上 下
13 / 21
・二の部屋

第13話 (夜もすがら)

しおりを挟む
「大丈夫だ。今は奴は何もしてこないはず」

 そう言われても、化け物が手を伸ばしてきたときに反応ができない距離まで近づくのは躊躇した。まったく動かないが、目だけはしっかりこちらを見ている。だらしなく伸ばされた腕は指先まで力が抜けているように見えるが動かないという保証はどこにもない。腕の片方は収納と思われる場所の取っ手に触れているのは何か意味があるのか。

 本当に動かないのか――さりげなくカズオに前を歩かせて、ナオキは細心の注意を払いながら壁に張り付いて進み奥の窓へ。カズオが血の付いたカーテンを指先だけでつまんで開きその先を指さした。

 雲がある。雲の隙間から見える青空の下にはアスファルトの道路に草や木。ベランダの向こう側に当たり前の外の景色がそこにはあった。しかし、端っこのほうは最初の部屋で見たように真っ黒で、世界の一部がハサミで切り取られたようになっている。

「あそこの扉が見えるか?あれが間違いなくこの空間の出口だろう」
 家の前にはため池と思われる池がありその向こう側にドアが場違いにポツンと置かれていた。目を凝らしてもよく見えない距離だがここに入ってきたものと同じ形同じ色のようだ。

「おい、そこを見てみろ。そこに穴がある。おそらくこの化け物が開けた穴だ」

 部屋の一番奥の隅にへこんでいる場所があった。覗いてみると黒色の布が見えた。下にいる時は気づかなかったが、天井の一部も黒色の布で塞がれていたらしい。そのまま壁を近くで見ると血に汚れてよく見えていなかったが壁の所々がへこんでいた。ちょうど化け物の手のサイズくらいに。

「もう一つ見せたいものがあるが隣の部屋からにするか」
 カズオは足早で逃げるように部屋から出て行った。ナオキは同じペースではついて行かずじっくりと化け物を睨んだ。こいつは昼の間中は全く動かないのか――。

 続いて隣の部屋に案内された。落ち着いた家具で揃えられていて大人の寝室に見える隣の部屋に入ると、カズオはまず溜め込んでいた緊張とともにため息を吐いていた。

 隣の部屋の壁の一部にも黒い布が貼られていて、カズオがめくるとそこに穴があった。化け物がいる部屋と繋がっていて、四つん這いになればナオキなら通れそうな大きさ。

「たぶん奴が開けた穴だ。俺がそれを少しづつ通れるように広げた。思い切り蹴ればもっと広くなりそうだから逃げる時に試してみな――」

 黒い空間に島のように家と大地の一部が浮いていて、ドアが1つ無造作に置かれている。また、この場所の奇妙さには驚かされた。そして化け物がいる部屋に別の部屋へ繋がる2つの穴…………カズオが言わんとしていることは分かる。

 だけど、ナオキは一つ腑に落ちない事があった。

 あの2つの穴を駆使して夜もすがら化け物と鬼ごっこをしているうちにカズオが脱出方法を調べるか――あとは調べる内容が聞きたい――。

「俺が調べることはこれだ」
 一回に降りて、玄関から見て左の部屋、リビングに入ると、最初入ってきたときにはなかったダンボールが窓際にあった。

「見ろ。中は水と食料。たぶん誰かが夜の間に誰かがそこの窓、あるいは玄関から入っているのかも知れないが、どこからか入ってきて置いて行ってるんだ。朝方、ここにくると毎日この位置に置かれている。あとは昼の間化け物がいる部屋にもきっと何か脱出に繋がる手掛かりがあるはず。腹くくって何度かあの部屋に入って色々調べる目星はつけてんだ」

 徹夜で迎えた気疎い朝、徐々に明るくなってきた平凡な部屋の中、長々と説明するカズオに対してなんだかムカムカした気持ちが溢れてきた。カズオの疲れているのと化け物の恐怖から余裕がなくて怒っているようにも聞こえる声も大体は理解しているがいまいち耳に入ってこない。毎日届けられる水と食料とは興味深いがもっと確実にここを出る方法があるだろう――。なんだか目を閉じてしまいそうだ、口を閉じるのもだるくてだらしなく口が開く。

「殺せばいいんじゃないですか。今の状態なら殺せるでしょ」

 言ってしまった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

高収入悪夢治療バイト・未経験者歓迎

木岡(もくおか)
ホラー
 大学3年生の夏休み、主人公・凛太は遊ぶ金欲しさに高収入バイトを探していた。インターネットや求人雑誌を利用して辿り着いたのは睡眠治療のサポートをするバイト。求人情報に記載されている業務内容は医師の下での雑務と患者の見守り。特に難しいことは書かれていない中、時給は1800円と破格の高さだった。  すぐに応募した凛太を待ち受けていたのは睡眠治療の中でも悪夢治療に限定されたもので……しかもそれは想像とは全く違っていたものだった……。

雷命の造娘

凰太郎
ホラー
闇暦二八年──。 〈娘〉は、独りだった……。 〈娘〉は、虚だった……。 そして、闇暦二九年──。 残酷なる〈命〉が、運命を刻み始める! 人間の業に汚れた罪深き己が宿命を! 人類が支配権を失い、魔界より顕現した〈怪物〉達が覇権を狙った戦乱を繰り広げる闇の新世紀〈闇暦〉──。 豪雷が産み落とした命は、はたして何を心に刻み生きるのか? 闇暦戦史、第二弾開幕!

閲覧禁止

ホラー
”それ”を送られたら終わり。 呪われたそれにより次々と人間が殺されていく。それは何なのか、何のために――。 村木は知り合いの女子高生である相園が殺されたことから事件に巻き込まれる。彼女はある写真を送られたことで殺されたらしい。その事件を皮切りに、次々と写真を送られた人間が殺されることとなる。二人目の現場で写真を託された村木は、事件を解決することを決意する。

開示請求

工事帽
ホラー
不幸な事故を発端に仕事を辞めた男は、動画投稿で新しい生活を始める。順調に増える再生数に、新しい生活は明るいものに見えた。だが、投稿された一つのコメントからその生活に陰が差し始める。

禁忌

habatake
ホラー
神社で掃除をしていた神主が、学校帰りの少年に不思議な出来事を語る

ホラー短編集

緒方宗谷
ホラー
気付かない内に足を踏み入れてしまった怨霊の世界。

ホラフキさんの罰

堅他不願(かたほかふがん)
ホラー
 主人公・岩瀬は日本の地方私大に通う二年生男子。彼は、『回転体眩惑症(かいてんたいげんわくしょう)』なる病気に高校時代からつきまとわれていた。回転する物体を見つめ続けると、無意識に自分の身体を回転させてしまう奇病だ。  精神科で処方される薬を内服することで日常生活に支障はないものの、岩瀬は誰に対しても一歩引いた形で接していた。  そんなある日。彼が所属する学内サークル『たもと鑑賞会』……通称『たもかん』で、とある都市伝説がはやり始める。  『たもと鑑賞会』とは、橋のたもとで記念撮影をするというだけのサークルである。最近は感染症の蔓延がたたって開店休業だった。そこへ、一年生男子の神出(かみで)が『ホラフキさん』なる化け物をやたらに吹聴し始めた。  一度『ホラフキさん』にとりつかれると、『ホラフキさん』の命じたホラを他人に分かるよう発表してから実行しなければならない。『ホラフキさん』が誰についているかは『ホラフキさん、だーれだ』と聞けば良い。つかれてない人間は『だーれだ』と繰り返す。  神出は異常な熱意で『ホラフキさん』を広めようとしていた。そして、岩瀬はたまたま買い物にでかけたコンビニで『ホラフキさん』の声をじかに聞いた。隣には、同じ大学の後輩になる女子の恩田がいた。  ほどなくして、岩瀬は恩田から神出の死を聞かされた。  ※カクヨム、小説家になろうにも掲載。

処理中です...