上 下
6 / 10

先生

しおりを挟む
 皆お互い初対面だろうから、それほど話し声がしていたわけではない教室は完全に静まって、教卓へ注目が集まる。理解はできていないが、とりあえず指示通り自分の席に座わる。皆そんな様子だった。

「初めまして。このA組の担任です」

 男は言うまでもないことのようにさらりと話し出す。見たところは年齢は20代前半の新任教師かもっと若い大学生の研修教員みたいだった。

「これからいつまでになるか分かりませんが、皆さんの最も身近な先生になるので、どうぞよろしくお願いします」

 こめかみを指で書きながら短いお辞儀をする先生を名乗る男。生徒の数人が返して短く頭を下げる。

「まずはね、ここにいる全員で自己紹介をしてもらおうと思います。名簿に書いてある名前と顔も一致させたいですし。先生が最初に自己紹介するので、その後にそっちの列から順に1人ずつやっていってもらいます」

 指差されたのはジュンだった。サクタと同じ列の一番前に座っているので自己紹介が始まればサクタの番が来るのは早い。

 それにしても、すごく学校の初日らしいイベントが始まったものだ。サクタは机に肘をついて手に頬を乗せる。

「先生の名前はサクランボです。実際にはちゃんと別の名前があるのですが、ここでは――皆さんは、そう呼んでください。これはリンゴ先生の指示で、僕以外の各クラスの先生もそれぞれ果実の名前がリンゴ先生につけられました。僕は、今から10年前……惑星間で戦争が起こる20年前にリンゴ先生に集められた、皆さんと同じ人間です」

 その平坦な感情で語られた言葉を聞いたサクタはなんとなくヒロキを目で探して、見つけると丸くなった目と目が合った。サクタ自身もおそらく目が丸くなってしまっている。

「……もう察しが付いている人もいると思いますが、先生も10年前に10歳に戻りました。そして今、今度は自分が教える立場になってここに立っています。……まあ、とりあえず先生の自己紹介はこれくらいでいいですかね。一通り自己紹介が終わってから先生の方針なんかを話しておきます。じゃあ――」

 サクランボ先生は目にかかるか、かからないかくらいの短い黒色の前髪を分けながらまたこめかみに指を持っていく。そうしながらジュンのほうへ向いた。

「短くていいので、その場で立って名前と軽い自分の紹介――趣味とかこれからの抱負を」

「えっと……」

 サクタの席までは聞こえるくらいの息を吐いてから立ち上がったジュンの自己紹介が始まる。既に知り合った仲なので顔が熱くなってしまうような感覚がサクタにも伝わってきた。

「入山……ジュンです。趣味は読書で、気になった本はどんなジャンルでも読みます。えっと……ここでは、昨日までは、絶対に知ることができなかった事を勉強したいです。よろしくお願いします」

 教室内でパラパラと短い拍手が起こってジュンが座る。皆見た目通り子供なら大きな拍手が起こるところだろうが皆それぞれこの状況に思うことがあるはず。

「じゃあ、その後ろの人」

 紙を挟む筆記用のグリップボードに何か書き込みながらサクランボ先生が指示する。

「初めまして。宇佐美 加奈です――――」

「及川 健です。――――」

 ジュンとの間の人の自己紹介は名前だけ聞いて、後の当たり障りのなさそうな趣味や特技の話の部分では自分が何を言うか考えた。そして、サクタの番がやってくる。

「春日 サクタです。これといった趣味はなくてその時々で色んな事にハマるタイプです。これからの生活に不安もありますが、やるからには真剣に取り組んで、この世界で何かを成したいという気持ちで来ました。よろしくお願いします」

 最初に全体に向けた自己紹介としては少し重いかもしれないと思ったが、これからの自分の豊富をしっかり胸に刻むためにも言った。これからはなあなあではなく、大きな目標を持って生きたい。

 拍手の中で自分に集まる目線に臆さず、堂々とそれぞれの目を見た。会釈をして席に座ると、その後も1人ずつ、40人の生徒自己紹介が続いた――

 内に秘める精神は大人のクラスでは子供のときよりそれぞれが持つ個性は強くて、お酒を飲むのが好きという子供もいた。耳にピアスを付けた化粧をしている女子に、寒くもないのに毛糸の手袋をしている男子。ヒロキもサクタやジュンにした時のように明るく自己紹介をしていた。

「橋本 真歩です。ピアノを弾くのが好きで、気に入った曲を見つけると弾けるようになるまで練習します」

 橋本さんって……マホちゃんっていうんだ。

 最後から二番目の列で自己紹介を始めた女子は、昨日同じ公園からここに来た大学生らしき女だった。子供になるとぱっと見じゃ分からないものだとサクタは昨日のマホを頭の中で隣に並べながらじっと見た。溢れんばかりだった胸は見る影もなくて、残念に思った。

「はい。みなさんありがとうございました……」

 最後のクラスメイトの自己紹介が終わって、拍手の響きまで消えるとサクランボ先生が再び話を始める。ボードに書き込んでいた手を止めて、子供たちを見下ろす目は先ほどより開いていた。

「皆さん、元は大人なだけあって良い自己紹介だったと思います。それでですね。僕の教育方針なんですけど、正直リンゴ先生の明るく楽しくというのは気に入らない。地球を守る戦争の為の教育方針がこれじゃあね」

 明るく楽しくなんてタイプには見えていなかったが、サクランボ先生はそれをはっきりと否定した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ボンクラ王子の側近を任されました

里見知美
ファンタジー
「任されてくれるな?」  王宮にある宰相の執務室で、俺は頭を下げたまま脂汗を流していた。  人の良い弟である現国王を煽てあげ国の頂点へと導き出し、王国騎士団も魔術師団も視線一つで操ると噂の恐ろしい影の実力者。  そんな人に呼び出され開口一番、シンファエル殿下の側近になれと言われた。  義妹が婚約破棄を叩きつけた相手である。  王子16歳、俺26歳。側近てのは、年の近い家格のしっかりしたヤツがなるんじゃねえの?

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界に転生したのでとりあえず好き勝手生きる事にしました

おすし
ファンタジー
買い物の帰り道、神の争いに巻き込まれ命を落とした高校生・桐生 蓮。お詫びとして、神の加護を受け異世界の貴族の次男として転生するが、転生した身はとんでもない加護を受けていて?!転生前のアニメの知識を使い、2度目の人生を好きに生きる少年の王道物語。 ※バトル・ほのぼの・街づくり・アホ・ハッピー・シリアス等色々ありです。頭空っぽにして読めるかもです。 ※作者は初心者で初投稿なので、優しい目で見てやってください(´・ω・) 更新はめっちゃ不定期です。 ※他の作品出すのいや!というかたは、回れ右の方がいいかもです。

星飾りの騎士

旭ガ丘ひつじ
ファンタジー
命と想いを失って終わりを迎える世界。 その世界で記憶のない少年騎士は、同じく記憶のないアレッタという少女と出会います。 少年騎士は彼女の願いを受けて、世界を救うために、各地に落ちた星を集めて想いを蝕む怪物達と闘います。 二人ならきっと苦しくないよ。 ※一部、マヤ文明を参考  みなさんという星と巡り会えた奇跡に感謝です。

勇者召喚に巻き込まれ、異世界転移・貰えたスキルも鑑定だけ・・・・だけど、何かあるはず!

よっしぃ
ファンタジー
9月11日、12日、ファンタジー部門2位達成中です! 僕はもうすぐ25歳になる常山 順平 24歳。 つねやま  じゅんぺいと読む。 何処にでもいる普通のサラリーマン。 仕事帰りの電車で、吊革に捕まりうつらうつらしていると・・・・ 突然気分が悪くなり、倒れそうになる。 周りを見ると、周りの人々もどんどん倒れている。明らかな異常事態。 何が起こったか分からないまま、気を失う。 気が付けば電車ではなく、どこかの建物。 周りにも人が倒れている。 僕と同じようなリーマンから、数人の女子高生や男子学生、仕事帰りの若い女性や、定年近いおっさんとか。 気が付けば誰かがしゃべってる。 どうやらよくある勇者召喚とやらが行われ、たまたま僕は異世界転移に巻き込まれたようだ。 そして・・・・帰るには、魔王を倒してもらう必要がある・・・・と。 想定外の人数がやって来たらしく、渡すギフト・・・・スキルらしいけど、それも数が限られていて、勇者として召喚した人以外、つまり巻き込まれて転移したその他大勢は、1人1つのギフト?スキルを。あとは支度金と装備一式を渡されるらしい。 どうしても無理な人は、戻ってきたら面倒を見ると。 一方的だが、日本に戻るには、勇者が魔王を倒すしかなく、それを待つのもよし、自ら勇者に協力するもよし・・・・ ですが、ここで問題が。 スキルやギフトにはそれぞれランク、格、強さがバラバラで・・・・ より良いスキルは早い者勝ち。 我も我もと群がる人々。 そんな中突き飛ばされて倒れる1人の女性が。 僕はその女性を助け・・・同じように突き飛ばされ、またもや気を失う。 気が付けば2人だけになっていて・・・・ スキルも2つしか残っていない。 一つは鑑定。 もう一つは家事全般。 両方とも微妙だ・・・・ 彼女の名は才村 友郁 さいむら ゆか。 23歳。 今年社会人になりたて。 取り残された2人が、すったもんだで生き残り、最終的には成り上がるお話。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

神の宝物庫〜すごいスキルで楽しい人生を〜

月風レイ
ファンタジー
 グロービル伯爵家に転生したカインは、転生後憧れの魔法を使おうとするも、魔法を発動することができなかった。そして、自分が魔法が使えないのであれば、剣を磨こうとしたところ、驚くべきことを告げられる。  それは、この世界では誰でも6歳にならないと、魔法が使えないということだ。この世界には神から与えられる、恩恵いわばギフトというものがかって、それをもらうことで初めて魔法やスキルを行使できるようになる。  と、カインは自分が無能なのだと思ってたところから、6歳で行う洗礼の儀でその運命が変わった。  洗礼の儀にて、この世界の邪神を除く、12神たちと出会い、12神全員の祝福をもらい、さらには恩恵として神をも凌ぐ、とてつもない能力を入手した。  カインはそのとてつもない能力をもって、周りの人々に支えられながらも、異世界ファンタジーという夢溢れる、憧れの世界を自由気ままに創意工夫しながら、楽しく過ごしていく。

メグルユメ

パラサイト豚ねぎそば
ファンタジー
シキは勇者に選ばれた。それは誰かの望みなのか、ただの伝統なのかは分からない。しかし、シキは勇者に選ばれた。果たしてシキは勇者として何を成すのだろうか。

処理中です...