上 下
7 / 65

第7話 鏡の言い分が嘘くせぇ

しおりを挟む
 誰も映っていない手鏡を見つめながら、俺は口を開いた。

「……ポチ」
『何でございましょう、ご主人様?』
「とりあえず、お前壊すわ」
『ええええええええええっ⁉』

 ええええ、とか言って、今更被害者ムーブかましてんじゃねぇわ‼
 お前、完全に共犯じゃん‼

 それに、アリシアのあの発言は一体どういう意味だ?

 立派な悪女になる?
 断罪される?
 命を散らす?

 意味が分からんっ‼

 前世の世界にあったラノベ展開には、色々あった主人公が悪役となってざまぁする、みたいな話もあった。
 悪役令嬢として断罪されたけど、実は狙い通りで、追放後は自由気ままなスローライフを送る、なんていう物語だってあった。

 でも一応、ここは現実だ。
 誰が好き好んで悪役とになって嫌われたいなど……ましてや、最後は処刑されたいなどと思うものか。

 この世界が物語やゲームの世界だと知り、このままだといずれ断罪されると分かっているから、断罪を回避するために頑張るっていうのなら理解できる。
 現に俺だってそうなわけで……

 とにもかくにも、アリシアが何故ずっと俺たちに冷たい態度をとっていたのかは分かった。
 悪女となって、断罪されるためだ。

 しかし何故断罪を目指すのか、全く分からない。

 それに王妃という立場の彼女が最終的に処刑されるなんて、相当悪いことをしなければならないだろう。それこそ、ビアンカや俺を殺そうとするくらいの悪事を――

 アリシアにそれが出来るのか?

 勉強をするビアンカの姿を見ただけで、「キャー! ビアンカ姫ー!」と歓声を迸らせるほどだぞ?
 俺のキメ顔を、芸術作品だと本気で思うほどだぞ?
 
 それに、

『私の願いはただ一つ――あなた様とビアンカ姫の幸せ』

 少し寂しそうに呟いたアリシアを思い出し、胸の奥がキュッと詰まった。

 俺たちの幸せを願ってくれているのは、嬉しい。

 だが、その幸せの中に、アリシア自身は含まれていない――

(何でだよ……)

 あれだけ俺たちのことが好きなら、素直にその気持ちを出せばいいじゃないか。
 困っていることがあるなら、相談してくれればいいじゃないか……

 どうして――

 行き場のない思いを舌打ちにして吐き出すと、先ほど俺に脅され、未だにオロオロしているポチに低く問う。

「お前は知っていたんだよな? 王妃が悪女を目指していることを……一緒になって『オー!』とか、大層仲くやってたもんなぁ?」
『ア、ハイ……そ、そうですね、あははっ……』
「じゃあ、何故彼女が悪役を目指しているのか、その理由も当然知っているよな? お前たち、相当仲がいいんだもんなぁ? 一緒になって『オー!』とかしてんだもんなぁ?」
『ご主人様……私めが王妃様と一緒にかけ声をあげてたこと、滅茶苦茶根に持ってますね……』
「……質問に答えろ」

 スッと目を細めると、ゆっくり且つ凄みを利かせた声で訊ねた。

 いつもは温厚な俺だが、周囲からは、怒らせると非常に恐ろしいと思われている。俺が怒ると、今まで口を噤んでいた相手が突然ペラペラしゃべり出すので不思議に思い周囲に聞いたら、オマエ 怒ルト メッチャ怖イ、と何重にもオブラートに包んで言われたほどだ。

 だから、ポチも簡単に白状すると思っていた。

 しかし、

『申し訳ございません、ご主人様。それは、私めの口から直接お話出来る内容ではございません』

 先ほどまで、俺に割られると恐れてオロオロしていた相手とは思えない、真剣な声が返ってきた。

 まさかポチに拒否されると思っていなかった俺は、王杓を手にしながら先ほどと同じ声のトーンで訊ね――いや、脅す。

「何故だ? このまま俺に壊されてもいいのか?」
『壊されたくはありませんが……しかし私めがあなた様に屈し、王妃様が悪女を目指す理由を申し上げたとしても、私が壊れてしまう運命は変わりませんので』
「それは、俺に王妃の事情を伝えるとお前が壊れるという意味か?」
『左様でございます。あなたがた人間には視えぬ、世界の制約によって――』

 先ほどまで、鏡面からなんとなく伝わってきていたポチの驚きや戸惑い、焦りなどが全く伝わってこない。
 代わりに、鏡に反射した光が、切っ先のような鋭さで俺に突きつけられているように思えた。

 だが張り詰めた緊張が、少し笑いを滲ませたポチの声色によって、僅かに緩む。

『ご主人様には、ここファナードとは違う世界の知識をお持ちのため、私めのことを普通に受け入れておられますが、私めは本来【邪纏じゃまとい】の品として神殿に送られる、忌むべき存在というご認識はございますか?』
「認識はしているが……いや、前世の世界でも喋る鏡なんて物に出会ったら、驚愕ものだからな? お祓いものだからな?」

 一応突っ込んでおくが、こいつが言う通り、この摩訶不思議な現象を普通に受け入れていたな、俺。

 この世界では一般的に魔法は【聖法】【邪法】の二つに分けられる。

 邪法は、死者をゾンビとして蘇らせるなどのネクロマンシー的なことをしたり、疫病を流行らせたり、憎い相手を呪い殺したりなどなど、前世の世界でいうと黒魔術や呪詛といった類にあたるもので、人々から忌み嫌われている。

 この世界が白雪姫の世界だと気付いた時、死体愛好家の王子の存在を普通に受け入れていたのは、邪法を操る奴の中で、そういう性癖の奴がいることを知っていたから、さもありなんと思ったからだ。

 ポチのような、不可思議な現象を引き起こす者や生き物、品物は総じて【邪纏い】と呼ばれ、見つかれば即刻神殿――聖法を管理し、邪纏いに対抗する団体――に持ち込まれて【邪祓じゃばらい】される。

 もし前世の記憶がなければ俺だって、こいつが喋り出した瞬間兵士を呼びつけ、即刻神殿にこいつを持ち込んでいただろう。

 俺のツッコミを華麗にスルーし、ポチが説明をし出す。

『あなたたち人間が法を守って生きているように、邪纏いにも守らなければならない世界の決まりごと――"世界の行く末を変えるような干渉をしてはならない”――が課せられております』
「……いや、邪纏いってめっちゃ人間に干渉してきてるだろ。過去の歴史の中で、どれだけ邪纏いが俺たち人間の脅威になってきたか知ってる? それにお前だって今、がっつり王妃に干渉してるし、何を今更……」
『どこまで干渉して良いのかは、この世界が判断いたします。全ては世界の判断に委ねられており、人間にとって脅威かどうかは関係ございません。我々は、その警告を受け取り、どこまで干渉して良いのかを判断しております。もし警告を無視して制約を破ろうとした邪纏いは、世界によって抹消されてしまいます』

 制約破ったら、現世から一発退場かよ……
 邪纏いの世界、厳しすぎない?

「つまり、王妃が悪女になることをお前が後押しすることは、世界から認められているからOK。でも、王妃が何故悪女を目指しているかを俺に話すことは、世界から認められていないから話せない。話せばお前は破壊されてしまう。そういうことか?」
『左様でございます』

 嘘くせぇぇぇ!

 俺の気持ちを読み取ったのか、声色に笑いを滲ませながらポチが問う。

『その顔は、疑っていらっしゃいますね? それなら……試してみましょうか? 私たち邪纏いに課せられている制約が、その罰則が、本当であるかどうかを――』
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】「異世界に召喚されたら聖女を名乗る女に冤罪をかけられ森に捨てられました。特殊スキルで育てたリンゴを食べて生き抜きます」

まほりろ
恋愛
※小説家になろう「異世界転生ジャンル」日間ランキング9位!2022/09/05 仕事からの帰り道、近所に住むセレブ女子大生と一緒に異世界に召喚された。 私たちを呼び出したのは中世ヨーロッパ風の世界に住むイケメン王子。 王子は美人女子大生に夢中になり彼女を本物の聖女と認定した。 冴えない見た目の私は、故郷で女子大生を脅迫していた冤罪をかけられ追放されてしまう。 本物の聖女は私だったのに……。この国が困ったことになっても助けてあげないんだから。 「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※無断転載を禁止します。 ※朗読動画の無断配信も禁止します。 ※小説家になろう先行投稿。カクヨム、エブリスタにも投稿予定。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。

【完結】「父に毒殺され母の葬儀までタイムリープしたので、親戚の集まる前で父にやり返してやった」

まほりろ
恋愛
十八歳の私は異母妹に婚約者を奪われ、父と継母に毒殺された。 気がついたら十歳まで時間が巻き戻っていて、母の葬儀の最中だった。 私に毒を飲ませた父と継母が、虫の息の私の耳元で得意げに母を毒殺した経緯を話していたことを思い出した。 母の葬儀が終われば私は屋敷に幽閉され、外部との連絡手段を失ってしまう。 父を断罪できるチャンスは今しかない。 「お父様は悪くないの!  お父様は愛する人と一緒になりたかっただけなの!  だからお父様はお母様に毒をもったの!  お願いお父様を捕まえないで!」 私は声の限りに叫んでいた。 心の奥にほんの少し芽生えた父への殺意とともに。 ※他サイトにも投稿しています。 ※表紙素材はあぐりりんこ様よりお借りしております。 ※「Copyright(C)2022-九頭竜坂まほろん」 ※タイトル変更しました。 旧タイトル「父に殺されタイムリープしたので『お父様は悪くないの!お父様は愛する人と一緒になりたくてお母様の食事に毒をもっただけなの!』と叫んでみた」

侯爵令嬢に転生したからには、何がなんでも生き抜きたいと思います!

珂里
ファンタジー
侯爵令嬢に生まれた私。 3歳のある日、湖で溺れて前世の記憶を思い出す。 高校に入学した翌日、川で溺れていた子供を助けようとして逆に私が溺れてしまった。 これからハッピーライフを満喫しようと思っていたのに!! 転生したからには、2度目の人生何がなんでも生き抜いて、楽しみたいと思います!!!

悪役令嬢と言われ冤罪で追放されたけど、実力でざまぁしてしまった。

三谷朱花
恋愛
レナ・フルサールは元公爵令嬢。何もしていないはずなのに、気が付けば悪役令嬢と呼ばれ、公爵家を追放されるはめに。それまで高スペックと魔力の強さから王太子妃として望まれたはずなのに、スペックも低い魔力もほとんどないマリアンヌ・ゴッセ男爵令嬢が、王太子妃になることに。 何度も断罪を回避しようとしたのに! では、こんな国など出ていきます!

義母に毒を盛られて前世の記憶を取り戻し覚醒しました、貴男は義妹と仲良くすればいいわ。

克全
ファンタジー
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。 11月9日「カクヨム」恋愛日間ランキング15位 11月11日「カクヨム」恋愛週間ランキング22位 11月11日「カクヨム」恋愛月間ランキング71位 11月4日「小説家になろう」恋愛異世界転生/転移恋愛日間78位

悪役令嬢は処刑されました

菜花
ファンタジー
王家の命で王太子と婚約したペネロペ。しかしそれは不幸な婚約と言う他なく、最終的にペネロペは冤罪で処刑される。彼女の処刑後の話と、転生後の話。カクヨム様でも投稿しています。

魔力∞を魔力0と勘違いされて追放されました

紗南
ファンタジー
異世界に神の加護をもらって転生した。5歳で前世の記憶を取り戻して洗礼をしたら魔力が∞と記載されてた。異世界にはない記号のためか魔力0と判断され公爵家を追放される。 国2つ跨いだところで冒険者登録して成り上がっていくお話です 更新は1週間に1度くらいのペースになります。 何度か確認はしてますが誤字脱字があるかと思います。 自己満足作品ですので技量は全くありません。その辺り覚悟してお読みくださいm(*_ _)m

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

処理中です...