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第28話 エピローグ
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体育館内の倉庫。バスケットボールの詰まった大きな籠や、跳び箱、マットレスが所狭しとならんでいる埃っぽい空間。その奥まったところに隠れる様にして、明莉は優也と壁を背にして手をつないで座っていた。
太陽はすでに上っていて、午前の時間帯になっている。明莉は何もしゃべらない。ただただ黙って優也の隣に座り、手をつないでいる。安寧。安心。優也の体温をその手に感じながら、いま明莉は満たされていると感じていた。
優也はまだ目を覚ましていない。でも傷口の血は止まりその心臓は動き出していて、小さくゆっくりと呼吸をしている。
隣の優也を見る。制服についた血がなければ、うたたねしているのではないかと勘違いするくらいの穏やかさだ。ちょっと授業を抜け出してきて、ここで暇をつぶしているくらいの静かさだ。その光景に満足して目をつむると、今までの人生が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
初めて優也に出会った公園。
優也との、表向きではあるけどなに不自由ない学園生活。
そして決起して、閉じ込められて、恥ずかしい思いもした。
でもいま、その優也と重なり合っていると実感している。
「難しかったとは思うけど……」
眠っている優也に、話しかける。
「もっと早く……こうなれていれば、私の、私たちの未来も変わったかもしれないわね……」
明莉は、ふふっと、誰も見ていない体育館倉庫で一人笑った。
「好き、優也。でもここでお別れ」
優也の顔を目に焼き付けながら、言葉を吹きかける。
「私はこのセカイに敵対するナイトメア。多くの人間を殺してきてこの事件を起こし、それは変えようがなく変えるつもりもなく、決着はつけなくてはならない」
明莉は、優也の頬に軽く口づけをした。
「大丈夫。優也は何知らぬ顔をして、被害者のフリをしていればいいだけだから」
ぷにっと優也の頬を指で突くと、優也は小さく声を漏らした。うん。もう大丈夫。優也はじきに目を覚ますだろう。
明莉は、ポケットからハンカチを取り出して、よだれが零れている優也の口元を拭く。昔、優也と一緒に過ごしてきた時と同じように。もう何十回もしてきた、自分の身体に染み付いた行動で、今も何となくそうする気になったから。
今の明莉に後悔はない。後ろ髪を引かれることもない。出会って、共に過ごして、一緒に冒険して、そしてここで別れて前に進む。
明莉は立ち上がった。
「じゃあ、ね」
いつもの下校路での別れみたいな挨拶をかけた。また明日、みたいな調子で。そして体育館倉庫から出てフローリングの床を進み、太陽の下に出る。
眩しい。快晴だ。
もう夏になるという陽光が降り注いでいて気持がいい。そして校庭に出る。学園内には陸戦部隊、政府の対ナイトメア用の特殊部隊が入り込んできて、展開しつつある。
明莉は死夜のナイフ、今まで生死を共にしてきたアーティファクトをポケットから取り出して構える。
人間よりもはるかに生命力の強いナイトメアの明莉だが、自分を包囲しつつある敵を突破できるかどうかはわからない。わからないけど、今の明莉には降るという選択肢はない。だから……
「ああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーっ!!」
明莉は、セカイに向けて吠えながら突撃した。
◇◇◇◇◇◇
僕は目を覚ました。場所は……。よくわからないけど、周囲の様子から体育館倉庫だろうか。窓からは光が入り込んできていて、時間の感覚はないけど、昼間のような気がする。
そして思い出す。体育館で明莉と神楽の戦闘が繰り広げられて、僕はその神楽に刺されて、それから……。意識が真っ白になって死んだはずだとは思うんだけど、なぜか身体はまだ動いている。というか、全く問題ないというように感じる。
意識がはっきりしない部分はあるんだけど、とまで思い起こして、はっとする。明莉。明莉はどうなったのだろうか。考えたくない事だけど、神楽に殺されて……
僕は慌てて立ち上がる。と、ふさっとレースの白いハンカチが落ちるのが目にとまる。僕はこれを知っている。明莉がいつも使っているハンカチだ。角に四つ葉のクローバーのアクセントもある。
僕はそれを拾って倉庫から体育館に出た。人気はなく、明莉と神楽が行っていた戦闘の残り香はない。なにもない、なんでもない広い空間が広がっているだけ。
遠くから無数の銃声が響いてきた。明莉……なのか? 明莉は生きている、という嬉しい予感と、明莉が戦っているのかもという不安が同時に襲ってきた。
僕が行ってもどうにもならないけど……。僕が行っても足手まといで、僕に何かあれば明莉が哀しむけれど、でも……
そして理解する。やっぱり、明莉と別れたくないのだ。明莉が恋しいのだ。明莉の声が、匂いが、その温もりが、欲しくて欲しくて仕方ないのだ。
明莉に出会って、恋をして、事件があって共に行動して。その中で、明莉は既に僕の中で大樹にまで育って心を覆いつくしてしまっていたと理解したのだ。
だから明莉を追う。明莉を追って、その明莉と共に非日常のセカイを過ごすのだ。明莉と心を重ね合った僕は、もう『明莉の側』の人間なのだ。
体育館倉庫を出た。眩い、初夏の日差し。
でももう僕の生きている場所は太陽の輝く日常ではなく、明莉のいる夜の闇の中だ。そう心の中で噛みしめて、銃声の轟く校庭へと足を踏み出した。
了
太陽はすでに上っていて、午前の時間帯になっている。明莉は何もしゃべらない。ただただ黙って優也の隣に座り、手をつないでいる。安寧。安心。優也の体温をその手に感じながら、いま明莉は満たされていると感じていた。
優也はまだ目を覚ましていない。でも傷口の血は止まりその心臓は動き出していて、小さくゆっくりと呼吸をしている。
隣の優也を見る。制服についた血がなければ、うたたねしているのではないかと勘違いするくらいの穏やかさだ。ちょっと授業を抜け出してきて、ここで暇をつぶしているくらいの静かさだ。その光景に満足して目をつむると、今までの人生が走馬灯のように脳裏に浮かんだ。
初めて優也に出会った公園。
優也との、表向きではあるけどなに不自由ない学園生活。
そして決起して、閉じ込められて、恥ずかしい思いもした。
でもいま、その優也と重なり合っていると実感している。
「難しかったとは思うけど……」
眠っている優也に、話しかける。
「もっと早く……こうなれていれば、私の、私たちの未来も変わったかもしれないわね……」
明莉は、ふふっと、誰も見ていない体育館倉庫で一人笑った。
「好き、優也。でもここでお別れ」
優也の顔を目に焼き付けながら、言葉を吹きかける。
「私はこのセカイに敵対するナイトメア。多くの人間を殺してきてこの事件を起こし、それは変えようがなく変えるつもりもなく、決着はつけなくてはならない」
明莉は、優也の頬に軽く口づけをした。
「大丈夫。優也は何知らぬ顔をして、被害者のフリをしていればいいだけだから」
ぷにっと優也の頬を指で突くと、優也は小さく声を漏らした。うん。もう大丈夫。優也はじきに目を覚ますだろう。
明莉は、ポケットからハンカチを取り出して、よだれが零れている優也の口元を拭く。昔、優也と一緒に過ごしてきた時と同じように。もう何十回もしてきた、自分の身体に染み付いた行動で、今も何となくそうする気になったから。
今の明莉に後悔はない。後ろ髪を引かれることもない。出会って、共に過ごして、一緒に冒険して、そしてここで別れて前に進む。
明莉は立ち上がった。
「じゃあ、ね」
いつもの下校路での別れみたいな挨拶をかけた。また明日、みたいな調子で。そして体育館倉庫から出てフローリングの床を進み、太陽の下に出る。
眩しい。快晴だ。
もう夏になるという陽光が降り注いでいて気持がいい。そして校庭に出る。学園内には陸戦部隊、政府の対ナイトメア用の特殊部隊が入り込んできて、展開しつつある。
明莉は死夜のナイフ、今まで生死を共にしてきたアーティファクトをポケットから取り出して構える。
人間よりもはるかに生命力の強いナイトメアの明莉だが、自分を包囲しつつある敵を突破できるかどうかはわからない。わからないけど、今の明莉には降るという選択肢はない。だから……
「ああああああああああああああああああああああああああああーーーーーーっ!!」
明莉は、セカイに向けて吠えながら突撃した。
◇◇◇◇◇◇
僕は目を覚ました。場所は……。よくわからないけど、周囲の様子から体育館倉庫だろうか。窓からは光が入り込んできていて、時間の感覚はないけど、昼間のような気がする。
そして思い出す。体育館で明莉と神楽の戦闘が繰り広げられて、僕はその神楽に刺されて、それから……。意識が真っ白になって死んだはずだとは思うんだけど、なぜか身体はまだ動いている。というか、全く問題ないというように感じる。
意識がはっきりしない部分はあるんだけど、とまで思い起こして、はっとする。明莉。明莉はどうなったのだろうか。考えたくない事だけど、神楽に殺されて……
僕は慌てて立ち上がる。と、ふさっとレースの白いハンカチが落ちるのが目にとまる。僕はこれを知っている。明莉がいつも使っているハンカチだ。角に四つ葉のクローバーのアクセントもある。
僕はそれを拾って倉庫から体育館に出た。人気はなく、明莉と神楽が行っていた戦闘の残り香はない。なにもない、なんでもない広い空間が広がっているだけ。
遠くから無数の銃声が響いてきた。明莉……なのか? 明莉は生きている、という嬉しい予感と、明莉が戦っているのかもという不安が同時に襲ってきた。
僕が行ってもどうにもならないけど……。僕が行っても足手まといで、僕に何かあれば明莉が哀しむけれど、でも……
そして理解する。やっぱり、明莉と別れたくないのだ。明莉が恋しいのだ。明莉の声が、匂いが、その温もりが、欲しくて欲しくて仕方ないのだ。
明莉に出会って、恋をして、事件があって共に行動して。その中で、明莉は既に僕の中で大樹にまで育って心を覆いつくしてしまっていたと理解したのだ。
だから明莉を追う。明莉を追って、その明莉と共に非日常のセカイを過ごすのだ。明莉と心を重ね合った僕は、もう『明莉の側』の人間なのだ。
体育館倉庫を出た。眩い、初夏の日差し。
でももう僕の生きている場所は太陽の輝く日常ではなく、明莉のいる夜の闇の中だ。そう心の中で噛みしめて、銃声の轟く校庭へと足を踏み出した。
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