴロバタバタキャーキャーやってた。

 あんな表情が出来るのに、こんな鏡の前でしか見せないなんて、国家的大損害だ。
 あれこそ、エクペリオン王国が後世にも残し続けるべき、芸術作品だと思うが。

 ……いや、駄目だ。
 アリシアの裏の顔は、俺だけが知っていればいい。他の奴らに、見せるものか。

「……一筋縄ではいかないんだろうが、必ず彼女を救う」

 アリシアの抱えている事情を知り、必ず破滅ルートから救い出してみせる。

 そしてあの氷結を溶かし、俺の目の前で、ゴロゴロバタバタさせてやる!

 そしてそして、辞書の夫婦の項目に、レオン・メオール・エクペリオンとアリシア・エデル・エクペリオン夫妻のことだと付け加えさせ、おしどり夫婦と書けば、おしどり夫婦レオン・メオール・エクペリオンとアリシア・エデル・エクペリオンとルビをふるように、会議で提案してやる‼
 決意を固めると、グッと拳に力をこめた。


『ふふふっ、ご主人様もやる気ですね。では、景気づけにやっておきますか? せーのっ! 絶対に王妃様を助けるぞー』
「オーーー! とか、やんねーからな⁉」
『え? 拳を固められたので、てっきりやりたいのかと……』
「しねーーーーわ!」

 ……やっぱりこの鏡、あのまま世界に破壊された方が良かったんじゃないか?
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