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word28 「お隣さん 本当の姿」③
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お隣さんの背中がギリギリ見える距離を保って後を追う。不自然ではない範囲で足音や気配を消して。
尾行などしたことは無いので特に変わったことはせず歩いた。ただ遠くから歩いてついて行く。見失ったらそこで終わりで構わない。
朝のひんやりしていながら、そこへ降り注ぐ温かい日差しという環境。包み込まれて守られているような感じがする。加えて眠気の残った頭。それらも僕をこんなとんでもない行動に至らす要因だった。
この尾行は予定していなかったものだった。家を出たら、例のお隣さんがいたので思い付きで始めた。ノリで言ったらお散歩にちょっとそこまでって感じだ。そんなノリで地球に潜伏する宇宙人の後を追う。
さすがに見つかったらヤバいということはぼんやりだが認識できているので、いつでも振り返る準備はしていた。曲がり角でも追い付こうとはせず、自分が曲がった時にどっちに行ったか分からなくなったらそこで、やっぱり高校へ向かう。
そんなスタンスだったけれど、僕の尾行は思いのほか上手くいった。
初めに見れたのは、お隣さんが野良猫を撫でるところだった。歩いているとお隣さんが止まったので、僕はそれとなく近くにあったマンションの入り口に入った。近くに誰もいないことを確認してお隣さんを遠くから監視すると、お隣さんはしゃがんで猫を撫で始めた。
お隣さんは持っている鞄を道においてまで両手で猫を撫でたのだけれど、猫はすぐに嫌がって逃げ出した。よく見えなかったけれど引っ掻かれたようにも見えた。
素性を知らなかったお隣さんから得た今日初めての情報。動物が好きらしいというちょっとした一面だった――。
その後も主に空を見上げながら歩くお隣さんの背中を追って……この方向にあるのはうちの家からの最寄り駅だと思っていたら、やはりお隣さんの目的地はそこだった。駅につくと真っ直ぐにホームに向かって、ICカードをタッチして改札をくぐる。
困ったことになった。僕はそう思ったけれど、迷っている時間は無くって、増えてきた周りの人間の中で当たり前のように切符を買った。お隣さんの目的地は想像もつかない。1000円札を入れると、切りよく500円のボタンを押した。
追い付けるか不安だったが、お隣さんが上がっていった階段を上るとスムーズにお隣さんのいるホームは見つかった。線路が2本しかない小さな駅だ。道はそこへ繋がるものしかなかった。
僕とほぼ同時くらいで電車は来て、また迷っている暇は無かったので、お隣さんと別のドアから同じ車両に乗り込んだ。横を見ると尾行を始めてから初めてお隣さんの横顔が見えて――僕はすぐに逆の方向を向き、少し背を低くした。
人混みに紛れたお隣さんの姿を見てもやはり違和感はなかった。
アナウンスと共に電車のドアが閉まる。床が動き出してから最初に思ったのはこっちに行くやつなんだということだった。都市に行く方ではなくて、家がまばらになるほうへ。方向で言うと僕の高校がある方角だ。
気付いて周りを見ると、見慣れた同じ高校の制服を着ている人がそこそこいた。言うまでもなく電車通学の生徒。座ってスマホを弄っている奴や、立って友達と話している奴。
そして、心臓がきゅっと締め付けられる。僕のクラスメイトでそこそこ仲の良い男子も近くにいた。
「あれ?何で?」
目が合ってしまって、すぐに向こうも僕のことに気づき話しかけてくる。
「おう。おはよう」
僕は焦ったけれど、平静を装った。
「おはよう……何で電車?」
「ああ、ちょっと気分で……」
「気分?」
「うん……えっとちょっと用事あってさ。用事ある場所がこの駅の近くだったからたまには電車通学してみるかって」
「へー。こっからって1駅じゃん」
「いや、歩くと長いんだぞ」
上手い言い訳が瞬時に見つからなかったけど、それ以上問い詰められることは無かった。
友達に見つかることは何も問題ない。だから、非日常から日常に切り替えて、早くなった鼓動を抑えるのに時間はかからなかった。
けれど、このままでは尾行を続けられない――。
1呼吸着いた僕は普通に今日のめんどくさい授業についてなんてありきたりな世間話を始めて、遭遇した友達も普段電車で会うことは無い生き物の僕と、珍しいからか少しだけテンション高めに絡んできた。そうしながら、次の策を頭の中で練る。
すぐに僕が通う高校が窓から見えるようになった。普段見ることは無い角度からの学校だ。友達と話しながら、電車から朝日を浴びる高校を見て何をしてるんだろうと目を細めた。
そんなこんなで次の駅に着くと、僕は友達と一緒に電車から降りた。ここから何か言い訳して電車に乗り続けられるような策はなかった。「俺尾行中だから今日学校サボるわ」なんて言える訳がない。
お隣さんの尾行はここで終わり。電車に乗っている時間を含めて十数分の短い旅だった。
たった1駅の移動。おそらくお隣さんは降りないだろう。そう思いながら、下りた車両を振り返る――。
そこには電車の窓越しに僕へ向かって両手を振るお隣さんの姿があった。
尾行などしたことは無いので特に変わったことはせず歩いた。ただ遠くから歩いてついて行く。見失ったらそこで終わりで構わない。
朝のひんやりしていながら、そこへ降り注ぐ温かい日差しという環境。包み込まれて守られているような感じがする。加えて眠気の残った頭。それらも僕をこんなとんでもない行動に至らす要因だった。
この尾行は予定していなかったものだった。家を出たら、例のお隣さんがいたので思い付きで始めた。ノリで言ったらお散歩にちょっとそこまでって感じだ。そんなノリで地球に潜伏する宇宙人の後を追う。
さすがに見つかったらヤバいということはぼんやりだが認識できているので、いつでも振り返る準備はしていた。曲がり角でも追い付こうとはせず、自分が曲がった時にどっちに行ったか分からなくなったらそこで、やっぱり高校へ向かう。
そんなスタンスだったけれど、僕の尾行は思いのほか上手くいった。
初めに見れたのは、お隣さんが野良猫を撫でるところだった。歩いているとお隣さんが止まったので、僕はそれとなく近くにあったマンションの入り口に入った。近くに誰もいないことを確認してお隣さんを遠くから監視すると、お隣さんはしゃがんで猫を撫で始めた。
お隣さんは持っている鞄を道においてまで両手で猫を撫でたのだけれど、猫はすぐに嫌がって逃げ出した。よく見えなかったけれど引っ掻かれたようにも見えた。
素性を知らなかったお隣さんから得た今日初めての情報。動物が好きらしいというちょっとした一面だった――。
その後も主に空を見上げながら歩くお隣さんの背中を追って……この方向にあるのはうちの家からの最寄り駅だと思っていたら、やはりお隣さんの目的地はそこだった。駅につくと真っ直ぐにホームに向かって、ICカードをタッチして改札をくぐる。
困ったことになった。僕はそう思ったけれど、迷っている時間は無くって、増えてきた周りの人間の中で当たり前のように切符を買った。お隣さんの目的地は想像もつかない。1000円札を入れると、切りよく500円のボタンを押した。
追い付けるか不安だったが、お隣さんが上がっていった階段を上るとスムーズにお隣さんのいるホームは見つかった。線路が2本しかない小さな駅だ。道はそこへ繋がるものしかなかった。
僕とほぼ同時くらいで電車は来て、また迷っている暇は無かったので、お隣さんと別のドアから同じ車両に乗り込んだ。横を見ると尾行を始めてから初めてお隣さんの横顔が見えて――僕はすぐに逆の方向を向き、少し背を低くした。
人混みに紛れたお隣さんの姿を見てもやはり違和感はなかった。
アナウンスと共に電車のドアが閉まる。床が動き出してから最初に思ったのはこっちに行くやつなんだということだった。都市に行く方ではなくて、家がまばらになるほうへ。方向で言うと僕の高校がある方角だ。
気付いて周りを見ると、見慣れた同じ高校の制服を着ている人がそこそこいた。言うまでもなく電車通学の生徒。座ってスマホを弄っている奴や、立って友達と話している奴。
そして、心臓がきゅっと締め付けられる。僕のクラスメイトでそこそこ仲の良い男子も近くにいた。
「あれ?何で?」
目が合ってしまって、すぐに向こうも僕のことに気づき話しかけてくる。
「おう。おはよう」
僕は焦ったけれど、平静を装った。
「おはよう……何で電車?」
「ああ、ちょっと気分で……」
「気分?」
「うん……えっとちょっと用事あってさ。用事ある場所がこの駅の近くだったからたまには電車通学してみるかって」
「へー。こっからって1駅じゃん」
「いや、歩くと長いんだぞ」
上手い言い訳が瞬時に見つからなかったけど、それ以上問い詰められることは無かった。
友達に見つかることは何も問題ない。だから、非日常から日常に切り替えて、早くなった鼓動を抑えるのに時間はかからなかった。
けれど、このままでは尾行を続けられない――。
1呼吸着いた僕は普通に今日のめんどくさい授業についてなんてありきたりな世間話を始めて、遭遇した友達も普段電車で会うことは無い生き物の僕と、珍しいからか少しだけテンション高めに絡んできた。そうしながら、次の策を頭の中で練る。
すぐに僕が通う高校が窓から見えるようになった。普段見ることは無い角度からの学校だ。友達と話しながら、電車から朝日を浴びる高校を見て何をしてるんだろうと目を細めた。
そんなこんなで次の駅に着くと、僕は友達と一緒に電車から降りた。ここから何か言い訳して電車に乗り続けられるような策はなかった。「俺尾行中だから今日学校サボるわ」なんて言える訳がない。
お隣さんの尾行はここで終わり。電車に乗っている時間を含めて十数分の短い旅だった。
たった1駅の移動。おそらくお隣さんは降りないだろう。そう思いながら、下りた車両を振り返る――。
そこには電車の窓越しに僕へ向かって両手を振るお隣さんの姿があった。
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