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立春の章
第1話 春は知らない間にやってくる
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『七ツ河くんは、上手いけど……──。』
風が、部屋に舞い込む。雑音と共に、春の暖かい風が僕の部屋に入り込んでくる。それが不愉快で、僕は窓を閉めてヘッドフォンを耳に宛てた。
***
4月に入り、高校の入学式まであと数日。その僅かな期間を僕は無為に過ごしていた。中学時代の仲間とは3月に遊び倒したし、むしろ食傷気味なくらいだ。なんとなく、独りで過ごしたかったのだ。
なんて、誰ともなく言い訳をしながら部屋でゴロゴロと自堕落に過ごしていると、下の階の母親から声を掛けられた。
「大和ー、買い物行って来てー。暇でしょー?」
「……っ、わかったよ!」
しゃーねーな、とわざとらしく母親に聞かせるように呟くと財布をズボンのポケットに入れた。無視をしたり断ると、ロクな事にならないのは経験上わかっている。高校合格祝いのヘッドフォンとiPodを身に着けて部屋を出ようとしたその時に、見えたモノに舌打ちしてから部屋を出た。
部屋の隅には、元相棒が寂しそうに転がっていた。
頼まれた買い物は牛乳と卵だけで、こんなことなら誰かと外に出てりゃあ良かった……、と後悔しながら店を出た。お会計をしている時は流石にマナーが悪いからとヘッドフォンを外し首に掛けていた。まあ店の外に出たならいいだろうとヘッドフォンに手をかけたその時。
「あれ、七ツ河?」
「……二ノ宮センパイ。」
声を掛けられて、振り返れば少し先に見慣れた先輩の姿があった。個人的に思うところもあって気まずいし、軽く会釈をして立ち去ってしまおうか。だが、向こうがこちらに近づいてくるので無理だろう。マジでか、と心の中で叫んだ。
久しぶりに見た二ノ宮先輩は、中学の頃よりも大人びていてより女性らしくなっていた。何より制服でなくて、なんと表現したらいいか分からないが可愛らしいワンピースとコートを着ていて、女なんだなぁと失礼ながら思う。ガサツな人だと思ってたけど、とヘッドフォンにかけていた手をポケットへ突っ込みながらひとりごちた。
「久しぶりー!七ツ河、背ぇ伸びた?」
「いや、わかんねェっス。」
「というか、七ツ河は何校に受かった?」
「一高っスけど。」
「わお、私と一緒!」
テンション高く矢継ぎ早に質問されて、女らしいと思った気持ちが台無しだ。無難に、しかし無愛想に答えるが二ノ宮先輩は堪えた様子がない。こんなところは中学から変わらないと、苦笑いとも言えない曖昧な笑みを浮かべた。そして、二ノ宮先輩は高校も同じらしくキャッキャッと喜んでいる。が、僕は顔が引き攣るのを自覚していた。そして、それが顔に出ていたらしい。
「七ツ河、どしたー?いつもに増して、暗いぞー。」
「なんでもないっス。ってか、母さんにドヤされるんで帰ります。」
「うん、じゃあまたねー!」
この空間にいるのが居心地が悪くて、僕はわざとらしく買い物袋を持ち上げて先輩に見せつけ、もう帰ると会話を遮る。不思議と二ノ宮先輩はあっさりと引いて私も帰らなきゃ、とスーパーの自転車置き場の方に歩いて行った。
僕はホッと安心してヘッドフォンを身に着けてiPodの電源を付けた。お気に入りの曲を探しながら家の方向へ歩き始めた時に、後ろから声を掛けられてしまう。
「ねぇ七ツ河!本当にトランペット辞めちゃったの……──。」
僕はヘッドフォンをしていることを言い訳に、聞こえないフリをして歩き出した。先輩がどう思ったかはわからない。しかし後味が悪い気がして、思わず舌打ちする。
先輩への気まずさ、後味の悪さ、居心地の悪さ、色んな物が合わさってどうにも気持ちが悪かった。
風が、部屋に舞い込む。雑音と共に、春の暖かい風が僕の部屋に入り込んでくる。それが不愉快で、僕は窓を閉めてヘッドフォンを耳に宛てた。
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4月に入り、高校の入学式まであと数日。その僅かな期間を僕は無為に過ごしていた。中学時代の仲間とは3月に遊び倒したし、むしろ食傷気味なくらいだ。なんとなく、独りで過ごしたかったのだ。
なんて、誰ともなく言い訳をしながら部屋でゴロゴロと自堕落に過ごしていると、下の階の母親から声を掛けられた。
「大和ー、買い物行って来てー。暇でしょー?」
「……っ、わかったよ!」
しゃーねーな、とわざとらしく母親に聞かせるように呟くと財布をズボンのポケットに入れた。無視をしたり断ると、ロクな事にならないのは経験上わかっている。高校合格祝いのヘッドフォンとiPodを身に着けて部屋を出ようとしたその時に、見えたモノに舌打ちしてから部屋を出た。
部屋の隅には、元相棒が寂しそうに転がっていた。
頼まれた買い物は牛乳と卵だけで、こんなことなら誰かと外に出てりゃあ良かった……、と後悔しながら店を出た。お会計をしている時は流石にマナーが悪いからとヘッドフォンを外し首に掛けていた。まあ店の外に出たならいいだろうとヘッドフォンに手をかけたその時。
「あれ、七ツ河?」
「……二ノ宮センパイ。」
声を掛けられて、振り返れば少し先に見慣れた先輩の姿があった。個人的に思うところもあって気まずいし、軽く会釈をして立ち去ってしまおうか。だが、向こうがこちらに近づいてくるので無理だろう。マジでか、と心の中で叫んだ。
久しぶりに見た二ノ宮先輩は、中学の頃よりも大人びていてより女性らしくなっていた。何より制服でなくて、なんと表現したらいいか分からないが可愛らしいワンピースとコートを着ていて、女なんだなぁと失礼ながら思う。ガサツな人だと思ってたけど、とヘッドフォンにかけていた手をポケットへ突っ込みながらひとりごちた。
「久しぶりー!七ツ河、背ぇ伸びた?」
「いや、わかんねェっス。」
「というか、七ツ河は何校に受かった?」
「一高っスけど。」
「わお、私と一緒!」
テンション高く矢継ぎ早に質問されて、女らしいと思った気持ちが台無しだ。無難に、しかし無愛想に答えるが二ノ宮先輩は堪えた様子がない。こんなところは中学から変わらないと、苦笑いとも言えない曖昧な笑みを浮かべた。そして、二ノ宮先輩は高校も同じらしくキャッキャッと喜んでいる。が、僕は顔が引き攣るのを自覚していた。そして、それが顔に出ていたらしい。
「七ツ河、どしたー?いつもに増して、暗いぞー。」
「なんでもないっス。ってか、母さんにドヤされるんで帰ります。」
「うん、じゃあまたねー!」
この空間にいるのが居心地が悪くて、僕はわざとらしく買い物袋を持ち上げて先輩に見せつけ、もう帰ると会話を遮る。不思議と二ノ宮先輩はあっさりと引いて私も帰らなきゃ、とスーパーの自転車置き場の方に歩いて行った。
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「ねぇ七ツ河!本当にトランペット辞めちゃったの……──。」
僕はヘッドフォンをしていることを言い訳に、聞こえないフリをして歩き出した。先輩がどう思ったかはわからない。しかし後味が悪い気がして、思わず舌打ちする。
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