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悪役令嬢の回想4

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 旅を続けながら、
 前線で戦わされながら、
 一人で広い街の中で情報収集をし、時には危険な目に遭いながら、
 いつまでも三人が戻らない宿で一人待ちながら、
 路銀が足りず、母の形見の髪飾りを売ったお金が、レイカ様へのプレゼントに消えていくのを見ながら、
 眠っている私の隣で、ケルビン様やクライム様との逢瀬を楽しむレイカ様の淫らな声を聞きながら、

 ずっと、ずっとずっと私は考え続けました。

 私は、彼らにとって一体何なのかと。

 私の役目は、ケルビン様を守ること。
 それを果たしているのに、何故こんなにも空しいのかと――

 そして私の運命が変わったあの日――

 今でもハッキリと覚えていますわ。
 とある村はずれに、強大な魔物が現れたのです。

 今までの戦い方が通用しません。それなのにケルビン様もクライム様も、レイカ様の傍から離れることなく、

「アイリス、早くあいつの動きを弱らせて動きを止めろ!」

 と叫ぶだけ。

 雑魚は全て倒しましたが、あの魔物は残っています。
 私は敵と対峙しました。

 しかし本来魔法使いとは、魔力を操るために鎧を身につけることができないため、後方にいるもの。
 物理で攻められれば、ひとたまりもないのです。

 ケルビン様もクライム様も、私の防具が、戦いでボロボロになった服とローブということを、きっとお忘れになっていたのでしょうね。

 敵の攻撃を避け損ねた私は、体中に衝撃を受けて倒れてしまいました。

 魔物が止めを刺すために近付いてきます。
 重い足音と重なる形で、三人の会話が聞こえてきました。

「あいつがアイリスに意識を向けている間に逃げるぞ‼」
「で、でもケルビンっ、あ、アイリスが……っ」
「今はご自身の安全を一番にお考えください! あなたは聖女なのですから!」
「俺やレイカのために命を投げ出せるなら、アイリスも本望だろう! それにあいつは、お前を目の敵にして、色んな嫌がらせをしてきていたんだろ? 気にするな!」
「そうです! 聖女を苦しめた報いです!」

 まさか、という思いでなんとか目を開くと、視界の端で三人が私に背を向けて走り去るのが見えました。

 助けて。
 行かないで。

 私を、

 ――見捨てないで。

 声なき声を発しながら、私は三人の背中に手を伸ばしました。
 しかし、彼らは一度も振り返ることは、ありません、でした。

 ふと、旅の途中、レイカ様に熱をあげるケルビン様へ忠告を差し上げたときのことを思い出しました。

「アイリス。お前のその態度、レイカの言う【悪役令嬢】そのものだな」
「あくやく、れい、じょう……? それはどういったものでしょうか?」
「物語のヒロインに敵対し、攻撃をする貴族令嬢のことだ。ヒロインの恋路の邪魔をしたり、才能を妬んで嫌がらせをするような者のことをいうらしい」
「私は、レイカ様の邪魔をしたり、妬んで嫌がらせなどしておりませんが」
「ふんっ、どうだか。レイカは俺たちがいないところでお前に嫌がらせを受けていると言っていたぞ。だがその意識すらないとは……根っからの悪役だな、お前は!」

 私は何も言えませんでした。
 何故なら、本当にレイカ様に敵対などしていなかったのですから。嫌がらせなど、もってのほかです。

 ただ、この旅が成功するよう、力を尽くしていただけ。

 しかし、見捨てられてようやく分かりました。
 私が皆のためだと思い、し続けてきた行動は……彼らにとって悪意でしかなかったのだと。

 彼らにとって私は、ヒロインレイカ様を苦しめる悪役令嬢だったのだと。

 そう。
 そのときでしたね? ルージャン。

 あなたが私を助けようと、出て来てくれたのは。

 魔物の注意があなたに向いた瞬間、私はありったけの魔力を注いだ一撃を、敵に叩きつけました。

 魔物は倒れ、私も同時に気を失い……気付けばこの村にいたのです。

 あなたが連れてきてくれたのですね?
 本当に……感謝しています。

 しかしあなたも知っているとおり、意識を取り戻した私は、ずっと心を閉ざしていましたね。婚約者に見捨てられ、仲間だと思っていた人たちから裏切られ、私の心は酷く傷ついていたのです。

 このまま死んでもいいと、思う程。

 ですがあなたたちは、そんな私に理由を聞かず、優しく接してくださいました。
 そしてあなたは、両親を失い、一人で弟を育てて大変なはずなのに、私を家に置いてくださいました。

 あなたや村の人々の優しさが、死を望んでいた私の心を癒やしてくれたのです。

 心が癒やされた私は、思いました。

 ケルビン様やレイカ様、クライム様にとって私が悪役令嬢だというのなら、お望み通り、そうなってやろう、悪役らしく自分の欲望に忠実であろうと。

 ケルビン様たちだって、旅の間、ご自身の欲望に忠実だったではありませんか。
 ご自身たちが見たいように物事を見ていたではありませんか。

 ならば、私も同じように生きても問題ありませんわよね?

 え?
 私は悪役令嬢などではない?

 ありがとう、ルージャン。でも私は……悪役なのですよ。

 私は、遠眼鏡の魔法で見ていたのです。
 ケルビン様たちが辿った末路を――

 今まで私に頼りっきりだった彼らが、戦っていけるわけがございません。すぐに魔物たちに捕まったようです。

 ケルビン様は、ご自身の命が惜しく、魔王に命乞いをなされました。そして国王様の首を取ってくることを条件に解放され――お父上をその手にかけたのです。
 混乱に乗じ、取り憑いていた魔物がケルビン様の肉体を媒体にして転移門を開き、大量の魔物を送ってきたため、門を封じるために斬り殺されました。

 クライム様は、魔王によって膨大な魔力を注ぎ込まれたせいで狂い、魔物とともにたくさんの人間を殺しました。結果、神殿にとらえられ、魔を祓うために火あぶりにされました。

 レイカ様は今も生きていらっしゃいますわ。
 ……まああの状態を、生きている、と言えるかは分かりませんが。

 彼らの最期を、私はただ見ていただけでした。
 祖国が滅ぼされるときも、私はただ見ていただけでした。

 己の感情を――怒りや憎しみを優先した結果、未来の夫も、世界の希望である聖女も、ともに二人を守る役目を担った仲間も、家も、国も、神殿も、全てを見捨てて裏切ったのです。

 だから、ルージャン。
 私はあなたが思うような人間ではありませんのよ。

 世界は魔王にほとんど支配されています。
 もうずっと長い間空は見えず、風が吹けば異臭が鼻につきます。

 この村も含め世界は、今日滅ぼされてしまうでしょう。

 魔王はこの世界の人々に向けて言ったそうですね?
 私たちが今いる土地は、もともと魔物たちが住んでいたのだと。それを後からやってきた人間たちが、黒髪黒目の女性を使って虐げ、追い出したのだと。

 だから、あるべき姿に戻すだけなのだと――

 そう。
 あちら側にも理由があったのです。

 でもね、ルージャン。

 全部、全部――






 ど う で も い い の。
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