不思議な時計屋

simaenaga

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第2章・宝物

12話 後悔(前編)

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次第に僕の生活は贅沢なものになっていった。

そんな僕に愛想をつかした社員達はどんどんやめていってしまった。

そんな状況でも反省することなく、むしろ意地になっていた。

「僕にはお金さえあれば良い。お金があれば何だって手に入るんだ。」

そう独り言のように言うと、決まって皆は悲しそうな顔をした。

ついには、会社が借金まみれだった頃から僕を支えてくれていた皆も退社していった。

僕は本当に1人になった。




何よりも大切な宝物だと思っていた仲間という存在の大切さを、全てが無くなった後に気が付いた。

僕はやっと正気に戻った。

しかし、後悔してももう遅い。

僕の周りには大量の札束しかない。

それらのお金は、今の僕にはただの紙切れ同然だった。




大切なものを何もかも失ってしまったと、半ば放心状態で家路に就いていた僕は全く気付かなかった。

けたたましくクラクションを鳴らしながら、僕に向かって猛スピードで突っ込んでくる車があることに。




辺りには人だかりができている。

とんでもなく強い衝撃と全身の痛みを感じて、僕はきっと死ぬのだろうと思った。

突然の死というその事実を、特に何の抵抗感もなく受け入れることができた。

今になって思えば、あの時計屋の少年は僕が寿命を売ると言ったときにとても悲しそうな顔をしていた。

寿命を売っているという時点で只者ではないと分かるものの、こうなる未来を知っていたのだと納得した。

さすがに僕も自分の寿命がそこまで短いとは思ってもみなかった。

唯一心残りなのは会社の皆のことだ。

もう社員でないとはいえ、戦友達と仲違いをしたまま死ぬのは悔しい気持ちでいっぱいだった。

僕はどこで間違えたんだろう?

寿命を売らなければ、こんなに悲しい気持ちににはならなかったのだろうか?

いや、本当は分かっていたんだ。

社員が辞めていったのは、お金に目がくらんで僕の態度が変わったせいだと。

皆が辞めていったことに意地になって、変わろうとしなかったからだと。

お金よりも大切なものがあるってことも本当は気付いていた。

『あぁ、悔しいなぁ。』

そう呟いたつもりだったが肺が潰れているのか声らしい声は出なかった。

死ぬ直前になって、今までの自分の態度を恥じた。

こんなにやりきれない気持ちになるのなら、早く皆に謝るんだった。

そんなことを思っても、過去に戻ることなんてできない。

どうしようもない後悔の念に駆られながら、僕はゆっくりと、もう二度と戻らないであろう意識を手放した。
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