上 下
11 / 32

第10.5話 ドライトの過去

しおりを挟む
 その男は強すぎた。他の追随を微塵も許さないほどに――。

 魔力、膂力、魔物討伐数、秘境開拓数――あらゆる力の証明のカテゴリで過去の偉人を若くして超えた――。

 光の魔力に愛され、それを完全に使いこなす――彼の名は、ドライト・マグナドール。

 中界にて、後に勇者と呼ばれるようになる男である――。


 ドライトは何にも属さなかった。共に戦う仲間を集めたことも、何かの集団に加入したことも1度も無かった。冒険者試験を受けられるようになる12歳になったときから、ずっとフリーの冒険者として活動した。

 何よりも自由を愛したのだ。強さ故、ドライトをパーティメンバーや国の兵士として誘う声は山程あったが、何度誘われても、莫大な報酬を積まれても、その全てを断った。

 逆に言えば、何よりも誰かに指示されることや、束縛されることを嫌ったということである。誰かに「危ないから右の道には進むな」と言われたら、迷わず右の道を行く……ドライトはそんな男だった。

 常に世界を冒険し、魔物と戦い、まだ見ぬ景色を探しに行く。誰にも邪魔はさせない。邪魔する奴がいれば思いっきりぶっ飛ばす。これがドライトの人生だったのだ――。

 そんな男だったにも関わらず、ドライトはあらゆる人間から愛された。彼から仲間になってほしいとは言ったことが無いにもかかわらず、ドライトの周りにはいつも仲間の姿があった。

 自由奔放に旅を続け、少し目を離せばどこかへ消えてしまうドライトを、サポートしたいと思う人間が次々に現れた。彼が冒険者として何か活動する度に1人、また1人と。強さに惚れ込んだ者もいれば、命を救われた者もいる。

 そして何より彼の性格がそうさせた。ドライトには人を惹きつける何かがあったのだ。

 彼は決まって劇的な物語の中にいた。いつも世界のどこかが危機的な状況になると現れるのだ。魔物に攻め落とされそうな国、闇に浸食されていく大地、そんな場所があると、どこからともなく彼がやってきた。

 正義が悪に敗れそうなときはいつも、その中心にドライトが現れて、たちまちそれをひっくり返した――。

 
 魔界の王が中界への侵攻を宣言して、全面戦争が始まろうとした時もそうだった。

 今までどこかへ行方をくらましていたドライトが、突然現れて、魔王を討つべく、単身魔界へ乗り込むと言った。

 大勢の期待と不安を背負って彼は……彼にとって数少ない背中を任せられる3人の仲間と共に、敵がひしめく魔界へと旅立った。

 そんな時も彼は笑っていた。やっと魔界へ行く理由ができたと喜んでいた。いつもは固く閉ざされているその世界への扉が開くのは緊急事態以外あり得なかったからだ――。

 魔界へ降り立ったドライトは、その自信の通り、魔物の軍勢を蹴散らした。何の作戦もなく、戦争の準備をしていた魔界を、真っ直ぐに突き進んだ。

 極まった光の魔法と、剣術は数の差をもろともせず敵を圧倒した。

 魔界にいる幾万もの魔物や、魔王直属の部下ですらドライトを止めることはできなかった。ドライトも、その仲間も誰1人かけることなく、魔王の下まで辿り着いた。

 そして、魔王すらも彼の力には及ばなかった。

 さすがに戦い続きのドライトは疲弊しており、魔王はあの手この手の姑息な手を使ってでも勝とうとした。それでも最終的に立っていたのはドライトだった。

 魔王は地に伏して、自信の弱さと、敵の強さを呪った。おそらくはドライトさえいなければ中界との戦いに勝てていたと思った魔王は、ドライトが憎くて憎くて仕方なくなった。

 ただ、魔王はそのまま黙ってやられはしなかった。

 弱る意識の中で決めたのだ。どうせ死ぬのであれば、こいつらもろとも冥界に引きずり込んでやろうと。

 その策に抵抗する力は最早ドライトには無かった。もしそこに守る仲間がいなければ結末は違ったかもしれないが、ドライトは仲間を光で包みながら、魔王と共に闇の中へ落ちた……。

 ……………………。

 次に、目を覚ましたドライトの前には1人の魔族がいた。玉座に座って落ちてきた者を見下ろす冥界の王である。

 冥界の王は言った。「お前ら何をしに来た?」と。

 共に冥界に落ちた卑しい魔王が答えた。「魔族の敵、憎き人間を殺してくれ」と。

 そんな魔王を冥界の王は、指1本で消し去った――。

 ドライトにとって生まれて初めて、見た瞬間に敵わないかもしれないと思ってしまった相手……冥界の王はさらに指をドライトに向けた。

 ドライトは今一度、光の剣を強く握る。

 しかし、冥界の王は笑いながら言葉を放ったのだ。

「お前なかなか強いな。私は強い跡取りが欲しい……面白い話があるのだが、聞いてみるか?」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

転生幼女は幸せを得る。

泡沫 ウィルベル
ファンタジー
私は死んだはずだった。だけど何故か赤ちゃんに!? 今度こそ、幸せになろうと誓ったはずなのに、求められてたのは魔法の素質がある跡取りの男の子だった。私は4歳で家を出され、森に捨てられた!?幸せなんてきっと無いんだ。そんな私に幸せをくれたのは王太子だった−−

【完結】伝説の悪役令嬢らしいので本編には出ないことにしました~執着も溺愛も婚約破棄も全部お断りします!~

イトカワジンカイ
恋愛
「目には目をおおおお!歯には歯をおおおお!」   どごおおおぉっ!! 5歳の時、イリア・トリステンは虐められていた少年をかばい、いじめっ子をぶっ飛ばした結果、少年からとある書物を渡され(以下、悪役令嬢テンプレなので略) ということで、自分は伝説の悪役令嬢であり、攻略対象の王太子と婚約すると断罪→死刑となることを知ったイリアは、「なら本編にでなやきゃいいじゃん!」的思考で、王家と関わらないことを決意する。 …だが何故か突然王家から婚約の決定通知がきてしまい、イリアは侯爵家からとんずらして辺境の魔術師ディボに押しかけて弟子になることにした。 それから12年…チートの魔力を持つイリアはその魔法と、トリステン家に伝わる気功を駆使して診療所を開き、平穏に暮らしていた。そこに王家からの使いが来て「不治の病に倒れた王太子の病気を治せ」との命令が下る。 泣く泣く王都へ戻ることになったイリアと旅に出たのは、幼馴染で兄弟子のカインと、王の使いで来たアイザック、女騎士のミレーヌ、そして以前イリアを助けてくれた騎士のリオ… 旅の途中では色々なトラブルに見舞われるがイリアはそれを拳で解決していく。一方で何故かリオから熱烈な求愛を受けて困惑するイリアだったが、果たしてリオの思惑とは? 更には何故か第一王子から執着され、なぜか溺愛され、さらには婚約破棄まで!? ジェットコースター人生のイリアは持ち前のチート魔力と前世での知識を用いてこの苦境から立ち直り、自分を断罪した人間に逆襲できるのか? 困難を力でねじ伏せるパワフル悪役令嬢の物語! ※地学の知識を織り交ぜますが若干正確ではなかったりもしますが多めに見てください… ※ゆるゆる設定ですがファンタジーということでご了承ください… ※小説家になろう様でも掲載しております ※イラストは湶リク様に描いていただきました

気がついたら異世界に転生していた。

みみっく
ファンタジー
社畜として会社に愛されこき使われ日々のストレスとムリが原因で深夜の休憩中に死んでしまい。 気がついたら異世界に転生していた。 普通に愛情を受けて育てられ、普通に育ち屋敷を抜け出して子供達が集まる広場へ遊びに行くと自分の異常な身体能力に気が付き始めた・・・ 冒険がメインでは無く、冒険とほのぼのとした感じの日常と恋愛を書いていけたらと思って書いています。 戦闘もありますが少しだけです。

転生受験生の教科書チート生活 ~その知識、学校で習いましたよ?~

hisa
ファンタジー
 受験生の少年が、大学受験前にいきなり異世界に転生してしまった。  自称天使に与えられたチートは、社会に出たら役に立たないことで定評のある、学校の教科書。  戦争で下級貴族に成り上がった脳筋親父の英才教育をくぐり抜けて、少年は知識チートで生きていけるのか?  教科書の力で、目指せ異世界成り上がり!! ※なろうとカクヨムにそれぞれ別のスピンオフがあるのでそちらもよろしく! ※第5章に突入しました。 ※小説家になろう96万PV突破! ※カクヨム68万PV突破! ※令和4年10月2日タイトルを『転生した受験生の異世界成り上がり 〜生まれは脳筋な下級貴族家ですが、教科書の知識だけで成り上がってやります〜』から変更しました

どうぞお好きに

音無砂月
ファンタジー
公爵家に生まれたスカーレット・ミレイユ。 王命で第二王子であるセルフと婚約することになったけれど彼が商家の娘であるシャーベットを囲っているのはとても有名な話だった。そのせいか、なかなか婚約話が進まず、あまり野心のない公爵家にまで縁談話が来てしまった。

【完結】契約結婚は円満に終了しました ~勘違い令嬢はお花屋さんを始めたい~

九條葉月
ファンタジー
【ファンタジー1位獲得!】 【HOTランキング1位獲得!】 とある公爵との契約結婚を無事に終えたシャーロットは、夢だったお花屋さんを始めるための準備に取りかかる。 花を包むビニールがなければ似たような素材を求めてダンジョンに潜り、吸水スポンジ代わりにスライムを捕まえたり……。そうして準備を進めているのに、なぜか店の実態はお花屋さんからかけ離れていって――?

処理中です...