2 / 7
悪役令嬢の回想1
しおりを挟む
私の本当の名は、アイリス・ロヴィ・クランメトーレ。
ペグランド王国を支える五代貴族――クランメトーレ公爵の長女です。
私は幼い頃、ペグランド王国の王太子であるケルビン・オール・ペグランド様と婚約いたしました。
この国は、国王が全て。絶対的な権力を有しております。
たとえ王妃であっても、国王の身に危険が迫れば、身を挺して守らなければならない、いわば護衛の一人。
ですから、次期国王となられる相手の結婚相手は、五大貴族の中で一番魔力量が多く、魔法に長けた女性だと決まっているのです。
それが――私でした。
ケルビン様を守るため、私は幼い頃から過酷ともいえる魔法訓練も受けてきました。魔法訓練に比べれば、妃教育など可愛いもの。
公爵令嬢に似つかわしくない、文字通り血の滲むような努力を続けた結果、私は僅か十九歳にして、王国内でも五本の指に入るほどの実力をもつ魔法使いとなったのです。
全ては未来の国王となられる婚約者、ケルビン様を守るために――
ケルビン様は……そうですね。
彼は未来の国王となられる御方だと育てられたせいか、非常に我が強い方でした。国の主として強い意志をもたれることは良いことなのですが、いささか……その態度が強固すぎるというか――ふふっ、私ったら。彼の短所を良いように言う癖は、まだ直っていないようですね。
ええ、あなたの言う通り、ケルビン様はとても我が儘で自己愛の強い御方でした。
しかしそれもきっと今だけ。
民の上に立つお立場になったとき、ご自身の身を振り返り行動を正してくださる。
そう、信じておりました。
神殿が聖域としている聖なる泉に、ホンジョウ レイカ様が現れるまでは。
*
レイカ様は、明らかにペグランド王国の人間ではありませんでした。彼女が身につけていた服装や持ち物が、この国では見たことないものばかりだったからです。
聖域で発見されたため、彼女の身柄は当初神殿が引き受けました。
神殿には大昔、異世界からやってきた黒髪と黒い瞳をもつ聖女が、魔物に征服されていた世界を聖なる力――魔の物たちを跡形もなく消滅させる力――で救ったという伝承が残っておりました。
レイカ様から、伝承にある聖なる力を見いだした神殿は、彼女を、異世界からやってきた聖女と認定したのです。
丁度その頃、ケルビン様は、とあるミスを犯してしまい、次期国王の座が危うくなっておりました。弟君をおす者たちの声が大きくなり、窮地に陥っておられたのです。
次期国王の座を取り戻すには、ケルビン様に国を治める力があることを国内外に示す必要がありました。
ですから、この世界に蔓延る魔の権下である魔王を、聖女とともに倒そうと決意なされたのです。
それくらいなさらなければ、落ちた権威を取り戻すことなど、不可能でしたから。
こうしてケルビン様は、初めてレイカ様とお会いになられたのです。
あの日のことは……今でも夢に見ますわ。
レイカ様は、彼女を護衛する聖騎士クライム様とともにやってこられました。
案内された広い応接間で、ケルビン様に向かって頭を下げるレイカ様の第一印象は、小さくて可愛らしい方でした。
長い黒髪が艶やかで、黒い瞳からは怯えが見えました。年齢は私と同じだと聞いておりましたが、幼く思えます。
神殿の巫女が身につける白いワンピースと、肩にはケープを羽織り、頭には額冠をつけておられました。
ケルビン様が、クライム様とともに頭を下げるレイカ様に近付きました。そしてレイカ様の前で腰を落とし、彼女の頬に無遠慮に触れると、ご自身の方へ無理矢理顔を向けさせ、
「こんな小娘が聖女だとは。神殿の目は節穴ではないか?」
と嘲笑されたのです。
神殿の宝たる聖女様への暴言に、私の背筋に寒気が走りました。殿下のまさかの発言に、周囲もざわついています。
神殿は、魔王が現れてから急速に力をつけていました。今では、王家とほぼ同等の権力をもっているからです。
もし神殿を敵に回すことになれば、大変な事態となるでしょう。
しかし、レイカ様の斜め後ろに控えていたクライム様が、口を開こうとなされた瞬間、
「誰が小娘よ! この手を離しなさい、セクハラ王子‼」
レイカ様の叫びが部屋に響くと同時に、ケルビン様が腹部を押さえながらうずくまりました。
どうやらレイカ様が、ケルビン様の腹部を殴ったようでした。
近衛兵たちが動きました。
兵に武器を向けられ、立ち上がったレイカ様の瞳が恐怖で見開かれました。クライム様が立ち上がり、レイカ様を背中で守りながら周囲に鋭い視線を向けています。
一触即発な空気の中、
「武器を下げよ‼」
ケルビン様の一喝によって、近衛兵達は武器を下げました。ですがクライム様はまだ警戒されているようで、レイカ様を庇いながらケルビン様の様子を伺っています。
ですがケルビン様はクライム様を押しのけると、レイカ様の手首を掴まれました。
そして一度も、婚約者たる私に向けたことのない笑顔を浮かべながら、こう仰ったのです。
「俺に楯突くとは面白い女だ。気に入った。お前、俺の妃になれ」
と。
ペグランド王国を支える五代貴族――クランメトーレ公爵の長女です。
私は幼い頃、ペグランド王国の王太子であるケルビン・オール・ペグランド様と婚約いたしました。
この国は、国王が全て。絶対的な権力を有しております。
たとえ王妃であっても、国王の身に危険が迫れば、身を挺して守らなければならない、いわば護衛の一人。
ですから、次期国王となられる相手の結婚相手は、五大貴族の中で一番魔力量が多く、魔法に長けた女性だと決まっているのです。
それが――私でした。
ケルビン様を守るため、私は幼い頃から過酷ともいえる魔法訓練も受けてきました。魔法訓練に比べれば、妃教育など可愛いもの。
公爵令嬢に似つかわしくない、文字通り血の滲むような努力を続けた結果、私は僅か十九歳にして、王国内でも五本の指に入るほどの実力をもつ魔法使いとなったのです。
全ては未来の国王となられる婚約者、ケルビン様を守るために――
ケルビン様は……そうですね。
彼は未来の国王となられる御方だと育てられたせいか、非常に我が強い方でした。国の主として強い意志をもたれることは良いことなのですが、いささか……その態度が強固すぎるというか――ふふっ、私ったら。彼の短所を良いように言う癖は、まだ直っていないようですね。
ええ、あなたの言う通り、ケルビン様はとても我が儘で自己愛の強い御方でした。
しかしそれもきっと今だけ。
民の上に立つお立場になったとき、ご自身の身を振り返り行動を正してくださる。
そう、信じておりました。
神殿が聖域としている聖なる泉に、ホンジョウ レイカ様が現れるまでは。
*
レイカ様は、明らかにペグランド王国の人間ではありませんでした。彼女が身につけていた服装や持ち物が、この国では見たことないものばかりだったからです。
聖域で発見されたため、彼女の身柄は当初神殿が引き受けました。
神殿には大昔、異世界からやってきた黒髪と黒い瞳をもつ聖女が、魔物に征服されていた世界を聖なる力――魔の物たちを跡形もなく消滅させる力――で救ったという伝承が残っておりました。
レイカ様から、伝承にある聖なる力を見いだした神殿は、彼女を、異世界からやってきた聖女と認定したのです。
丁度その頃、ケルビン様は、とあるミスを犯してしまい、次期国王の座が危うくなっておりました。弟君をおす者たちの声が大きくなり、窮地に陥っておられたのです。
次期国王の座を取り戻すには、ケルビン様に国を治める力があることを国内外に示す必要がありました。
ですから、この世界に蔓延る魔の権下である魔王を、聖女とともに倒そうと決意なされたのです。
それくらいなさらなければ、落ちた権威を取り戻すことなど、不可能でしたから。
こうしてケルビン様は、初めてレイカ様とお会いになられたのです。
あの日のことは……今でも夢に見ますわ。
レイカ様は、彼女を護衛する聖騎士クライム様とともにやってこられました。
案内された広い応接間で、ケルビン様に向かって頭を下げるレイカ様の第一印象は、小さくて可愛らしい方でした。
長い黒髪が艶やかで、黒い瞳からは怯えが見えました。年齢は私と同じだと聞いておりましたが、幼く思えます。
神殿の巫女が身につける白いワンピースと、肩にはケープを羽織り、頭には額冠をつけておられました。
ケルビン様が、クライム様とともに頭を下げるレイカ様に近付きました。そしてレイカ様の前で腰を落とし、彼女の頬に無遠慮に触れると、ご自身の方へ無理矢理顔を向けさせ、
「こんな小娘が聖女だとは。神殿の目は節穴ではないか?」
と嘲笑されたのです。
神殿の宝たる聖女様への暴言に、私の背筋に寒気が走りました。殿下のまさかの発言に、周囲もざわついています。
神殿は、魔王が現れてから急速に力をつけていました。今では、王家とほぼ同等の権力をもっているからです。
もし神殿を敵に回すことになれば、大変な事態となるでしょう。
しかし、レイカ様の斜め後ろに控えていたクライム様が、口を開こうとなされた瞬間、
「誰が小娘よ! この手を離しなさい、セクハラ王子‼」
レイカ様の叫びが部屋に響くと同時に、ケルビン様が腹部を押さえながらうずくまりました。
どうやらレイカ様が、ケルビン様の腹部を殴ったようでした。
近衛兵たちが動きました。
兵に武器を向けられ、立ち上がったレイカ様の瞳が恐怖で見開かれました。クライム様が立ち上がり、レイカ様を背中で守りながら周囲に鋭い視線を向けています。
一触即発な空気の中、
「武器を下げよ‼」
ケルビン様の一喝によって、近衛兵達は武器を下げました。ですがクライム様はまだ警戒されているようで、レイカ様を庇いながらケルビン様の様子を伺っています。
ですがケルビン様はクライム様を押しのけると、レイカ様の手首を掴まれました。
そして一度も、婚約者たる私に向けたことのない笑顔を浮かべながら、こう仰ったのです。
「俺に楯突くとは面白い女だ。気に入った。お前、俺の妃になれ」
と。
35
お読みいただきありがとうございます♪
匿名で何か残したい場合は、マシュマロ(メッセージ送るやつ)・WEB拍手をどうぞご利用下さい。次作の励みとなります♪
Web拍手(おまけSS掲載中)
【Web拍手】
マシュマロ
【マシュマロを送る】
匿名で何か残したい場合は、マシュマロ(メッセージ送るやつ)・WEB拍手をどうぞご利用下さい。次作の励みとなります♪
Web拍手(おまけSS掲載中)
【Web拍手】
マシュマロ
【マシュマロを送る】
お気に入りに追加
132
あなたにおすすめの小説

私が妻です!
ミカン♬
恋愛
幼い頃のトラウマで男性が怖いエルシーは夫のヴァルと結婚して2年、まだ本当の夫婦には成っていない。
王都で一人暮らす夫から連絡が途絶えて2か月、エルシーは弟のような護衛レノを連れて夫の家に向かうと、愛人と赤子と暮らしていた。失意のエルシーを狙う従兄妹のオリバーに王都でも襲われる。その時に助けてくれた侯爵夫人にお世話になってエルシーは生まれ変わろうと決心する。
侯爵家に離婚届けにサインを求めて夫がやってきた。
そこに王宮騎士団の副団長エイダンが追いかけてきて、夫の様子がおかしくなるのだった。
世界観など全てフワっと設定です。サクっと終わります。
5/23 完結に状況の説明を書き足しました。申し訳ありません。
★★★なろう様では最後に閑話をいれています。
脱字報告、応援して下さった皆様本当に有難うございました。
他のサイトにも投稿しています。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。

【完結】二度目の恋はもう諦めたくない。
たろ
恋愛
セレンは15歳の時に16歳のスティーブ・ロセスと結婚した。いわゆる政略的な結婚で、幼馴染でいつも喧嘩ばかりの二人は歩み寄りもなく一年で離縁した。
その一年間をなかったものにするため、お互い全く別のところへ移り住んだ。
スティーブはアルク国に留学してしまった。
セレンは国の文官の試験を受けて働くことになった。配属は何故か騎士団の事務員。
本人は全く気がついていないが騎士団員の間では
『可愛い子兎』と呼ばれ、何かと理由をつけては事務室にみんな足を運ぶこととなる。
そんな騎士団に入隊してきたのが、スティーブ。
お互い結婚していたことはなかったことにしようと、話すこともなく目も合わせないで過ごした。
本当はお互い好き合っているのに素直になれない二人。
そして、少しずつお互いの誤解が解けてもう一度……
始めの数話は幼い頃の出会い。
そして結婚1年間の話。
再会と続きます。
タイムリープ〜悪女の烙印を押された私はもう二度と失敗しない
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<もうあなた方の事は信じません>―私が二度目の人生を生きている事は誰にも内緒―
私の名前はアイリス・イリヤ。王太子の婚約者だった。2年越しにようやく迎えた婚約式の発表の日、何故か<私>は大観衆の中にいた。そして婚約者である王太子の側に立っていたのは彼に付きまとっていたクラスメイト。この国の国王陛下は告げた。
「アイリス・イリヤとの婚約を解消し、ここにいるタバサ・オルフェンを王太子の婚約者とする!」
その場で身に覚えの無い罪で悪女として捕らえられた私は島流しに遭い、寂しい晩年を迎えた・・・はずが、守護神の力で何故か婚約式発表の2年前に逆戻り。タイムリープの力ともう一つの力を手に入れた二度目の人生。目の前には私を騙した人達がいる。もう騙されない。同じ失敗は繰り返さないと私は心に誓った。
※カクヨム・小説家になろうにも掲載しています

断罪イベント返しなんぞされてたまるか。私は普通に生きたいんだ邪魔するな!!
柊
ファンタジー
「ミレイユ・ギルマン!」
ミレヴン国立宮廷学校卒業記念の夜会にて、突如叫んだのは第一王子であるセルジオ・ライナルディ。
「お前のような性悪な女を王妃には出来ない! よって今日ここで私は公爵令嬢ミレイユ・ギルマンとの婚約を破棄し、男爵令嬢アンナ・ラブレと婚姻する!!」
そう宣言されたミレイユ・ギルマンは冷静に「さようでございますか。ですが、『性悪な』というのはどういうことでしょうか?」と返す。それに反論するセルジオ。彼に肩を抱かれている渦中の男爵令嬢アンナ・ラブレは思った。
(やっべえ。これ前世の投稿サイトで何万回も見た展開だ!)と。
※pixiv、カクヨム、小説家になろうにも同じものを投稿しています。
【完結】365日後の花言葉
Ringo
恋愛
許せなかった。
幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。
あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。
“ごめんなさい”
言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの?
※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。


【完結】もしかして悪役令嬢とはわたくしのことでしょうか?
桃田みかん
恋愛
ナルトリア公爵の長女イザベルには五歳のフローラという可愛い妹がいる。
天使のように可愛らしいフローラはちょっぴりわがままな小悪魔でもあった。
そんなフローラが階段から落ちて怪我をしてから、少し性格が変わった。
「お姉様を悪役令嬢になんてさせません!」
イザベルにこう高らかに宣言したフローラに、戸惑うばかり。
フローラは天使なのか小悪魔なのか…
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる