上 下
26 / 32

第25話 結界の外へ

しおりを挟む
  近くで見たことは無かった国を守る壁。こうして傍で見てみると、とてつもなくでかい。前世ではそこそこの都会に住んでいた俺でもあまり経験がないほどのでかさだ。見上げてもどのくらいの高さまであるかよく分からない。この壁の中でこの高さを超えるのは城と大きな花くらいのものだろう……。

 そんな壁から穴が空いている場所なんて見つけられるのかと不安になりもしたが、問題なくそれは見つかった。タナカ達の秘密基地の後ろを真っ直ぐに進むと、ちょうど正面に石と木材が積まれている場所があった。

 こんなところがあるなんて、いったい誰が空けた穴なのだろうか――。邪魔な石と木をどけながら思う。

 毎日騎士団が外を見張っているけれど、壁全域に警備が配置されているわけではない。魔物が通り抜けるのだって大きな穴が必要だし、彼らが守っているのは門がある場所だけだ。人数だって門以外まで配置する余裕はない。

 たまに空から侵入する弱い魔物がいると、騎士団が駆けつけて対処するが、騎士団の到着が少しでも遅れると、近所の大人が倒しちゃったりする。侵入できる弱さの魔物は、基本的に冥府の大人よりも弱い。

 これは多くの場合、魔物が弱いのではなく冥府の魔族が強いのだけど。

 つまり、そんなものだということだ。壁の警備は大事な仕事だけれど、日頃から張りつめて行われるほどのことではない。町で、あの仕事は楽だと言われることもある。

 とは言っても、定期的に壁に異常がないか点検してるはずなのに、この穴に気づかなかったのか――。

 邪魔なものをどけ終わり、町と外との境界線に立つと、まぶしさを感じた。突き抜けるような光に、目を細める。この壁の内側で、こんなに全身で月明りを受けられる場所はない。

 ちょうど大人が1人通れるくらいの穴から、広がる景色は辺り一面砂漠。けど、城の窓から見えるものよりも岩だとか枯れた木だとかが散らばっていた。

 その中から俺はまず、魔物がいないかを目視で探した。左右に上下から、岩陰や外側の壁にまで素早く首を向ける――。

 城の敷地内での度重なるトレーニングで、俺は強くなった確実に……。けれど、俺はまだ1度も実戦経験がなかった。侍女や騎士相手に打ち合い稽古や敵の攻撃を受ける練習なんかはしているが、それは実際の戦いとは程遠いものだ。

 そろそろそれが欲しかった。こんなにトレーニングをしているのに戦うことが無いなら、意味がない。結界の中にいる魔物なら余裕で倒せるはずし、なんなら外にいる奴だっていけるかもしれない。なのに、いつまでも力を蓄えていてはもったいないではないか。

 ……とは思いつつも、ざっと見ていなかったので、本題に戻る。ダラダラと探し回る時間は俺にはない。壁の外へ出た瞬間、魔物を見つけることに必死になっていた俺は我に返った。

 でも、まだ諦めるのは早い。これからルシェの宝物を探す作業を行えば、それで地中にいる魔物とかが見つかったりするかもしれない……。

 壁から10m先くらいまでは張られている結界、俺は地上からそれに触れられるくらいの距離まで壁外の砂漠を進んだ。砂に足を取られながらも、急ぎ足で。そして脱力して目を閉じると、精神を統一させた。

 頭のほうに魔力を集めると、前方にある魔力を感知することだけを考える……。そのことだけで頭の中を満たす……。すると、真っ黒な視界の中に小さな光が1つ生まれた……。

 身体能力強化の魔法の1種で、その応用のような魔法である。魔力視の魔法だ。目を閉じて魔力だけを視界に映す。足を速くしたり、重いものを持ち上げられるようにしたりするのとは訳が違って、難しい部類に入る魔法。しかし、俺はもうできるようになっていた。

 目を開けて、光っていた場所に目を凝らすと、微かに月明りを受ける水晶玉が見える。思っていたよりは近くにあった。そんなに離れていない距離で良かった。しかし……。

「魔物の反応はなかったか……」

 俺はため息を吐くように言った。

 光って見えた個所は1つだけ。つまり、この近くに現在魔物はいないということも分かった。かなり楽しみにしながらここへ来たのだけど、今日のところは会えそうにない。がっかりである。

 でも、今回このままここへ来たことがバレずに帰れたら、また来る機会もあるかもしれないな。すぐ来れることも分かったし。

 今日のところはさっさと目的を果たして、帰ろう。そう決めると、結界のほうへ手を伸ばす。

 それまで余裕だった俺もその瞬間には緊張が走った。悪いことをしている感がピークに達したのだ。今世で親の言いつけや校則を破るのは初めてのことだった。

 大丈夫だよな……ゆっくりと体を進めながら考える。

 この結界は外からくる強い力を弾くことに特化した結界。弱い者の移動や、内側から外側への移動には何の制限もない。母が張っている結界だ。

 小さな頃から何度もこの結界の外に出るなと言われてきたものだ。本当にこの先へ出ても……。

 と、そんな時だった。

「坊ちゃまー!」

 後方、少し遠くから微かに俺を呼ぶ声が聞こえた。見ると、壁に空いた穴のところから、俺を探すように首を振る侍女のユイネの姿があった。

 さらに次の瞬間、そのユイネの黒い瞳と目が合う。

 やばい――そう思った俺は、連れ帰られる前に水晶玉だけでも取っておかなければという思考にいたり、迷っていた1歩を踏み出す。

「はっ、坊ちゃま!いけません!」

 薄い膜を抜ける不思議な感覚、それを感じると俺はダッシュした。ユイネは俺より強いし速く動ける。距離が離れていても取り押さえるのなんて一瞬だ。

 だから、早く水晶玉を取らなければ、その意識が先行する。

 全速力で飛ぶような移動、数歩で数十m先の水晶玉までたどり着いた。

 しかし、ものの2秒ほど――水晶玉を拾い上げた俺はそんな一瞬で結界の外へ出たことを後悔した――。

 魔力視なんて使わなくても分かった――それほど大きな力の塊、強大な魔力を持った何かがこちらへ接近している――そんな嫌な感じが俺の足をすくませたのだ――。

 さらに1秒後、砂の中から出現したのは大きな口、鋭い牙が3重になっていくつも生えている。何の魔物の口かも分からないが、瞬く間に見える視界はすべてその口の中になった。

 怖い――そんな感情すらも抱けない速度――。

 俺は何が起きているかも分からないまま、その巨大な魔物の口は勢いよく閉じられた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

愛しているから

七辻ゆゆ
ファンタジー
あなたのために頑張って、処刑した。

僕のおつかい

麻竹
ファンタジー
魔女が世界を統べる世界。 東の大地ウェストブレイ。赤の魔女のお膝元であるこの森に、足早に森を抜けようとする一人の少年の姿があった。 少年の名はマクレーンといって黒い髪に黒い瞳、腰まである髪を後ろで一つに束ねた少年は、真っ赤なマントのフードを目深に被り、明るいこの森を早く抜けようと必死だった。 彼は、母親から頼まれた『おつかい』を無事にやり遂げるべく、今まさに旅に出たばかりであった。 そして、その旅の途中で森で倒れていた人を助けたのだが・・・・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ※一話約1000文字前後に修正しました。 他サイト様にも投稿しています。

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

スキルイータ

北きつね
ファンタジー
 俺は、どうやら死んでしまうようだ。  ”ようだ”と言ったのは、状況がよくわからないからだ、時間が止まっている?  会社のメンバーと、打ち上げをやった、その後、数名と俺が行きつけにしているバーに顔をだした。デスマ進行を知っているマスターは、何も言わないで、俺が好きな”ギムレット”を出してくれる。  2杯目は、”ハンター”にした、いつものメンバーできているので、話すこともなく、自分たちが飲みたい物をオーダした。  30分程度で店を出る。支払いは、デポジットで足りるというサインが出ている。少なくなってきているのだろう事を想定して、3枚ほど財布から取り出して、店を出る。雑踏を嫌って、裏路地を歩いて、一駅前の駅に向かった。  電車を待つ間、仲間と他愛もない話をする。  異世界に転生したら、どんなスキルをもらうか?そんな話をしながら、電車が来るのを待っていた。 ”ドン!”  この音を最後に、俺の生活は一変する。  異世界に転移した。転生でなかったのには理由があるが、もはやどうでもいい。  現在、途方にくれている。 ”神!見て笑っているのだろう?ここはどこだ!”  異世界の、草原に放り出されている。かろうじて服は着ているが、現地に合わせた服なのだろう。スキルも約束通りになっている。だが、それだけだ。世界の説明は簡単に受けた。  いきなりハードプレイか?いい度胸しているよな?  俺の異世界=レヴィラン生活がスタートした。 注意)  ハーレムにはなりません。  ハーレムを求める人はこの作品からは探せないと思います。

転移術士の成り上がり

名無し
ファンタジー
 ベテランの転移術士であるシギルは、自分のパーティーをダンジョンから地上に無事帰還させる日々に至上の喜びを得ていた。ところが、あることがきっかけでメンバーから無能の烙印を押され、脱退を迫られる形になる。それがのちに陰謀だと知ったシギルは激怒し、パーティーに対する復讐計画を練って実行に移すことになるのだった。

プラス的 異世界の過ごし方

seo
ファンタジー
 日本で普通に働いていたわたしは、気がつくと異世界のもうすぐ5歳の幼女だった。田舎の山小屋みたいなところに引っ越してきた。そこがおさめる領地らしい。伯爵令嬢らしいのだが、わたしの多少の知識で知る貴族とはかなり違う。あれ、ひょっとして、うちって貧乏なの? まあ、家族が仲良しみたいだし、楽しければいっか。  呑気で細かいことは気にしない、めんどくさがりズボラ女子が、神様から授けられるギフト「+」に助けられながら、楽しんで生活していきます。  乙女ゲーの脇役家族ということには気づかずに……。 #不定期更新 #物語の進み具合のんびり #カクヨムさんでも掲載しています

処理中です...