私は《悪役令嬢》の役を降りさせて頂きます

めぐめぐ

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 ジメジメと湿度がこもる地下牢に、あたし――ルシア・トニ・キーティングはいた。
 
(上では、断罪の準備が進んでいるのかな)

 壁を這うトカゲを見つめながら思う。髪飾りを投げつけると、トカゲに当たったようだが、残っていたのは潰れた死体ではなく、尻尾だけだった。
 どうやら逃れるために、尻尾を切り落として逃げたらしい。

 まだぴくぴく動くそれを見つめながら、自身の行く末を思い浮かべる。
 きっとあたしも、こんな感じで首を刎ねられるんだろう。

 ――《全ての愛を君に》の本筋通り。

 その時、カツンという足音が地下牢に響き渡った。
 牢の前にいた見張りが、慌ててやって来た人物たちに駆け寄り、何かを話している。話がついたのか、見張りの代わりに、見知った二人が姿を現した。

「……何しに来たの? お二人さん」

 あたしは憎しみを込めてアンティローゼとエリオットを見つめた。

 しかし睨まれても、憎しみをぶつけられても、アンティローゼは毅然としていた。 

 美しい。
 やっぱり《本物の主人公》は違う。

 あたしなんかよりも、ずっと強くて輝いていて――

 アンティローゼの艶のある唇が動いた。

「全てを聞いたわ、ルシア。あなたが……この物語の《本物の悪役令嬢》役だったってことを……」

 あたしは反射的に目を反らした。
 転生し、自分が《悪役令嬢》だと知ったときの絶望感が胸の奥に蘇ったからだ。

 しかし弱いあたしを見られたくなかった。口元に笑みを作ると、彼女の言葉を鼻で笑う。

「そうよ、だから何? ほら、良かったわね、本当の《悪役令嬢》はこうして捕まり、物語は正しい道筋へと向かっているわ」
「ルシア……」
「そんな目であたしを見ないでっ‼ 前世の記憶が蘇って、ただでさえ戸惑っていたのに、この世界で断罪されて殺される《悪役令嬢》だと知った時の絶望が、あなたには分かる⁉」

 アンティローゼが口を開こうとした時、エリオットが彼女を庇うように前に出た。

「何故アンティローゼを悪役令嬢役にした? 《悪役令嬢》の破滅フラグを回避する方法はいくらでもあったんじゃないのか?」
「破滅フラグ……ああ、エリオット、あんたも転生者だったわけね」

 少なくとも、この世界に《フラグ》なんて発言する人間はいない。

 全てが繋がった気がした。
 いつも嫉妬に狂い勝手に破滅していくアンティローゼが、今回は何故か違った行動をしていたから。きっとこいつが入れ知恵した結果なのだろう。

「それなら話は早いわ。確かに色々な方法を試したけど、結局結末は同じだった。断罪されて死ぬ。だから悟ったの。《読者》が《悪役令嬢》を求める限り、私は死から逃れられないと。《読者》が《悪役令嬢》に期待することはただ一つ、破滅だけだから!」
「だからアンティローゼから主役を奪い、自分の役割を彼女に押し付けたわけか」
「そうよ! あたしは生きたかっただけなのに! あんたたちをハッピーエンドに導くための道具として、《読者》からのヘイトを集め、溜まりに溜まったストレスを発散させるキャラクターとして殺されるあたしの気持ちが、お前たちに分かるものかっ‼」
「分かるわっ‼」

 突然、黙って聞いていたアンティローゼが言葉を遮った。

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