帰るための代償

ゆーた

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9 執念の往復

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「ないって言ってるだろう!」
店員との口論が続いていた。時計は変わらずカウンター裏にあるのに関わらず。

俊佑はこの店員とまともな交渉しても無駄だと悟った。

いけると確信していた計画が阻まれた俊佑は、他に方法は思いつかず、力ずくで奪うしかないのかと、考え始めた。しかし、その勇気はなかった。

こいつさえいなければ奪えるのに。
いなければ...。
いなければ...。
気づかれなければ...。

ー気づかれなければー。何かが頭の中を引っかかり、過去の記憶を辿っていると、妙案が閃いた。

財布を奪われたとき、俺は眠らされていたのだ。同じことをしてやればいいのだ。そう、店員を眠らせて、その隙に、宝物を取り返せばいいのだ。千円はくれたわけだから、その分の英世を置いてその代わりに時計を奪えれば問題ないだろう。この際、仕方がない。
一応、この悪徳商人のおかけで、時間までに帰れたので、そこだけはごくごく僅かに感謝している。まぁ宝物は返して頂くよ。

あの眠らされた電車でのことを思い浮かべる。
そもそも、あの集団は俺を眠らせるために最初から飴を持っていたということは、同じ手口のスリをどっかでしているということだろう。

あの時間帯に同じ電車に乗り続ければ、奴らに遭遇するかもしれない。そして、あの飴を入手できれば、店員も眠らせることができる。ひねり出した考えは、名前も顔も分からない人を探すという、無理難題であった。
無理難題であろうが、俺のせいでお前がこうなってしまったんだ。出来る限りのことを俺はやってやる。
病室へ戻り、卓哉を見ながら、心の中でそう誓い、卓哉が授業中だけ着用する眼鏡を拝借した。

決意を固めた俊佑は、昨日財布を奪われたのとちょうど同じ時間の乗電車の切符を購入した。
拝借した眼鏡と昨日コンビニで買ったマスクを着用し別人を装い、考え事をしているふりを続ける。ポケットから半分飛び出しているのは、前に使っていた財布だった。不良ぽい集団はいるが、奴らが財布を奪った輩なのかも分からなかった。結局、声をかけられることも無かった。
たまさか、違う時間帯の電車に乗っただけだろうと思い、また同じ区間の電車に乗るが、また声をかけることはなく、それでも何度も同じ道を往復を続けた。

何をしているのか。と尋ねられたら答えられない。
険しい顔をしながら、ポケットから英世をちらつかせ、同じ道を往復し続ける少年の目的など分かる人はいないだろう。
リセット・マラソンの如くここまで往復し続けてきて、これが最後と決めても、それを辞めた次の電車にその集団が乗ってきたらと思うと、それはもう執念であった。
もう一度。もう一度。
もう一度だけ、神様よ、もう一度だけ、微笑んでくれ。
ギリギリで乗り越し料金を払えなかったり、親に担任からの電話の受話器を受け取られなかった。そう、眠らされたこと以外は、運は彼に向いていたのだ。今回もそう祈っていたが、叶いはしなかった。
携帯のデジタル時計は、もう十四時三十二分になっていた。

一往復に七百円程使う。往復に使った金額は四千円を超えていた。あの悪徳商人から渡されたのはたったの千円。今、往復に投資し続けた金額の四分の一にも満たなかったのである。
「畜生、あの時計の千円で出来ることは、たったの一往復とお釣り二百円だけなのかよ。あの腕時計に、それだけの価値しかないのかよ。馬鹿にしやがって。」

苛立ちを隠せない俊佑は、歯を食いしばりながら、独り言を呟き、駅を後にした。

まぁ一日で、そう、うまくはいかないよね。
また明日。諦めるものか。
卓哉。俺は諦めない。
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